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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)252号 判決

原告 東京シヤリング株式会社

被告 西山産業株式会社 外一名

一、主  文

被告西山産業株式会社は原告に対し、金八十一万千六百三十二円及びこれに対する昭和二十七年一月二十五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告西山産業株式会社との間に生じた部分は同被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は原告において、被告西山産業株式会社に対し金二十万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り仮りにこれを執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し各自金八十一万千六百三十二円及び之に対する昭和二十七年一月二十五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は鋼板の売買並びに切断等を主たる業とする株式会社であるが、昭和二十六年七月十三日予て鋼材の取引をしている訴外光和興業株式会社(以下訴外会社と称す)に鋼材を売渡し、右取引の結果原告は右訴外会社に対し鋼材売掛代金金七十九万千二百六十八円鋼材運搬料二万三百六十四円合計八十一万千六百三十二円の債権を有していたので原告は訴外会社に対し度々右債務の履行を求めたところ、訴外会社は同月十七日、右債務の担保として原告に対し、被告西山産業株式会社が同月十二日訴外会社に宛てゝ振出した金額金五百万円満期日同年九月十六日支払地並びに振出地東京都中央区、支払場所株式会社東京銀行銀座支店という約束手形一通(以下本件手形と称する)を裏書譲渡し、よつて原告はその正当な所持人となつた。

(二)  ところが被告会社は訴外会社を約束手形詐欺事件として昭和二十六年七月二十六日東京都の自治体警察署である愛宕警察署に告訴し、同警察署捜査主任である訴外司法警察員警部補石川清七は、本件手形の直接授受の衝に当つた原告会社社員河野孟司を贓物収受罪の被疑者として取調べ、同年九月十三日本件手形を贓物として差押え、原告が本件手形の返還請求をなしたに拘らず、同年十月一日頃本件手形を被告会社に仮還付をなした。

(三)  刑法に所謂贓物とは財産罪たる犯罪行為により不法に領得された財物にして、被害者が法律上追求し得るものであるか、約束手形の如きは振出人が一旦受取人に宛てゝ振出し、第三者が受取人より適法に該手形を譲渡を受けるときは手形の流通証券たる性質上その第三者は適法に手形上の権利を取得するから仮りに該手形が振出人が受取人に詐取されたとしても、振出人は第三者に対し該手形の返還を法律上追求し得ないものであつて、かゝる手形はもはや贓物とはいえないから濫りにこれを押収差押ができないものである。然るに本件約束手形は前記の如く原告が正当な権利者であつて、被告会社より返還請求をうくべきすじあいのものではないから石川警部補がこれを贓物として差押えた処分は違法である。而も右警部補は本件手形を差押えるに際し、まず河野に対し本件手形の提出方を求め河野は原告会社の許可を得てその写を提出していたが、石川は執拗に電話や呼出状で本件手形を警察に持参するよう請求するため、やむなく河野は昭和二十六年九月十二日原告の許しを得て愛宕警察署に本件手形を持参出頭し、石川の取調室に於いて訴外会社代表者相沢雄並びに被告会社総務部長小山田晃一と会合したところ、石川が河野に対し被告会社が手形番号を照会したいというが持参したかと問うたので河野はポケツトより本件手形を取出さんとするや小山田晃一がこれを奪取せんとしたが石川の制止により石川の手許に提出された。すると小山田は自己の約束手形の控と番号を照会するかの如く装い突嗟の間にその机上にあつた青鉛筆で本件手形の振出人の記名捺印及び貼用されている印紙捺印部分を抹消し去つたのに、石川はこれに対し未然防止の措置に出ずべき地位にありながら敢てこれらの措置をなさず、却つて河野に対し裁判官の発する差押令状を示すことなく本件手形は贓物である故差押える旨申し渡し、河野の申入れにより漸く石川は同人の名刺に本件手形を差押えた旨記してこれを河野に渡した。斯る差押手続は刑事訴訟法第二百二十条第一項第二百二十二条第一項並びに司法警察員の捜査の準繩たる犯罪捜査規範第三百十一条第三百二十九条に悖ること甚しく違法な手続というべきである。

更に本件手形の仮還付の手続にも違法があつたものである。即ち本件手形贓物収受被疑事件は被告会社の申請に基く、告訴事件であるから司法警察員は刑事訴訟法第二百四十二条並に前記犯罪捜査規範第三百六十条により告訴事件に関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならないのに、石川は右規定に違反して、事件送付前に本件手形を被告会社に仮還付して了つたものである。尚且石川は本件手形を領置の必要なしとして還付するに当り、本来ならは当然正当な所持人であり且つ手形の提出者である原告に還付すべきであるにも拘らず、故意に単なる振出人に過ぎない被告会社に仮還付してしまつた。

以上の様に石川が本件手形を違法に差押えこれを被告会社に仮還付するという違法な処分をなした為に原告は後記のとおり被告会社に対する約束手形金債権を失うに至つて損害を蒙つた。

(四)  すなわち被告会社は石川より本件手形の仮還付を受くるや、原告が手形の正当な所持人として本件手形の返還を求めたのに対し、被告会社代表者は右手形を原告に返還しないばかりか、之を故意に毀滅し、仮りに原告が右手形の返還を受けるも右手形を以つては最早手形上の権利を行使することを能わざるに至らしめ、よつて原告に本件手形金額と同額の損害を蒙らせたものである。

(五)  然して右損害は他面石川において本件手形を違法に差押えた上検察庁にもこれを送付せず被告会社に仮還付さられたことに因るものである。何となればたとえ、本件手形が差押えられても、河野孟司が東京地検に事件送付後に嫌疑なしとして不起訴処分になつたことよりして、前記の違法な仮還付がなされていなければ、当然検察庁より差出人である原告に、本件手形は還付さるべきところであつたからである。従つて、前記石川の所為は結局被告会社の前記所為と共に原告の損害の原因をなしたものということができる。

ところで、石川警部補の前記所為は、公共団体である被告東京都の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて、故意に他人に損害を加えた場合に該当するから国家賠償法により被告東京都は右損害の賠償をなすべき責任がある。

(六)  以上によつて、被告東京都及び被告会社は各々原告の前記損害を賠償する義務あるものであるか、原告が前記訴外会社より本件手形を取得所持するに至つた際、その対価たる同会社に対する債権は金八十一万千六百三十二円であるから原告の被つた実損害額を右の金八十一万千六百三十二円の範囲にとどめ、この金員並びにこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十七年一月二十五日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを被告等に求めるため本訴に及ぶ。と述べ、被告等の主張に対し、被告等の主張事実は全部これを争う。

仮りに本件手形が被告会社主張のとおりの事情で訴外会社に交付されたものであるとしても、原告はその事情を知らずして訴外会社より裏書譲渡をうけたものであるから正当な所持人である。

被告会社は本件手形は原告会社の河野が本件手形振出の事情を知つて訴外会社の土屋より預つたものと主張するけれども、原告は昭和二十六年七月十三日の訴外会社との鋼材取引の際、右代金支払のために横線小切手を受けとつたところ、同月十六日右小切手が不渡りとなり、原告は直ちに訴外会社との間に右取引の一部を合意解除したいきさつもあり、若し河野が本件手形の授受に際し、本件手形が被告主張のような事情で振出された手形であることを告げられていれば、手形小切手の授受に細心の注意を払つていた当時のことゝて本件手形をそのまゝ裏書譲渡を受ける筈なきものである。

また、訴外会社は態々本件手形に自ら裏書して河野に交付しているところよりしても、単に一時的に河野に預けたものとなす被告会社の主張は当らない。原告会社の河野が個人名義の預証を出したのは、本件手形の授受に際し、原告会社の正式の受領証を持合さず、後日正式な書類を出すことゝしたからに過ぎない。と述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、被告両名とも原告主張の請求原因第二項の事実、並びに被告東京都のみ、河野孟司が東京地方検察庁で嫌疑なしとして不起訴処分になつたことは認め、その余の事実は全部之を争う。と述べ抗弁として、

被告会社訴訟代理人は、

一、被告会社は金属、皮革の貿易並びに販売を目的とする株式会社であるが、昭和二十六年六月中訴外玉田一栄より訴外光和興業株式会社専務取締役土屋勇の紹介を受け、同人が被告会社振出の約束手形の割引を斡旋するということで同年七月二日約束手形四通総額千五百万円を同月十二日までに割引く約で同人に宛て振出し交付したが同日までに割引ができず土屋は約束手形全部を被告会社に返還した。ところが土屋は再び被告会社に鋼材買付斡旋するから千万円の約束手形を振出して貰いたい旨を申入れたので、被告会社は、同人に鋼材買付斡旋依頼のために、同月十二日金額金五百万円の原告主張のとおりの手形とほかに金額三百万円、二百万円の手形合計千万円の光和興業株式会社宛の約束手形を振出し、土屋にこれを交付した。

すなわち本件約束手形は鋼材買付のために振出し、土屋は七月十四日乃至十六日までに手形金額に相当する貨物引換指図書を被告会社に交付すべく、右期日までに買付ができないときは直ちに約束手形は被告会社に返還する約で土屋に交付し、土屋は被告会社に対し約束手形の預証を差入れているものである。従つて訴外会社は本件手形につき何等の権利をも取得しなかつたものである。然るに土屋は約束の期日までに鋼材の買付を履行しなかつたにもかかわらず、前示約旨に反し本件手形を被告会社に返還しなかつたものである。

二、然して原告は本件手形振出の事情を知つてこれを取得した悪意の取得者であるから原告は本件手形上の権利取得を被告に対抗し得ない。原告は訴外会社に対し約八十万円の鋼材売掛代金債権を有して訴外会社に対し右履行を請求していたところ、たまたま原告会社の河野が訴外会社の土屋が本件約束手形を所持していることを知つて、土屋の拒絶に拘らず、この引渡を執拗に迫つたので訴外会社の相沢及び土屋は本件手形の振出の事情を河野に告げ、河野も之を了承して、本件手形を裏書譲渡するというのでなく、一時預けるということで、河野より預り証を受取つた上、同人に之を交付したに過ぎないものである。

よつて原告が本件手形の正当な所持人であることを前提とする本訴請求は理由がない。と述べた。<立証省略>

被告東京都指定代理人は、

一、昭和二十六年七月二十六日付で被告会社より土屋を横領河野を贓物収受の被疑事件として愛宕警察署に告訴が提起されたので、愛宕警察署司法警察員石川清七は、事情を調べたところ、両名の犯罪嫌疑が充分認められたので、刑事訴訟法第二百十八条第一項の規定に基き、裁判官の発する差押令状により本件手形を差押えたものであるから、この差押手続に違法はない。

二、又石川清七は、押収物である本件約束手形を刑事訴訟法第二百二十二条第一項で準用する同法第百二十三条第二項に基き本件約束手形の所有者である被告会社に仮還付したものであつて、差出人たる河野に仮還付しなかつたとしても、それは違法な手続とはいえない。

三、ついで愛宕警察署は右被疑事件を東京地方検察庁に送付したので、押収物についてはすべて東京地方検察庁の事件担当検察官の権限で処置すべきもので、司法警察職員の責任ではない。

勿論本件約束手形は仮還付中であるから、押収状態は依然継続中でもし検察官にして、犯罪の嫌疑なりと判断するときは、これに附随する証拠物についても検察官が当然所定の手続をなすべきであり、又原告は利害関係人として刑事訴訟法の規定に基き権利の主張をなすべきである。

以上いずれの点よりしても原告の被告東京都に対する請求は理由がない。と述べた。<立証省略>

三、理  由

一、証人河野孟司の証言により真正にできたものと認められる乙第二号証、真正にできたことについて当事者間に争いのない乙第三号証、及び証人河野孟司、同土屋勇、同相沢雄、同小山田晃一(第一回)の各証言並びに被告会社代表者西山巧記本人尋問の結果(証人土屋勇、同相沢雄の供述中後記信用しない部分を除く)によると、被告会社は昭和二十六年七月十二日、金額五百万円の他原告主張のとおりの手形要件の記載のある本件約束手形を光和興業株式会社に宛てて振出交付し、同会社専務取締役土屋勇はこれに白地裏書をなした上、同月十七日原告会社の社員河野孟司に交付したことが認められる。

次に被告会社の主張するように、原告が、本件手形の悪意の取得者であるかどうかについて判断すると、証人土屋勇、同小山田晃一(第一回)の各証言により真正にできたものと認められる乙第一号証、証人小山田晃一(第一、二回)、同土屋勇、同相沢雄の各証言並びに被告会社代表者西山巧記本人尋問の結果を綜合すると被告会社は光和興業株式会社の土屋に対し、鋼材買付の斡旋を依頼し、同月十六日までに、手形金額相当の商品の買付ができないときは被告会社に手形を返還すべきことを約して本件手形を交付したことが認められるけれども、同月十七日原告会社の河野が土屋より本件手形の交付をうけるに当つて前叙の事実を知悉していたことを認めることができる証拠がない。証人土屋勇、同相沢雄の証言中、被告会社が本件手形を鋼材を買付けるために振出し、光和興業株式会社がこれを預つている旨土屋か河野に告げたとする部分は証人河野孟司の証言に徴し信用することができない。却つて証人河野孟司の証言により真正にできたものと認められる甲第一号証証人河野孟司、同相沢雄、同土屋勇の各証言(証人相沢雄、同土屋勇の供述中前記信用しない部分を除く)を綜合すると昭和二十六年七月十三日原告は光和興業株式会社に対し、鋼材金百二十八万三千円を売却し、右代金のため、小切手の交付を受けたが右小切手が不渡となつたため、一部商品の返還を受けて、その結果原告は右訴外会社に対し鋼材代金並びに運搬資金八十一万余円の債権を有するに至つたが、同月十七日まで原告は訴外会社に対し、度々右債務の履行を求めたところ、訴外会社は、右債務弁済のため、及び新たに相当の鋼材の出荷を求め、その代金支払のためにも本件手形に裏書した上原告に譲渡する旨申出があつたが、結局右代金債務支払の担保のために訴外会社は本件手形を譲渡したことを認めることができる。なお証人河野孟司の証言によれば、河野は原告会社の社員として訴外会社に対する右代金債務請求並に本件手形授受の衝に当つたもので、同人は本件手形受領に際し、原告会社の正式の受領証を持合さなかつたために自己の名刺(前掲乙第二号証)に仮りに預り証を書いて、訴外会社に交付したことが認められる。

証人土屋勇の証言中、被告会社の信用調査をするために本件手形を河野に預けたに過ぎない旨の供述は信用することができない。

よつて、被告会社の抗弁事実は認めることができない。

以上の認定によつて原告は本件手形の正当な所持人であることを認めることができる。

二、ところが被告会社が昭和二十六年七月二十六日訴外会社を約束手形詐欺事件として、東京都の自治体警察署である愛宕警察署に告訴し、同警察署捜査主任である司法警察員石川清七が河野孟司を贓物収受罪の被疑者として取調べ、本件手形を贓物として差押えた上、原告が本件手形の返還請求をなしたに拘らず同年十月一日頃本件手形を被告会社に仮還付をなしたことは当事者間に争いがない。

三、次に先ず原告の被告会社に対する請求について判断すると、前記乙第三号証及び証人河野孟司、同土屋男、同相沢雄、同石川清七、同小山田晃一(第一、二回)の各証言並びに被告会社代表者西山巧記本人尋問の結果を綜合すると、被告会社の取締役総務部長小山田晃一は同年九月十二日愛宕警察署に於いて、石川清七の需めに応じて河野孟司が持参して本件手形を石川に呈示した際、何等の権原なきに拘らず、故意に青色鉛筆で本件振出人欄の記名印を抹消し収入印紙部分を汚損し、被告会社代表者西山巧記は石川より本件手形の仮還付をうけた後故意に赤青の色鉛筆で前記部分を除く手形要件の記載の全部並びに裏書人記名を抹消した上、振出人並びに裏書欄の一部を切断し、収入印紙を削除して本件手形を毀損したことが認められ右手形の毀損は同一性を害する程度の毀損を認められる。

然して前掲各証拠や本件口頭弁論の全趣旨によると、西山及び小山田の前記所為は夫々被告会社の代表取締役並びに総務部長として職務執行のためになされたものと認められるから、右毀損行為は被告会社の責に帰すべき行為と称すべきものである。而して手形の同一性を害する程度の毀損は、手形の滅失と同一に評価されるべきものであるので、いわゆる「手形上の権利の化体」なる観念を押し進めると、右の滅失により手形上の権利も消滅し、除権判決を得なければその権利の行使を不能ならしめるような感がないでもない。しかしいわゆる「権利の化体なる観念は」ただ手形上の権利の発生移転には証券を必要とする趣旨を単的に表現した言葉に過ぎぬものであり、手形滅失すれば、手形上の権利も当然に消滅すると解すべき法律上の根拠はなく、しかも除権判決を求める必要は、手形を喪失し他にこれを取得されるおそれがある場合であり、本件の如く、かようなおそれの全くない場合において権利者は除権判決を得る必要はないのみならず、右手形を毀損した不法行為者自らが、被害者に対し、除権判決のない限り該手形上の債務を弁済しない旨を抗争することの許されぬことも禁反言の法理上当然のことといえよう。

してみると、本件において原告は自己の手形上の権利のあることを証明して、振出人たる被告会社に対しこれが請求をなし得ることはもちろんであるので、被告会社の右毀損行為により別段の損害を被らないような感がないでもない。

しかしながら手形の所持人は、単に手形債務者に対し手形上の権利を行使し得るのみならず、手形を他に流通せしめ、対価を容易に取得し得ること、これが手形所持人の特殊的且主要な権能と称し得るのであるから、手形の毀損行為により、手形所持人のこの種利益を侵害するものであることは明白である。この趣旨において手形毀損によりなお損害の存することを肯定しなければならない。しかして、その損害の範囲は毀損者において、特段の主張立証のない限り手形金額と同一であると認定するのが相当であるが、原告は本件手形金額中その実質的対価である金八十一万千六百三十二円の範囲で賠償の支払を求めているので、被告会社はこの限度において原告に対し右損害を支払う義務があるものと認める。

四、次に、被告東京都に対する原告の請求について判断する。

本件手形を、石川警部補が差押えこれを被告西山産業株式会社に仮還付したことは前記認定のとおりである。

先ず、本件手形の毀滅に直接関係を有すると考えられる右仮還付の手続が適法であつたかどうかについて判断すると証人石川清七並びに弁論の全趣旨によれば、石川清七は被告西山産業株式会社の請求により同被告を本件手形の所有者としてこれに仮還付したものと認められる。然して、刑事訴訟法第二百二十二条第二百十八条第百二十三条によると司法警察員は被疑事件の終結前に所有者の請求により押収物を仮還付することが許されており、所持者より押収した物を所有者に仮還付することを禁じておらないから、石川が本件手形を被告西山産業株式会社を所有者としてこれに仮還付したことは形式的には一応適法といえる。それでは右の処分が妥当であつたかどうかについて判断すると、証人石川清七、同土屋勇、同小山田晃一(第一、二回)、同相沢雄の各証言及び弁論の全趣旨によると、石川は、小山田晃一より愛宕署に対する本件手形を詐取された旨の告訴に基き捜査を始め、小山田晃一、土屋勇、相沢雄、河野孟司を取調べた結果、被告西山産業株式会社が本件手形を鋼材買付の為振出し、これを土屋勇に鋼材買付を依頼して預けて置いたところ、同人は訴外光和興業株式会社の原告に対する債務の担保のためこれを河野に差入れ、横領なし、河野はその情を知つて本件手形を収受した嫌疑充分とみて、土屋勇を横領罪、河野孟司を贓物収受各被疑事件として検察官に送付したこと、従つてまた石川は被告西山産業株式会社が本件被疑事件の被害者であつて、本件手形の所有権は当然同被告に帰属するものと考え、同被告に本件手形を仮還付したことを認めることができる。然して被告西山産業の本件手形を振出して土屋勇に交付した事情は前記認定のとおりであつて、右事実よりして、司法警察員として告訴に基いて土屋勇並びに河野孟司に犯罪が成立するかどうかの捜査の責任を負う石川が前記認定のとおり犯罪の嫌疑を認め、その結果本件手形の所有権を被告西山産業株式会社にありと解するに至つたことはまことに無理からぬことゝ認められる。尤も以上認定の事実並びに弁論の全趣旨によれば、石川が、転々流通した場合約束手形の正当な所持人が誰になるかという手形法上の法律関係についての配慮に於いて、多少欠くるところのあつたことは認められるけれども、土屋及び河野の行為が犯罪となるかどうかに判断の重点をおく警察官に対し相当高度の手形法上知識を期待することは困難であるし、而も、仮還付自体によつては、手形上の権利に何等変動を与えるものでないこと及び、司法警察員のなす仮還付は、検察官のなす終局処分に至るまで仮の処分であつて、押収の効力は依然継続しているものであることを考え合せると、石川のなした本件仮還付についてはあながち、その責を問うこともできないものといえよう。

なお刑事訴訟法第二百四十二条は告訴事件の処分公正を期するために告訴事件については事件を必ず検察官に送付すべきことを司法警察員に義務付けているけれども、本条は決して、司法警察員が、同法第二百二十二条第二百十八条第百二十三条に基いて証拠物を仮還付することを、禁ずる趣旨ではないと解せられ、ほかにこれを禁ずる旨の規定訓令がない。よつて事件送付前になした本件仮還付が違法である旨の原告の主張は理由がないし、また本件手形の差押手続に仮に違法があつたとしても、その後前認定のような仮還付かなされた以上、右差押手続自体は社会通念よりして原告の損害と相当因果関係があるものとは認められないことはもちろんである。

以上の説示により原告の被告東京都に対する請求は理由がないこと明白である。

五、よつて、被告西山産業株式会社は原告に対し本件損害金中金八十一万千六百三十二円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること本件記録上明らかな昭和二十七年一月二十五日より完済まで民法所定年五分の割合による損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は右認定の範囲に於いて正当として認容し、その余の請求はこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 入江一郎 野田愛子)

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