東京地方裁判所 昭和26年(行)44号 判決
原告 奥田正太郎 ほか一六名
被告 農林大臣
一、主 文
原告等の訴を却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「大阪府中河内郡加美、巽、長瀬三カ村連合耕地整理地区内加美村所属地域中、二五〇、三〇〇坪(内農地面積六一、〇五〇坪)の区域について、大阪府知事が昭和二十四年二月二日附農地第一三〇号により、これを買収除外区域に指定することの承認を申請したに対し、被告が昭和二十四年十二月二十七日右申請を却下した処分は、これを取り消す。被告は大阪府知事に対し、右の買収除外区域の指定をすることを承認すべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
大阪府知事は、昭和二十三年十二月二十七日、大阪府中河内郡加美、巽、長瀬三カ村連合耕地整理地区内の加美村所属地域中、加美村南方国鉄関西線を挾む区域二五〇、三〇〇坪(内農地面積六一、〇五〇坪)について、自作農創設特別措置法(以下自創法という)第五条第四号の規定により、買収除外地に指定すべきことを決定し、昭和二十四年二月二日附農地第一三〇号を以て、被告にその承認を申請した。被告は同年十二月二十七日附で右申請を却下し、大阪府知事に対し、昭和二十五年一月十日、京都農地事務局長を経由して、その旨を通知した。
本件土地の属する大阪府中河内郡加美村は、昭和八年十二月二十八日内務省告示第四五七号によつて、都市計画法第一条の都市計画を施行すべき村に指定され、昭和十二年三月三十日同省告示第一六七号によりその都市計画が決定され、次いで同年四月十六日大阪府告示第四六八号によつてその都市計画決定図面の公示がなされた。そこで加美村は、同時に都市計画区域の指定を受けた巽、長瀬の両村と連合して、都市計画法による区画整理を実施するため、昭和十二年中に加美、巽、長瀬三カ村連合耕地整理組合を組織して、急速にその企画工事を施行し、右組合は昭和十五年にその事業を完成して解散した。
もともと加美村及び巽村は、大阪市東住吉区及び東成区に隣接し、右の区画整理施行前より工業地化していた土地であり、特に加美村は、区画整理の施行とともに、政府の認許を得て、全村の大字の名称を廃して町名丁目を附し、全く市街地と同じ形状を呈している。また加美村は、隣接の大阪市東住吉区平野地域と地理上経済上一体をなしており、近く大阪市に併合されて市街地として発展する可能性が十分である。
かように本件土地は、近く工場住宅地となる情勢にある土地であるから、大阪府知事がこれを自創法第五条第四号による指定区域としようとしたことは、十分な理由があり、仮りにその指定がなくとも、その区域内の農地は、同法第五条第五号によつて買収から除外するのが相当である。
ところで、大阪府知事は、大阪府下の商工業の将来を考えて、慎重に調査した結果、約三十件の買収除外区域の指定を決定し、被告にその承認を求めたのであるが、被告は、本件申請以外はすべてその承認を与えている。さきに述べた諸事情を合せ考えると、本件申請のみを却下したについては、その正当な理由を見出すことはできない。被告が本件申請を却下したことは、違法な処分である。
自創法第五条第四号に定められた区域の指定をすることは、知事の専権に属することがらである。同法施行規則第一条の二は、知事が右区域の指定をしようとするときは、被告の承認を得べき旨を定めているが、その主旨は、知事が右指定権限を行使して指定処分をなすに当り、その公表、すなわち行政庁の外部に対し指定処分を執行する意思表示をするについては、農林大臣の承諾を得るという、上級庁の行政監督に服する旨を定めているにすぎない。つまり被告の承認を得ることは、知事が右の指定処分を行うについての執行条件と見るべきであり、その有効要件ではないのである。
原告等はいずれも本件土地内にある農地の一部の所有者であつて、大阪府知事が本件土地を自創法第五条第四号の区域に指定することにより、その所有農地の買収を免れ得るという法律上の利益を受ける地位を取得した者である。しかるに被告が大阪府知事のした承認申請を却下したため、大阪府知事はその指定処分の執行を阻止されて、右指定処分を外部に公表することを妨げられ、したがつて原告等は各所有農地につき買収を免れるという法益を侵害される結果を生じている。
被告のした本件却下処分は、行政上の法律行為であつて、その違法なことはさきに述べたとおりであるから、原告等はこれにより前記の法益の侵害を受けている者として、右処分の取消を求め、併せて被告に対し、大阪府知事のした本件指定処分の承認申請に対し、承認を与えるべきことを求める。かように述べた。(立証省略)
被告指定代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。
原告等主張の日に、大阪府知事が原告等主張の土地について、自創法第五条第四号の規定による買収除外地指定の決定をし、被告にその承認を求めたが、被告は原告等主張の日に、その申請を却下し、京都農地事務局長を通じてその旨通知したこと、本件土地の属する大阪府中河内郡加美村について、原告等主張のとおり都市計画を施行すべき村の指定、その都市計画の決定があつたこと、大阪府知事が約三十件の自創法第五条第四号の規定による買収除外指定の承認を求めたに対し、被告が本件申請以外は全部承認を与えたこと、原告等が本件土地中各一部の農地所有者であることは認めるが、その余の原告等主張の事実はすべて争う。
自創法施行規則第一条の二の規定は、農地改革を実施するにあたり、都道府県知事が不当に自創法第五条第四号による買収除外の指定をすることのないよう、指揮監督をする機会を農林大臣に与えることを目的としたものであり、地方自治法第一五〇条、国家行政組織法第一二条第一項、第一五条にもとずく施行命令の規定である。この規定にもとずいて被告のなす承認、不承認の行為は、行政機関の内部関係において、一つの機関から他の機関に対してなす行為であつて、国民に対して直接法律上の効果をもたらすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。
なお、大阪府知事のした本件土地買収除外指定の決定は、単なる行政機関の内部的意思決定にすぎず、その公示があつてはじめて本件土地について買収免除の効力が発生し、原告等はその所有農地について買収を免れるという利益を享受し得るのであり、その公示がないことは原告等の自認するところであるから、被告のした本件買収除外指定不承認処分は、何等原告等の法律上の利益を侵害するものではない。これと反する見解を前提にして右不承認処分が抗告訴訟の対象たる行政処分であるという原告等の主張は理由がない。
また原告等は、被告に対し、本件土地の買収除外指定に対し承認処分をなすべきことを求めているが、行政庁たる被告に対し作為を訴求することは許されないから、本件訴訟中右の部分は不適法として却下さるべきである。かように述べた。(立証省略)
三、理 由
自創法第五条第四号の規定により、或る農地が買収から除外される農地となるためには、同号に定められた要件を備えた土地について、都道府県知事が指定する区域内にある農地たることを要する。右の区域を指定することは、行政機関たる知事に与えられた権限の一つである。そして自創法施行規則第一条の二は、知事がその権限を行使して、右指定処分をするには、農林大臣の承認を受くべき旨を定めている。知事が農林大臣の承認を得たうえで、右の区域指定の公示をすることによつて、指定処分は完了し、その効力を生ずることになるのであり、指定された区域内の農地所有者は、ここに自己の所有農地について、買収を免れるという法律上の利益を受けることになるわけである。
ところで右規則第一条の二が農林大臣の承認を受くべき旨定めているのは、知事が右の区域指定の権限を行使するに対し、知事の上級行政機関としての行政監督的立場から、知事のなす処分が誤りなく行われるよう予め審査する機会を農林大臣に与えるためであると解するのが相当である。されば農林大臣が承認を与え、或いはこれを与えないとすることは、行政機関相互の内部関係において、上級庁から下級庁に対してする一の意思表示であり、国民に対する関係で外部に公表されることはないのであるから、それが直接国民の具体的な法律上の権利義務を左右するわけのものではない。したがつて農林大臣が知事に対して与える承認、不承認の意思表示は、抗告訴訟の対象たる行政処分ではないのである。のみならず、農林大臣のする承認、不承認の意思表示が右のような性質のものたる以上、知事が買収除外区域の指定の公示をしたと否とにかかわらず、承認を与え、或いはこれを与えないとする農林大臣と農地所有者との間には、そのままでは公法上の権利関係が生ずる余地はないものと考えられる。結局農林大臣のする右意思表示は、如何なる点からみても、農地所有者がこれを行政訴訟の対象として争い得るものではないのである。以上の説明に反する原告の主張は、当裁判所の採らざるところである。
本件において、原告等主張の日に、その主張の土地について、大阪府知事が自創法第五条第四号の買収除外区域に指定することを決定し、被告の承認を求めたが、被告がその承認を与えなかつたこと、原告等はいずれも右区域内の一部の農地所有者であることは、当事者間に争いがない。しかし、被告がした右不承認行為は、行政訴訟の対象とすることはできないものであること、さきに説明したところによつて明らかであるから、その取消を求める原告等の訴は不適法として却下しなければならない。
次に原告等は被告に対し、「本件買収除外区域指定を承認すべし。」との判決を求めているが、司法機関たる裁判所が行政庁に対して作為を命ずることは、特に法の許容した場合を除いて許されないこと、三権分立の原則上明らかなところであるから、本訴中この部分も不適法として却下を免れない。
原告等の本件訴はすべて不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)