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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)7831号 判決

原告 笠原喜八

被告 大同生命保険相互会社 外一名

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し別紙<省略>第一目録の株券を引渡すべし。もし右株券の引渡を命ずる判決の強制執行が不能となるときは、被告等は各自原告に対し金百七十三万六千二十円を支払うべし。右いずれの場合においても、被告等は各自原告に対し金一万円及び昭和二十四年九月一日から右株券引渡または金員支払ずみまで一カ月金五万円の割合による金員を支払うべし。被告大同生命保険相互会社は原告に対し金三十万五千円及びこれに対する昭和二十五年六月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とする。」との担保供与による仮執行宣言つき判決を求め、請求の原因として、また被告等の主張に対して、次のとおり述べた。

原告は被告小菅のすすめによつて、昭和二十四年五月二十日被告大同生命保険相互会社(以下被告会社という)に対し、別紙第二目録の株券を、借主が他から金を借りるために担保に入れてもよいこと、期間は一応二カ月間とするが事情によつて延長できること、賃料は返還の日まで一カ月金五万円の割合で支払うこと、貸主は貸与期間中随時株式の銘柄を差換えることができること、借主は借り受けた株券と同一銘柄の他の株券で返還してもよい(会社分合の結果代りの株式が発行されたらその代替株で返還してもよい)ことと定めて、貸与した。この株券貸与契約は賃貸借と消費貸借の二つの要素をもつた特殊な契約である。即ち、借主が株券を借り受けてその対価を支払うという点において賃貸借に似ている。しかし、他方借主は右株券を他に担保に入れることを許され、従つて場合によつては同一銘柄同一数量の他の株券で返還してもよい(返還前に会社分合の結果代りの株式が発行されたときはその代替株で返還してもよい)とされている点においては、消費貸借の要素をもつている。なおまた株の銘柄を差換え得る権利が貸主に留保されていた点においても、特殊な性質をもつている一の無名契約といえる。

その際、被告小菅は、右貸与株券の返還と賃料の支払とについて被告会社と連帯して保証の責を負うことを約定した。

右株券貸与契約は、被告会社の東京北支社(以下北支社という)の支社長であつた(昭和二十二年四月一日から昭和二十五年三月二十一日まで)斎藤豊一が被告会社の代理人としてしたものである。

第一に、北支社長斎藤豊一は、本件株券貸与契約を締結するについて、被告会社から正規の代理権限を与えられていた。被告会社は関東地方に東京総局をおき、その下に東京北支社ほか十の支社を設置していたが、各支社には相当数の社員がいて支社長の指揮監督の下に被告会社の保険事業に従事していた。支社の担当していた主要な業務は新加入者の募集事務であるが、そのために各支社長には次のような代理権限が与えられていた。(イ) 保険加入者の募集に関する権限。支社長は保険加入者を勧誘募集して保険契約を締結し、第一回の払込保険料を受取る権限を有する。保険料は現金で払い込まれるのが普通であるが、時としては支社長宛に振出された手形を受け取り、これを現金にかえる場合もある。また保険料の支払いを受けたときは、支社長名義の領収証を発行する権限も与えられている。(ロ) 新加入者の募集に要する費用に充てるため他から金を借り、またこれと関連する取引をする権限。支社長は支社に勤務する社員の任免、監督、給与事務等も取扱つているが、支社長の任務として最も重要なことは新加入者の募集である。そのためにはかなり多額の運動費が要るが、本社から運動費として特に現金が支給されることはなく、支社長が受け取つた第一回の保険料の中から一定の割合の金額を控除して、これを募集費用として使うことが許されていたにすぎない。ところで運動費は、契約が成立して第一回の保険料の払込を受ける前に必要な費用である。殊に大口の団体保険の加入者を獲得するためには多額の費用が要るので、その調達のために他から金融を受ける必要がある。被告会社は支社長がかような金融を受ける場合に被告会社の代理人名義を用いることを許容していた。むしろ各支社長が腕を振つてなるべく多くの運動費を金策し、募集計画の規模を大きくして、多くの加入者を獲得することを奨励していたといつてよい。かように被告会社の支社長は運動費に充てるために金を借りたりそのため必要な担保物を借り入れたりすることについて、被告会社から代理権を与えられていた。従つて本件株式貸与契約も、北支社長たる斎藤が、被告会社から与えられていた右のような権限にもとづいて、被告会社の代理人としてしたのである。

第二に、仮りに被告会社の北支社長斎藤が右のような権限をもつていなかつたとしても、少くとも斎藤は北支社長として、被告会社のために保険契約を締結して、第一回の払込保険料を受領する権限を与えられていたのであり、原告は、本件株券借受契約をするについても斎藤に権限ありと信じたのである。その理由は次のとおり。

(イ)  原告は右契約を締結する二カ月位前に、被告小菅宅で同被告から、斎藤を被告会社の支社長として紹介され、斎藤から「大同生命保険相互会社東京北支社長」という肩書のある名刺をもらつた。そのときの斎藤の風貌態度は、大会社の支店長というにふさわしい堂々たるものであつたので、相互保険会社の内実を知らない原告は、斎藤を被告会社の支店長と思い込んだ。(ロ) 東京都中央区日本橋通二丁目の被告会社東京総局の入口に、「大同生命保険相互会社東京総局」という看板と並んで「大同生命保険相互会社東京北支社」という看板が出ていることを原告は知つていた。このことからも、相互保険会社の内実にくらい原告は、北支社長たる斎藤を被告会社の支店長たる地位にあるものと思い込んだ。(ハ) 原告が、被告小菅から、本件株券を斎藤に貸与することをすすめられたとき、被告小菅は「借主は大同生命だから大丈夫だ」と云つていた。被告小菅自身がそう信じていたことは疑いない。当時被告小菅は北支社長たる斎藤にすでに百万円余を貸していたのであるから。(ニ) 被告会社における支社長の地位は、代表取締役に比肩すべき重要なものである。支社長は新加入者と保険契約を締結し、第一回保険料の支払を受ける権限をもつており、そして全国に散在する数多の支社はこの保険契約の締結とそれに関連する極めて重要な業務に従事する機関であつて、かような業務上の行為については東京総局長はもちろん、取締役といえども関与しないことになつていた。支社長の地位はかくのごとく極めて重い。従つて、被告会社の支社長は、第三者にとつては、通常の商事会社の支店長と同じに見えるのである。以上(イ)乃至(ニ)の事情のもとに、原告が被告会社の北支社長たる斎藤は普通の商事会社の支店長と同様に、会社の事業に関する一般的代理権をもつており、従つて被告会社のために本件株券借受契約を締結する権限ありと信じたことは当然であり、かく信じたについては正当な理由があつたと言わなければならない。されば被告会社は、北支社長斎藤がその権限を越えてした本件株券借受契約について、民法第百十条により、その責を負わなければならない。

第三に、右第一及び第二の主張が理由なしとしても、保険業法第四十二条によつて、商法第四十二条の規定は相互保険会社に準用されている。被告会社の北支社は、被告会社の営業所であり、株式会社組織の保険会社の支店にあたる。現に被告会社が前に株式会社であつた当時は、現在の各支社はすべて支店と称し、その登記をしていた。昭和二十三年中相互会社に組織を変えた後は、相互会社の性質上支社と改称したけれども、その実質にはかわりがない。従つて被告会社の支社の営業主任者たるべきことを示す支社長は、商法第四十二条により、被告会社の支配人と同一の権限ありとみなされることになる。されば北支社長たる斎藤も、被告会社の支配人と同一の権限ありとみなされ、斎藤が北支社長名義を用いてした本件株券借受契約について、被告会社はその責を免れることができない。

以上第一乃至第三のとおりで、いずれにせよ本件株券借受契約は、北支社長たる斎藤が被告会社の代理人としてしたことになるのであるから、被告会社はその責を負わなければならないのである。ところで北支社長斎藤は、さきの借受株券を担保として第一短資株式会社から金百二十万円の融資を受けたが、二カ月と定められた株券の貸与期間を経過しても右会社に借入金を返済することができず、従つて原告に株券を返還することができなかつたので、ここに原告と被告会社とは、前と同一条件で返還期を定めずに、右株券貸与契約を継続することを定めた。

その間さきの貸与株券について次のような変動があつた。(イ) 昭和二十四年八月から同年十一月までの間に、原告は前記貸与株式中、三菱重工業、大日本麦酒、豊年製油、東洋紡績、宝酒造、日清製粉の各株券を、日本光学、日本化薬、中外鉱業、帝国石油、日産汽船、キリンビール、興国人絹の各株券と差換えた。(ロ) 昭和二十四年十二月六日被告会社は前記貸与株券中の日本郵船株全部を原告に返還した。(ハ) 昭和二十五年二月二十日前記貸与株券中の三菱化成株は、企業再建整備法によつて新光レーヨン、旭ガラス、日本化成の三株式に分割された。以上(イ)乃至(ハ)の結果、右昭和二十五年二月二十日からの貸与株券は、第一目録のとおり合計十四銘柄一万千百四十株となつた。

被告会社はその後原告が屡々返還を求めたに拘らず右株券を返還せず、また約定賃料も貸与の年の昭和二十四年六月及び七月に各金五万円、同年八月に五万円の内金四万円を支払つたほかその後は支払いを怠つている。

賃料額は、昭和二十四年十二月六日日本郵船株全部が返還されたことによつて影響を受けることなく、その後も一カ月金五万円たることに変りがない。そのわけは、さきに述べた昭和二十四年八月から十一月までの間に行われた株式の差換えにおいて、新たに貸与した日本光学外六銘柄の株券は戻された三菱重工業外五銘柄の株券に比べて合計約四千株が増加したばかりでなく、その実質的価値もより優良な株式であつたから、その後日本郵船株が返還されても、実質的には契約当初の貸与株式が減少したことにならず、従つて賃料額を改めることは、原告も被告会社も考えなかつたからである。のみならず本件株券貸借契約が成立した当時、貸借がかように長期間に及ぶことは当事者間に予想されなかつたことであり、従つて契約当事者としては貸与株券の全部(少くとも大部分)が返還されるまで一カ月金五万円の賃料支払を約定したつもりでいたのである。されば原告は第一目録の株券の返還を受けるまで一カ月金五万円の割合による約定賃料の支払を求めることができるのである。

よつて原告は本訴状の送還を以て本件株券貸借契約を解除し、前記約定にもとづき、借主たる被告会社および連帯保証人たる被告小菅に対し、第一次に第一目録の株券の返還を、第二次にその返還を命ずる判決の強制執行が不能となつた場合のため、その履行に代る損害の賠償として、本件口頭弁論終結の日たる昭和二十八年一月二十九日当時の右株式の時価合計金百七十三万六千二十円の支払いを求め、併せて昭和二十四年八月分の未払賃料金一万円と同年九月一日から右株券引渡の日またはその履行に代る右損害金支払の日まで、一カ月金五万円の割合による賃料及び損害金の支払を求める。

次に原告は昭和二十四年十二月五日被告会社に対し弁済期を昭和二十五年五月三十一日と定めて、金四十万五千円を貸与した。右消費貸借契約も被告会社の北支社長斎藤が被告会社の代理人としてしたものであつて、被告会社の責任の根拠はさきに本件株式貸借契約について述べたところと同じである。然るに被告会社は昭和二十五年七月三日に内金十万円を弁済しただけであるから、原告は被告会社に対し、残金三十万五千円と、これに対する昭和二十五年六月一日(弁済期の翌日)から完済まで年六分の商事法定利率(右消費貸借は被告会社の附属的商行為である)による遅延損害金の支払を求める。

なお原告は被告等主張のとおり有限会社三和莫大小製造所に本件貸与株式返還請求権及び損害賠償請求権等の債権を譲渡したのであるが、昭和二十六年十二月十四日更に右会社から右債権の譲渡を受け、右会社は被告小菅に対しては昭和二十七年五月二十二日、被告会社に対しては同月二十三日、それぞれ債権譲渡の通知をしたのである。と述べた。<立証省略>

被告会社訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告主張の事実中、斎藤豊一が原告主張の期間中被告会社の北支社長であつたこと、斎藤豊一が第二目録の株券を第一短資株式会社に担保に入れて融資を受けたこと、原告主張の日に斎藤が右株券中日本郵船株全部を請け戻して原告に返還したこと、原告主張の日に斎藤が原告から金四十万五千円を受け取つたこと、原告主張の頃有限会社三和莫大小製造所から原告主張のような債権譲渡の通知があつたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

第二目録の株券は、原告がまず被告小菅に貸与し、北支社長たる斎藤が個人の資格で被告小菅からこれを転借したのであつて、斎藤と原告との間に直接の契約関係はない。

仮りに斎藤が被告会社の代理人名義を用いて直接原告との間に右株券貸借契約をしたとしても、被告会社がその契約上の責任を問われる理由はない。

第一に、斎藤は被告会社を代理して他から金を借りたり、株式を借り入れたりする権限をもつていなかつた。被告会社の北支社長に与えられている権限は、新規の契約者を募集してこれを本社に取次ぐこと、保険料その他保険契約に附随する金銭の支払を受けること、被告会社の規定によつて認められている募集費その他の経費をその目的どおりに使用することに限られており、募集費に充てるために被告会社を代理して金を借りたり株式を借り入れたりする権限は与えられていない。北支社長たる斎藤に特にかような権限を与えたこともない。本件株券貸借契約は、斎藤が自己の利益のために北支社長の名義を濫用して、権限外の行為をしたのである。

第二に、原告が、斎藤は北支社長として被告会社のために金を借りたり株式を借り入れたりする権限を与えられていたと信じたとしても、かく信ずるについては正当な理由を欠いている。元来他から金を借りたり株券を借用したりすることは、相互保険会社たる被告会社の事業目的外のことであり、またその附随的な行為でもない。ことは容易にわかることであるから、原告が時価百万円以上の本件株券を貸与するについて、被告会社に照会もせず、何の調査もしないで漫然と斎藤に代理権限ありと考えることは普通でない。また最初被告小菅が原告に対し、斎藤に株券を貸与して賃料を取ることをすすめたとき、原告は被告会社はどんな会社か知らないから信用できないとして、直接斎藤に貸与することを肯んぜず、先ず被告小菅に貸し、被告小菅から斎藤に転貸することを承諾したほどである。かような立場にあつた原告が、その後被告小菅の言うところをそのまま信用して、被告会社の内実を調査することなく漫然と斎藤に代理権ありと考えたということは、まことに不用意である。のみならず、斎藤が被告小菅宛にしたため、その末尾に被告小菅が更に原告宛に書き込んで原告に差入れた本件株券の預り証(甲第一号証)には、斎藤が「大同生命保険株式会社東京北支社長」の肩書を用いて記名しており、しかも社印も押していない。普通の注意を払えば、斎藤が「大同生命保険相互会社」の代理権限ありとして右預り証を出したのでないことが、容易にわかるはずである。右の諸事情を合せ考えると、原告が斎藤に前記のような代理権ありと信じたことは、その正当な理由を欠き、むしろ原告に過失ありと言える。他に原告のあげる事情は、いずれも右正当な理由を認めさせるに十分でない。

第三に、原告は、商法四十二条の準用によつて斎藤が被告会社の本店支配人と同一の権限ありとみなされるかのようにいうが、原告の見解は誤つている。同条は本店又は支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人を、当該本店又は当該支店の支配人と同一の権限ありとみなすに止まり、かような名称を附した支店使用人を本店支配人と同一権限ありとみなす主旨ではない。斎藤が被告会社の北支社長であつたことは被告会社も争わないのであり、北支社長には原告主張のような権限がなかつたことさきに述べたとおりであるから、同条によつて被告会社の責を問うことはできないのである。

次に原告がその主張の日に斎藤に金四十万五千円を交付したことによつて、被告会社は何ら責任を負うものでない。原告は、斎藤が担保に入れていた本件株式中日本郵船株八百株を引出すために、斎藤に右金四十万五千円を交付してその引出手続を依頼したのであり、斎藤は委任の主旨に従つて右株券を引出し原告に交付したのであつて、右金員は貸金ではないから、原告は、貸金としてその返還を求めることはできない。

仮りに右四十万五千円が貸金であるとしても、斎藤が被告会社を代理して金を借りる権限をもつていなかつたことは、さきに述べたとおりであるから、斎藤が北支社長名義を用いて借り受けたところで、それは斎藤の権限外の行為である。

なおまた仮りに原告が斎藤に被告会社のため金借する代理権限ありと信じたとしても、かく信ずるについて正当な事由がなかつたことは、本件株式の貸借についてさきに述べた事情のほか、更に次の事情があることによつて明らかである。即ち原告が斎藤に右四十万五千円を貸与したのは、本件株券貸与後半年以上も経過した後のことであつて、この間原告は度々斎藤に株券の返還を求めたに拘らず、斎藤は株券を返還しないばかりでなく、一カ月金五万円の賃料も支払つていなかつたのに、原告は一度も被告会社に照会したことも、請求したこともなかつた。かような事情の下に原告が重ねて斎藤に右金員を貸与したことは、甚だ不注意であつて、斎藤に代理権ありと信じたことは原告の過失によるものである。いずれにせよ原告は被告会社に対して、右金四十万五千円の返還を求めることはできないのである。

以上の主張がすべて理由ないとしても、原告は昭和二十四年十二月三日本件株券返還請求権及びこれに関する損害賠償請求権等すべての債権を有限会社三和莫大小製造所に譲渡したから、原告の本訴請求はいずれも理由がない。と述べた。<立証省略>

被告小菅訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告主張の事実中、原告主張の日に原告が被告会社の北支社長斎藤に原告主張の株券をその主張のような条件で貸与したこと、貸与期間が満了しても斎藤が右株券を原告に返還しなかつたので、更に同一条件で引続き貸与したこと、北支社長斎藤が原告主張の分のほか約定賃料の支払を怠つていること、原告主張の日に有限会社三和莫大小製造所からその主張のような債権譲渡の通知があつたことは認める。原告主張のように貸与株券中一部の差換えや返還が行われたことは知らない。被告小菅が斎藤に株式を貸すよう原告にすすめたこと、本件株券貸借契約について、被告小菅が株券返還並びに賃料支払債務の連帯保証をしたことは否認する。

被告小菅は原告が被告会社の北支社長斎藤に本件株式を貸与するについて仲介の労をとつたにすぎず、原告から斎藤に渡すことを頼まれて一時株券を預かり、それを斎藤に引渡したことがあるに止まる。本件株式預り証(甲第一号証)は、まず斎藤から被告小菅宛にしたためてあり、更にその末尾に被告小菅から原告宛にしたためてあるが、右末尾の部分は、被告小菅の知らない間にその妻小菅英津子が原告に言われるままに書いたものであるのみならず、その記載自体被告小菅が連帯保証をした主旨を示すものでもない。

仮りに被告が原告主張のような本件株券返還並びに賃料支払債務を負つていたとしても、原告は昭和二十四年十二月三日本件株式貸借契約による株券返還請求権及びこれに関する損害賠償請求権等すべての債権を有限会社三和莫大小製造所に譲渡し、昭和二十六年九月十四日附郵便でその旨通知して来た。原告は現に右債権をもつていないから原告の請求は理由がない。と述べた。<立証省略>

三、理  由

斎藤豊一が昭和二十二年四月一日から昭和二十五年三月三十一日まで被告会社の北支社長であつたことは、原告と被告会社との間に争いがなく、被告小菅も明らかに争わないところである。

よつてまず、本件株券貸借契約は原告と北支社長たる斎藤との間に直接締結されたものか、被告小菅が原告から借り受けたものを、斎藤が被告小菅から転借したにすぎないものであるかについて、判断を与える。

甲第一号証(証人斎藤豊一、小菅英津子、原告本人の各供述によつて、斎藤豊一から被告小菅宛の部分は斎藤豊一が作成したもの、被告小菅から原告宛の部分は小菅英津子が書いたものと認めることができる、但し被告小菅との間では真正にできたことに争いがない)、甲第二号証の一、二(証人斎藤豊一、原告本人の供述によつて真正にできたと認められる、但し被告小菅との間では真正にできたことに争いがない)、甲第四号証(原告本人の供述によつて斎藤豊一の名刺であると認められる、但し被告小菅との間ではかような名刺であることに争いがない)、甲第六号証の一乃至三(証人斎藤豊一、原告本人の各供述によつて真正にできたと認めることができる、但し被告小菅との間では真正にできたことに争いがない)、乙第五号証の一乃至三(真正にできたことに争いがない)と証人斎藤豊一、小菅英津子の各証言、原告及び被告小菅本人の各供述とを合せ考えると、次のとおり認めることができる。

昭和二十四年三月頃原告はかねて知り合いの被告小菅から、斎藤豊一を被告会社の北支社長であると紹介された。その後原告は、被告小菅が斎藤に金を貸して高利を得ていることを聞いたので、斎藤に株券を貸して謝礼をとつてはどうかと、被告小菅にすすめられてのり気になり、被告小菅にそのあつせんを頼んだ。そして被告小菅の仲介により、株券を貸与するについての条件として、貸与期間は二カ月、但し場合によつて延期できること、賃料は株式の時価の七割相当額に対する月五分の割合の額を標準とすることと原告と斎藤との間に話合いができ、原告は昭和二十四年五月十日頃北支社長斎藤に貸す目的で被告小菅に第二目録の株券を渡し、次いで被告小菅は同月二十日右株券を斎藤に渡した。その際被告小菅は斎藤から仲介料を取る都合があつたので、仲介者たる同被告宛の預り証を出してもらいたいと希望した。そこで斎藤は「大同生命保険株式会社東京北支社長」の肩書を用いて被告小菅宛の右株券預り証を書いて渡したが、これを被告小菅から受け取つた原告は、貸主たる自己宛のものに書きかえてもらいたいと被告小菅宅を訪ねた。その際被告小菅は不在であつて、その妻小菅英津子が原告に言われるまま、右斎藤が出した被告小菅宛の預り証の末尾に、原告が予め鉛筆で下書きしたとおり、更に被告小菅から原告宛に右株券を預つた旨の文言を毛筆で書き入れ、被告小菅の印を押して原告に渡した(甲第一号証)。原告はかような形式の預り証をとつておけば、万一の場合被告小菅の責任も問うことができると考えたのであつた。そしてはじめ二カ月間の賃料は、いずれも斎藤から被告小菅の手を経て原告に渡された。またその後名義書換等の必要から、原告が一部の株券の返還を受けてその代替株を渡した時、返還を受けた株券の受領証を被告小菅宛に出したこともあり、斎藤から直接原告宛の代替株の預り証が出されたこともあつた。

かように認めることができる。証人斎藤豊一の証言及び被告小菅本人の供述中右認定に反する部分は採用することができない。

右認定の事実によると、本件株券貸借契約は、被告小菅の仲介によつて、被告小菅が斎藤に第二目録の株券を渡し昭和二十四年五月二十日原告と斎藤との間に直接成立したものと認めるのが相当である。右株式預り証(甲第一号証)の形式が借主たる斎藤から直接貸主たる原告に宛てられたものでないこと、はじめ賃料が被告小菅の手を通じて原告に渡されたこと、原告が返還を受けた一部の株券の受領証を被告小菅宛に出したことがあること等の諸事情は、本件株式貸借契約が被告小菅の仲介によつて成立し、その手を経て斎藤に株券が渡されたこと、被告小菅が斎藤から仲介料を取る都合があつたこと、原告が仲介者たる被告小菅の責任を問う余地を残しておこうと考えたこと等の結果であると考えられるから、必ずしも、本件株券貸借契約が直接原告と斎藤との間に成立したとみることの妨げになるものではない。

よつて右株券貸借契約については、被告会社がその責を負うべきであるという原告の主張について、順次判断を与える。

乙第三号証の一、二(真正にできたことに争いがない)と証人野中久男、久保田実、斎藤豊一の各証言とを合せ考えると、次のとおり認めることができる。

被告会社は相互保険会社として、その設立に当り、財産利用方法書、事業方法書を出して、保険事業につき大蔵大臣の免許を受けているが、その事業方法書中に支社の一般的権限として認められているのは、(イ) 新契約の募集及び取次、(ロ) 保険料その他保険契約による金銭の収受、(ハ) 規定による募集費その他本社が承認した予算の範囲内での支社経費の支払、(ニ) 本社の命を受け代理店勘定の取立及び保険契約による諸支払をなすことの四つの事項に限られている。そして支社長は、右の諸事項について、支社の代表者として被告会社のためにこれを処理する権限をもつ者であり、殊にその主要な任務は支社勤務の外務員を指揮監督して新契約の募集をはかることである。北支社長たる斎藤も右以外に特別な権限を与えられておらず、従つて特に、被告会社を代理して金を借りたり、金融を得るために株券を借り入れたりする権限を与えられたことはなかつた。そして右支社の権限に属する保険契約者の募集、就中多額の団体保険契約を獲得するためには、募集費としてかなり多額の費用が要るが、その費用としては、支社が払込を受けた第一回保険料から、千円について二十円の割合の金額を控除し、その五分の一を支社経費に充て残り五分の四を外務員の募集手当に充てることが許されていたほか、支社長が自ら契約者を獲得したときは、右の千円について二十円の割合の控除額を全部支社長の収入として、支社長が自由に募集費等に使うことを認められていた。また募集成績が振わない月があつても、翌月新契約を獲得できる見込があるときは、右の支社において募集費に充てることを許された割合の金額の範囲内で、本社から予め募集費を仮払いして支給することも行われていた。しかし各支社は募集成績を挙げることを競うため募集費に不足を来すことがあつて、北支社長斎藤は募集費の不足を補うため屡々個人で借金をしたこともあつたが、被告会社はかような行為に出ることを厳に戒めており斎藤も一度ならず本社から注意を受けていた。

かように認めることができる。証人斎藤豊一の証言中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

北支社長たる斎藤は、被告会社を代理して金を借りたり、金融を得るため株式を借り入れたりする権限は与えられていなかつたのであり、斎藤がかような行為をすることを被告会社が認容していたということはできないのである。してみると、本件株券貸借契約は、北支社長たる斎藤が与えられた権限を越えてしたものにほかならないのである。

この点について、原告は、本件株券貸借契約が北支社長斎藤の権限外の行為であつたとしても、原告は斎藤にその権限ありと信じたのであり、かく信ずるについては正当な事由があつた、という。

しかし保険事業を営む会社(相互会社たると株式会社たるとを問わず)の基本的業務行為が、保険契約の締結、払込保険料の領収、保険金の交付等であることは明らかなことであり、保険会社は他の営業を目的とする通常の商事会社と異り、保険業法によつて主務官庁の厳重な監督を受け、その事業目的を逸脱するような行為をする自由をもたないものである。そして証人野中久男、久保田実の各証言を合せ考えても、保険会社が事業運営のために他から金を借りたり株券を借り入れたりすることは、その必要がないのみならず、却つて保険事業の性質上ごく危険な行為であることを認めることができる。

されば相互保険会社たる被告会社が、その営業のために金を借りたり株券を借り受けたりすることは、その正常な業務行為の範囲に入らぬ、極めて異例なことと言える。このことは普通の注意を払えば容易にわかることである。

ところで北支社長たる斎藤に、被告会社のため金を借りたり株券を借り入れたりすることの代理権ありと信ずべき正当の事由なりとして原告の挙げるところは、おおむね北支社長斎藤が、一般商事会社の支店長と同様の地位にあると見えた、ということである。しかし一般商事会社の支店長がした権限外の行為であつても、その会社の営業のためにするものと通常考えられる行為でなければ、正当の事由ありとしてその権限外の行為を会社の責に帰することはできないのである。他から金を借りたり株券を借り受けたりすることは、相互保険会社たる被告会社の通常の業務行為と見られないことさきに述べたとおりであるから、原告が北支社長斎藤に一般商事会社の支店長と同じく、被告会社の営業に関する一般的代理権ありと信じて本件株券貸与契約をしたところで、直ちにかく信ずるについて正当な理由があつたということはできない。

証人斎藤豊一の証言と原告及び被告小菅各本人の供述とを合せ考えると、斎藤は本件株券貸借契約をする前に、被告小菅から金百万円余を借用していたこと、被告小菅も株券の貸与を原告にすすめた際に、「斎藤に金百万円余を貸しており、大同生命は確実な会社であつて、資金運用上一番よい。」と告げたことを認めることができる。しかしまた、甲第一号証、原告本人の供述に弁論の全主旨を考え合せると、斎藤は本件株式預り証に「大同生命保険株式会社東京北支社長」なる肩書を用い、その個人印を押しただけで社印を押していないこと、原告自身有限会社三和莫大小製造所なる会社を経営しており、また前に被告会社の生命保険に加入していたことを認めることができる。かような立場にある原告が普通の注意を払つたならば、被告会社の通常の業務行為の範囲についてさきに説明したことを容易に理解できたはずであり、斎藤が出した株式預り証の肩書が「株式会社」となつていて、社印も押してないことに疑いを持つたはずである。また原告としては、本件株券貸与契約を締結するに当り、被告小菅が金を貸していた相手方は被告会社ではなく、斎藤個人ではなかつたか、斎藤がふだん被告会社を代理して他から金を借りていたか等を、更に確めてみるべきであつたと言える。のみならずさきに認定した、本件株券の借賃が株式の時価の七割相当額に対し月五分の割合と定められたことについても、相当の規模をもつた会社が、表向の行為として、かように高額の対価の支払を約定することは、異常なことと考えられるから、原告としてもこの点に疑いをもつて、慎重に斎藤の権限を調べてみるべきであつたとも言える。原告が以上の注意を怠り、被告小菅の言うところをそのまま信用して本件契約をしたとすれば、いささか軽卒のそしりを免かれず、北支社長斎藤に被告会社を代理して金を借りたり株券を借り受けたりする権限ありと信じたについては、その正当な理由がなく、むしろ原告に過失があつたと言わなければならない。されば原告は、北支社長たる斎藤が本件株券借受契約をしたことについて、民法第百十条によつて被告会社の責を問うことはできないのである。

次に商法第四十二条の適用により、被告会社は本件株券貸借契約の責を負わなければならないとの主張について。

被告会社の支社に与えられた一般的権限が、新契約の募集及び取次その他三つの事項に限られ、支社長は右の諸事項について支社の代表者としてこれを処理する権限を有する者であつて、北支社長たる斎藤も右以外に特別の権限を与えられておらず、その主要な任務は保険契約の募集、外務員の指揮監督事務であつたことは、さきに認定したとおりである。されば北支社は被告会社の保険事業の執行について右の限られた範囲の行為を担当していたにすぎず、被告会社の基本行為たる保険契約の締結、契約復活の承認等については権限をもつていなかつたのであるから、北支社が自ら本店と同一の営業をなし得る組織を有する、商法にいわゆる支店に該るということはできず、北支社長たる斎藤を以つて商法第四十二条の営業主任者ということはできない。従つて北支社長たる斎藤がした本件株券貸借契約について、原告は同条によつても被告会社の責を問うことができないのである。

以上のとおり、いずれの点からしても原告と北支社長斎藤との間になされた本件株券貸借契約について、被告会社がその責に任ずべき理由はないのである。従つてまた、右契約について被告会社がその責を負うべきことを前提として、被告小菅にその連帯保証人としての責任を問う被告小菅に対する原告の請求は、主たる債務が存在しない以上、連帯保証契約があつたかどうかを判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

次に被告会社に対する貸金の請求について。

甲第三号証の一(証人斎藤豊一、原告本人の供述によつて真正にできたと認めることができる)と証人斎藤豊一の証言、原告本人の供述とを合せ考えると、原告主張の頃斎藤は原告から第二目録の株式中日本郵船株八百株の返還を求められたが、右株式は第一短資株式会社に担保に入れてあつたので、これを請け出すために原告から金四十万五千円を借り受けたことを認めることができる。

しかし北支社長たる斎藤がした右消費貸借行為は、その権限外の行為であつて、しかもこれについて被告会社の責を問うことができないことは、本件株式貸借契約についてさきに説明したとおりである。

ひつきよう原告は、本件株券貸借契約並びに金銭消費貸借契約について、契約の相手方たる斎藤豊一の個人的責任を問うは格別、被告会社に契約上の責を問うことはできないのである。

原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)

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