東京地方裁判所 昭和27年(ワ)2974号 判決
原告 島田太郎
被告 大木シサエ 外三名
一、主 文
原告に対し
被告大木シサエは東京都葛飾区本田立石町二百七十番地の宅地の内七十四坪二合五勺及び同所二百七十一番地の二の宅地二百五十七坪七合五勺をその上にある木造亜鉛引薄鉄板葺平家一棟建坪四坪七合五勺及び同平家一棟建坪五坪をそれぞれ収去して明け渡し、且つ昭和二十六年八月三十一日から右明渡の済むまで一箇月金九百九十二円の割合による金員を支払い
被告小沢正雄は前記四坪七合五勺の建物から退去してその敷地の明渡を
被告渡辺三知及び中静英三は前記五坪の建物から退去してその敷地の明渡を
すべし。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は被告大木シサエのために金五万円、その他の被告らのために各金一万円宛の担保を供するときは仮に執行するこができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決竝びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、本件土地は原告の所有であるが被告大木は原告に対抗できる何らの権原もなく、昭和二十六年八月三十一日以前から本件土地をその上にある本件四坪七合五勺の建物を所有し(この建物は当初は後記の今泉貞雄が借地権に基いて所有していたものである)、更に昭和二十七年三月中旬頃から右土地上に本件五坪の建物を建築所有して不法に占有し、原告をして右土地の相当賃料である一箇月九百九十二円の割合による損害を蒙らせており、また被告小沢は右四坪七合五勺の建物、被告渡辺及び中静の両名は同五坪の建物にそれぞれ居住することによつて各その敷地を不法に占有中であるから、被告大木に対しては本件土地をその上にある本件二棟の建物を収去して明け渡し、且つ、昭和二十六年八月三十一日からその明渡の済むまで一箇月九百九十二円の損害金を支払うべきことを求め、被告小沢に対しては本件四坪七合五勺の建物、被告渡辺、中静の両名に対しては本件五坪の建物からそれぞれ退去してその敷地を明け渡すべきことを求める次第であると述べ、
被告らの抗弁に対し
(一) 原告が本件土地を予てから訴外今泉貞雄に賃貸していたことは認めるが、右賃貸借は次のような事由により昭和二十六年八月三十日限り終了したものである。すなわち、右訴外人は昭和二十五年一月分からの賃料を延滞するに至つたので、原告は昭和二十七年八月二十四日附翌二十五日到達の書面で同訴外人に対し同年七月分までの延滞賃料合計一万四千七百七十円六十八銭を書面到達の日から五日以内に支払うべく若しその支払のないときは賃貸借を解除する旨の催告竝びに条件附契約解除の意思表示をしたが、右訴外人は右催告に応じなかつたので、前記賃貸借は同月三十日限り解除によつて終了したのである。今泉貞雄が同月三十一日原告に対し右催告に係る金員を送付したことは認めるが、これを以て右解除の効果を否定せんとする被告らの主張は失当である。けだし、右延滞賃料の催告はこれに附するに五日の期間を以てし、その期間内に必ず支払うべきことを請求したものであり、今泉の一方的事情によつてこれに対する不応の責を免れしめることは却つて信義の原則に反する結果となるからである。
(二) 原告が被告ら主張のような借地権の譲渡を承諾したことは否認する。
(三) 被告大木は被告ら主張のような買取請求権従つてまた留置権を有するものではない。被告大木が買取請求の意思表示をしたのは本件の口頭弁論においてゞあるが、その買取請求権行使の前提である原告と今泉貞雄との間の本件各土地の賃貸借は前叙のようにこれよりも先昭和二十六年八月三十日限り今泉の債務不履行によつて解除されていたからである。なお、今泉が本件各土地に対し土盛をしたことは原告の関知しないところであるが、仮に土盛をしたとしても今泉はその賃貸借に際し土盛等に関しては原告に何らの請求をしないことを特約したから、今泉が被告ら主張のような土盛をしたことは被告大木の権利に何物をも加えるものではない。
と述べた。<立証省略>
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実は被告らの原告主張の土地の占有が不法占有であるとの点を除きすべて認めると述べ、
抗弁として、
(一) 本件土地は予て訴外今泉貞雄が原告から賃借していたものであるが、被告大木は原告の承諾を得て昭和二十五年二月二十八日同訴外人から右賃貸借上の借地権を本件四坪七合五勺の建物、本件地上にある樹木及び後記の土盛に関する権利と共に譲り受けた。もつとも、原告の右承諾については被告大木から原告に対し権利金を支払うことゝし、その額は後日協定する旨の特約があり、その協定は現在なお纏まつていないが、それは借地権の譲渡自体に対する承諾の効力には何らの影響もないのである。されば、被告大木の本件土地の占有は正権原に基くものであり、何ら不法の点はないのであるが被告小沢、渡辺、中静はそれぞれその所有者である被告大木から原告主張の建物を賃借しこれを占有しているのであるから、同被告らのその敷地の占有もまた不法の点はないのである。
(二) 仮に原告において前記借地権の譲渡について承諾したことが認められず、且つ、原告においてこれが承諾を拒絶するとすれば、被告大木は借地法第十条の適用及びその拡張適用により原告に対し本件各建物、本件地上にある樹木及び前記土盛に関する権利を時価すなわち、(イ)建物六万円、(ロ)樹木十八万円-一本平均四百円を下らない樹木が四百八十本位あるので最底十八万円と見積る、(ハ)土盛に関する権利六十六万円-今泉は本件土地三百三十二坪について平均一尺五寸の土盛をし、宅地に不適の土地を宅地としたのであるが、これによる地価の現存増加額は坪当り二千円を下らないから本件土地全部の地価の現存増加額は六十六万四千円である。以上合計九十万四千円で買い取るべきことを請求すると共に、右建物及び権利の代金七十二万四千円の支払のあるまで本件土地を留置する。(建物代金の点から立言すれば、建物を留置する反射的効力として本件土地を留置するのである)。
(三) 前記賃貸借について今泉貞雄が原告主張のような賃料を延滞し原告がその延滞を理由として同人に対しその主張のような催告竝びに条件附契約解除の意思表示をしたこと及び今泉が右催告期間内にその延滞賃料の支払をしなかつたことは認めるが、同人は催告期間経過の翌日すなわち昭和二十六年八月三十一日原告に対し催告に係る賃料を送付し、原告はこれを受領したのであり、且つ、右のようにその支払が遅れたのは当時今泉が郷里福島県に旅行中であつて催告の事実を知らなかつたがためであり、同人は同月三十日帰京しその事実を知つたので直に催告に係る賃料を為替で送金した次第である。されば、右一日の遅延はこれを以て今泉の不信行為によるものとすべきでないことはもちろんであるが、この一日の遅延はまたもとより原告に重大な損害を生ぜしめたものと考えられないから、今泉の右送金は信義誠実の原則から見て催告期間内の債務の履行と同一視さるべきであり、その一日の遅延を以て契約の解除を主張するが如きは権利の濫用として許さるべきではない。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張の請求原因事実は被告らの原告主張の土地の占有が不法であるとの点を除いてすべて当事者間に争がない。
よつて被告らの抗弁について按ずるに、訴外今泉貞雄が予て本件土地を原告から賃借しその上に本件四坪七合五勺の建物を所有していたこと、今泉が右賃貸借についての昭和二十五年一月分からの賃料を延滞するに至つたので、原告が同年八月二十四日附翌二十五日到達の書面で今泉に対し同年七月分までの延滞賃料合計一万四千七百七十円六十八銭を書面到達の日から五日以内に支払うべく若しその支払のないときは賃貸借を解除する旨の催告竝びに条件附契約解除の意思表示をしたこと及び今泉が右催告期間を徒過し、その翌日の同月三十一日原告に対し右遅延賃料を送金し、原告がこれを受領したことは当事者間に争がない。しかして、原告は、前記賃貸借は今泉が前叙のようにその延滞賃料を催告期間の末日の同月三十日までに支払わなかつたことにより解除せられて終了したと主張し、被告らは、今泉貞雄の延滞賃料の支払が一日遅れたのはその催告のあつた当時同人が郷里福島県に旅行中でそのことを知らなかつたがためであり、同人は同月三十日帰京してそのことを知り直に右延滞賃料を送金し、その送金は翌三十一日原告に到達した次第であるから、右一日の遅延は今泉の不信行為によるものとすべきではなく、しかも、この一日の遅延が原告に重大な損害を生ぜしめたものとも考えられないから、今泉の一日遅れの右延滞賃料の支払は信義誠実の原則から見て催告期間内の支払と同一視さるべきであり、その一日の遅延を以て前記賃貸借が解除されたと主張するのは権利の濫用であると主張するからその当否について考えて見るに、金銭債権の債務者がその債務を期日に一日遅れて履行しても、これを単なる経済的見地から立論すれば特別の事情のない限り債権者に重大な損害を生ぜしめるものとは考えられないのであつて、このことはあえて一日と限らず二日然り、三日然りであると共に、債権者に重大な損害を生ぜしめない遅延の正確な限度はこの見地からは遂にこれを究めることはできないのである。思うに、法律が債務不履行を原因とする契約解除について、原則として先ず債権者から債務者に対し相当の期間を定めて債務の履行を催告することを要求するのは、たとえ債務者に不履行の責があつても、これを債務者側から見れば、履行期の忘却、その他不履行について社会生活上必ずしも深く咎むべきでない事情もあり得るので、催告によつてその注意を喚起し債務不履行による契約解除というような不幸な事態を未然に防止せんとする用意に出たものと解すべきであるから、債権者において債務者に対し相当の期間を定めて債務の履行を催告し、その期間内における不履行を原因として契約を解除するものである以上、その解除は民法第一条にいわゆる「信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為ス」ものというべく、故に若し債権者が相当の期間を定めた催告に合せて催告期間内における不履行を条件として契約を解除する旨の意思表示をした場合において、債務者がその期間内に債務を履行しなかつた以上、契約はその期間の経過と共に解除となり、債務者はその後において履行の遅延が時間的に短期であつたこと又は被告ら主張のような債務者の個人的事由による信義誠実を盾にしてその解除の効果を否定し得ないものといわなければならない。して見ると、前記賃貸借は昭和二十六年八月三十日限りその賃借人たる今泉貞雄の賃料債務の不履行によつて解除せられて終了したものと認める外はないから、被告大木が今泉から右賃貸借上の借地権の譲渡を受けたことを前提として被告らの本件土地の占有を正権原に基くものとする被告らの抗弁は何らいわれのないものというべきである。もつとも、被告らは被告大木が右借地権の譲渡を受けたのは右契約解除前の昭和二十五年二月二十八日であると主張するのであり、同日以前に今泉と被告大木との間に右借地権譲渡契約が結ばれたことは証人大木貞次の証言及び被告渡辺尋問の結果竝びにこれらの証拠によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証によつてこれを推認するに難くないけれども、当時右譲渡の事実をその当事者から原告に伝えその承諾を求めた旨の右証人の証言及び本人尋問の結果はたやすく信用し難く、却つて、原告本人尋問の結果によると、今泉及び被告大木は当時右譲渡の事実を秘し、前認定のように原告と今泉との間の本件土地の賃貸借契約が解除となると突如として原告に対し右譲渡の事実を伝えその承諾を求めて拒絶されたものであることが認められるから、その譲渡は右契約解除当時は原告に対しこれを主張し得る状態にはなかつたものといわなければならない。ところで借地法第十条の法意は、第三者が借地権者から借地権者がその借地上に権原に基いて附属せしめている建物その他の物を譲り受けた場合に、土地の貸主がその借地権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、その第三者は土地の貸主に対し譲受物件の買取を請求し得るものとするにあるのであるから、地上物件の譲渡人がその土地に対する借地権を失い、土地をその地上物件を収去して貸主に返還すべき義務を負うに至つた後の当該地上物件の譲受人は土地の貸主に対しこれが買取請求権を取得するものではないといわなければならない。して見ると、たとえ被告大木が被告ら主張のように本件建物及び樹木(樹木についてはこれがあるとして)を今泉から譲り受けたとしても、同被告において原告に対しそのことを主張したのが先に指摘したようにその敷地に対する原告と今泉との間の賃貸借契約が解除された後である以上、被告大木は原告に対し如上の譲受物件の買取を請求するに由ないものとする外はない。
なお、被告ら主張の土盛に関する被告大木の権利の買取請求については、仮に今泉貞雄において被告ら主張のような土盛をし、これによる本件土地の地価の増加額が現存するとしても、原告本人尋問の結果と成立に争のない甲第一号証とを綜合すると、今泉は本件土地の賃貸借に際してはこれが土盛を要することを予想して賃借し土盛をしてもこれに関する権利を主張しないことを特約したことが明瞭であるから、被告大木において今泉から右土盛に関する権利を譲り受けたことを前提として原告に対しこれが買取を請求する旨の同被告の主張は右権利が借地法第十条の拡張解釈により買取請求の目的物としての適格を有するか否かの判断をするまでもなく何らいわれのないものというべきである。
して見ると、被告大木の抗弁は何れも理由なく、同被告は本件土地の無権原の占有者として原告に対し右土地をその上にあるその所有の本件二棟の建物を収去して明け渡すと共に、既に認定した本件土地賃貸借契約解除の翌日の昭和二十六年八月三十一日からその明渡の済むまで当事者間に争のない右土地の相当賃料たる一箇月九百九十二円の割合による損害金を支払う義務を負つているものとする外はない(土地所有者は他人がこれを無権原で占有するときは特段の事情のない限りその相当賃料と同額の損害を蒙るものと認めるを相当とする)が、被告大木以外の被告らにおいて原告主張の各土地をその主張のような方法で占有する権原を有すると主張するのもまたこれを要すれば被告大木において本件土地を占有する権限を有することを前提とするものに外ならないから、同被告らもまた原告に対しその各居住する建物から退去してその敷地を明け渡す義務を有するものといわなければならない。
よつて、被告らに対し以上認定の各義務の履行を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項、仮執行の宣言につき同法第百九十六条の各規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中盈)