大判例

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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)790号 判決

原告 佐藤重次

被告 野口トク

一、主  文

被告は原告に対し金十二万円及び之に対する昭和二十六年二月二十四日から完済迄年五分の割の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告に於て金四万円の担保を供託すれば仮に之を執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告は昭和二十五年九月十二日被告より、被告所有にかかる東京都台東区浅草聖天町五十八番地(もと浅草区金竜山瓦町一番地)宅地二十四坪九勺を買受け同日その所有権移転登記を受けた。右売買にあたり被告は右土地については何等用益的権利が存しない旨を告げ原告はこれを信じて買受けたのであるが、買受後間もなく、右土地は、訴外東京ゴム草履底爪掛共販株式会社が昭和十六年八月一日、前賃借人松野健次郎より非堅固の建物所有の為の賃借権を、賃貸人たる被告の承諾を得て譲受け、地上に建物を所有していたところ、右建物が昭和二十年三月十日戦災により焼失した結果、昭和二十四年五月二十八日同会社と被告間に於てその存続期間を昭和三十年四月三日迄として右賃借権を確認する旨の裁判上の和解(東京地方裁判所昭和二十三年(ワ)第一一二三号借地権確認事件)が成立し、現に同会社に於て賃借権を有しているものであることが判明したので、原告は止むなく昭和二十五年十一月二十八日同会社に金十二万円を支払つてその賃借権を抛棄せしめた。即ち原告は右賃借権の存した為金十二万円の損害をこうむつたのであるから、民法第五百六十六条第二項後段の類推適用により、被告に対し右損害金十二万円及び之に対する本件訴状送達の翌日の昭和二十六年二月二十四日より完済迄民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める為本訴に及んだと述べ、被告の主張事実中、前記賃貸借につき被告主張の如き解除権留保の特約が存し右会社に於て之を承継したこと、同会社が被告主張の期間の賃料(毎月二十八日払)の支払をしなかつたこと、被告主張の日に契約解除の意思表示のあつたこと並に売買代金額の点は認めるがその余の事実は争う。右賃貸借の賃料は一ケ月金十七円三十銭であるのみでなく、被告は前記会社が賃借権を有していた右土地を昭和二十二年一月より訴外泉崎秀雄に賃貸し同訴外人に於て引きつづき昭和二十五年十月二日迄右土地を占有していた結果、前記会社の右借地の使用収益を不能の状態に陥れていたのであるから、その間同会社の賃料債務は発生しないのであつて、之が履行遅滞を理由とする契約解除は無効であると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告がその主張の日に、その主張の土地を被告より買受け之が所有権移転登記を受けたこと、原告主張の如き経緯により、東京ゴム草履底爪掛共販株式会社が右土地を賃借し次いで原告主張の如く被告との間に裁判上の和解が成立したことは之を認めるが、その余の原告主張事実は之を争う。右土地の賃貸借については、当初の賃借人松野健次郎との間に賃借人が賃料の支払を延滞したときは催告を要せずして賃貸借契約を解除し得る特約があり、前記会社は右特約を承継していたものであるが、同会社は昭和二十三年二月分より昭和二十五年七月分迄夫々毎月二十八日毎に支払うべき賃料合計三千六百三十一円四十銭(昭和二十三年二月より一ケ月金四十三円二十五銭、同年十月より一ケ月金百八円十二銭、昭和二十四年六月より一ケ月金百七十二円九十銭の割合による)の支払を延滞したので、被告は昭和二十五年八月二十七日同会社に対し右賃貸借契約を解除する旨の意旨表示をしたから、右賃貸借は同日終了したのであり、原告の買受当時もはや同会社の賃借権は存しなかつたのである。仮に右解除が法律上無効であつたとしても、被告は原告に右土地を売渡す際、右の事情を告げた上、後日の紛争による原告の損害をあらかじめ填補する趣旨で時価一坪一万五千円の土地を特に一坪六千円の代金を以て売渡したのであつて即ち原告はあらかじめ被告に対し追奪担保の責任を免除したものであるから、いずれにせよ被告に於ては原告主張の如き損害の担保責任はないと述べ、原告の再答弁事実を否認した。<立証省略>

三、理  由

原告がその主張の日にその主張の土地を被告から買受けたことは当事者間争なく、証人小竹保治、佐藤重成の各証言並に右証言により真正な成立の認められる甲第八号証によれば、原告は右土地につき東京ゴム草履底爪掛共販株式会社が賃借権を有するものとして之が抛棄の代償として原告主張の日に金十二万円を同会社に支払つた事実を認め得る。よつて右売買当時原告主張の如き賃借権が存していたものであるか否か審按するに、右土地はもと松野健次郎が非堅固の建物所有の目的を以て被告より賃借していたところ、昭和十六年八月一日前記会社が被告の承諾を得て右賃借権を譲受け、その地上に建物を所有しているうち、原告主張の日に戦災により右建物が焼失したこと、その後原告主張の如く右会社と被告間に右賃借権を確認する旨の裁判上の和解が成立したことはいずれも当事者間に争がない。然るに被告は右賃貸借は右会社の賃料の支払延滞により解除せられた旨抗争し、右賃貸借につき、被告主張の如き解除権留保の特約の存したこと、右会社が被告主張の期間、毎月二十八日毎に支払うべき賃料(その賃料額に付ては争あるも暫く措く)の支払をしなかつたこと、よつて被告がその主張の日に右会社に対し右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間争のないところであるが、成立に争のない甲第四号証及び証人泉崎秀雄、小竹保治、佐藤重成の各証言によれば、被告はこれより先、昭和二十二年一月中訴外泉崎秀雄に対し右土地を賃貸した結果同訴外人に於てその後引きつづき昭和二十五年十月二日迄右土地を占有していた為、右会社に於て右借地を使用収益し得ない状態となつていた事実を認め得るから(右認定に反する証人野口進、野口務の各証言は措信しない)、同会社はその間被告に対し右土地の賃料支払義務を負担することなかりしものといわなければならない。尤も成立に争のない甲第三号証によれば、泉崎秀雄は前記裁判上の和解によつて右会社に対し、昭和二十四年六月二十日迄に右土地を明渡すべきことを約諾した結果、右会社は右和解調書に基き自ら泉崎に対しその占有を排除し得るに至つた事実を認め得るも、被告が右会社に対する賃貸人として同会社の為右土地の使用収益の妨害を除去すべき義務は之が為消滅すべきものではないから、被告に於て右妨害除去義務を履行しない以上、賃借人たる右会社の賃料債務は依然発生することなきものである。証人泉崎秀雄の証言によれば、被告は右和解により泉崎に対し、その土地明渡と同時に土地明渡料の支払、先に受領した権利金の返還を約諾しながら之を履行しなかつた為、泉崎に於て右土地の占有を継続したものであることが認められるのであつて(右認定に反する証人野口進、野口務の各証言は措信しない)被告は右妨害除去義務不履行の責を免れないから、前説示の如くその間被告会社は賃料債務を負担することなく、従つて之が履行遅滞あることを前提としてなしたる被告の契約解除の意思表示は無効と言うべく、被告の抗弁は採用し難い。

されば原告はその買受けた土地に右賃借権の存したが為、前記代償金と同額の損害をこうむつたものと言うべく、原告が右賃借権の存在につき善意の買主であつたことは証人佐藤重成の証言、同証言により全部真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、成立に争のない同号証の二によつて之を認め得べく、しかも右賃借権は罹災都市借地借家臨時処理法第十条により借地の第三取得者に対抗し得べきものであつて民法第五百六十六条第二項後段の規定を類推適用すべきものであるから、被告は同法条に基き原告に対し前記損害を賠償すべき義務あるものというべきである。被告は、原告は売買契約の際追奪担保の責任を免除した旨抗弁し、右土地の売買代金が被告主張の如く一坪金六千円であつたことは原告の認めるところであつて、鑑定人雑賀武四郎の鑑定の結果によると、右代金額は時価に比し多少低額なることを窺い得べきも、この一事のみにより追奪担保免除の事実を認め難く、他に之を肯認するに足る証拠はないから右抗弁は理由がない。

而して原告の本訴請求が法定の一年の除斥期間内になされたものであることはその売買の日時と、本件訴状押捺の受付印の日附(即ち昭和二十六年二月十六日)を比照して明白であるから、被告は原告に対し右損害金十二万円及び之に対する本件訴状送達の翌日たること記録上明白なる昭和二十六年二月二十四日より完済迄民法所定年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務あるものであつて、原告の本訴請求は正当として認容すべく、民事訴訟法第八十九条、第百九十六条に則り主文の如く判決する。

(裁判官 北村良一)

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