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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)7637号 判決

原告 久野定吉 外一名

被告 明治生命保険相互会社

一、主  文

被告は原告久野定吉に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十五年四月十五日より完済まで年六分の金員を支払え。

被告は原告久野きくに対し金十万円及びこれに対する昭和二十五年四月十五日より完済まで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告久野定吉において金十五万円、原告久野きくにおいて金三万円の担保を供するときは、それぞれその分につき仮に執行することを得。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一乃至第三項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  訴外亡久野富司は被告会社との間に、

(イ)  昭和二十三年七月五日自己を被保険者並に満期保険金受取人とし原告久野きくを保険金受取人として金額十万円保険期間二十五年の養老保険契約を締結し、

(ロ)  昭和二十三年十二月三十一日前同様に自己を被保険者並に満期保険金受取人とし原告久野定吉を保険金受取人として金額五十万円保険期間二十五年の養老保険契約を締結し、

以来所定の保険料を支払つて来たが、同人は昭和二十五年一月八日午前二時頃神奈川県横須賀市内川新田千五百七番地の二株式会社久里浜会館玄関前において右ろ頂骨の陥没骨折により死亡するに至つたものである。

二  よつて、原告等は昭和二十五年一月二十六日前記保険契約に基き被告に対し前記保険金の支払を求めたが、被告はこれに応じないので、前記保険金並に右請求の後である同年四月十五日より商法所定の年六分の遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、被告の主張に対し、

三  前記保険契約に被告主張の約款のあることは認めるが、前記死亡が自殺であることは否認する。前記久野富司は当時久里浜所在の水産大学に在学中にして、試験間際のため昭和二十五年一月六日携帯品として金四千円、書籍類、米六升、餅五十切、鶏卵十個、弁当二食分等を携え前記久里浜会館に一時止宿し、試験勉強中右会館のベランダに出で塔に上り少憩した模様にてその間誤つて墜落したものと考えられ、同人の遺書のないこと郷里水戸市を出発して、前記のように久里浜に止宿するに先ち水戸市松本町内田洋服店に洋服を註文したこと等に鑑み更に何等自殺すべき原因の認むべきものがないので、右は過失死である。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却するとの判決を求め、原告等の主張に対し、「原告等主張の一の事実並に原告等が昭和二十五年一月二十六日被告に対し前記保険金の支払を請求したことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。前記久野富司は前記久里浜会館の屋上より飛降り頭蓋骨々折により死亡したものにして自殺と認めるほかなく、前記保険契約の約款第十三条には「第一回保険料払込みの時より二年以内に自殺したときは被告は保険金の支払をしない」旨の定めがあり、前記自殺は右二年以内であるので、被告には前記保険契約に基く保険金の支払義務はない」と述べた。<立証省略>

三、理  由

訴外亡久野富司が被告との間に原告等主張の保険契約を締結し、同人が昭和二十五年一月八日午前二時頃原告等主張の場所において死亡したことは当事者間に争のないところである。

よつて、被告の主張につき案ずるに、成立に争のない甲第六号証の一、二、証人須藤要一、柴田猛夫、杉山金太郎、宮川七五郎の各証言と検証の結果によれば、

一  久野富司は昭和二十五年一月六日より原告等主張の久里浜会館の二階一号室に止宿したが、右一号室の南側は硝子戸三枚並に手すりを以て外部と区劃され、その東部分の硝子戸を開ければ容易に右会館の玄関受付室の屋上のベランダに出られ、ベランダは南側並に東西の周囲に高さ約一尺の囲いを設け地上五、六米の高さにありベランダの北部には時計塔があり、その西側に当時垂直の梯子があつて塔の頂上に上り得る設備があつたこと及び右塔の頂上は地上十二、三米の高さにあり前記ベランダの南端と塔との間隔一・九米あること、

二  久野富司は昭和二十五年一月八日午前二時頃右玄関受付室前面の地上において右頭蓋陥没骨折により死亡し、その死体はシヤツ股引及び足袋をつけ寝巻を着せず、右玄関受付室の前面に頭部を東南足部は西北にして顔を東に向け腹部を下に横臥し、右前面より頭部は四・六米、足部は三・五米の位置にあつたこと及び死体が他の位置より移動され又は生前移動して右位置に至つた形跡の存しないこと。

三  昭和二十五年一月八日前記死亡直後の前記一号室には、寝具が敷かれ一旦これに入つた形跡があり、机には書類がひらかれ寝巻は壁にかけられ、室内が特に整理された形跡なく、遺書又はこれに類する何等のものも存しなかつたこと、

が認められる。而して、右死体の位置、塔及びベランダの高さ、ベランダの南端と塔の距離等の関係からみれば、久野富司が塔又はベランダよりすべり落ちてその死体が前記位置に至るものとは推認するに由なく、却て、右関係によれば、同人が頭部を下に飛び込むか或はかような姿勢の時強く外力が作用するにあらざれば、その死体が前記位置に至るに由なきものと推認する余地あるを以て、右認定の事実を綜合すれば、他に特別の事情の立証のない限り、同人が頭部を下に飛び込み前記のように死亡するに至つたものと推認するほかない。証人柴田猛夫、須藤要一、増田和江、山口芳男、田村茂の各証言によれば、久野富司は外観と異り神経質小心にして前記会館に宿泊した当時において、水戸市における自己の行跡母親の行動が新聞に掲載されるを案じ、前記会館のものにこれを確めるような言動のあつたこと及び同人は久里浜所在の水産大学の学生にして、一月二十日よりの試験に具えて同月六日水戸市を発し、書籍餅その他多量の食糧品を携帯して前記会館に宿泊し、同月七日は終日室内にいたことが窺はれ、これらの事実と前認定の事実を綜合すると同人がかねがね自殺を計り前記のように死を選んだものとは推認するに由なく、前記の如き高さの塔又はベランダより飛び込むことは自殺の手段としては異常のことに属し、これを選ぶことを以て正常な判断の結果とはし難いものと考えられるので、以上の事実を綜合するときは、他に特別の事情の立証のない限り、むしろ、相当に神経の疲労していた久野富司が深夜偶々ベランダに出で或は塔に上りその雰囲気のうちに感傷に陥り発作的に飛び込むに至つたものと推認するを相当と考えざるを得ない。尤も、久野富司の死体検案書にはじめ自殺と記載され、その後同人の母親きくの懇願により墜落死と改められたこと、右きくにおいて自殺を肯定していたこと等は本件証拠に照し容易に認められるが、これらを以て前記推定を覆し前記久野富司の死を所謂自殺と認定するにはその当を欠くものというほかなく、被告の全立証を以てするも自殺の原因として首肯するに足る事情を認めるに由なく、他に前記推定を覆すに足る事情を認めるに足る証拠がない。被告主張の約款の存することは当事者間に争のないところにして、同約款にいう自殺とは商法第六百八十条第一項第一号にいう自殺と同趣旨と解され、前認定の発作的精神障碍中における動作に基因する死亡はこれを包まれないものと解するを相当と考えられるので、被告のこの点の主張は結局採用することが出来ない。

然らば、被告の前認定の保険契約に基き原告等に対し、保険金の支払義務あるところ、原告等が昭和二十五年一月二十六日その支払を請求したことは被告の争わないところであるので、右日時の翌日より被告に遅滞の責あること明なるを以て、被告は原告久野定吉に対し金五十万円、原告久野きくに対し金十万円及び各右金員に対する昭和二十五年四月十五日以降完済まで商法所定の年六分の遅延損害金の支払義務あるものといわねばならない。

よつて、原告等の請求を正当として認容し、訴訟費用並に仮執行の宣言につき民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 脇屋寿夫)

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