東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1626号 判決 1955年1月31日
原告 佐藤勇 外二名
被告 孫徳輝
主文
被告は原告佐藤に対し金九万円、同翁及び同藤野に対し各金二万円及びそれぞれ右各金額に対する昭和二十六年十二月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担としその余を原告等の負担とする。
この判決は原告等勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は「被告は原告佐藤に対し金七十二万円、原告翁に対し金十万八千円、原告藤野に対し金九万円及びそれぞれ右各金額に対する昭和二十六年十二月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「原告等三名及び被告はともに昭和二十六年十二月三日藤沢市鵠沼六千七百三番地の九十四訴外李世康方で催された結婚披露宴に招待を受けて出席したものであるが、その帰途同日午後十時三十分頃原告等三名が小田急鵠沼駅にて電車を待合せ中、被告が自家用乗用小型自動車(番号東京第三四七三七号)を運転し来り、同乗方を勧誘したので、原告等はこれに同乗して帰路に就くことゝなり、被告はそのまゝ運転を継続して翌四日午前零時三、四十分頃時速約三十哩にて横浜市港北区日吉町三百七十四番地先道路に差掛つた際、前方より疾走し来れる貨物自動車との衝突を避けんとして急遽ハンドルを右に切つたゝめ運転中の自動車を右側土手に激突顛覆せしめ、その結果原告佐藤は頭部及び顔面部に縫合四箇所計十三針に及ぶ裂傷及び五箇所の擦過傷を受け、また鼻部の打撲による内出血のため多量の吐血を催し、衰弱甚だしく、二週間に亘る入院加療及び予後長期の療養を要し、原告翁は左顔面頸部に打撲傷を蒙り差当り二週間に亘る自宅並びに通院加療を要し、原告藤野は左肩部及び肩胛部並びに両側胸部に打撲傷を蒙り差当り二週間に亘る自宅並びに通院加療を要した。
ところで本件事故現場の道路は横浜方面より川崎方面に通ずる幅員十一米八十糎の県道で、被告は該道路の中央部を時速約三十哩で横浜方面より川崎方面に向つて自動車を運転進行中、本件事故現場附近に差掛つた際、その前方三、四十米に反対方向より同じく道路中央部を疾走し来れる貨物自動車を認めたものであるが、かゝる場合自動車運転者としては、危険を避けるため、相手方自動車の避譲措置に期待することなく、自ら速度を減ずるとゝもに適切なハンドルの操作をなし自動車を道路の左側に寄せて進行すべき注意義務があるにかゝわらず、これを怠り、衝突直前において貨物自動車避譲のため急遽同一速度のまゝハンドルを右に切つた結果本件事故を発生せしめるに至つたものであつて、右は明かに前記注意義務違背による被告の過失である。仮に貨物自動車との正面衝突を避けるためハンドルを右に切ることがやむを得なかつたとしても、被告はその直後速かにハンドルを左に切換えて本件事故の発生を未然に防止し得たにかゝわらず、かゝる措置をとらなかつたことは被告の過失たるを免れず、またかゝる措置をとるべき時間的余裕がなかつたとすれば、右は被告が貨物自動車を発見した際、速度を減じてハンドルの操作を容易ならしむべき措置をとらなかつたことに基因するものであるからこれまた被告の責に帰すべき過失である。
以上の如く本件事故は被告の過失によつて惹起せられたものであるから、被告は原告等が右事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。そこで次に原告等の蒙つた損害の額を算定するに、
(イ) 原告佐藤は本件事故発生直後川崎市小杉町東横病院に収容され、その翌日東京都文京区順天堂医院に転院し、同年同月十八日同医院を退院したものであるが、なお転地療養の必要上同年同月二十日より昭和二十七年一月三日まで群馬県四万温泉田村旅館に逗留し、その後も自宅において予後療養を要し、これら入院療養その他に関し別紙<省略>費用明細書記載の如き合計金十四万五千五百円の出費その他の欠損をしており、これは原告佐藤が現実に蒙つた物的損害であるが、なお同原告は負傷の結果顔面に醜い傷痕を残し、現在勤務中の貿易商社における担当事務が渉外事務である関係上右傷痕が禍して将来職を失うのおそれがあり、その場合他に職を求めるにしても顔面の傷痕が就職の妨げとなることはいうまでもなく、仮に就職し得たとしても少くとも二年間は現在の俸給月額三万円より一万円少い月額二万円の俸給に甘んじなければならないことが予想されるから、二年間において合計金二十四万円の得べかりし利益を喪失する計算となり、これを現在の損害に換算するときはその八割すなわち金十九万二千円を以て損害額と算定するのを妥当とする。さらに原告佐藤は外国語学校支那語科の出身であり、英語にも相当精通し、現在は勿論将来も貿易事務の経験者として同方面の仕事に従事しようと志している者であるが、本件事故により傷害を蒙つた結果記憶力に多少の障碍を来し、現在においてもなお複雑な書類の作成を継続するときは頭痛を覚え、かつ寒気強き日は屋外にては負傷部分に疼痛を感じ、日常の活動を制約されること甚だしきものあるのみならず、前記顔面に存する傷痕は渉外事務にたずさわる者にとつては決定的打撃であり、他人に面接する毎に苦悩の念を喚起されざるを得ず、その精神的損害は甚大であつて、これに対する慰藉料としは金三十八万二千五百円を以て相当とする。以上合計金七十二万円が原告佐藤の蒙つた損害額である。
(ロ) 原告翁は本件事故発生後二週間自宅治療を続けたが、その間前記順天堂医院に三回通院し、その交通費(タクシー代及び電車賃)として金千円を支出し、かつ本件事故による汚損の結果被服の価格減損が金千六百円と見積られ、その洗濯代として金四百円を支払つたので合計金三千円が物的損害となるが、原告翁は前記負傷のため胸部の圧迫感が二ケ月も続き、現在なお寒気強き日には肋骨に多少の神経痛を感じ、しかも今日未だに顔面に傷痕を残しており、そのため精神的損害を蒙つているものであつて、これに対する慰藉料は金十万五千円を以て相当とする。以上合計金十万八千円が原告翁の蒙つた損害額である。
(ハ) 原告藤野は本件事故による被服汚損のため金千六百円に相当する価格減損の損害を蒙り、かつその洗濯代として金四百円を支払つたので合計金二千円が物的損害となるが、その外前記負傷の結果胸部の圧迫感が約三週間も継続し、現在においても未だに寒気強き日には胸部の圧迫感を覚える次第であつて、その苦痛に伴う精神上の損害を蒙つているものであり、これに対する慰藉料は金八万八千円を以て相当とする。以上合計金九万円が原告藤野の蒙つた損害額である。よつて原告等三名はそれぞれ被告に対し損害賠償として右各損害額及びこれに対する本件事故発生の当日たる昭和二十六年十二月四日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延利息の支払を求めるため本訴に及んだ。」と陳述し、
被告の主張に対し、「本件道路の鋪装部分と非鋪装部分との間には被告の自動車がその両面に跨つて走行しても危険を醸す程度の高低の差はなく、かつ両者その摩擦面を異にするとはいえ、適当に速度を減じて走行するにおいては別に危険ありとも認められないにかゝわらず、被告が速度を減じて左側に避譲する措置をとらず、逆に右転したことは情況判断を誤つたものであつて明かに被告の過失である。相手方貨物自動車は道路の中央部を進行し来つたものであつて、被告においてこれを左側に避譲し得る余地は十分にあつたものである。また原告等が酒気を帯びている被告に勧められてその運転する自動車に同乗したからといつて、運転上生ずることあるべき危険負担に対し承諾を与えたものとなすことはできない。のみならず当時被告は自動車の正常運転をなし得ない程度に酔うていたものではないから、原告等が被告の勧誘に応じて同乗したとしても原告等には何等過失はない。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として、
「原告等主張の請求原因事実中原告等主張の日時場所においてその主張の如き自動車顛覆事故の発生したこと及び被告が右自動車を運転し、原告等主張の如き経緯により原告等三名をこれに同乗せしめていたことはこれを認めるが、原告等三名が右事故により負傷を蒙つたことは不知、原告等主張の損害額は否認する。本件事故について被告には原告等主張の如き過失はない。すなわち本件事故の発生した道路はその中央部のみ鋪装せられ、両側各一米余の部分は鋪装せられることなく地肌を露出しているが、自動車の両側車輪をそれぞれ摩擦面の異る物体に接触せしめるときは危険を醸すおそれがあるので、被告は右道路の鋪装部分左側を中央線寄りに進行したのであるが、本件事故現場附近に差掛つた際、反対方向より進行し来る貨物自動車を認めたところ、該自動車はその右方(被告の自動車から見て左方)に偏倚しながら被告の自動車の針路に向つて進行を持続し来るため、被告がそのまゝ進行を継続するにおいては正面衝突を免れず、また被告において左方に避譲するにおいては結局鋪装外の路面延いては道路外に逸脱する危険があつたので、やむなく正面衝突を避ける非常手段として、とつさにハンドルを右に切つたものである。その結果本件事故が発生したとはいえ、もし被告においてかゝる臨機の措置をとらなかつたならば正面衝突の惨事を惹起したであろうことはまことに見易いところであるから、被告の右措置は、より大なる法益の侵害を避けるためやむを得ずとられた緊急措置として被告には何等過失はない。
仮に被告に過失ありとしても、原告等は、被告が訴外李世康方の招宴において酒食の饗応を受け相当酩酊していたことを承知の上で被告の運転する自動車に同乗したものであり、酒気を帯びて自動車を運転することが極めて危険なことは世間周知のことであつて、本件事故も被告に過失ありとすれば被告の飲酒酩酊に基因するものと認められるから、原告等は自ら飲酒運転に伴う危険負担に対し事前の承諾を与えたものとして被告に対し過失の責を問うに由ない。
仮に被告に過失の責任ありとしても、飲酒の上自動車を運転することの危険を伴うことは前記の如く世間周知のことであるから、原告等は被告より同乗方を勧誘せられた際これを拒否または辞退すべきにかゝわらず、被告が酒気を帯びて自動車を運転することを知りながら、勧誘に応じ敢えてこれに同乗したことは原告等の過失である。従つて損害賠償の額を定めるにつき原告等の右過失は斟酌さるべきである。」と述べた。<立証省略>
理由
昭和二十六年十二月四日午前零時三、四十分頃横浜市港北区日吉町三百七十四番地先道路において、被告が自家用小型乗用自動車(番号東京第三四七三七号)に原告等三名を同乗せしめて横浜方面より川崎方面に向け運転進行中反対方向より疾走して来た貨物自動車との衝突を避けようとしてハンドルを右に切つたため運転中の自動車を道路右側土手に撃突顛覆せしめたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第二号証の一乃至三、同第四号証の二の各記載、証人黒田芳太郎の証言、原告佐藤勇、同藤野清秀及び被告の各本人尋問の結果を綜合すれば、右事故の結果原告佐藤は頭部及び顔面部に縫合四個所計十三針に及ぶ裂傷及び五個所の擦過傷を受け、また鼻部の打撲による内出血のため多量の吐血を催し、衰弱甚だしく、二週間に亘る入院加療及び予後長期の療養を要し、原告翁は左顔面頸部に打撲傷を蒙り差当り二週間に亘る自宅並びに通院加療を要し、原告藤野は左肩部及び肩胛部並びに両側胸部に打撲傷を蒙り差当り少くとも二週間に亘る自宅並びに通院加療を要したことを認めることができる。
よつて次に本件事故につき被告に過失の責任ありや否やの点について按ずるに、検証の結果によれば、本件事故の発生した道路は横浜方面より川崎方面に通ずる全幅十一米六十糎の道路で、その中央部幅員八米に亘つてコンクリートの鋪装が見られ、川崎方面に向つて左側幅員一米六十糎、右側幅員二米の部分が非鋪装部分として地面を露出しているが、鋪装部分と非鋪装部分との高低の差は一般に二糎乃至四・五糎でそれ以上に出る箇所はなく、僅かに後記道路のカーブの頂点に当る箇所十米の部分が十糎前後の差を示しているに過ぎず、道路は全体として川崎方面に向つて弛い傾斜をなして下つており、本件事故現場から横浜方面に向い遡つて四十八米の地点を頂点として約百六十度から百七十度の角度を以て左方にカーブしており、道路の両側にはそれぞれ幅四十糎、深さ四十五糎の溝があるが、一面雑草に蔽われ一見してこれを見分けることは困難であり、また川崎方面に向つて道路の左手は一帯に畑であつて、道路のカーブ頂点より川崎寄りの部分は道路の傾斜との関係上高地となつているが、最高部分で一米二十糎に過ぎず、これに反して道路の右手カーブ頂点より川崎寄りの部分には高さ二、三米の急傾斜の土手が道路の下降に応じて順次低くなりながら溝に接して続いており、道路の視野は前記の如くカーブが緩漫であるため割合に広く、横浜方面より川崎方面に向け道路の中央部を進行する自動車がカーブ頂点附近に接近するときは反対方向より同じく道路の中央部を進行し来る自動車をその前方約八十米の地点において現認し得る地形にあることを認めることができる。
ところで一方被告本人尋問の結果によれば、被告は時速約三十哩で自動車を運転し、本件道路のほゞ中央部を進行しつゝ前記カーブに差掛つた際その前方約六十米に反対方向より進行し来る自動車のライトを発見し、次いでその距離三、四十米に接近したとき相手方自動車が道路の中央部を疾走し来ることを現認したが、相手方自動車は速力、光力をも減ぜず、しかもその針路をも変えようとしないので、被告も反撥心を起し、速力、光力を減ぜず、また針路をも変更せず、そのまま進行を続けたため、次の瞬間正面衝突しそうになつたので、これを避けるため、とつさにハンドルを右に切り、急制動をかけたが及ばず右側土手に自動車を衝突させて顛覆せしめるに至つたこと、被告がハンドルを右に切つたのは附近を走る電車東横線の路線用電燈の照射を受けて右側路面は明るくなつていたのに反し、左側はその陰になつて暗くなつていたため、瞬間的無意識的に明るさを求めてなされた措置であることを認めることができる。
右認定の事実に基いて勘案するに、およそ自動車運転者たるものは、道路中央部を進行する場合、反対方向より進行し来る自動車を認めたときは、危険を避けるため相手方自動車の避譲措置に期待することなく、自ら速度を減じ(夜間においては光力をも減じ)適切なハンドルの操作をなし自動車を道路の左側に寄せて進行すべく、臨機の措置として右側に避譲することが妥当と認められる場合にあつても、予め速力を減じて事後措置を容易にとり得るよう適宜の手段を講ずべき注意義務あるにかかわらず、被告はこれを怠り、逆に相手方自動車に対し反撥を感じ、衝突寸前の状態に至るまで、速力光力を減じ、針路を変更する等危険防止の措置をとらなかつたものであるから、右は明かに被告の過失というべきである。本件において相手方自動車が殊更道路の左寄り(被告の自動車より向つて)に進行して来たと認むべき証拠なく、本件道路の幅員よりすれば被告の自動車は鋪装上においてその左側に相手方自動車を避譲し得る余地あり、仮に非鋪装部分に一部乗入れるとするも、前記認定の如き地形の下においては別段の危険ありとも認め難い。また衝突寸前右転した場合にも、予め速力を減じてあれば直後ハンドルを左に切り換える時間的余裕あり、急停車をなすもその余勢を駆つて土手に追突する等の危険は防止し得たはずである。
被告は、被告の前記自動車右転の措置は貨物自動車との正面衝突を避けるためやむを得ずとられた緊急措置である旨主張するが、前記認定の如く被告は事前にかゝる事態の惹起を避け得たにかゝわらず、自ら進んで衝突寸前の状態に突入したものであるから、緊急行為と目するを得ない。
次に被告は飲酒者が自動車を運転することを知りながらこれに同乗した者は、運転上の危険負担に対し承諾を与えたものであるからよつて生じた事故につき運転者の責任を追及し得ない旨抗弁するがわが法制上かゝる場合危険負担の承諾を擬制することは難く、過失相殺の法理を適用する余地あるに過ぎない。
以上認定のとおりとすれば被告は本件事故につき過失の責あることが明かであるから、右事故によつて原告等の蒙つた損害に対し賠償義務あるものといわなければならない。
よつて次に原告等の損害並びにその数額について判断する。
(イ) 原告佐藤分
原告佐藤は本件事故により前記認定の如き負傷を蒙つたものであり、成立に争のない甲第七号証の一、三、四、第三者作成の文書として真正に成立したものと認め得る同号証の二及び五乃至八の各記載によれば右負傷の治療、療養に関し原告佐藤は合計三万六千二百六円五十銭(内訳東横病院入院費金五千三百五十円、順天堂医院入院費金五千九百十六円五十銭、転地療養のため四万温泉田村旅館宿泊費附添人とも金五千三百四十円、右入院転地療養期間中の附添料金一万九千七百円)を支弁し、また本件事故の際眼鏡を破損したため新たに金三千五百円を投じて眼鏡を購入したことが認められるが、爾余の同原告主張の物的損害についてはこれを認めるに足る証拠はないから、結局同原告の蒙つた物的損害額は金三万九千七百六円五十銭と認定するのを相当とする。なお同原告の得べかりし利益の喪失に関する主張は主張自体論拠薄弱であつてにわかに採用するを得ない。次に同原告の精神的損害について考えてみるに、同原告が今日なおその顔面に負傷の傷痕を止めることは同原告本人尋問の際これを認めるを得たが右傷痕は今日においては別に他人に嫌悪の感を与えるようなものとは認め難いから、この点に関する同原告の精神的苦痛は薄らいだものというべく、予後における身体機能の障碍については、これを肯認すべき適確な証拠がないから、これを参酌するに由ない。以上の次第で結局慰藉料の額は前記負傷の部位程度治癒期間、傷痕の程度等を斟酌して算定するの外なく、かゝる基準によれば慰藉料額は金十万円を以て相当と認められる。
(ロ) 原告翁及び同藤野分
原告翁及び同藤野も本件事故によつて前記認定の如き負傷を蒙つたものであるが、同原告等主張の物的損害についてはこれを認めるに足る何等の証拠なく、予後の身体機能の故障についても適確な証拠はないから、同原告等に対する慰藉料額も結局は負傷の部位程度治癒期間等を斟酌して算定するの外なく、かゝる基準によれば同原告等に対する慰藉料額は各金三万円を以て相当と認められる。
ところで被告より過失相殺の主張があるので以下この点について検按するに、原告等三名及び被告がともに昭和二十六年十二月三日藤沢市鵠沼の訴外李世康方で催された結婚披露宴に招待されて酒食の饗応を受け、帰途同日午後十時三十分頃原告等三名が小田急鵠沼駅にて電車を待合せ中被告が自家用小型乗用自動車を運転し来り、同乗方を勧誘したので、原告等は右勧誘に応じ同乗して帰路に就いたことは当事者間に争なく、右事実によれば原告等は被告が飲酒の上自動車を運転することを承知の上同乗したことが明かであり、飲酒運転は法の禁ずるところであつて、一般に運転上の危険を伴うおそれのあることは世間周知のところであるにかゝわらず、原告等がたやすく被告の勧誘に応じその自動車に同乗したことは原告等の過失たるを免れない。本件にあつて被告が反対方向より疾走し来れる貨物自動車の措置に対し反撥を感じ、衝突寸前の状態に突入したのは被告が飲酒の結果その理性的判断において若干欠けるところがあつたことによるものと推断するにはゞからない。以上原告等の過失を斟酌し、なお被告の右同乗勧誘の措置は全く被告の好意に出でたもので何等他意なき点に思を致せば、前記損害賠償額は相当にこれを減額するを妥当とすべく原告佐藤に対する賠償額は有形無形の損害を併せて金九万円、原告翁及び同藤野に対する賠償額は各金二万円と定めるのを相当とする。
しからば原告等の本訴請求中原告等が被告に対し各右認定の賠償額及びこれに対する本件不法行為発生の当日たる昭和二十六年十二月四日以降各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延利息の支払を求める部分は正当として認容すべきも、その余の部分は失当として棄却を免れない。(原告佐藤の物的損害中眼鏡破損を除く入院費、宿泊費、附添料等はその支弁の時より遅延利息を附すべきものと思料するが、本件においては同原告の利益のために物的損害額を優先的に相殺控除した。)
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古山宏 江尻美雄一 川添万夫)