東京地方裁判所 昭和27年(ワ)4989号 判決
原告 星野順一
被告 株式会社秋葉原会館
一、主 文
被告は原告に対し金三十五万円及びこれに対する昭和二十七年七月九日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、被告は昭和二十七年五月六日常務取締役浜田尚友を代表者として訴外「株式会社高砂商事玉井義一」に対し金額三十五万円、満期同年七月六日、支払地、振出地共東京都千代田区、支払場所株式会社千葉銀行秋葉原支店なる約束手形を振出し、受取人株式会社高砂商事は訴外株式会社雄国製作所に同会社は原告に順次白地裏書によつて右手形を譲渡した。よつて原告は所持人として、満期の翌々日支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので被告に対し右手形金及び呈示の翌日たる昭和二十七年七月九日以降完済に至るまでの商法所定の損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ、なお、仮に訴外浜田尚友に被告会社を代表する権限がなかつたとしても本件手形は当時被告会社の常務取締役であつた同訴外人がその資格を以て振出したものであり、原告は取得に当り同訴外人の右代表権の欠缺を知らなかつたのであるから被告会社は原告に対し本件手形金支払の責を免れ得ない、と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張の日被告会社の当時の常務取締役訴外浜田尚友が被告代表名義を以て受取人の点を除き原告主張の如き約束手形を振出したこと、右手形につき原告主張の如き支払呈示及び拒絶がなされたことは認めるが、右振出が被告によつて右訴外人を代表者としてなされたものである旨の原告の主張は否認する。なお、その受取人は当初玉井義一とされていたのを受取人たる同人においてこれに「株式会社高砂商事」と加筆して変造したものである。本件手形の振出行為をした訴外浜田尚友は被告会社を代表する権限を有しなかつたのであるからその振出が被告のために効力を生ずるわけはなく、従つて被告に振出人としての責任はない。同訴外人は前記の如く当時被告会社の常務取締役であつたけれども、原告は同訴外人に被告会社を代表する権限なくして本件手形が振出されたものであることを知りながらこれを取得したものであるから、被告に原告主張の如き善意の第三者に対する責任を生ずるわけもない、と述べ、なお、原告の請求は以上の点で失当であるのみならず、
(一) 既述の如く、本件手形は玉井義一を受取人として振出されたものであるに拘らず振出後同訴外人においてこれに共同受取人と認むべき「株式会社高砂商事」なる加筆をしたものであつて、原告はこの変造によつて作られた受取人たる株式会社高砂商事からの裏書を経て軽々に本件手形を取得したのであるから、この点で本件手形は振出人たる被告に対する関係においては無効であり、従つて被告は原告に対し手形上の責任を負ういわれはない。
(二) 仮に右変造の事実存せずとするも、原告は裏書の連続を欠く所持人であるから形式的受領資格なく、従つてその請求は失当である。
即ち本件手形の受取人としての表示は「株式会社高砂商事」とその左側に「玉井義一」と併記されている。これを手形取引の通念によつて解釈すれば、本件手形の受取人は(一)玉井義一個人か(二)株式会社高砂商事と玉井義一との共同かの何れかであり(三)株式会社高砂商事単独ではないといわねばならぬ。何となれば、株式会社高砂商事を受取人として表示しようとするならば、商号即ち「株式会社高砂商事」だけで事足り、自然人たる「玉井義一」を附加する何等の必要なく、又法人の機関ないし代理人を添加しようとしたのであれば株式会社高砂商事と玉井義一との間にその趣旨をあらわす結びつけの文字が絶体に必要であるに拘らず、本件手形には例えば代表者、代表取締役、常務又は常務取締役、部長、課長、支配人、番頭等玉井義一が株式会社高砂商事の機関又は使用人であることを示す何等の文字の記載も存しないのである。従つて本件手形の受取人を株式会社高砂商事単独と見ることはできず、その受取人は「玉井義一」の右側に記載してある「株式会社高砂商事」なる法人名を玉井義一の住所又は居所あるいは勤務先即ち職業をあらわす手形法上無意味な文字と見て玉井義一個人であると解するか、そうでなければ玉井義一とその右側に記載された株式会社高砂商事の両名(共同受取人)であると見るの外はない。そこで玉井義一個人を受取人とすれば第一裏書は同人によつてなされなければならぬし、株式会社高砂商事と玉井義一との共同受取人とすれば第一裏書は右両名の共同でなされなければならぬのであるが、現実には第一裏書人として株式会社高砂商事取締役社長玉井義一と記載されているのであつて、取締役社長玉井義一とは同人が株式会社高砂商事の機関として同会社のために署名することを意味するものであるから株式会社高砂商事だけが裏書しているのであつて、株式会社高砂商事と玉井義一との共同裏書ということを得ないし、まして玉井義一個人の裏書ということを得ないことは論をまたないところであるから、本件手形は受取人でないか、又は受取人の一部の者によつて第一裏書がなされていることになり、結局裏書の連続を欠くことになり原告は本件手形の適法な所持人たる資格を有しない。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告の当時の常務取締役であつた訴外浜田尚友が昭和二十七年五月六日被告代表名義で金額三十五万円、満期同年七月六日、支払地、振出地、支払場所共すべて原告主張の如き約束手形を振出したことは当事者間争なく、被告は当初右手形が原告主張の如き受取人の記載を以て振出されたことを認めながら(昭和二十七年九月八日及び同年十月十日の各口頭弁論調書と訴状、答弁書参照)後に事実らん摘示の如く受取人らんの記載の変造を主張し自白の撤回をしたけれども、被告主張の如き変造を供述する証人浜田尚友の証言部分は証人玉井義一のこの点についての供述及び成立に争なき甲第三号証の一受取人らんの「株式会社高砂商事」なる文字は同らんの「玉井義一」なる文字と別の筆跡とみられぬところからとうてい採用できず、その他自白の不真実の証明はないから右自白を採用して本件手形は原告主張の如き受取人の記載を以て振出されたものとせねばならぬ。そしてこの手形が株式会社高砂商事から訴外株式会社雄国製作所に裏書譲渡されたことは被告の暗黙に認めるところであり、次いで原告に裏書されたことは被告の明らかに争わないところである。よつて、本件主要の争点について判断する。
(一) 被告に本件手形の振出人としての責任があるか。
原告は先づ本件手形は訴外浜田尚友が被告を代表する権限にもとずき振出した趣旨を主張するけれども成立に争なき乙第一号証と証人浜田尚友の証言の一部によれば、振出当時において右浜田に被告を代表する権限のなかつたことは明瞭であるから、同訴外人の本来の代表権限による振出として被告の責任を問う原告の主張は排斥を免れない。
そこで、次に被告の商法第二六二条による責任について判断する本件手形振出当時右浜田が被告の常務取締役であつたことは被告の認めるところであり、そして右法条にいう第三者とは一般私法上の行為については表見代表取締役の相手方として行為した者をいうであろうが、手形関係においてはその流通証券たる性質から表見代表取締役によつて代表せられる会社に対しこの取締役の代表権限を信じて権利者の地位に立ち得る者をすべて包含すると解すべきであるから、本件においても原告において右浜田の代表権の欠缺につき善意であつたならば被告は振出人としての責任を免れ得ないことになる。よつて、この点を検討する。
証人玉井義一は本件手形と同時に訴外浜田尚友個人振出の同額の手形を原告に差入れており、これは原告において右浜田に被告を代表する権限のないことを知つていて特に裏付として個人振出の手形を要求したが為になされたことであるように供述し、なお同証言によつて訴外玉井義一の作成した文書であることを認むべき乙第二号証にも本件手形に裏付として個人手形が随伴している趣旨の記載がある。ところで、本件手形の外にこれを関連して右浜田個人によつて同金額の手形の振出がなされ、この手形も本件手形と相前後して原告の手に入つていることは証人浜田尚友の証言の一部及び原告本人(第二回)の訊問の結果を通じて窺い得ないではないが、原告本人(第二回)の訊問の結果によれば浜田個人振出の手形と本件手形との関係は右のような関係ではなく、当初浜田個人振出の手形で割引を求められた原告において、かつて同様の手形を割引いて不渡にされたことがあるので、これのみによつての割引を拒むと共に被告会社振出の手形を担保の意味で要求したところ本件手形が用意持参されたので、改めて本件手形について割引をすることにしたため、かような経過から結局原告は金額同一の二通の手形を預ることになつたというのが真相であると見られるのであつて、右乙第二号証の前記の趣旨の記載は採用できないと共に、原告の悪意に関する玉井証人の前記証言部分も結局信用することができない。尤も原告本人(第二回)の供述中「その際(本件手形を受取つた際の意)浜田が被告会社の代表取締役であるか何うか等は考えなかつた。全然関係ないことですから考に出なかつた。」という部分はいささか不審を抱かせる供述である。即ちこの供述の語句を原告本人(第一、二回)の訊問の結果によつて認められる原告が被告名義で振出された手形を信用して割引したのは、かつて、その当時被告の専務取締役であつた訴外谷口某が個人として振出した手形を割引いたところ円満に支払がなされたことがあつたので、右谷口が専務として関係している被告会社には信用がおけると考えたからであるという事実と対照すれば、原告は右谷口個人に対する人的信用を介しての、被告関係の手形は事実上支払われるであろうという期待にもとずいて本件手形を割引き取得したのであつて、本件手形の法的有効性、即ち被告が適式に振出したものであるか否かは深く介意しなかつたという趣旨にも解する余地がないではないからである。然し、原告の右谷口に対する従来の関係、交渉は本件全立証によるも右認定のように、かつて両者間に手形取引が行われたことがあるという程度を越えるものではないことが明らかであり、又右谷口が被告関係の手形その他の取引を処理し来つて右のような期待を抱かせるような仕事をしていたというような特殊の事情の立証もない本件において前記の語句からあえて右のような手形取引上いわば異例の事態を推量することはできないのであつて、右供述の趣意も被告の実際上の主たる代表者の地位にあるのが浜田であるかどうか知らなかつたが、少くとも本件振出に関する限りでは浜田を被告の適式な代表者と認めて疑わなかつたというにあると見るのがその供述の全趣旨、成立に争なき甲第二号証の存在、手形取引の常識からいつて相当といわねばならぬ。そして、他に原告の悪意を認むべき証拠は存しないから、原告は善意で即ち、常務取締役訴外浜田尚友の代表権限の存在を信じて本件手形を取得したものとなすべく従つて被告は振出人としての責任は免れ得ない関係にあるといわなければならぬ。
(二) 被告の(一)の主張について。
本件手形は原告主張の如き受取人の記載を以て振出されたものとなすべきは前記の如くであるから、原告が変造にかかる受取人たる「株式会社高砂商事」からの裏書を経ての取得者であるとしこの点から原告は実質上手形債権者でないとする趣旨の被告の主張は、前提を欠くことになり、所論の当否に入るまでもなく排斥を免れない。
(三) 被告の(二)の主張について。
前記甲第三号証の一によれば被告主張の如く本件手形の受取人としては「株式会社高砂商事」とその左側に「玉井義一」と併記されており、第一裏書人としては株式会社高砂商事取締役社長玉井義一と記載されていることが認められる。そして手形の受取人が法人である場合には法人名を記載すれば足り機関ないし代理人を表示する必要はないのであるから、右のように併記されている場合に受取人らんの記載のみからすれば被告主張の如き「玉井義一」に重きをおいて受取人の解釈、判定ができないでもない。然し受取人の表示は、特に裏書連続の有無の判定に関する場合においては、第一裏書の事実がこれを明確にするの助けをなすものであり、かようにして、受取人としての記載と第一裏書人としての記載を比較し手形外観上両者の同一性の認識が取引社会の一般観念によつて可能な限り裏書の連続を肯定すべきであるところ、右甲第三号証の一によれば「株式会社高砂商事」なる文字は「玉井義一」なる文字よりやや小さく、かつ、一段上げて「玉井義一」の肩書風に記載してあることが分り、これと前記のような第一裏書人の表示とを照合すれば、本件手形の受取人は玉井義一を代表者とする株式会社高砂商事であると判定すべく、従つて裏書の連続に欠くるところはないとせねばならぬ。
以上の如くであつて、本件にあらわれた被告の主張を以てしては被告の原告に対する本件手形振出人としての責任は免るべくもないところ、原告が昭和二十七年七月八日本件手形を支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたことは被告の認めるところであるから、被告に対し手形金三十五万円とこれに対する右呈示の翌日以降完済に至るまで商事法定利率による損害金の支払を求めるため原告の本訴請求は全部正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文の如く判決する。
(裁判官 古原勇雄)