東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1736号 判決 1953年11月10日
原告 富田やま
右代理人 木村市太郎
被告 東京都葛飾区
右代表者区長 高橋佐久松
右代理人 斎藤義家
主文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
理由
原告の末子富田秀男が小松中学校三年生の折。同校経営の千葉県岩井町に於ける臨海学校に参加し昭和二十六年八月一日海中にて頸椎第五、第六番の骨折をしたことがもとで同月八日千葉医大附属医院河合外科にて死亡したこと、事故当日、飛込台を定位置から深さ一米程の浅瀬に移動したこと、事故前陸上にて秀男と大塚少年が喧嘩をしたこと、被告が見舞金として二千円、弔慰金として三万円を原告に贈呈したことについては当事者間に争がなく、原告の国家賠償法第一条、第二条に基く慰藉料請求の主張について按ずるに同法第一条にいう「公権力の行使」とは国家統治権に基く優越的な意思の発動としての作用即ち権力作用をいうのであるが官公立学校の教員と生徒との関係の如きは公権力の行使を要素としない公法上の行為であるから仮令教育公務員たる小春教官に過失があつたとしても同教官の臨海学校に於ける教育は権力作用でないこと論を俟たないから同法第一条又は第三条の適用される余地はない。
次に国家賠償法第二条による請求については証人小春吉敏、同遠藤直の各証言によれば岩井町における臨海学校は小松中学校独自の意見により催されたものであるが準拠すべき大綱は葛飾区長より通達がなされており、区長は同校長の臨海学校実施に当つて生徒を引卒し宿泊することについての許可願出に対し都教育委員会の通牒に基き同委員会に代りて許可を与え区としても宿泊設備等について斡旋をなすことにより同校は岩井町における宿舎設備をその所有者と直接契約をなして借り受けたものであることが認められる。即ち小松中学校は区長の右代諾により教育事務の管理執行権をもつ都教育委員会の臨海学校教育の許可を得たことになるのでそれに伴う教育施設は当然学校施設の延長として区の設置、管理をなすべき営造物というべきでこの故にこそ区は宿舎の斡旋をなしたものというべくその借入が形式的には学校と所有者との契約であつても区は実質上責任を免がれるものではない。飛込台は臨海学校の構成物として営造物に包含されるが所謂「営造物の瑕疵」とは営造物が通常有すべき安全的性状又は設備の欠けていることであり本件の場合に於ては飛込台がそれ自体において折損があつたと認めうる立証はなく、然も証人鳥居利彰、同浅岡好太郎、同飯田稔、同寺田和平、同小春吉敏の各証言を綜合すれば秀男の性格はやや冐険心に富み、又当事者間に争のない飛込台を定位置から深さ一米程の浅瀬に移動したのは事故当日波が荒いのでそれを陸に上げようとしたが生徒等の希望により水深一米程のところに休息用として置いたものであり、特に小春教官より充分に飛込禁止の注意があり生徒達一同はこの注意を了知していたことが認められる。当時秀男は既に中学三年生でありかかる程度の注意を理解出来ぬ年令とはいうことが出来ずしてみれば飛込台がその位置に置かれたことは社会通念上も安全的性状にあつたと認むるの外はなく、それにも拘らず事故が発生した所以は証人鳥居利彰、同飯田稔、同寺田和平の各証言にある如く秀男が台上より海中に投下した竹棒を追い頭を下にし見ていた者をして瞬間危険を感ぜしめるようなねじれた姿勢で飛込んだが為と認められ水深一米程の浅瀬であつたことのみが直接原因でないことは成立に争のない甲第二号証の記載、証人島村欣一の証言に頭部及び顔面に治療を要する程の傷害も見られなかつたことと水圧によつても頸椎の骨折を生ずることがありうるということによつても窺知される。他に前叙認定を覆すに足りる証拠もないので原告の営造物の瑕疵を理由とする国家賠償法第二条に基く請求は認むるを得ない。
而して飛込台を営造物として国家賠償法の適用を受けるものとして論じた以上一般法としての民法の適用は排除されるので原告の予備的請求は営造物と認められないことを前提として民法第七百十七条の工作物としての瑕疵に基くものであるからこれが判断の必要を認めない。
而してみれば被告は原告に対し何等慰藉料支払の義務がないので原告の請求は何れもこれを失当として棄却し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決することにした。
(裁判官 藤井経雄)