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東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4055号 決定 1953年3月18日

申請人 若尾和昭

被申請人 日本ベークライト株式会社

主文

被申請人が昭和二十七年九月十三日附を以て申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(無保証)

理由

当裁判所は次のとおり判断する。

被申請会社が本店を東京都千代田区有楽町一丁目十番地におき、工場を都内墨田区寺島町、長野、愛知両県下等に有して電話機、ベークライト材料等を製作、販売する全従業員数九百余名の株式会社であること、申請人は昭和二十六年四月同会社に入社し初め人事課に配属されて右寺島町工場内にある本社分室に勤め、昭和二十七年二月転じて本社販売部に勤務するに至つた従業員であること、被申請会社が同年九月十三日附書面を以て申請人に対し申請人の加入する日本ベークライト本社労働組合と被申請会社との間の労働協約第三十八条第三号ないし第五号(第三号「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を紊し又は紊そうとした者」、第四号「重要な経歴を詐り、その他不正の方法を用いて採用された事が判明した者」、第五号「業務上の秘密を他へ漏し又は漏そうとした者」)にいう前歴詐称、業務上秘密漏洩、職場秩序紊乱を理由に同月十五日限り懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは疏明によつて明らかである。(疏甲第一号には本件解雇が就業規則第七十七条第三号ないし第五号による旨記載されており、その他本件解雇につき右就業規則の条項によつたとも見られる疏明がないではないが、前記協約条項と右就業規則の条項は内容において全く同一であるため混乱を生じているもので、疏明全体から見れば本件解雇は右の如く労働協約によつたものと認めるのが相当である。)

そこで先ず本件解雇が懲戒解雇の理由なくしてなされたものであるか否かについて判断する。

(一)  前歴詐称について、

申請人が被申請会社に入社する受験の際に自ら早大学生自治会の中央執行委員であつたことを告知しなかつたことは認められる。しかしそれが協約にいう「重要な経歴を詐り……」にあたるであろうか。

疏明によれば、被申請会社にとつて申請人を採用した当時社員の思想傾向が一応関心事となつており、その採用試験にあたつても受験者に対し学生の政治運動についての所感といつたものについて質したことは窺われるのであるが直接申請人に学生運動の経歴についての質問とか特にこの点に重点をおいての質疑が行われたことについては充分な疏明がないのであつて、かような場合に申請人が進んで自己の学生運動上の地位について告げることをしなかつたからといつて故意に経歴を詐称したとまでいうことはできないであろう。なお懲戒解雇の理由たる「重要な経歴を詐り……採用された」というためには、その文理からも事柄の性質からも当時真実の経歴が判明していたならば採用されなかつたであろうという程度の重要な経歴事項をいつわることを要するものと解すべきところ、当時被申請会社において早大卒業生の思想傾向について格別に注意し、いやしくも早大学生自治会の中央執行委員をやつていた者の如きは採用しないという程この地位を重視していたのであれば、学生運動上の地位の如きは容易に探知し得ることであるから当然この点について適当な調査が行われた筈であり、そしてその調査が行われたならば申請人がこのような地位にあつたことはたやすく判明したであろうことは推察に難くないところであり、その採用を見ることはなかつた筈である。このような外部に比較的顕著な事項について受験者たる申請人の供述のみにより、もつて採用を決したとすればそのことじたい被申請会社がかかる地位を当時はとかく重要視していなかつたことを示すもの、重要な経歴として取り扱つていなかつたことを思わせるものというべく、疏明によるも入社試験当時被申請会社が入社志望者が自治会ないし全学連関係の委員であるということじたいによつて採用しないという明確な方針をきめていたのではないことが窺われるのであつて、さればこそ特にこの点を核心としての質疑がなされなかつたことも肯かれるのである。

以上の如くであるから、申請人が早大学生自治会の中央執行委員であつたことを進んで告げなかつたことは結局重要な経歴を詐つたことにはならないといわなければならない。

(二)  業務上の秘密漏洩について、

後記(三)に記載する申請人の配布した文書中には被申請会社においてヘルメツトを製作している事実に触れたものがあり、そして疏明によればその文書の若干が外部に配布されたことが推測できないではない。

しかし、懲戒解雇の理由としての「業務上の秘密を他へ洩し」たとなすには、その事項が秘密事項であることにつき漏洩者に認識のあつたことを要するのは勿論であるところ、申請人にヘルメツト製作そのことが秘密たることの認識があつたと見ることができるであろうか。ヘルメツトの製作じたいについてそれが秘密たることを特に告示されていないことは疏明によつて明らかである。又、特に告示がなくともそれが秘密たることを当然察知し得べきであつたと見ることもできない。本件の疏明の全趣旨によつて考察するに、被申請会社においても新注文品の製法その他外部に漏れることによつて模倣を招くおそれのあるような事項については、特段の指示がなくともそれが秘密として守らるべきことが常識となつていないではないが、本件の問題であるヘルメツトを製作するということそれじたいは特に保安隊の要求、指示によつて秘密事項とされていたのであり、従つて部課長に対しては特にその製作の秘密たることを指示する措置がとられていたのに、たまたまそのことが末端にまで徹底していなかつたことが分るのであつて、かような点から見て申請人にヘルメツトの製作それじたいが秘匿さるべきことについての認識を肯定することは無理である。

右の如くであるから申請人に業務上の秘密漏洩の責を問うことはできない。

(三)  秩序紊乱について、

疏明によれば、前記協約の第十三条は第一項に「組合員は労働時間中に事業所内で政治活動を行わない」と、第二項に「組合員が労働時間外に事業所内で政治活動を行う場合、それに必要な会社構内の利用については……」と規定し、協約附属の覚書第一項において右第十三条につき会社、組合間に「事業場内に於て禁止される政治活動とは、共産党員の非合法活動及び企業の破壊を目的とする共産党的活動の意味である」と確認している。この協約、覚書の条項を通じ文字に従うならば、労働時間外には事業所内でそのいわゆる共産党活動、共産党的活動を自由に行いうるかの如く読めないではない。しかし右覚書第一項を以て単に協約第十三条の政治活動の内容を註釈したものとする文理解釈をおし進めるならば、右の如き内容を有しない一般の政治活動については協約は放任しているのであり、一般の政治活動は労働時間中と雖も事業所内で自由になし得るというが如き奇異な解釈も文理上は一応生じかねないと共に、右覚書の作成された趣旨が「組合活動の名で偽装した共産党の政治的宣伝活動から事業場内の秩序を護ろうとする」にあり、すなわち事業場から「共産党員の非合法活動及び企業の破壊を目的とする共産党的活動」を排除せんとするにあつたことは疏明によつて明らかであつて、これらの点から解釈すれば覚書のいわんとするところは、被審人沢島栄次郎の供述する如く、覚書第一項に記載する如き活動は事業所内では作業時間の内外を問わず禁止するというにあることが分る。すなわち、覚書第一項は協約第十三条の「政治活動」の単なる内容規定ではなく、これによつて新たに「共産党員の非合法活動及び企業の破壊を目的とする共産党的活動」の事業所内における全面的禁止を設定したものであり、そして、一般の政治活動については協約第十三条によるというのが右協約の条項及び覚書の全体についての正しい解釈であると考える。

而して、協約の侵犯と職場秩序の紊乱とは本来別個の観念であることは勿論であるが、企業の破壊を狙う共産党的活動の排除というが如き企業存続上必至喫緊の事項について特に協約を以てこれを規定している場合においてはかかる協約の侵犯はそのことじたい直ちに当然職場秩序の紊乱を以て目さるべきものといわなければならない。かように考えると申請人の文書の配布が作業時間外に行われたとしても、それだけで直ちに秩序紊乱の責なしとなすことはできず本件で先づ重要なのは、配布された文書が職場秩序の紊乱を狙つた共産党的宣伝文言であるかどうか、従つて右文書の配布が企業の破壊を狙つた共産党的活動といえるかどうかの実質、内容にあることになる。(被申請会社が申請人の所為を秩序紊乱としたのも主としてはこの点においてであつたことは疏明によつて明らかである、)

先づ申請人のかような意味での秩序紊乱の有無について判断する。

申請人は「突破資金をかち取ろう!」と題する文書については自ら配布の事実なしとし、この点につき積極に認むべき疏明は必ずしも備つていないのであるが、申請人においてその作成に関与したことは疏明されておるのであつて、かかる文書の作成にあづかつた以上当然その配布を目的としてのことであると見るべきであり、そしてこの文書が何人かによつて配布されたことは疏明によつて明らかであるから、自ら手を下して配布しなかつたからといつて直ちに全面的に前記のような意味での秩序紊乱の責を免れ得べきものではない。だからここでは申請人もこの文書の配布者として責任の有無を検討すべく――この文書の配布の責任者として上叙の如き秩序紊乱の責任の有無を検討すべく――申請人自ら配布したと主張する他の文書とあわせ結局本件で問題となつているすべての文書すなわち、「突破資金をかち取ろう!」「私は訴えます!」「重ねて諸君に訴える!」「懇談会ニユース」につきその配布が秩序紊乱と目さるべきや否やを判断する。

これらの文書の文言におおむね「戦争勢力」をいい「これに迎合する吉田反動内閣の戦争政策」なるものを解明論難し、「かかる政策に同調して経営の方針を定め、低賃金、労働強化という労働者の犠牲による生産の増強を企てる――被申請会社を含めての――資本家群」なるものを非難攻撃し、ひいて、「かかる経営方針を推進する被申請会社の幹部、職制」なるものに反対する文字が連ねられていることは事実である。しかし、戦争反対の言論はかなり広く行われているのであるし、これらの文書に記載されているようないわゆる「戦争政策」更には「便乗する資本家」なるものに対する解明論難も共産党独自の主張見解とはいえずいわゆる改良主義的立場に立つ人々によつてもあまねく主張されているのである。そして疏明によれば「突破資金をかち取ろう!」の撒布された当時は組合は夏期一時金獲得のため闘争中であり、申請人は組合内の最強硬派として要求貫徹のための闘争の継続を主張して打切派と激しく対立していたのであり、「私は訴えます!」の撒布された当時は会社は数多の理由を順次にとりあげて申請人を解雇しようとし、申請人、組合はその理由が納得できないとしてこれに対立抗争中であつたのであり、そして、なお、この頃から会社側は職階級を強化した新給与対策を実施すべく計画を進めていたことが窺われるのであつて、かような事態と情勢のもとで撒布された前記各文書は次のように解される。すなわちその全文の趣旨とするところは要するに、被申請会社において申請人等労働者の賃金その他の待遇を維持、改善し、従業員としての地位を守るためには組合員に強き結束が必要であることを説き、これを望んだものであつて、あるいは、申請人に迫つている解雇問題についてこれを排除すべく組合員の同調を要請し、あるいは、懸案の新給与体系は上に厚く下に薄いものであつて多数労働者の生活を脅かし、組合員間の団結にひびを入れるものであるとして組合員の協力によつてその実現を阻止すべく呼びかけたものであることが分る。これら文書を通読、検討すれば、「戦争勢力」から説き起した一連の文字も、被申請会社における労働者の待遇、又現に計画されつつある申請人の解雇、新給与体系の実施等の好ましからざる事態は、会社としては偶然のものではなく、よつて来る強い理由に基くものであり、従つてその決意も固いことを説明するのが主眼であり、以て、それに対処して労働者の地位を守るためには固き団結、強き自覚が要請されることを指摘するのがこれら文書の本来の狙いであつたと解せられる。その行文の一部、散見する刺戟的な文言の妥当なりや否はしばらくおき、これら文書を以て会社と労働者の離間を策し、企業の破壊を狙つた内容のものとは見られない。これら文書中には、「日本ベークライト統一委員会」とか「日本ベークライト懇談会」名義のものがあり、疏明によればこれら委員会、懇談会なるものは組合執行部の行き方を不満とする進歩的分子によつて結成されたものであり、その信ずる組合民主化運動を推進せんとするものであり申請人も加入していたことが窺えないではないがこれらが会社企業の破壊を狙つている一派の集団であることを認むべき疏明はないし、すでに配布文書の記載内容にして以上の如く解せられる以上これらの会の名義の文書を配布したということは、配布行為を企業破壊の共産党的活動と見るべきや否やに直接の関係をもつことではなく、結局たかだか組合内部にあつてかかる行動をなすことが妥当であるか否かの問題たるに止まる。

以上の如くであるから申請人の文書撒布の所為は先に述べた協約で特に禁じた経営破壊的行為としての秩序紊乱となるものとは考えられない。

しかしながら申請人の配布した文書(「突破資金をかち取ろう!」を除くその余)は、その内容においていわゆる破壊的宣伝文言と解せられないこと前叙の如くであり、又その配布の動機において諒とすべきものが存するにしても、ともあれその内容が被申請会社の経営方針、職制の態度等を痛烈に非難したものであることは明らかであり、そして申請人の文書の配布はあるいは工場の作業時間内において、しかも自らの加入する組合の職場でない前記寺島工場等(疏明によれば被申請会社では本社、各工場毎に組合が結成されている。)においてもなされたことが疏明されるのであつて、かような文書の内容、配布の時間、場所等を合せて考えれば、申請人の文書配布行為は結局前記協約第三十八条に所謂秩序紊乱を構成するものというべく、この点において一応協約上の懲戒解雇事由が存するものといわねばならない。

それでは被申請会社が申請人を解雇したのはかかる秩序紊乱の責を問う意思のみを以てなされたものであろうか。ないしは他に原因があつてのことであろうか。

そこで次に進んで本件解雇が申請人の組合活動を理由とする不当労働行為であるか否かについて判断する。

疏明によれば次の(1)ないし(3)のような事実が認められる。

(1)  申請人は被申請会社に入社以来活溌な組合活動を行つて来たこと。

すなわち、申請人は昭和二十六年四月被申請会社に採用され、同年九月日本ベークライト本社労働組合副執行委員長に選出され、常に熱心に組合活動に従事し来り、会社との交渉には出席を欠かしたことがなかつた状態で、先づ同年九月会社が課長について従来の出勤簿制を廃止し又特別手当を支給しようとしたのに対し本社組合をして反対決議を採択させ、十月会社の全労働組合が提携して賃上と越年資金獲得の闘争をした際には中央闘争委員会の執行委員となり情報宣伝部長として強硬に闘争継続を主張して活躍し、十二月本社の労働時間延長に反対して闘争し、昭和二十七年一月従来組合機関紙が発行されていないに等しい状態であつたのをその責任者となつて月約三回の発行を維推するに努め、二月労働協約改訂交渉に執行委員長と共に組合代表として参加し申請人において特に会社の提案にかかる政治活動制限条項(現行協約第十三条)の挿入に強硬に反対し、三月組合書記長に就任し、六月組合の夏期一時金獲得闘争に中央闘争委員として参加活動し、交渉が行きづまるや大衆的実力行使による要求貫徹を提唱し組合内部の闘争打切派との激しい対立の中に最後まで強硬に闘争の継続を主張し、そのため本社組合は一時単独ストライキを大会で決議するに至つたという事実が認められる。

(2)  被申請会社が本件解雇より約二ケ月前にも申請人を解雇しようとしたがこれを留保延期したこと及びその際の事情。

すなわち右夏期闘争の直後たる昭和二十七年七月十日頃会社は申請人に対し勤務成績不良、職制に対し反抗的、販売部員として対外接渉乱雑など数多の事由をならべて申請人を解雇しようとしたが申請人に特にこれらに該当する適確な事実は存せず誇張ないし偏見にすぎなかつたのであり、そして事情を調査した組合の強硬な反対にあつて一応言明した解雇を無期延期するに至つたことが窺われる。

(3)  右解雇延期後被申請会社が申請人の身辺に格別の注意を払つてきたこと。

すなわち前記のように解雇を一応言明した前後から被申請会社は申請人の学生運動上の経歴をさぐつていたのであるが右解雇留保後も申請人をいわば注意人物として常にその身辺、動静を監視するの態度を持ちつづけて来たことが窺われる。

これら一連の事実を吟味し、なお、本件解雇においてもいわば懲戒解雇条項の最大限の活用により探知し得た事実にしてこれにあて得るものは細大漏らさず挙げて解雇理由としておりそこに積極的企画的なものが看取されること、理由とされている事実中わずかに是認し得る秩序紊乱も多分に被申請会社の申請人に対する右(2)のような処置によつて誘発されたといわざるをえない点があるのみならず、しかも重大なものではないことなどを合せ考えるならば、本件解雇において被申請会社に申請人の秩序紊乱の責を問う意思がなかつたとなすことはできないにしても、真実において解雇の理由となつたもの、しかも主として理由となつたものは申請人の従前の組合活動であると見るのが相当であつて、結局本件解雇は申請人の右組合活動を理由とする不当労働行為であるといわねばならぬ。

すなわち、本件懲戒解雇の意思表示は不当労働行為として無効のものといわねばならぬ。そして申請人がこの解雇によつて生活の途を失い、本案判決の確定をまつては恢復することのできない損害を蒙る虞があることは明らかであり、従業員たる仮の地位を定める必要があると認められるので申請費用の負担については民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 古原勇雄 立岡安正 西迪雄)

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