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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5179号 判決

原告 岡本新一

被告 第一中央産業株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対して東京都中央区日本橋人形町一丁目四番地二所在家屋番号同町一丁目八九番木造コンクリート葺三階建店舗一棟建坪十一坪二合五勺、二階十一坪二合五勺、三階三坪の内、階下一階の店舗即ち建物の表道路から向いて左側間口一間半奥行二間半の部分及び右店舗に続く奥三坪この範囲間口一間半奥行二間の部分を床張りと釣棚を収去して明渡し、且つ昭和二十七年三月一日より右明渡済に至るまで一箇月金二万五千円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、請求原因として原告は昭和二十六年三月十八日前記建物を、その所有者である訴外小原登木、小原愛子、小原春より買い受け、昭和二十七年四月十八日その所有権移転登記を経由したのであるが、これより先被告は昭和二十六年五月二十七日右建物の一階向つて左側間口一間半奥行二間半の店舗を所有者の小原登木から賃料一箇月二万五千円月末払の約束で賃借し使用していたので、右所有権取得登記の日に貸主としての地位を承継しなお前賃貸人から昭和二十七年三月一日以降右所有権移転登記の前日である四月十七日までの間の一箇月二万五千円の割合の賃料債権(三万九千百六十六円余)を同日譲受けたので、譲渡人において同年五月十七日被告に対し右債権の譲渡通知をなしこの通知は同月二十二日被告に到達した。然るに被告は右賃料の支払をしないので原告は昭和二十七年六月三十日被告に対して内容証明郵便により右譲受債権及び同年四月十八日以降六月三十日迄の一箇月二万五千円の割合の賃料六万八百三十円余を右催告到達の日より三日以内に支払うべく、これを怠るときは右賃貸借契約を解除すべき旨の催告並に条件附契約解除の意思表示をした。右の書面は同年七月一日被告に到達したが催告期間内に賃料の支払をしなかつたので右催告期間満了の日である同月四日の経過によつて右賃貸借契約は解除されたのである。

次に原告は昭和二十七年五月十六日前所有者小原より右建物の引渡を受けた際、被告の賃借店舗の奥に続く約三坪余の炊事場の引渡を受けたが、被告は右三坪について賃借権があると称して同年六月十日東京地方裁判所から工事禁止の仮処分決定をうけ、原告の修繕工事を妨害したので、原告は右仮処分を取消す旨の判決を得たところ被告は不法にも同月二十七日暴力をもつて原告の修繕工事を妨害し、右三坪に床を張り釣棚を取付けてこれを占有した。

よつて原告は被告に対し所有権に基いて前記店舗と被告が不法に占拠した奥三坪を前記造作を収去して明渡を求め、且つ昭和二十七年三月一日以降四月十八日まで一箇月二万五千円の割合の譲受賃料及び同年四月十九日以降賃貸借契約解除の日である同年七月四日までの延滞賃料並に同日以降明渡に至るまで賃料相当の損害金の支払を求める、と述べなお仮に契約解除の効力がないとしても現在までの延滞賃料の支払を求めると述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中原告がその主張の建物を前所有者である小原外二名から買い受けてその所有権を取得し昭和二十七年四月十八日所有権取得登記を経由したこと、被告が前所有者から原告主張の店舗をその主張の通り賃借使用し原告が貸主たる地位を承継したこと、原告主張通りの債権の譲渡通知をうけたこと、その主張の通りの賃料支払の催告並に条件附契約解除の通知をうけたこと、被告が原告主張の奥三坪を占有し床張りと釣棚を設けたこと、並に原告主張通りの仮処分とその取消判決がなされたことは認めるがその余の事実は認めない。被告は前所有者小原登木外二名から昭和二十六年五月二十七日店舗を賃借した際敷金として保証金名義の五十万円を交付したのであるが、更にその際被告が将来賃料を滞納した場合には被告の請求により右金員をもつてこれに充当することができること、被告が賃料の滞納なく明渡をしたときはこれを返還する旨の特約を締結したので、右敷金契約並にこれに附随の特約は原告に当然承継される筋合である。而して賃料は昭和二十七年四月分まで小原に支払済であるが、被告は原告に対して所有権取得登記後間もなく右敷金と特約の承認を求めたところ、原告は敷金並に特約を否認したので、被告は賃料の支払を拒み、その頃原告に対して右特約に基き従前並に爾後の賃料に敷金をもつて充当すべき旨の意思表示をなしたのでこれにより被告に賃料の滞納はない。

次に本件店舗の奥三坪については被告は前所有者小原から昭和二十六年十月十五日敷金二十万円を交付し賃料一箇月五千円、期間昭和二十九年五月二十七日まで、但し契約を更新する約束で賃借し当時引渡を受けて占有しているからこの賃借権を以つて原告に対抗できること勿論であつてもとより不法占有ではない。

よつて原告の請求には応じ難いと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告がその主張の建物を所有者である小原登木外二名から買い受けて所有権を取得し、昭和二十七年四月十八日その旨の所有権取得登記を経由したこと、被告がこれより先昭和二十六年五月二十七日前所有者から右建物の内原告主張の部分の店舗を賃料一箇月金二万五千円、月末払の約束で賃借し使用していたので、右所有権取得登記の日に原告か右賃貸借契約上の貸主たる地位を承継したことは当事者間に争がない。

なお右事実と弁論の全趣旨によれば、前所有者である小原登木は右建物に居住しその一部分である本件店舗を賃貸借の目的としたこと明であるから、昭和二十五年七月十一日地代家賃統制令の一部を改正する政令の施行によつて右店舗の賃貸借について地代家賃統制令の適用が除外せられていることは、いうまでもない。

而して成立に争のない甲第三号証の一(口頭弁論調書)の記載によれば、原告は昭和二十七年四月十七日前所有者である小原登木外二名から昭和二十七年三月一日以降同年四月十八日(前記移転登記の日)までの間の一箇月二万五千円の割合の賃料債権を譲受けたことが明であつて、右小原登木から被告に対して原告主張の通りの債権の譲渡通知のなされたこと及び原告主張の通りの賃料支払の催告と条件附契約解除の意思表示のなされたことは被告の認めるところである。

よつて右契約解除の適否を判断する。

被告は同年四月分までの賃料を支払つた旨抗弁するけれども、これを認むべき証拠は何もない。

然るところ、成立に争のない甲第二号証(乙第一号証と同一の家屋賃貸借契約書)の記載と証人小原登木、永井賢吉、山口毅の各証言を総合すれば、被告は昭和二十六年五月二十七日本件店舗を賃借した際、貸主である小原登木に対して賃料債務を担保するため保証金の名義で金五十万円を交付し、賃貸借契約終了の際には貸主はこれを返還することと若し賃料の支払を延滞するときは、借主は右保証金名義の金額のうちから延滞賃料に充当する旨を請求することができるという特約を締結したこと並に外に権利金を交付しない代りに同一貸主から賃借中の本件店舗の隣の行川靴店の店舗の賃料よりは高額の賃料を定めたことを認めることができる。

右認定を左右すべき証拠はない。

ところで右保証金に関する特約が前記賃貸借契約の承継と共に当然承継せらるべきものであろうか。

元来敷金契約は建物の賃借人が賃貸借契約上の債務を担保する目的で賃貸人に金銭の所有権を移転し、賃貸借契約終了の際に賃借人に債務不履行がなければこれを返還し、若し債務不履行あるときは右金額のうちから当然にその債務に充当せらるべきことを約束するものであつて、その金額の多寡を問うものでないことは異論のないところであろう。

もつとも一般に敷金として授受される金額には相当額の限度(例えば地代家賃統制令の適用ある場合には家賃の三箇月分以内)があつて本件におけるように賃料の二十箇月分に相当する過大の金額に及ぶことは異例に属するものと考えられないではないけれども、前段認定の事実によれば、被告が前賃貸人に交付した保証金名義の五十万円は賃借人の賃貸借契約上の債務を担保する目的で交付せられたものである以上敷金たる性質を有するものと解すべく、然も延滞賃料あるときは賃借人において右保証金をもつてこれに充当することを請求することができる旨の特約を締結したものであつて、斯る特約は賃貸借契約の内容をなすものに外ならないから借家法第一条の適用によつて右賃貸借契約が所有権の新取得者たる原告に効力を生ずると共に被告は右特約をもつて原告に対抗できるものといわざるを得ない。

もつとも賃貸借の目的建物の買受人が前記法条の適用によつて賃貸借契約の対抗を受ける場合には、その契約内容を予め確知する方法がないのであるから、所有権取得後判明した敷金の数額その他の特約如何によつては不測の損失を被り取引の安全を害せられる虞なしとしないけれどもこれがために右と反対の解釈をするときは却つて同条が賃借人の利益を保護しようとする精神に反する結果となるであろう(大審院昭和十一年(オ)第一七六四号、同年十一月二十八日判決、法律新聞第四〇七九号参照)。

而して証人長井賢吉の証言によれば、被告は原告に対して前記所有権取得登記の後間もなく原告に対して右敷金契約の承認を求めたけれども原告の全く否認するところとなつたため、原被告間に不和を生じ、これがため被告は賃料の支払を拒絶するに至り、その頃被告は前記特約に基き従前並に爾後の賃料に保証金名義の前記金員を充当すべき旨の意思表示をしたことが認められる。この認定に反する証人岡崎松太郎と原告本人の供述は措信できない。

然らば前認定の特約に基き右の意思表示をなしたことにより被告は原告主張の前記契約解除の前提たる催告に表示の賃料の支払義務ないものというべきであるからその不払あることを理由とする契約解除の意思表示は不適法と断ぜざるを得ない。

従つて店舗の部分の明渡を求める請求並に明渡不履行による損害賠償請求は理由なく、且つ特約に基く意思表示により前記保証金五十万円をもつて昭和二十七年三月分以降現在までの賃料に充当し、なお余りあること明かであるから賃料の支払請求も理由がない。

次に本件店舗の奥三坪の明渡を求める請求について判断する。

被告が右三坪を占有し床張りと釣棚を設けたことは当事者間に争がない。

而して証人小原登木、永井賢吉の証言によつて正しく作成せられたものと認むべき乙第二号証の記載と同証人等の証言によれば、被告は昭和二十六年十月十五日右三坪を所有者の小原登木から賃料一箇月五千円、期間前記店舗と同様の昭和二十九年五月二十七日まで(但し契約の更新ができる)の約束で賃借しその当時その引渡を受けて使用していたことを認めることができる。

右認定に反する趣旨の証人岡崎松太郎の証言は措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。

然らば被告は右賃貸借契約をもつて、新所有者たる原告に対抗できる筋合といわなければならないから、この部分の明渡を求める原告の請求も理由がない。

よつて原告の請求を棄却し民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数)

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