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東京地方裁判所 昭和26年(行)35号 判決

原告 足立六郎

被告 失業保険審査会

一、主  文

被告が原告の審査請求に対して、昭和二十六年三月十日なした決定中、金八千四百九十円を越える失業保険金の返還を命ずる部分は、これを取消す。

原告のその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「原告の審査請求に対して、被告が昭和二十六年三月十日なした、『請求人は昭和二十五年二月非常勤取締役に選任された日より八月三十一日までに受けた失業保険金を返還すべきである。』との決定は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は、昭和二十四年十一月訴外日本曹達株式会社を退職失業し、失業保険金として、昭和二十五年二月より同年八月末日まで合計金三万八千四百八十八円の給付を受けたところ、米子公共職業安定所は、原告に対して昭和二十五年十二月二十二日附書面をもつて、既に給付した右失業保険金の内金八千四百九十円の返還方を通知した。原告は右返還処分に不服なので、失業保険審査官に審査の請求を申立てたところ、同審査官は、「原告が、昭和二十五年二月訴外三栄化学工業株式会社の取締役に就任し、同年七月より一ケ月金八千五百円の報酬を原告に支給する旨右会社の帳簿に記載されている。」との理由で、昭和二十六年一月五日原告の審査請求を棄却する旨の決定をした。原告は、昭和二十五年三月三栄化学工業株式会社の取締役に就任したが何ら報酬を受けていないので、更に被告である失業保険審査会に審査の請求を申立てたところ、昭和二十六年三月十日被告は原告が、昭和二十五年二月右会社の取締役に就任した以上、報酬又は利益を受け得る地位にあるから、取締役就任の日より失業者とは認め難い。との理由によつて、請求の趣旨記載のような決定をし、右決定書は昭和二十六年三月二十八日原告に送達された。しかしながら被告の右決定は、次の二点において違法である。即ち、第一に、審査請求の制度は、不当な行政処分によつて不利益をこうむつたものの救済を目的とするものであるから、失業保険審査会は、失業保険審査官のなした決定より請求人にとり不利益な決定はなし得ないにもかかわらず、被告は失業保険審査官のなした原決定より原告に不利益な決定をしたものであつて、右決定が違法なことは当然である。第二に被告は失業保険法にいわゆる失業の意義を誤り、原告が失業者なるにもかかわらず、失業者にあらずという違法な認定をしている。即ち、失業保険法にいわゆる失業とは労働の意思と能力とを持ちながら、就業出来ない状態を指すが、こゝに就業とは自己の技能に適した職業に相当な条件をもつて労働する場合をいうのであつて、原告は、昭和二十五年二月三栄化学工業株式会社の社外平取締役に就任したが、これによる収入は皆無であつたのである。右会社の帳簿に同年七月より会社は原告に対し、月額金八千五百円の報酬を支払う旨記載してあるとしても右報酬については株主総会の決議のないのは勿論、原告の全く関知しない事実であつて、同期間中原告は全然報酬を受けていない。

従つて原告は就業したものでなく、依然失業者であるにかかわらず、失業者にあらずと認定した被告の決定は、失業の意義を誤つた違法のものである。

と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求はこれを棄却する。」との判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、原告が昭和二十四年十一月日本曹達株式会社を退職失業し、昭和二十五年二月より同年八月末日まで失業保険金として合計金三万八千四百八十八円の支給を受けたが、米子公共職業安定所より原告主張の日時に内金八千四百九十円の返還通知を受けたこと、原告主張の如き経過で原告主張の如き被告審査会の決定がなされ、右決定書が原告主張の日に原告に送達されたこと及び原告が昭和二十五年訴外三栄化学工業株式会社の取締役に選任されたことは、これを認めるが、その余の事実はこれを争う。

失業保険法にいわゆる失業とは同法第三条に規定する如く労働の意思と能力を有しながら職業に就くことができない状態をいゝ、ここに職業とは自ら営業を営むことは勿論、他人に雇用又は使用される場合のみならず、株式会社の取締役の如く会社と委任関係に立つ場合も含むのであつて、その期間は長期のものであると短期のものであると継続的なものであると臨時的なものであるとを問わない。又その労務等の対価として報酬等の経済的利益の取得を期待しうる地位にあれば足り現実にその報酬の支払をうけたこと等を条件としない。又報酬の取得を期待し得べき地位というためには、具体的な報酬請求権等としてその額及び支払期が特定していることを必要としないのである。原告は昭和二十五年一月二十日開かれた訴外三栄化学工業株式会社臨時株主総会において、同会社取締役に選任され、しかして、同会社の定款第二十八条によれば、「取締役の報酬は株主総会の決議をもつて定める。」ということになつているので、右株主総会において「取締役に報酬を給する。但しその額は取締役会に一任する。」との決議がなされ、同第三十条によれば「会社は毎期総収入から事業上一切の費用と損失とを引去つたものを純益金とし、これに繰越金を加算して、その一部を役員賞与金に充てる。」とも規定されているのであつて、原告は取締役就任と同時に報酬並びに賞与の支払を受くべき請求権を取得したものといわなければならず、現に原告は、昭和二十五年度中同会社より給料として少くとも金二万五千円の支払をうけているのである。なお、原告は昭和二十二年四月三十日施行された米子市議会員選挙に立候補し、その任期中同議会議員の職にあり、昭和二十六年四月再選され、現在同市議会議員であり、昭和二十六年二月一日より同年八月三十一日までの間に議員として、月額報酬及び調査研究費各二千円合計二万八千円の支給をうけており、市議会議員は地方自治法第二百三条第一、三項により特別職に属する地方公務員であり、条例で定められた報酬請求権を有するから、失業保険法にいわゆる職業に該当するものといわねばならず、この事実によつても、原告は失業保険金の受給資格者ではあり得ない。されば原告の本訴請求は失当であつて、請求棄却をまぬがれない。

と述べた。

三、理  由

原告が昭和二十四年十一月日本曹達株式会社を退職失業し、昭和二十五年二月より同年八月末日まで、失業保険金として、合計金三万八千四百八十八円の支給をうけ、米子公共職業安定所より、内金八千四百九十円の返還通知を受けたこと、及び原告主張の如き手続を経て原告主張の如き被告審査会の決定をうけ、右決定書が原告主張の日に原告に送達されたことは当事者間に争がない。失業保険審査会は、審査の請求に対しては、請求人の不服申立の範囲において原決定である失業保険審査官の決定の当否に対する判断をなすに止まり、請求の範囲外のことについて決定をなしたり、又は公共職業安定所のなすべき処分をこれに代つてなすが如き権限はないものと解すべきところ右争のない事実によれば、被告は単に失業保険審査官の原決定の当否を判断するに止まらず、原告の請求外のことについて、米子公共職業安定所のなすべき処分を自らなしていることが明らかである。即ち、原告は、昭和二十五年二月から同年八月末日までの間に支給を受けた失業保険金三万八千四百八十八円中金八千四百九十円の返還を米子公共職業安定所より命じられたので、右処分に対し失業保険審査官に審査の請求をなしたところ、同審査官は、原告が昭和二十五年二月以来三栄化学工業株式会社の取締役に就任し、同年七月以降一カ月金八千五百円の報酬請求権を取得したことを理由に、同月以降の分として支給した保険金八千四百九十円は原告に対して返還を求むべきであるとして、米子公共職業安定所の処分を適法と認定し、原告の請求を棄却する旨の決定をなし、原告は、右決定に対し、現実に報酬を取得していないことを理由として、被告に審査の請求をなしたのであるから、被告としては、この原告の請求の理由の有無についてのみ決定すべきところ、原告に対して、原告が支給を受けた失業保険金全額の返還を命じているのである。失業保険金の返還処分をなすは公共職業安定所の権限であつてもともと被告にはかかる処分をなす権限はないのであるから、被告の決定はこの点からみれば、権限外の行為として一見全面的に違法であるとも見えるが、被告の右返還処分中、昭和二十五年七月以降の分として支給した失業保険金八千四百九十円の返還処分は、失業保険審査官の原決定を維持し、この限度における原告の請求を棄却したと解するのが相当であるから、結局、被告の決定中、原告が昭和二十五年二月以降同年六月までの分として支給を受けた失業保険金の返還を命じた部分は、権限外の行為であり、無効の行為として取消さるべきである。次に、被告の決定中被告が失業保険審査官の原決定を維持した分に対しても、原告はこれを違法であるとし、その理由として、原告は同年七月から同年八月末日まで三栄化学工業株式会社から現実には何ら報酬等収入を得ていないのであるから、取締役に就任したというものの失業者たることに変りなく、かかる者に対する失業保険金の返還処分は違法であると主張するのであるが、失業保険法第三条第十七条の四によれば、就職した者は収入の有無に拘らず失業者とは認められないのであるから、原告の主張はそれ自体理由がなく、又、原告が昭和二十五年七月及び八月三栄化学工業株式会社の取締役に就任していたことは原告の自陳しているところであるから、原告の審査請求を、請求の範囲において棄却した被告の決定部分は違法ではなく、原告のこの点に関する請求は理由がなく棄却さるべきである。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池庚子三 田嶋重徳 小山俊彦)

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