東京地方裁判所 昭和27年(ワ)729号 判決
原告 コオロ産業株式会社
被告 芝浦ミシン株式会社
一、主 文
被告は原告に対し、金九十五万円及びこれに対する昭和二十六年十二月十三日以降完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告が金三十万円を供託すれば、確定前に執行できる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
被告は原告に対し昭和二十六年九月十二日、金額九十五万円、満期同年十一月二十五日、振出地東京都中央区、支払地同都千代田区、支払場所株式会社第一銀行本店とする約束手形一通を振出し、原告は同年十二月十二日これを支払場所において呈示したが、その支払を拒絶せられた。よつて右手形金及び呈示の翌日以降完済までの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と陳述した。
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、原告に対し原告主張の約束手形を振出したことは否認する、呈示の事実は不知と答え、抗弁として、
被告は昭和二十六年九月十二日、訴外三共融資株式会社(代表者山本寛)に対し手形割引による金融を依頼し、本件手形外四通金額合計金五百十万円を、いずれも受取人欄空白のまま交付し、換金期間を五日以内とし、受取人欄は現金授受の際補充する旨を約束した。然るに右期間内に何等の連絡がないので、手形の返還を催促したところ、三共融資は同月二十一日に至り、翌二十二日までに現金を持参するか手形を返還する旨を約したに拘らず内三通(本件手形を含む)を返還せず、且つ右は三共融資より訴外松波鐘三郎、市川規孝を通じ訴外平和物産株式会社(代表者長沢昇、片山三郎)に前同様の条件で交付せられていることが判明したので、三共融資を通じその返還を請求した。平和物産の代表者片山三郎はこれに対し、右三通の手形を同年十月九日までに返還することを約したに拘らず依然これを返還しないので、同年十月二十七日右長沢、片山両名を告訴する一方、同年十一月十八日に日本経済新聞に本件手形が事故手形なる旨を広告し、三共融資に対し重ねて手形返還を請求した。その頃本件手形が原告の手中にあることが判明したので、交渉の結果原告は手形の呈示を猶予することを約したのみならず、同年十二月七日原告の代表者川津祐次は被告に対し、「平和物産は本件手形を被告に対する地下足袋代金として受取つたといい、原告は平和物産に対する鋼材売渡代金として受取つた。当初本件手形を不審に思つたが、一応被告に問合せてみることとし且つ片山、長沢の保証を求めたところ、右両名は平和物産名義で代金確認書を差入れたので、鋼材を右両名に引渡し、手形を受取つて受取人欄に原告の名を記入した。」と語り円満解決を求めた。以上のとおりであるから、
(一)、原告は未完成手形を受取り、何等補充権限なくして受取人欄を補充したから、原告は何等手形上の権利を取得せず。
(二)、本件白地手形は金融のための手形であつて、原告は悪意の取得者である。而して被告はこれにより何等の融資をも受けていないから、原告より請求を受けるいわれはない。
と陳述した。
原告訴訟代理人は、右抗弁に対し
訴外長沢昇は原告社員新井信の友人の兄としてかつて紹介せられた者であるが、昭和二十六年九月十五日片山と同道して来社し、訴外小糸製作所に納入すべき亜鉛鉄板及びコンデイツトパイプの売買を申込み、その代金支払のために本件手形(当時受取人欄白地)を提出し、右は被告に対する磨丸棒代金として受領したものであると説明したので、原告は一時これを預つて、第一銀行本店につき被告の記名印、印鑑の照合と信用調査をなし、同月十八日長沢より、受取人を原告と補充することにつき被告の承諾を得たという言明があつたので、前記鋼材の売買を承諾し、翌十九日契約書を作成し本件手形の受取人欄に原告名を記入し、同月二十六日鋼材を平和産業に引渡したものである。然るに同年十一月二十二日長沢が来社し、被告主張の広告を示し、融通手形であることを告白し、同人の手により解決するからといつて手形呈示の猶予を求めた。原告は事の成行をみるため呈示を差控えていたが遂に解決を見るに至らなかつたので、同年十二月十二日これを呈示したのである。以上の事実に反する被告の主張事実は否認する。従つて、
(一) 被告主張のように、白地補充の権限が五日の約定期間経過と共に当然消滅するものとしても、原告は本件手形の交付を受ける際、このような合意があつたことを全く知らず且つ知らなかつたことについて何等の過失もなかつたのであるから、被告は本件手形の白地補充が権限なくしてなされたことを原告に対して主張できない。
(二) 原告は本件手形を取得するにあたり、融通手形であることを全然知らなかつたし、商品代金支払の手形で受取人欄を白地としたものが巷間屡々流通しているから、手形自体より融通手形なることを知るに由なく又知らなかつたことに過失はない。且つ単に融通手形であることを知つて譲渡を受けただけでは悪意の取得者とはいえない。
と答えた。
<立証省略>
三、理 由
本件手形が受取人欄空白のまま振出され、原告が訴外平和産業株式会社代表者長沢昇、片山三郎よりその交付を受けたことは当事者間に争のないところであり、証人山本寛の証言によれば、本件手形は他の四通の手形と共に、被告会社の金融のために振出され、受取人欄は手形の割引がなされたとき被告において補充するか又は依頼を受けた山本において補充し被告にその旨を報告することになつていたことが認められ、従つて補充の権限は割引の際の手形所持人にも与えられていたものであることがわかる。
被告は、原告が権限なくして受取人欄に原告の名を記載したと主張するから、この点を検討してみると、
(イ) 証人山本寛、田坂利雄の各証言及びこれにより成立を認め得る乙第一、二号証によれば、本件手形は前記のように、被告会社の金融を得るため、山本の主宰する三共融資株式会社が割引又はその斡旋方を依頼されて、昭和二十六年九月十二日受取人欄白地のまま三共融資に交付せられ、三共融資は五、六日内にこれを割引いて現金を被告に交付することを約束したのであるが、その約定期間内に割引ができなかつたため、山本は被告よりの請求に応じ、同月二十二日までに現金を交付するかあるいは手形を返還すべきことを約したこと、然るに山本より更に割引斡旋方の依頼を受け本件手形を受取つていた訴外松波鐘三郎が、約に反しそのいずれをも履行しなかつたことが認められる。
(ロ) 然るに一方、証人新井信、川津精一、川津祐次の証言及びこれにより真正に成立したと認める甲第二乃至第五号証によれば、訴外平和産業株式会社の代表者長沢登は、原告の社員新井信の友人の兄として従来再三原告会社に出入していたもので、郷里山梨県に相当の資産を持ち、出京後は平和産業の社長となつてゴム製品の一手販売その他の事業を経営することとなつたと称し、原告と屡々接触しその信用を博して取引の機会を得んと努めていた模様であるが、昭和二十六年九月中旬、本件手形(当時受取人欄空白のまま)を持参して原告会社に赴き、原告の社員川津精一、川津祐次等に対し、右手形を示して、右は被告との磨丸棒取引の代金支払のために受取つたものであると説明し、不審の点があれば被告に対する納品書を持参してもよいと言明し、原告社員等を信用させた上、これを代金支払にあてて、訴外小糸製作所に納品すべき亜鉛鉄板、コンチツトパイプの売買を申込んだので、原告の社員は一まず本件手形を預り、支払場所である第一銀行本店その他で被告の記名印、印鑑の照合、信用調査等をした上、長沢の右申込に応ずることとなり、同月十九日売買契約書(甲第二号証)を作成すると同時に本件手形を代金支払のために受領し、被告が受取人欄に原告名を補充することに同意した旨の長沢の説明に基いてその補充をなし、もつて本件手形を完成し、長沢に対し同月二十六日より十月八日の間に約定の物件を引渡したものであつて、その間本件手形が金融のため振出されたものであることも、(イ)に認定したように、割引依頼の期間が経過していたことも全く知るところがなかつた事実を認定できる。ことに山本寛が被告に対して割引不能のときは本件手形を返還すべきことを約したのは、九月二十一日であつて原告が白地を補充して本件手形を取得した後であつたことは以上認定の事実から明かである。
(ハ) 右に認定したように、原告は本件手形の所持人の補充権が消滅し又は消滅すること明白な事情にあつたことを知らなかつたのであるが、(ロ)に認定した事実関係からすれば、原告は本件手形取得の当時、被告が振出したものであることの調査をしており、長沢昇は相当期間にわたつて原告の信用をかちうるため種々の手段を講じ原告に疑念を起させないことに努めて来た末のことでもあり、又いわゆる商業手形に受取人欄空白のものが絶無といえない以上原告が補充権の有無について被告に直接照会しなかつたからといつて、必ずしも重大な過失があつたとはいえない。(補充権の有無その他手形所持人の手形上の権利の存否につき必ず振出人その他手形上の前者に照会調査すべきことを要求することは、敏速簡易な流通移転を趣旨とする手形制度の精神に副わないものというべきである。)要するに原告が被告に照会しなかつたことは、それ自体直ちに重大な過失を意味するものでなく、他の事実と合せて重過失の存否を判断すべき事項たるに止まることは言うをまたないところであり、(ロ)に認定したような事情から原告が長沢に補充権ありと信じたことは無理からぬところというべく、その間重過失をもつて責むべきものがあるとは考えられない。
この点に関し、証人田坂利雄、森田磐の各証言及びこれにより成立を認め得る乙第三乃至第七号証によれば、被告においては九月二十二日以後本件手形外数通の回収に百方努力し、三共融資の代表者山本に対し、又同人を通じて長沢、片山等に対し屡々これが返還を督促し、同人等より念書を徴し又は告訴をなし、手形につき無効広告をするなど施すべき手段に遺憾なかつたことが認められるが、いずれも原告が本件手形上の権利を取得した後のことに属し、且つ前記川津精一の証言によれば、原告は右無効広告のあつた数日後までこれらの事実を何等知るところがなかつたことが認められるし、又右田坂、森田の証言により成立を認め得る乙第九号証には、昭和二十六年十二月七日、原告の社員川津祐次が被告会社において、本件手形取得の際不審の念を抱いた旨を言明した趣旨の記載があるが、右は証人川津祐次の証言に照し軽々に信用できない。
なお原告が長沢、片山等の依頼により本件手形を満期に呈示しなかつたことは当事者間に争のないところであるが、証人川津精一、川津祐次の証言によれば、右は原告が本件手形上の権利を持つていることに疑念を抱いての措置ではなく、被告と山本、長沢、片山等中間介在者との間において円満解決の余地を残すためであつたに外ならぬことが認められる。
以上に判断したように、被告の第一の主張は採用できないものといわねばならない。
次に被告は、本件手形は金融のための手形であつて、原告は悪意の取得者であると主張するから、更にこの点を判断すると、本件手形が被告の資金調達のため割引を受ける目的で振出したものであり、原告がこれを取得するまでに、約定の割引期間が経過していたため被告は何等金銭の交付を受けていなかつたことは前に認定したとおりであるが、以上の事実を原告が何等知るところなく且つ知らなかつたことに重大な過失がなかつたことも亦、前段(ロ)(ハ)に認定判断したところに徴しおのずから明白であるから、被告のこの抗弁も採用できない。
従つて、被告は原告に対し、本件手形金九十五万円及びこれに対する呈示の日の翌日である昭和二十六年十二月十三日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾)