東京地方裁判所 昭和26年(ワ)7483号 判決
原告 平田信永
被告 張田文義
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
本件について、当裁判所が昭和二十六年十二月六日にした強制執行停止決定は、これを取り消す。
この判決は、前項に限り、かりに執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告を債権者、原告を債務者とする、東京法務局所属公証人大和田三治作成の第十一万五千五百四十三号自動車譲渡に関する契約公正証書に基く強制執行は、これを許さない。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
「被告は、請求趣旨中掲記の債務名義に基き、原告に対し、自動車売買代金五十五万円のうち、残代金五十三万二千七十七円の債権があるとして、原告の所有する不動産に対する強制執行手続に著手し、現に、その手続の進行中である。
しかし原告は、被告に対し前述買受代金の一部弁済として、昭和二十五年六月中旬に金二万円、同年七月下旬に金一万円、同年九月下旬に金五千円、同年十月中旬に金八千円、同年十一月中旬に金三千円、同年同月下旬に金三千円、同二十六年九月二十七日に金一万七千九百二十三円、合計金六万六千九百二十三円を支払つたので、残債務は金四十八万三千七十七円となつた。
さらに、原告は、被告に対する反対債権金五十万円を取得したので、昭和二十六年十一月十一日にみぎ債権をもつて、原告の前述残債務と対当額で相殺する旨の意思表示をし、その通知は、同月十三日に被告に到達したから、原告の債務は、全額消滅した。みぎ反対債権の成立事情は、つぎのとおりである。そもそも被告が原告に譲渡した自動車の被告の購入資金五十万円は、昭和二十三年十二月十六日に訴外藤屋工業株式会社が会社用自動車購入資金として、同社勤務の被告に預けたものであるところ、被告は、訴外会社に対し自動車を引き渡さなかつたので、同会社は、昭和二十四年六月中にみぎ契約を解除した。よつて被告は、同会社に対し前述金五十万円を返済する義務があるにもかかわらず、弁済をしていなかつたから、原告は昭和二十六年十一月十一日に訴外会社から同会社の被告に対する債権金五十万円を譲り受け、同日訴外会社は、被告に対しその旨の通知をなしたものである。
以上の次第であるから、原告の被告に対する自動車買受代金債務の存続を前提とする公正証書の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだ。」
と陳述し、被告の抗弁事実を否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、
「原告の請求原因事実中、その主張のような契約公正証書を原被告間において作成したこと、被告が原告に対しみぎ債務名義に基く強制執行に著手したこと、被告が原告に対し有する債権のうち金二万円一口、金八千円一口、金五千円一口、金一万七千九百二十三円一口計金五万九百二十三円の一部弁済を受けたこと、被告がもと訴外藤屋工業株式会社の代表取締役であつたこと、被告が原告の主張する日時の頃にみぎ会社から金五十万円を受け取つたこと(但し、その趣旨は、後に説明するように、原告の主張するところと異なる。)、並びに、被告が訴外会社及び原告から、それぞれ原告の主張するような趣旨の通知を受けたことを認めるが、その余の原告主張事実をすべて否認する。被告が訴外会社から金員の交付を受けた趣旨は贈与である。」なお、抗弁として、「かりに、被告が藤屋工業株式会社に対して原告の主張するような債務を負担していたとしても、原告の訴外会社からの債権譲受けは、訴訟行為を主たる目的としてなされたものであつて、信託法第十一条の規定に違反する無効の行為であるから、この債権を反対債権として原告の主張する相殺は、その効力がない。」と述べた。<立証省略>
当裁判所は、昭和二十六年十二月六日に係争の債務名義にもとずく強制競売手続を、本案判決をするまで停止する旨決定した。
三、理 由
原、被告間に、東京法務局所属公証人大和田三治作成の第十一万五千五百四十三号自動車譲渡に関する契約公正証書の作成されたことは、先ず当事者間に争いがない。
つぎに、みぎ公正証書表示の被告の原告に対する売買代金債権金五十五万円の弁済として、原告が被告に対し金五万九百二十三円を支払つたことは、当事者間に争いがないが、原告は、なお、三回に計金二万六千円を履行した、と主張する。しかし、甲第八号証、並びに、証人斎藤勇理の証言及び原告本人訊問の結果中、みぎ主張に添う記載ないし各供述部分は、当裁判所の信用できないものであつて、他にみぎ主張を認めるに足る証拠がない。よつて、被告の認める一部弁済金を控除した、被告の原告に対する残債権は、金四十九万九千七十七円であると認定することができる。
さらに原告主張の相殺について判断する。被告が、さきにその代表取締役として勤務した訴外藤屋工業株式会社から昭和二十三年十二月頃に同会社の所有する金五十万円の交付を受けたことは、被告の争わないところであり、また、同会社が被告に対しみぎ金員の返還請求の権利を有することを主張して、その債権を原告に譲渡した旨を通告し、且つ原告がその譲り受けた債権によつて、係争の債務名義による債務と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。被告は、みぎ金員の贈与を受けた旨を主張し、証人清水富生の証言及び被告本人訊問の結果によれば、みぎの主張に符合する供述部分が存するけれども、未だ被告の主張についての十分の証明となすについては疑わしいものがある。しかし、この点の判断を暫くおき、証人斎藤勇理・同安田良雄の各証言及び被告本人訊問の結果によれば、訴外会社の代表取締役である斎藤勇理は、同会社の経営に関し、かねて同僚であつた被告に対し快く思つていなかつた折柄、原告から、原告と被告との間の係争債務関係の処理が紛糾し、被告が原告に対し有する本件債務名義に基いて強制執行に著手し、ために原告が難儀している旨の訴えを聞いて、被告の処置に憤慨し、原告を応援し、原告をして被告に対抗させる手段を講ずる方法として、前示金五十万円の債権を譲渡したことが認められ、このことと、原告の主張する相殺の通知が債権譲受けの即日為されていること、並びに、弁論の全趣旨に徴して、みぎ相殺の主張が本訴の請求原因の実に重要な部分を構成していることの各事実をあわせ考えれば、原告の主張する債権譲渡は、訴外会社を代表する斎藤勇理において、原告をして被告に対する反対債権を取得する途をひらかせ、これをもつて、被告の有する債務名義の基本である債務と相殺させることによつて、後者を消滅させ、その帰結として、当該債務名義の失効を強制執行法上の訴の方法によつて貫徹させる、という一連の目的に終始したものであつて、結局それは、訴訟行為を為すことを主たる目的として為された信託行為であると認定することが相当であるから、法律上その効力がないものといわねばならない。従つて、その譲受債権による相殺の主張は、理由がない。
以上に説明したところによつて、原告の主張する債務名義の基本たる債務が消滅したことは、これを認めることができない。よつて、みぎの主張を前提として、債務名義の執行力の排除を求める本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、民事訴訟法第八十九条、第五百四十八条、第五百六十条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎)