東京地方裁判所 昭和27年(ワ)3594号 判決
原告 野田市五郎
被告 野田るい 外七名
一、主 文
一 原告に対して、被告野田るいは、金四千八百四十三円七十六銭、並びに、内金四千七百七十二円に対する昭和二十七年五月十六日から、みぎ完済まで年五分の割合による金員を、被告野田千代子、同野田英雄は、各金一千六百十四円五十六銭、並びに、内金一千五百九十円六十六銭に対する昭和二十七年五月十六日から、みぎ完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払うこと。
二 被告野田るい、同野田千代子、同野田英雄に対する原告その余の請求を棄却する。
三 被告中川とし子、同野田功、同飯村美枝子、同野田寿三、同銭谷きちに対する原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用中、原告と被告中川とし子、同野田功、同飯村美枝子、同野田寿三、同銭谷きちとの間に生じたものは、原告の負担とし、その余は、これを三分し、その二を原告の、その一を被告野田るい、同野田千代子、同野田英雄連帯の、それぞれ負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「一、被告銭谷きちを除く、その余の各被告らと原告との間に、別紙物件目録<省略>記載の家屋について、賃貸借関係が存在しないことを確認する。二、被告野田るい、同野田千代子、同野田英雄、同銭谷きちは、原告に対し前項の家屋を明け渡せ。三、原告に対し被告野田るいは、金四千八百四十三円七十六銭、並びに、内金四千七百七十二円に対する、同野田千代子、同野田英雄は、各金千六百十四円五十六銭、並びに、内金千五百九十円六十六銭に対するそれぞれ昭和二十七年五月十六日から各完済まで各年五分の割合による金円を、被告野田るい、同野田千代子、同野田英雄、同銭谷きちは、連帯して、昭和二十七年五月十八日から同年十一月三十日まで月額金七百四十九円、同年十二月一日から右被告ら四名が、前述家屋の明渡済みに至るまで月額金千三百六十五円の各割合による金円を支払え。四、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決、並びに、第二、三項の請求について仮執行の宣言を求め、請求原因として、「(一) 原告は、被告野田るい(以下被告(い)と称する)、同中川とし子(以下同(ろ)と称する)、同野田功(以下同(は)と称する)、同飯村美枝子(以下同(に)と称する)、同野田寿三(以下同(ほ)と称する)、同野田千代子(以下同(へ)と称する)、同野田英雄(以下同(と)と称する)ら七名の先代亡野田浜五郎との間に、原告の所有する別紙目録記載の家屋につき、昭和二十年四月十日附をもつて、(イ) 期限の定めなく、(ロ) 賃料月額金二十五円、毎月二十八日限り、賃貸人方に持参して支払い、一ケ月たりとも延滞したときは、何らの催告を要せず本契約を解除されたものとし、明渡しを請求されても異議なく、(ハ) 土地の状況、地代の騰貴若くは公租公課その他建物に関する負担の増加、並びに、比隣家賃の比較等により賃料の増額を要するときは、請求の通り異議なく承諾し、(ニ) 賃貸人の承諾を得ることなく、賃借権の譲渡転貸等をなさず、(ホ) 同居人間貸人を絶対に置かない旨の約款を含む賃貸借契約を締結した。(二) ところが野田浜五郎は、昭和二十二年十月九日に死亡したので、その妻である被告(い)、並びに、みぎ両人の子である被告(ろ)以下(と)ら七名がその相続人として、本件家屋に関する賃貸借契約上の権利義務一切を相続した。(三)その後、本件家屋の賃料は、増額協定され、昭和二十四年七月から月額金八百円となり、被告(い)以下(と)らは、昭和二十五年四月までは、右約定賃料の支払をしたが、翌五月分から支払をしなくなり、また、昭和二十四年九月頃から原告の承諾なく被告銭谷きち(以下被告(ち)と称す)を同居させ、間貸をしているものである。(四) そこで原告は、被告(い)以下(と)らに対し、昭和二十七年五月十日附の各書留内容証明郵便をもつて一には、昭和二十五年五月以来賃料不払あることを、二には民法第六百十二条に違反し、原告の承諾なく、被告(ち)を本件家屋に同居させ間貸をしていることを各理由として、前述の賃貸借契約を解除する旨、且つ、昭和二十五年五月から七月まで月額金二百五十円、同年八月から昭和二十七年四月まで月額金六百四十六円の各割合による公定賃料総額金一万四千三百十六円につき、被告(い)は、その三分の一にあたる金四千七百七十二円を、被告(ろ)以下(と)の六名は、各その三分の二にあたる金九千五百四十四円を六等分した金千五百九十円六十六銭を、右郵便到着後四日以内に支払うよう催告をし、該郵便は、被告(は)及び(ほ)には、翌十一日に、その他の被告には即日到着した。しかるに、被告(い)以下(と)は、同月十四日又は十五日までに右金円の支払をなさない。よつて原告は、さらに昭和二十七年五月十六日附前述各被告あて書留内容証明郵便をもつて、前便による解除の効力のない場合に備えて、さきに催告した延滞賃料不払を理由として、あらためて賃貸借契約を解除する旨の通告をし、該郵便は、(ほ)以外の被告には即日、被告(ほ)には翌十七日到達したから、おそくとも同十七日限り賃貸借契約は終了した。しかるに、賃借人である被告(い)以下(と)のうち、被告(い)・(へ)・(と)の三名は、現になお引続き本件家屋を占有し、また、被告(ち)は、頭初より本件家屋を不法に占拠しているものである。(五) よつて、原告は、被告(い)以下(と)に対しては、本件家屋に対する賃借権不存在の確認を、被告(い)(へ)(と)(ち)に対しては、同家屋の明渡を、並びに、被告(い)(へ)(と)に対し前述の催告にかかるものと、その以後の延滞賃料を、被告(い)(へ)(と)(ち)に対し契約解除後の賃料相当損害金の支払いを求める。その明細は、先ず賃料として、被告(い)に対し金四千八百四十三円七十六銭(その内金四千七百七十二円は、さきに催告したものであり、これに、昭和二十七年五月当時の公定賃料一ケ月金六百四十六円のうち、同被告の負担すべき三分の一に当る金二百十五円三十三銭の割合による同年同月一日から同月十日まで十日分の賃料金七十一円六十六銭を加算したもの)、並びに内金四千七百七十二円に対する催告期間経過の翌日である昭和二十七年五月十六日から、みぎ完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告(へ)・(と)に対し各金千六百十四円五十六銭(その内金千五百九十円六十六銭は、さきに催告したものであり、これに、前述の賃料一ケ月金六百四十六円のうち、被告(ろ)以下(と)の六名の負担すべき三分の二に当る金四百三十円六十七銭を六等分した金七十一円七十七銭の割合による十日分の賃料金二十三円九十銭を加算したもの)、並びに、内金千五百九十円六十六銭に対する催告期間経過の翌日である昭和二十七年五月十六日から、みぎ完済まで年五分の割合による損害金の支払いを求め、つぎに、賃貸借関係終了後の賃料相当損害金として、本件家屋の公定賃料は、昭和二十七年五月から同年十一月末日までは、一ケ月金七百四十九円、同年十二月一日以降は、一ケ月金千三百六十五円であるので、被告(い)・(へ)・(と)・(ち)に対し、賃貸借契約終了の日の翌日である昭和二十七年五月十八日から建物明渡済みまで、みぎ各賃料同額に相当する金員を請求する。おつて、上来主張する本件家屋の公定賃料額算定の基準として、本件家屋は昭和十三年以前の建築落成にかかり、その賃借価格は、金百六十七円、昭和二十六年度評価価格は、金十五万四千円、昭和二十七年度同上は、金十九万九百円であり、その敷地面積は、五十四坪三合土地の坪当り賃貸価格は、金一円二十銭、その属する土地の総坪数三百七十二坪の昭和二十六年度評価価格は、金三十一万二千二百円昭和二十七年度同上は、金三十六万八百四十円である。」と述べ、被告らの抗弁に対し、「被告(い)が、その主張のように賃料名義の金員を供託したことを認めるが、その余の抗弁事実を否認する。しかも、原告は、かつて賃料の受領を拒んだことがないにかかわらず、弁済の提供をしないで為された供託は、その効力がない。」と述べた。<立証省略>
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因第一項中、原告と被告(い)以下(と)ら先代亡野田浜五郎との間において、原告の所有する、その主張の建物について、昭和二十年四月十日に期限の定めなく、賃料一ケ月金二十五円、毎月二十八日限り賃料を支払う旨の賃貸借契約の締結されたことを認めるが、その他の事実は不知。同第二項の事実を認める。同第三項中、賃料が一ケ月金八百円に値上げされ、被告(い)が昭和二十五年四月分まで同額の賃料を支払つたこと、被告(ち)が原告の主張する日時の頃から被告(い)と同居している事実を認めるが、その他の事実を否認する。同第四項中、原告主張の二回にわたる内容証明郵便が各被告に到達したこと、被告らのうち、被告(い)・(へ)・(と)・(ち)が現に本件家屋に居住している事実を認めるが、その他の事実を否認する。同第五項中、本件建物の敷地が五十四坪三合であることは、現在においては、あえて争わない(この点については、なお、後述するところ参照。)。原告の主張する賃貸借は野田浜五郎が死亡した後である昭和二十三年四月中に被告(い)が、浜五郎の権利義務を相続した被告(ろ)以下(と)らを代理して、また、自ら相続人として、合意解除したものであり、そのとき新たに被告(い)は、原告との間に賃料一ケ月金百円の定めによる賃貸借を結び、その権原によつて、長男である被告(は)、二男である被告(ほ)、三男である被告(と)、長女である被告(ろ)、二女である被告(に)、三女である被告(へ)が同棲し来り、現に被告(へ)・(と)は、被告(い)の家族としてこれと同居している。また、被告(ち)は、被告(い)の姪である続柄によつて、これまた、被告(い)の家族として、同被告と共同生活をしているのであるから、その関係は、いわゆる転貸借ではない。そうして賃料については、被告(い)は、昭和二十五年五月末頃に家賃金八百円を原告に提供したところ、原告は、これが受領を拒絶した。それでやむを得ず、被告(い)は、昭和二十五年八月十八日に同年五月分から七月分まで月額金二百五十円の公定賃料計金七百五十円を、同年十二月二十三日に同年八月分から十二月分まで四ケ月分月額金五百三十二円の公定賃料計金二千六百六十円を、昭和二十六年七月四日に同年一月分から六月分まで六ケ月分同上計金三千百九十二円を、昭和二十七年二月八日に昭和二十六年七月分から十二月分まで六ケ月分同上計金三千百九十二円を、昭和二十七年五月二十日に同年一月分から五月分まで五ケ月分同上計金二千六百六十円を供託したのである。みぎ賃料額は、被告(い)において、所轄区役所について本件家屋の賃料額を照会した結果により、当時としては、これを公定賃料額であると確信して供託したものである、由来被告(い)は、本件家屋の敷地の面積について原告から何ら告げられたことがないので、従来これを正確に知らず、原告が本訴において主張する五十四坪三合であることは、本訴の進行中に原告の測量の結果として始めて知つたものである。
従つて、原告の二回に亘る被告らに対する契約解除の通告は、被告らに契約違背の責がないから、その効力がないものである。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十年四月十日に被告(い)以下(と)ら七名の被相続人亡野田浜五郎に別紙目録表示の建物を期間の定めなく、賃料一ケ月金二十五円の約で賃貸したこと、浜五郎が昭和二十二年十月九日に死亡し、被告(い)が妻として、被告(ろ)以下(と)ら六名がその間の子として被相続人の有した権利義務一般(前示賃貸借契約上の権利義務を含むかについては、次段に説明する。)を承継したこと、みぎ被告ら七名のうち、少くとも被告(い)・(へ)・(と)の三名が現に引続いて、係争家屋を占拠していること、並びに、原告が昭和二十七年五月十日附の被告(い)以下(と)ら七名あての書面により、同被告らの賃料債務の不履行のかどをもつて(被告(ち)に対する転貸を主張する点については、第四段に譲る。)、契約の解除を通告し、あわせて、昭和二十五年五月分から昭和二十七年四月分までの賃料支払いを催告し、また、昭和二十七年五月十六日附書面をもつて、みぎ催告にかかる賃料の不履行のゆえをもつて、あらためて契約の解除の意思表示(この二回にわたる意思表示の効力については、第三段において判断する。)をしたことは、当事者間に争いがない。
さて、原告は、浜五郎の死亡による相続の結果として、被告(い)以下(と)らとの間に賃貸借の承継され且つ存続したことを前提として以下の立論をするから、はじめに先ず、賃貸借の当事者が誰であるかについて考えよう。ところで、一方被告らは、昭和二十三年四月中に原告と被告(い)以下(と)らとの間において、その間の従前の賃貸借を合意解除し、そのとき新たに原告と被告(い)との間に、賃料一ケ月金一百円の定めによる賃貸借が成立した旨を主張する。なるほど、乙第一ないし第三号証の各一・二によれば、昭和二十三年三月までの家賃通帳が浜五郎にあてて作成されているに反し、同第四・五号証の各一・二によれば、その翌月からは、被告(い)あてに改められたことを認めることができるけれども、この一事をもつて、被告らのみぎ主張を肯認することは、相当でない。もつとも、浜五郎の死亡後において、賃借人を誰にすべきかについて、当事者間に別段の協議の為されたことを認めるに足る証拠がないのであるが、成立に争いのない甲第二号証の一・二及び被告(い)本人訊問の結果によれば、浜五郎の相続人である被告(い)以下(と)のうち、長女である被告(ろ)は、昭和十五年十一月に、二女である被告(に)は昭和二十三年六月に、ともに他へ嫁し、二男である被告(は)は、昭和二十二年七月に他所で婚姻し、三男である被告(ほ)も、本訴の係属する前いつの頃からか他へ転住して別世帯を営み、結局現に係争家屋には、被告(い)・(へ)・(と)の三名が残り、六十一歳である被告(い)が家事を担当して、三女である被告(へ)及び四男である被告(と)が外勤して得る収入によつて生計を営んでいることが認められる。してみれば、浜五郎死亡前に同人の世帯を出たと推認される被告(ろ)及び(は)は、もとより浜五郎死亡の当時に同人の世帯員として本件家屋に日常居住していたわけでないから、同人の有した賃貸借契約上の権利義務を、その死亡によつて相続すると解することは、単純な住居についての賃貸借の性質上、適切の解釈ではない。つぎに、浜五郎死亡後に他へ嫁し、被告(い)の膝下を去つたものと推認される被告(に)は、そのとき自己の有した賃借権を抛棄したものと認めることが相当である。もとより、被告(ろ)及び(は)と異なり、被告(に)は、これよりさき浜五郎死亡のとき、他の相続人とともに一応賃借権を相続により取得したものであるから、退去後も引続き賃料債務を負担するものとする特段の合意をするを妨げないけれども、本件においては、かかる事情を認むべき何らの資料がないから、かえつて原告もまた、被告(に)の退去による賃借権の抛棄を、その当時暗黙に承認したものと推認すべきであろうからである。さらにこの理は、浜五郎の子として相続人でありながら、少くとも現に被告(い)らとは別に独立の世帯を構成している被告(ほ)についても同様であるべきである。ただ、みぎ被告については、同被告が本件家屋を出た日時を明かにしないので、原告が主張する期間内に発生した賃料債務の支払義務を免れるものと認めることができず、後に第三段に説明する、債務不履行による契約の解除の主張そのものを、理由の有無をさておいて、許す点において、被告(に)の場合と趣を異にする。かくして、さきに原告と浜五郎との間に成立した本件家屋の賃貸借は、原告において消滅原因あることを主張する昭和二十七年五月当時においては、浜五郎死亡の時から、相続人として、引続きこれに居住する被告(い)・(へ)・(と)の三名、並びに、みぎに説明した被告(ほ)の関係が残るのみであるので、以下には、同被告らの賃料債務不履行等を理由とする契約解除の当否についての判断に及ぶこととし、少くとも、昭和二十三年六月以降においては、既に賃貸借関係のなかつた被告(ろ)・(は)・(に)に対し、これあることを前提としてする請求については、爾余の点についての判断に進むまでもなく、すべて失当として、これを排斥する。
さて、原告の昭和二十七年五月十日附の書状による契約解除の意思表示は、民法第五百四十一条の方式に従わないことは、その主張自体から明かであつて、これを適法と認めることができない。もつとも原告は、野田浜五郎との契約においては、「一ケ月タリ共支払ヲ遅滞シタル時ハ(中略)何等ノ催告ヲ要セズシテ当然本契約ハ解除セラ」るべき約定であつたものと主張し、成立に争いのない甲第一号証には、その趣旨の約定の記載がなされているけれども、かかる約定は、継続的契約関係である住宅の賃貸借の性質上当事者間に法的拘束力を有するものと認めることができない。従つて、前書面による催告を経た、後便の同年同月十六日附の契約解除の意思表示の効力が問題となるわけであつて、それは、手続的に適式であると認められるばかりでなく、催告された金員は、いわゆる公定の賃料(本件家屋が昭和十三年以前の落成にかかることと、その敷地が五十四坪三合であることは、いま当事者間に争いがなく、このことと、成立に争いのない甲第七・八号証をあわせ考えれば、係争家屋の法定賃料額は、昭和二十年五月から同年七月までは、一ケ月金二百五十円、同年八月から昭和二十七年四月までは、同金六百四十六円であると認められる。)を基準としたものであつて、その内容においても、一見妥当である。これに対し被告らは、被告(い)において、昭和二十五年五月分賃料を弁済のために提供したが、原告において受領を拒んだと主張するけれども、証人林繁雄の証言中、みぎ主張に符合する供述部分を信用することができない。しかるに、従前における現実の賃料額及び支払経過については、原告が、被告らにおいて賃料を支払わぬに至つたとする昭和二十五年五月に先んじて、昭和二十四年七月当時改訂の約定賃料が公定賃料を超える一ケ月金八百円であつたことは、原告の自ら認めるところであり、また、被告(い)本人訊問の結果、並びに、これより全部真正に成立したと認める乙第一ないし第五号証の各一・二をあわせ考えれば、約定賃料は、昭和二十三年三月以前は、一ケ月金百円であつたところ、原告の値上要求によつて、同年四月から金二百円に、同年十一月から金五百円に、ついで前示のとおり、昭和二十四年七月から金八百円に改訂され、みぎ値上げについても、被告(い)は、必ずしも無条件にこれを承認したものでなく、その都度、殊に金五百円又は八百円に値上げの要求のなされたときには、値上の低率を望んだが、原告において要求を譲らないために一応これを応諾するのほかなかつたこと、そうして被告(い)は、経済上の都合から昭和二十四年八・九月分を、ともに二回に分納し、また、昭和二十五年三月分も同様であつたために、持参払いする同被告は、その都度気まずい思いをしたこと、ところで、昭和二十五年四月分賃料は、原告において受け取りながら、その受領証を発行しないので、被告(い)は、同年五月分以降の賃料を持参しないまま、数ケ月を経過したため、支払いの機を逸し、あらためて弁済の提供をしないで、当事者間に争いのないとおり、被告(い)が昭和二十五年八月十八日から昭和二十七年五月二十日まで五回に公定賃料額と思料した金員を供託する手続を採つたことを認めることができる。さて、原告が昭和二十五年四月分の賃料を受け取りながら、その領収証を発行しなかつたことは、直ちに被告らをして爾後の賃料支払義務を免れさせるものでないことは、もちろんであり、被告(い)が弁済の提供をしないで、しかも、昭和二十五年八月分以降の賃料として、公定のそれに及ばない一ケ月金五百三十二円づつの金員を供託したことは、必ずしもこれを無条件に適法の供託であるとすることができない。しかしまた、以上に認定したとおり、原告が被告(い)をして、従前において公定賃料を上廻る賃料支払いを約させ、現実にこれを受け取りながら、理由の有無をともかくとして、被告(い)が支払わぬに及んで為した契約解除の意思表示には、つぎに示すような特質が認められる。すなわち、原告は、(イ) 専ら契約解除による訴の提起を前提として催告をした嫌いがある。すなわち、本訴が提起されたのは、昭和二十七年五月二十七日であることは、記録上明かであつて、解除の意思表示をしたのは、同年五月十六日附である。原告は、(ロ) 催告の内容を瑕疵なからしめようとして、にわかに机上に公定賃率による、抽象的の賃料額を計算したと見られるふしがある。すなわち、昭和二十五年五月分から同年七月分まで、一ケ月金二百五十円の賃料を主張することは、適当であるが、同年八月分以降のそれを金六百四十六円として請求することは、同じく約定賃料額の範囲内とはいえ、予め改訂についての事前の同意があつたものと認めることは、相当でなく、その当時において賃料増額の請求をしたことの主張及び立証を伴わない限り、値上額について適法の催告であると解するに苦しむ。もとより、後の催告の効力を遡及させることも許されない。もつとも、被告(い)も昭和二十五年八月分以降の賃料を供託するに当つては、公定賃料額の改訂を前提としているけれども、この被告(い)の意向を利益に援用しようとすれば、供託そのものの効力を無視できなかつた筈である。(ハ) 請求の額が約定額より下廻るとはいえ、新たなる賃料額を主張するについて、何ら一言の釈明を試みていない。すなわち、従前賃貸人の必要に応じて、値上げを交渉したことは、前判示のとおりであるから、少くとも催告の時以後は、被告らをして安んじて公定賃料を支払わせ、賃貸借を継続する真意がある限り、その旨の表意があつて然るべきことは、信義則である。また、従前の賃借人である被告(い)が支払つた公定賃料を超える金額について、被告(い)は、原告に対し返還を強要することができず、延いて、原告が進んでこれを返還する法上の義務がないとしても、賃料延滞の責を問わんとするにおいては、みぎの点について賃貸人の意向の表明あるべきを期待することは、少くとも法律の世界においては不必要のことであり、また、難きを強いるものであろうか。(ニ) その催告に際しては、故意に被告(い)のした供託を無視しようとしている。すなわち、原告が公定賃料額の請求をもつて足るとする限り、被告(い)がこれに応ずる意思のあることは、前判示したところから推認するに十分である。供託の手続が違法であつたとしても、原告がこれを受諾することは、些かも妨げられない。被告が公定賃料額であると思料して供託した額は、真実のそれに不足することは、前判示したところから明かであるが、その算定の基準の一である係争建物の敷地の面積が五十四坪三合であることについては、本訴の係属中に原告が甲第十号証をもつて実測の結果を証明するまで、被告(い)らにおいて原告から通告を受けたことがなく、被告(い)は、四十坪に過ぎないものと誤信していたことは、弁論の全趣旨から見て明かである。被告(い)らは、係争建物を賃借使用する効果として、その敷地を利用していたに止まるのであるから、みぎのように誤信したとしても、これを責問することは、無理である。支払うべき賃料の額が法律的に争われる限り、原告が契約解除の前提としての催告をするに当つては、被告らに数額算定の基準を示すべきことが要求されてよいであろう。しかるに、そのことのなかつた本件においては、被告(い)のした供託金額の不足が、一ケ月当り賃料の算定基準の相違にのみ由来したものとすれば、この一事によつては、契約解除の効力を積極に解せしむべきではない。しかも、その不足額は、昭和二十五年八月分から昭和二十六年十二月分までにおいて、一ケ月金百十四円づつ十七ケ月分小計金千九百三十八円であり、これに昭和二十七年一月分から同年四月分まで(この分は、催告期間経過後に供託されているので、その点で不適法である。)、全額の一ケ月金六百四十六円づつ四ケ月分小計金二千五百八十四円を加えても合計金四千五百二十二円であるに過ぎない。しかも、原告は、被告(い)が二年に近く数回に供託手続の煩しさを忍んで繰り返したことについては、その間一言の挨拶をし、ないしは、供託金額の誤りを指摘する等のこともしていなかつたのである。以上(イ)から(ニ)に分説したところを綜合するに、原告は、経済力に恵まれない被告(い)らとの賃貸借の継続を好もしくないとする余り、自己の権利の行使にのみ急であることを、その催告及び契約解除の意思表示において露呈したものである。賃貸人である原告が、賃借人に任意の義務を果すに急でないとして、法律による救済を求めんとするならば、先ず、自己の要求しようとする賃借人の法律上の義務を明確にすることを要するものであり、また、賃借人が、その義務を履行する意思を有するにかかわらず、重大な過失がないのに、その果すべき義務の内容を誤信し、又は履行方法を誤つたときは、その受領者として一挙手一投足の労によつて、これを正すことのできる限り、これを試みるべきことは、債権者としての受領義務の一態様である。本件において、被告(い)らが、その債務を履行するについて万全でなかつたことは、否定しえない事実であるが、原告は、それを責問する前提を誤つたものであり、これを棚上げして、被告(い)らの債務不履行のみを理由として、契約関係の終了を主張することは、名を権利の行使に藉り、権利を信義に従い、誠実に行使するものと認めることができないから、被告(い)・(ほ)・(へ)・(と)らの金銭債務不履行を前提としての、契約の解除による同被告らとの間の賃貸借関係不存在の確認、並びに、被告(い)・(へ)・(と)に対する建物の明渡し及び損害金の請求は、失当として、これを採用しない。
さらに、被告(ち)が昭和二十四年九月頃から被告(い)らと同居していることは、当事者間に争いがないところ、原告は、このことを理由として、被告(い)らとの契約の解除を主張する。しかし、証人林繁雄の証言及び被告(い)本人訊問の結果によれば、被告(ち)は、被告(い)の姪であつて、その親族関係を縁故として、被告(い)の統制のもとに、同一世帯員として居住していることが認められるから、これをもつて民法第六百十二条又は契約にいう転貸若しくは間貸しに該当するものと認定することは、相当でないから、そのゆえをもつてする被告(い)・(ほ)・(へ)・(と)らに対する契約の解除並びに被告(い)・(へ)・(と)に対する建物の明渡し及び損害金の請求の主張は、理由がなく、被告(ち)は、(い)らの賃借権の範囲内において同被告らと同居するものであるから、これを目して不法占拠であるとする、被告(ち)に対する建物の明渡し及び損害金の請求を許すことができない。
最後に、被告(い)・(へ)・(と)三名に対する賃料の請求について判断する。被告(い)がした供託は、上来説明した趣旨によつて、原告の主張する契約の解除に及ぼす効力を別として、被告(い)らの債務を免れしめるものでないから、昭和二十五年五月一日から同年七月末日まで三ケ月分賃料小計金七百五十円、同年八月一日から昭和二十七年五月十日までの二十一ケ月と十日分小計金一万三千七百七十四円三十九銭、以上合計金一万四千五百二十四円三十九銭、並びに、内金一万四千三百十六円に対する、原告の各被告らに対する催告において指定した期間経過の日であることについて、当事者間に争いがない日の翌日である昭和二十七年五月十六日からみぎ完済まで年五分の割合による損害金について、被告(い)・(へ)・(と)らは、不可分に各自その全額を支払う義務がある。よつて、みぎ各被告らに対し、可分的にみぎ判示の金額の範囲内において、その一部を請求する原告の請求は、正当であるからこれを許すこととする。
以上に説明したところにより、原告の被告らに対する請求は、被告(い)・(へ)及び(と)に対し、前項に明かにした範囲で、これを許し、同被告らに対する、その余の請求、並びに、被告(ろ)以下(ほ)及び(と)に対する請求全部を排斥することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条の各規定を、仮執行宣言につき同法第百九十六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎)