東京地方裁判所 昭和27年(モ)3186号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事実)債権者は、昭和二十七年一月二十一日訴外八木通喜から、債務者倉庫に保管中の鋼材(本件物件)を買受ける契約を結び、翌二十二日右八木から債務者倉庫で、昭和二十七年一月二十一日株式会社永井鋼材商店に引渡されたき旨を記載してある荷渡依頼書を受け取り、右依頼書の所持人となつた。一般に鋼材の取引において荷渡依頼書が発行されたときは、右鋼材の売買は当該荷渡依頼書の譲渡により行われ、このような荷渡依頼書の引渡を受けた者はこれに記載された物件の所有権を取得し、これに記載された宛名人はその所持人に対して、右物件を引渡すべき義務を負うべき商慣習が鉄鋼業者間に存在する。従つて債権者が八木から本件荷渡依頼書の引渡を受けたことにより、本件物件の所有権は八木から債権者に移転したものである。(予備的主張省略)そこで債権者は同日直ちに右荷渡依頼書をその宛名人である債務者に呈示し、本件物件の引渡を求めたところ、債務者はこれを応諾したので、債権者は直ちに債務者庫倉から本件物件を搬出してトラツクに積込む作業を開始した。ところがその途中で八木は債権者から右物件の代金概算七十万円を受取つたまま何処へか逃亡したので、永井鋼材店はその引渡を拒むに至り、債権者は右物件の引渡を受けることができなかつた。そこで債権者は、本件物件につきその所有権に基ずく引渡請求権保全のため、本件物件を執行吏の保管と附する旨の仮処分を申請し、同趣旨の仮処分命令を得たのである。
債務者は、債権者が本件物件の所有権を有することを前提とする仮処分申請は失当であると、次のように反駁する。
債権者主張のように本件の如き荷渡依頼書の占有の移転のみによつてその依頼書に表示された物件に対する権利の移転が行われるというような商慣習は存しない。依頼書の占有の譲受人は、もし譲渡人が依頼書表示の物件に対し実質上何等の権利を有しない場合には、当該物件につき何等の権利を取得しない。これを本件についていうと、八木は本件物件に関し全くの無権利者であるから、債権者はたとえ八木から本件荷渡依頼書の占有の移転を受けたにしてもただそれだけでは本件物件につき所有権を取得することはない。
(判斷)債務者の異議を容れ、さきになされた仮処分を取消し、仮処分申請却下。
判決は、債権者主張の如き荷渡依頼書についての商慣習の有無、右依頼書の性質につき、次のように説示している。
「債権者は、鉄鋼業者間に存する商慣習に基き、債権者が右八木と本件物件を買受ける契約をして右荷渡依頼書の交付を受けたことにより本件物件の所有権は債権者に帰したと主張しているので、先づかかる慣習の有無に付て判断する。……を綜合すると、一面において次の事実、即ち、一般に鋼材の取引に付てはその重量や容積のために、その移動には多額の運賃等を要する関係上、売買の度毎に現物を移動せず、倉庫に保管したままで取引を行い、実際に使用する者がはじめてそれを倉庫から搬出する慣習が行われていること、倉庫に保管中の鋼材を所有者が他へ売却する際には、通常所有者が倉庫業者に宛てて買主に品物を引渡されたき旨を記載した荷渡依頼書、荷渡指図書等と称する書面を発行してこれを買主に交付し、買主はこれを倉庫業者に呈示して品物の引渡を受けるものであること、依頼書を受取つた買主において右物件を更にそのまま第三者へ交付し第三者はこれを倉庫に呈示することによつて品物を受取るならはしが行われていること右のような第三者への依頼書の交付は通常はもとの所有者たる依頼書発行者に通知されることはないが、場合により依頼書は更に書換えられることを要し、且つ業者によつて依頼書発行に際し第三者への讓渡を禁ずる文言を附加するものもあり、一旦発行された依頼書が第三者間に転々とすることは通常少いことを夫々一応認めることができるが、他面所有者が右荷渡依頼書を交付するのは通常は物件の売買契約が締結され代金の授受を了した後になされるものであり、依頼書の有効期間は通例一週間乃至は十日間位の短期間に限られていること、信用ある者同志の取引においては、代金の授受の済まぬ内に依頼書を渡すこともあるがそのような時は倉庫から買主への物件の引渡が済むまでの間は所有者において何時でも倉庫に対し出荷を差止めることができることも亦一応認め得られるのである。そこで以上の諸点を考え併せれば、鋼材の取引において荷渡依頼書が作成せられたときは右鋼材の売買は当該依頼書の授受なくしては行われ得ないことが一応認められるけれども、更に進んで鋼材につき実質的権利を有しない者から同物件の荷渡依頼書のみの占有を取得することによつてその実質的権利の原始的取得をもなし得るやうな商慣習ありとまではこれを認めるに困難である。寧ろ依頼書は鋼材の引渡の便誼のため作成せられる文書というべく、その占有移転は目的物件の実質的な権利関係の変動の外形的な表象に過ぎないものと解せられるのである。従つて本件においても前記荷渡依頼書を債権者が取得したことの外に果して債権者が実質的に本件物件の所有権を取得したかどうかを審究しなければならない。……後略」
判決は、右のように説明したのち、本件取引の経緯を一応認定し、以上認定した事実からみるとき、債権者主張の如く八木通喜が本件物件に所有権者であつた事実は到底認めることができない。よつて、本件物件と関し、全くの無権利者たる八木と債権者とが該物件を売買する契約をしてもこれにより債権者は所有権を取得することはできない。と述べ、債権者のその余の主張を排斥し、結局、本件仮処分の被保全権利たる債権者が本件物件の所有権を有する事実は疏明なきに帰すると判断している。(參考判例 昭和二七年(ワ)第二四九二号、同二八年二月七日大阪地裁判決、下裁民集四卷二号一七五頁)