大判例

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東京地方裁判所 昭和26年(行)64号 判決

原告 上杉正

被告 国

一、主  文

一、原告の請求は之を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は請求の趣旨として、一、原告が日本の国籍を有しない事を確認する。二、訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、(一)原告は大正十四年(西暦千九百二十五年)(原告の戸籍謄本には出生欄に大正十五年と記載してあるも誤り)一月二日アメリカ合衆国カリフオルニア州に於て日本人父上杉政市同母上杉ユリノの二男として出生し、同国の国籍を取得した日本人であつたが、日本の国籍を留保するの意思を表示しなかつたので日本の国籍を喪失し、米国籍のみとなつたが其の後日本に住所を持ち、昭和十八年(一九四三)年七月三十一日原告名義で内務大臣に対し日本国籍回復の申請がなされ、同年九月二十八日其の許可があつた。(二)然しながら右国籍回復の申請は原告の父上杉政市が原告の意思を問う事なく擅に原告名義を冒用して申請したものであるから、右申請に基く原告の日本国籍回復の許可は無効であり、原告は日本国籍を回復したものでない。(三)右申請が原告不知の間になされた事情は次のとおりである。即ち、原告は米国々立グランマースクール六年間、ジユニヤーハイスクール二年間スタクトンハイスクール一年間計九年間を米国で教育を受け、昭和十五年七月日本に来て、爾来父母姉妹と共に広島市に居住して居たが、昭和十七年四月父母の勧めにより広島県立二十日市工業学校に入学したが、其の際父は原告に日本国籍の回復を再三勧めたが原告はそれを拒否して来た。然るに当時大東亜戦争は愈々激しくなり同校全生徒は学校教師より海軍甲種飛行予科練習生に志願する様に熱心に勧告されたので、原告は体格もよく周囲よりも熱心に勧められ、且つ予て飛行機に乗る事に非常に憧れて居た為め国籍の有無も考えず志願した処、合格した。併し、前記の如く原告は日本国籍を有しなかつた為め、軍は学校の教師を通じて父に原告の国籍回復を申請する様に強要し、之に応ぜざれば国賊扱にされる情勢にあつたので、父は原告の意思に反することを知りながら止むなく昭和十八年七月三十一日原告に無断で前記の申請をなし、その為め同年九月二十八日前記の許可があつたものである。原告は右の事情を知らずに当時鹿児島海軍航空隊に入隊したが入隊後教班長より国籍回復の許可のあつたことを聞き、その後父に訊して始めて右申請の一切の事情を知つたものである。(四)以上の次第であるので原告は本訴請求に及んだ、と述べた。(立証省略)

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告が其の主張日時アメリカ合衆国カリフオルニア州に於て日本人上杉政市同母ユリノの二男として出生し、同国の国籍を取得したが日本国籍を留保するの意思を表示しなかつた為め日本国籍を喪失したこと、其の後原告が日本に帰国して住所を有ち昭和十八年七月三十一日内務大臣に対し日本国籍回復の申請が為され、同年九月二十八日其の許可があつた事は何れも之を認める、併し、原告の父が原告の意思に反することを知りながら独断を以つて本件国籍回復の申請をしたとの原告主張は之を否認する。仮りに右申請の手続に当つた者が原告の父であつたにせよ、当時原告は満十八年六月に達して居り、飛行機に乗る事に憧れて海軍甲種飛行予科練習生に入隊を志願し、許可があるや大いに喜んで鹿児島航空隊に入隊した事は原告の主張する所であるから当時原告が国籍回復の意思を有して居たと推定するのが相当であり、従つて本件申請は原告の意思に基いて為されたものと認むべきものであると主張した。(立証省略)

三、理  由

一、原告が大正十四年(西暦千九百二十五年)アメリカ合衆国カリフオルニア州に於て日本人上杉政市同母ユリノの二男として出生し、同国の国籍を取得した日本人であつたが日本国籍を留保する意思を表示しなかつた為め日本国籍を喪失したこと、其の後原告が日本に帰国して住所をもち、昭和十八年七月三十一日内務大臣に対し原告名義で日本国籍回復の申請がなされ、同年九月二十八日其の許可があつたことは当事者間に争はない。

二、本件国籍回復許可申請書たる乙第一号証の署名捺印が原告のものでなく、右は原告の父によつて作成されたものである事は成立に争のない甲第四号証(原告の宣誓書)に於ける原告署名の筆跡の相違及び原告本人の供述によつて之を肯認する事が出来る。

併し乍ら右の一事により直に本件国籍回復の許可が無効であると論断する事は出来ない。何故なれば之を論断する為には右許可申請が原告の意思に基かずして為された事が証明されなければならぬからである。右事実は原告が国籍回復の意思を有しなかつたであろうと推認するに足る事情の立証によつて、一応其の目的を達する事が出来る。然るに本件に於ける事情は其の逆であり、原告の全立証を以つてするも右事情に基く推定を覆えす事は出来ないのである。

原告が本件申請当時海軍甲種飛行予科練習生を志望して居た事は本件に於ては明である。而して此の為には原告が日本国籍を回復する必要があるのである。原告は其の本人訊問に於て国籍回復の必要を知らなかつたと述べて居るけれども、当時已に原告は十八年余に達して居たのであるから右供述は到底措信し難い。従つて若し原告に於て真に国籍回復の意思を持つに至り得なかつたとしたならば当然予科練習生の志望は之を断念した筈である。然るに原告は之を断念せず其の国籍回復の許可を得て予科練習生に採用せられ、鹿児島飛行隊に入隊した事は原告本人の供述によつて明であるから、原告は国籍回復の意思を有し、原告の父は右原告の意思に基き原告との明示又は黙示の諒解の下に本件国籍回復許可の申請を為したものと推定するのが妥当であり、右推定は前段述べた如く原告の全立証によるも之を覆えし得ないのである。

三、本件申請は右認定の如く原告の父によつて原告の諒解の下に為されたものと推定すべきものであるから、結局原告の父は原告を代理して之を為したものに帰するのであるが、当時原告は満十五年以上に達して居たのであるから、本件申請は当時施行中の国籍法施行規則第八条第二項に違反するものではあるけれども此の如き形式上の瑕疵は受理によつて癒され、従つて其の実質的効力は之によつて何等の影響を来すものでない。

四、仍つて当裁判所は原告の本訴請求を失当と認め訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 安武東一郎)

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