東京地方裁判所 昭和26年(行)24号 判決
原告 岡田三輔
被告 法務総裁
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は昭和二十六年六月二日の第一回口頭弁論期日並びに同年七月五日の続行期日のいずれにも出頭しなかつた。
陳述したものと看做された訴状の記載によれば、原告は、「被告が原告に対し法務府の名をもつて昭和二十五年十一月三十日附でなした免職処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べている。
原告は昭和九年六月六日公証人に任ぜられ、和歌山地方裁判所所属となり、新宮市新宮公証人役場に於いて事務に従事し、以来和歌山司法事務局所属、和歌山地方法務局所属となり、引続き勤務中であつたが、昭和二十五年十一月二十九日和歌山地方法務局長から原告に対し、月末免職発令の通知があり、同年十二月五日に原告は十一月二十日附法務府名義で公証人法第十五条第一項第三号により公証人を免ずる旨の原告の免職辞令書を受取つた。しかし右の免職処分は次の各理由によつて違法であるから、原告はその取消を求めるものである。
第一に、公証人は国家公務員であり、一般職に属するものとして国家公務員法の適用を受くべき地位にある。すなわち、公証人は、新憲法施行前は国家の機関を構成する国家の職員とされていたのであるが、新憲法施行と同時に当時在職する公証人の地位は、憲法補則第百三条の規定により、任命により国家機関として国務の担当を職とし法律上国の給与を受ける公務員たる性格を有するものとして同法第七十三条第四号にいう官吏の地位となつたのである。(もししからずとせんか、公証人については憲法補則第百三条にいわゆるその地位に相応する地位が憲法で認められていないから、公証人の地位はその存在の基礎を失うこととなるであろう。国家賠償法附則をもつて公証人の損害賠償義務に関する公証人法第六条の規定を削除した立法精神は、公証人の国家公務員たる地位を暗示するものである。)右のごとく、公証人は憲法第七十三条第四号にいう官吏となつたのであるが、さらに官吏に関する事務を掌理する基準として制定された国家公務員法の施行により、国家公務員となり、同法第二条に定める特別職に該当しないため、一般職に属するものとして同法の適用を受けることになつた。
さて、一般職に属する職員の任免等について特例が設けられた場合、国家公務員法の規定と矛盾し又は抵触するならば、その特例の適用のないことは国家公務員法附則第十三条、同法第一条末項の規定に徴し明かであり、この意味において公証人法第十五条第一項第三号の改正規定は効力のないものである。
(イ) 右改正規定は国家公務員法第七十八条の規定と矛盾する。同法第七十五条は、職員は法律又は人事院規則に定める事由による場合でなければその意に反して免職されることはない、と規定し、同法第七十八条によれば、能力に関する免職事由としては、勤務実績がよくない場合と心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合とを挙げているものであつて、職員は老若の区別なくこの規定の保障を受け、能力を有する限り、単に老年の故をもつては免職されることはないのである。しかるに右改正規定が公証人年令七十才に達したときという一定事実の発生を免職事由とし、その能力如何を問わず法務総裁の独裁をもつて免職し得ることとしたのは、恣意的に公証人の在職年令を一定の限度に制約したものであつて、明かに国家公務員法第七十八条の規定と矛盾する。
(ロ) 右改正規定は国家公務員法第七十四条の規定に抵触する。同条第一項は、すべて職員の分限、懲戒及び保障については公正でなければならない、と規定している。しかるに右改正規定は、公証人が年令七十才に達した場合、これを免職すると否とを法務総裁の権限に委ねているから、その実際上の運用如何によつては、能力のある者が免職され、能力のない者が職に留まり、又免職時期によつて在職年限に差別を生ずることも起り得るのであつて、その間の公正を期しがたく、この点からいつて右法条に抵触するものである。
(ハ) 右改正規定は、すべて国民はこの法律の適用について平等に取り扱われ、差別されてはならない、とする国家公務員法第二十七条の規定に抵触する。けだし、右改正規定は、一般国家公務員が老年の故をもつては免職されない権利を保障されているにもかかわらず、これに差別を設け、公証人については年令七十才に達したときという一定事実の発生を免職事由とし、平等取扱の原則に反しているからである。
本件免職処分は、右のごとく無効の規定にもとずいてなされたものであるから、違法たるを免れない。
第二に、憲法第十四条及び同法第二十七条はそれぞれ平等と勤労との基本的人権を保障し、同法第十二条によつて公共の福祉のためにのみこれを制限することができることとしている。然るに、本改正規定は公証人のみ七十才に達したときはその能力を審査する手続もなく法務総裁の権限で免職し得ることとしたが、これは何等公共の福祉のためとは云い得ない事由によつて、他の一般公務員との間に差別を設けるばかりでなく公証人の勤労の安定をおびやかし、前記憲法の保障する平等権と勤労権を侵害するものであつて、違憲の法律であるからこれに基く本件免職処分は違法である。
第三に、公証人の地位が国家公務員である以上退職の際当然受くべき恩給の権利あることは国家公務員法第百七条に依つて明らかで恩給の基準たる公証人の調整さるべき給与は即ちその手数料である。公証人と同様の地位にある執行吏については既に昭和二十五年十二月十五日一般職に属する職員として職級の格付が行われた。
公証人についても当然職級の格付をし、法律上給与、恩給に関して保障実現の方法を講ずべきものである。本件免職処分は原告の右の恩給期待権を侵害するものであつてこの点からしても違法の処分であることを免れない。
第四に、公証人の免職は公証人法第十五条により法務総裁に於いて処分すべきであるのに本件免職辞令は前記のように法務総裁に代わる権限のない法務府の発令であるから違法である。
すなわち、法務府は各省と異なり、その長たる法務総裁と一体の組織をなさず、所掌事務管理権限の主体は独り法務総裁のみであつて、法務府は単にその下部補助官府として事務掌理の権限を有するにすぎないのである。又、公証人の免職は身分に関する事項で法務府設置法第九条第一項第八号により法務府官房の所管であるのに拘らず、権限なき民事局長所掌の発令であるから違法である。
被告指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告主張のように、原告が和歌山地方法務局所属の公証人であつたこと、及び被告が法務府の名をもつて公証人法第十五条第一項第三号の規定に基いて昭和二十五年十一月三十日附をもつて原告を免職したことはこれを認める。
被告が原告の職を免じたのは原告が当時満七十五年六月に達したために公証人法の右規定によりこれを行つたものであつて、何等の違法はない。原告が、本件免職処分を違法として列挙する各理由に対する被告の主張は次のとおりである。
第一理由について。原告は先ず公証人が国家公務員法の一般職に属する国家公務員であることを立論の前提とし、公証人法第十五条第一項第三号の改正規定が国家公務員法の規定に矛盾することを主張した上これを無効と断じている。しかしながら、公証人は国家公務員法にいわゆる国家公務員ではない。国家公務員法にいう公務員とは国家に勤務し、その公務に従事する職員を意味する。従つて、国家との間に何等の勤務関係もなく、又国家より給与を受けず、恩給も支給されない公証人は同法にいわゆる国家公務員ではない。なお旧憲法の下においても、公証人は国家の特別選任行為により国家事務を担当したが、国家より俸給及び恩給を受けなかつたので、いわゆる形式上の官吏とはされなかつたし、又その待遇を受けることもなかつたのである。このように原告の主張は、その立論の前提においてすでに誤つているのであるが、なお公証人法の右規定と原告の掲げる国家公務員法の諸規定とはその制定の趣旨において矛盾するものではない。すなわち、
(イ) 公証人法の右改正規定は国家公務員法第七十八条の規定と矛盾しない。
国家公務員法第七十八条各号の本人の意に反する免職事由の中には老年を当然の免職事由としては掲げていないが、それは、一般公務員の職務の種類及び内容が極めて広汎多岐に亘るため、全公務員を通じて一率に適用される定年制を定めることが困難なために外ならないのであつて、職員の特に高度の素質を要求する特定の職について法律を以つてはなはだしい高令を免職の事由とすることまでも否定しなければならないとする趣旨ではない。現に国家公務員法の一般職に属する検察官については、検事総長につき年令六十五年、その他の検察官につき年令六十三年の定年があり(検察庁法第二十二条)、大学の教員についても教育公務員特例法第八条による停年制があり、又最高裁判所の裁判官については日本国憲法において定年制を設け、その他の裁判官についてもそれぞれ定年制の定めがある(裁判所法第五十条)。
公証人の職務は一般国家公務員の職務と大いにその趣を異にし、極めて高度の能力の保持を必要とするから(この点については後に詳説する)、前示改正規定が七十才に達したことを以て免職理由としたことは怪しむに足りない。
(ロ) 公証人法の右規定は国家公務員法七十四条の規定と矛盾しない。
原告は公証人が年令七十才に達したときこれを免ずることが出来るとの規定は、法務総裁の独裁による恣意的処分を許す余地があつて、運用上の公正を期し難いから、国家公務員法第七十四条に抵触するというのであるが、それは規定の運用の問題であつて、そのため規定そのものを不公正であるということはできない。
現に同法第七十八条の規定も免職権の発動について任命権者に裁量権を与えているのであつて、そのために同条の規定が不公正であるということはできない。
(ハ) 公証人法の右規定は国家公務員法第二十七条の規定と矛盾しない。
いわゆる平等の原則は、憲法第十四条、及び国家公務員法第二十七条の宣言するところであつて、国民がすべて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により差別されないことを要請するものであるが、この平等の要請もあらゆる場合、あらゆる点で、国民が絶体に平等であることを意味するものではなく、これには当然合理的な制限が含まれているのであつて、差別が合理的なものである限り、不平等とはならないのである。
公証人は権利を公証するきわめて重要な職務を行うものであつて、普通の公務員と異なり、刻々変化する複雑な経済的社会的事象に対する鋭い洞察力と、公証人法のほか、民法商法その他おびただしい実体法規、手続法規に関する高度の法律知識を必要とし、かつその能力を常に高い水準に保持していることが要求せられるのである。従つてこのような公証人の職務の特殊性に鑑み、公証人が年令七十年に達した後はその意に反してもこれを免職することができるものとして公証人の素質の低下を防止しようとすることはけだし、止むを得ないところといわなければならない。
同様の理由から前記の如く検察官、大学教員、及び裁判官の定年制も定められてているのであつて、かような見地に出でた差別を以て平等の原則に反するものとするのは当らない。
第二理由について。公証人の右規定は憲法の保障する平等権及び勤労権を侵害するものではない。
右規定による老年者の差別が合理的であつて平等の原則に反しないことは前記のとおりである。
又、憲法第二十七条の勤労権が国民の国に対する具体的な権利でないことは同条の文理解釈の上からも、また、これを具体的な権利と解すべき経済的地盤を欠いているという実質的な理由からしても明らかである。
のみならず、勤労権そのものは何等かの形における労働の機会の確保を政治上要請するにとどまり、特定種類の労働の機会を法律上の権利として確保するものではない。従つて公証人法の右規定により憲法の保障する勤労権を侵害したというこはできない。
第三理由について。本件免職処分によつては原告の恩給に対する期待権を侵害するような問題は起らない。
前記のとおり公証人は国家公務員でないから当然同法第百七条により恩給支給の方法が講ぜられるべきものとはいえない。原告が公証人として将来の立法により恩給を受くべきことを期待することは原告の単なる希望にすぎないのであつて、いわゆる法律上の期待権というようなものではない。従つてその侵害の問題も起り得ないのである。
第四理由について。本件免職処分は法務総裁の処分である。
法務府において法務総裁の管理する事務を掌ることは法務府設置法第四条により明らかであるから、本件辞令の名義が法務府である以上本件免職処分が法務総裁によつて行われたことは明らかである。従つて右の形式によつてなされた本件免職は有効なものといわなければならない。
なお、本件免職処分については所管についての違法はない。元来公証人の免職は法務総裁の権限であるから、法務総裁がその権限を行使するにつき、いかなる補助機関をしてこれに当らしめたかは単に内部的なる事務分配の問題に止まり、当該処分の効力には何等影響がないのである。従つてこの点に関する原告の主張も理由がない。
三、理 由
原告が、公証人であつて和歌山法務局に所属していたこと、昭昭二十五年十一月三十日法務府名義において公証人法第十五条第一項第三号に基ずいて原告に対して公証人免職処分がなされたことは当事者間に争いがない。
原告は右の処分が違法であると主張するけれども、その主張の根拠がすべて理由のないものであることは、被告の答弁理由のとおりである。
従つて原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 柳川真佐夫 守屋美孝 野田愛子)