大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5616号 判決

原告 藤野数馬

被告 丹羽邦雄 外一名

一、主  文

被告丹羽は東京都豊島区西巣鴨三丁目八百十三番地の八、宅地百五十六坪二合及び同区同丁目八百十一番地家屋番号同町八一〇番五、木造瓦、モルタル塗葺平家建工場一棟建坪二十六坪六合三勺について、いずれも昭和二十六年九月二十六日東京法務局板橋出張所受附第一五九六三号同年九月二十一日売買により同被告のための所有権取得登記の各抹消登記手続をなせ。

被告上杉は原告に対して前項記載の土地建物について昭和二十六年九月十五日成立の代物弁済契約による所有権の移転登記手続をなし、且つ右建物から退去して右土地を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、

請求原因として、

(一)  原告は顔料等の製造販売を業とする大同化成工業株式会社(以下単に大同化成と略称する)の、被告上杉はクレーヨンの製造販売を業とする株式会社シグマ商会(以下単にシグマ商会と略称する)のそれぞれ取締役社長である。

(二)  大同化成はシグマ商会に対して昭和二十五年一月頃から昭和二十六年春頃までの間に色素顔料等を売り渡し未払残金四十六万円余の債権を有し、なお同年一月頃大同化成は訴外資生堂絵具工業株式会社振出、宛名人大同化成、金額四十万円、満期同年四月三十日とした約束手形一通の割引方をシグマ商会に依頼して交付したが、被告上杉はシグマ商会が大同化成のために右手形の割引をなして保管中の四十万円を費消して、その支払をしないので、大同化成は右損害賠償債権を保全するため同被告所有の主文記載の土地建物に対する仮差押命令を得同年五月十六日仮差押の登記がなされた。

(三)  そこで同被告は同年六月頃から右について解決を求めたので、原告代理人永津勝蔵方において関係者会合の上接衝の結果同年八月次のような協定が成立した。

(イ)  シグマ商会は大同化成に対して前記残代金と手形金合計八十六万五千円及び右各金員に対する遅延損害金として十六万五千円(この内には後記の通りの抵当権の設定登記費用として六千余円を含む)この合計百三万円の支払義務を認めること、

(ロ)  被告上杉は右債務を引受け、その支払を確保するため前記土地建物に順位一番の抵当権を設定すること、

(ハ)  同被告が(イ)の債務及び年一割の利息を昭和二十七年七月三十一日までに支払わないときは右抵当物件は当然に大同化成の所有とすること、

(四)  然るに同被告は永津の準備した関係書類に捺印を遷延している内被告丹羽から二十万円を借受けその支払確保のため前記不動産に第一番の抵当権を設定する旨の約束をした。

(五)  そこで右不動産に対する権利関係について関係者が協議することになり昭和二十六年九月十二、三日頃大同化成の社長である原告と代理人永津及び被告丹羽の代理人佐藤が大同化成の本店に会合したが、その際佐藤は大同化成において被告上杉に代位し被告丹羽に対して二十万円とその利息を弁済すれば被告丹羽は右不動産に対する権利を主張しない旨提案した。大同化成は右不動産を七十万円位に評価していたので、この上の出金は忍び難いところであつたけれども紛糾を防止するため二十万円の半金を一時に、残額を二万円の月賦で弁済する旨回答したが、佐藤は本人と相談の上決定する旨述べたので、更に同月十五日に関係者の会合を約した。

(六)  次で同月十五日被告上杉方において同被告と前記関係者及び被告丹羽会合の上次の通り協議決定した。

(イ)  原告は大同化成の被告上杉に対する前記百二万円余の債権を譲り受けたので、同被告は原告に対して右債務の代物弁済として本件不動産の所有権を移転すること、

(ロ)  原告は被告上杉の被告丹羽に対する二十万円の債務を引受け、被告丹羽に対して右不動産の所有権移転登記の日に金十万円、残金は同年十月以降毎月末二万円宛の月賦で支払うこと、なお月賦金については原告は被告丹羽のために右不動産に抵当権を設定すること、これにより被告丹羽は被告上杉に対する債権に基いて右不動産に対する権利主張をしないこと、

(ハ)  大同化成は直ちに前記仮差押の解除手続をなすこと、

(ニ)  原告は被告上杉に対して本件建物の一部を居住並びにクレーヨン製造場として使用させること、

(ホ)  右契約を履行するため同年九月二十日午前十時に関係者一同東京弁護士会館に集合し直に登記所に赴き本件不動産の所有権移転と抵当権の設定登記手続をすること、

そこで永津はその場で関係書類を作成し被告上杉に捺印を求めたところ、同被告は一切の手続を原告側に委任し実印を永津に交付したので、右書類に対する捺印を完了した。

右約定によつて原告は本件不動産の所有権を取得した。

(七)  よつて永津は右約定に基き同年九月十七日東京地方裁判所に前記仮差押の解除手続をなし、同月十九日仮差押決定の取消を得、同月二十日約束の時間、場所に待合せたが、被告等は来会しなかつた。

(八)  次で同月二十六日被告丹羽は被告上杉から本件不動産について同月二十一日附売買を原因として、その所有権の取得登記を経由したことを後になつて覚知した。

然しながら被告丹羽は不動産登記法第四条にいう詐欺によつて原告の登記申請を妨げた第三者に該当するから、原告は前記約定による所有権の取得を同被告に対抗できない筋合である。即ち同被告は前記(六)の協定に直接関与し、右不動産について権利を主張しないことを約束したのに拘らずその直後被告上杉と通謀して右協定を破毀し原告において同被告等が真実右協定を履行するものと誤信させ、大同化成をして仮差押の解放をさせ、所有権移転の制限が除かれたのを奇貨とし何等の通告をなすことなく不信義にも秘に自己の所有名義に登記手続をなして不正の利益を図り、以つて原告の登記手続を妨げたものであつて、このような場合は前記法条にいう詐欺手段に該当するものである。

そればかりではない。被告両名の間には僅か二十万円余の債権関係あるに過ぎないのに拘らず原告の所有権取得登記を妨害する目的で突如として移転登記をなした点並びに前記経過に鑑み真に所有権移転の意思なく、通謀してこれあるが如く装つた虚偽の意思表示であるから被告等の間の所有権移転行為は無効のものである。

いずれにしても原告は被告丹羽に対して登記がなくとも本件不動産の所有権の取得を対抗できるものであるから、同被告は原告の完全な所有権を否定して権利を取得することは許されない筋合であり、従つて原告に対して被告上杉と共に原告の所有権取得登記に協力する義務がある。即ち原告は被告丹羽に対してその所有権取得登記の抹消登記手続を求める権利を有すると共に被告上杉も被告丹羽に対して抹消登記手続を求める権利を有しているから被告上杉のこの権利を代位して抹消登記手続を求めるものである。

よつて被告丹羽に対して抹消登記手続を、被告上杉に対して移転登記手続を求める。

(九)  次に前記の通り原告は被告上杉に対して本件建物の一部の使用を許諾したけれども、同被告は詐欺によつて原告に対する契約を破毀したばかりでなく、被告丹羽と通謀して同被告に移転登記を経由して原告の所有権の行使を妨害したものであるのでこのような不信義な使用借主との貸借関係を継続することができない。よつて背信行為を理由として訴状によつて使用貸借契約を解除する。従つて同被告は原告に右動産の明渡義務があるので本訴に及んだと述べた。<立証省略>

被告両名訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、

(一)、(二)の事実は認める。

被告上杉が本件建物に居住し土地を占有していること及び被告丹羽が被告上杉からその主張の通り本件不動産の所有権の取得登記を経由したことは認めるが、その余の原告主張事実は認めない。被告丹羽は被告上杉に対して昭和二十六年九月十五日当時事業資金として数回に合計五十五、六万円を貸与し、なお融資する約束で本件不動産の所有権を移転する約束をしていたが、同年九月二十六日その約束を実行し登記を経由したものである。

而して被告上杉は原告代理人の永津から債権関係の解決について各種の提案を受けたけれども、すべて原告側に有利な一方的のもので被告等の到底応諾できないものであつた。九月十五日の会合の際にも単に原告側の希望に止まり、何等協定成立に至らなかつたところ、永津の申出により更に九月二十日に関係者の集合を約したに止まる。被告上杉は原告が自己の事業を救済するものと信じ実印を永津に預けたことはあるけれども、その後同月二十日前に原告の真意が同被告を救済するものでないことが判明したので、その返還を求めたところ、これを拒否された。右の次第で同被告等は原告との交渉成立の見込ないことを知つたので、九月二十日の会合に欠席したのである。

畢竟原告は本件不動産の所有権を取得したものではないからその請求に応ぜられないと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張の(一)、(二)の事実及び被告上杉が原告主張の建物に居住して土地を占有していること並びに原告主張の通り被告丹羽が、原告主張の不動産の所有権の取得登記を経由したことは当事者間に争がない。

而して証人永津勝蔵と原告本人の各供述により正しく作成せられたものと認むべき甲第八、第十乃至第十二号証の各記載と右供述、並びに前記争のない事実を綜合すれば、大同化成工業株式会社(以下単に大同化成と略称する)の取締役社長藤野数馬は昭和二十六年六月頃から株式会社シグマ商会(以下単にシグマ商会と略称する)の取締役社長の上杉謙次と協議の結果同年八月頃シグマ商会は大同化成に対して売掛代金と手形金とを併せた八十六万五千円及びこれに対する遅延損害金として十五万円余の合計百二万円の債務を認め、被告上杉はシグマ商会の債務を引受け、その担保として本件土地建物に順位一番の抵当権を設定すること、右債務を昭和二十七年七月三十一日までに支払しないときは代物弁済として大同化成の所有とする旨約束したところ、その登記手続を経由しない間に被告上杉は被告丹羽から二十万円を借受け右不動産に抵当権を設定する旨約束した関係を生じたので同年九月十三日頃大同化成は被告上杉の代理人佐藤酉一から同被告に代つて被告丹羽に二十万円の支払をせられたい旨の申出を受け、被告丹羽との紛争を避けるため同被告と交渉の必要に迫られるに至り、同年九月十五日被告上杉宅に原被告両名等関係者集合の上原告主張の(六)に記載の通りの契約成立し、原告は被告丹羽に二十万円の支払を約束すると共に被告丹羽は被告上杉に対する債権に基き本件不動産に対する権利を主張しないことを約束したことその際原告の代理人永津において関係書類(甲第八乃至第十三号証)を作成し被告上杉に捺印を求めたところ、同被告は一切の手続を永津に委任して実印を交付したので、同人はその印を預りこれを右書類の被告上杉名下に押捺したこと、大同化成並びに原告は被告等が右協定を実行するものと信じ、その代理人永津は右約定の履行として同年九月十九日仮差押の取消決定を得たのであるが、被告等は原告に何等の連絡をなすことなく、前記約束の履行期日場所に来会せず、その直後同月二十一日被告丹羽は被告上杉から右不動産を譲受けたとなしその登記を経由したことを認めることができる。

右認定に反する証人佐藤酉一、被告両名本人の各供述は措信し難く他に右認定を左右すべき証拠はない。

然らば原告は右認定の代物弁済契約によつて本件不動産の所有権を取得したものというべきである。

ところで原告は登記を経由しない所有権の取得を以つてその後所有権を取得しその登記を経由した被告丹羽に対抗できるであろうか。

不動産登記法第四条には詐欺によつて登記の申請を妨げた第三者は登記の欠缺を主張することができない旨規定しているのであるが、右にいう登記の申請を妨げるというのは登記申請そのものを妨げる場合に限らず、詐欺行為によつて登記申請をなし得ない状態を惹起する場合をも包含するものと解すべきである。蓋し同条は詐欺強迫等の不信行為によつて登記欠缺の原因を与え不正の利益を図る第三者は登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有しないもの従つて法律の保護を受けるに値しないものとして取扱う旨の規定と解すべきだからである。

本件についてこれを見るに前認定のとおり被告上杉は自己の債務の代物弁済として本件不動産の所有権を債権者に譲渡することを既に以前から承諾していたところ、その後被告丹羽からこれに抵当権を設定することを約束して金借するに至つたので、原告において被告丹羽との紛争を避けるため、同被告に対して被告上杉の債務を引受け二十万円の支払を約し、これにより被告丹羽は本件不動産に対し権利を主張しないことを快諾し、原告の関係を解決して原告が本件不動産の所有権を取得することに協定成立したのであるから、その所有権移転については被告丹羽もこれに関連した契約当事者として直接関与していたものというべく、原告において被告等が誠実に右協定を履行し右不動産に関する権利関係を紛淆することはないものと信じて大同化成のなした本件不動産に対する仮差押を解放し、その権利変動の制限を除去させるに至つたところ、被告等はこれを奇貨とし何等の通告をなさずして右協定に背き登記に協力せずその後間もなく被告丹羽の所有名義に登記を経由したのであるから、この事実に鑑みるときは、被告丹羽は前記協定の契約当事者として、本件不動産の権利を取得することによつてその権利関係に紛糾を生ぜしめてはならない義務を負担し従つて右協定を破毀するについてはその無効、取消原因のない限り原告の承諾を受くべき義務を有するものというべく、その後間もなく被告等は右協定の破毀を合意したのに拘らずこれを黙秘したため原告をして前記協定の履行をなすものと誤信に基き、仮差押の解放をして権利変動の制限を除去せしめ、登記手続を遷延させている間に被告丹羽が自己名義に取得登記を経由したのは詐欺行為に外ならないものといわざるを得ない。而してその不信義な行為の結果原告をして登記申請をなし得ない状態を惹起させたものであるから、被告丹羽は前記不動産登記法第四条にいわゆる詐欺によつて登記の申請を妨げた第三者に当るものと断ずべきである。

ところで原告はこのような第三者である被告丹羽に対しては登記なくして所有権の取得を対抗できるわけであるが、この対抗とは即ち原告が対抗力を具備した完全な所有者であることを被告丹羽に対して主張できることであるから被告丹羽は原告に対して原告の所有権を否定し自己がその所有名義を保有することによつて、所有者なりとの主張をなすことが許されず、従つて原告が対抗力を有する所有者たらしめることに協力する義務を有するものといわなければならない。若し然らずして原告は単に被告丹羽に対して対抗力ある所有権を主張できるに止まり、被告丹羽においても対抗力ある所有権を保有できるものと解するのは、不動産登記法第四条の前記趣旨は没却されることになり登記の申請を妨げられた原告を保護する実を挙げ得ないからである。

結局、原告は真正の所有権に基いて被告丹羽に対してその取得登記の抹消登記手続を求める物権的請求権を行使できるものといわざるを得ない。

而して被告上杉に対しては本件不動産の所有権移転登記手続を求め得るのは勿論であるから、通謀虚偽表示に関する原告の主張を判断するまでもなく原告の被告丹羽に対する取得登記の抹消請求、並びに被告上杉に対する移転登記請求を正当として認容すべきである。次に被告上杉に対する明渡請求を判断するに、

原告が被告上杉に対して本件建物の一部の使用を許諾したことは前認定の通りであるが、同被告は原告に本件不動産の所有権を譲渡したことを否定し却つてその所有名義を被告丹羽に譲渡して原告の所有権の行使を妨害したものであるから原告に対して甚しき不信を表明したものというべく、原告が被告上杉のこのような背信行為を理由として同被告との使用貸借契約を解除する旨の本件訴状によつてなされた意思表示は適法であつて、これによつて使用貸借契約は解除せられたものというべきである。

よつて被告上杉は原告に対して本件建物から退去して本件土地を明渡す義務あること勿論であるから原告の請求を正当として認容し民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 西川美数)

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