大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)801号 判決

原告 帝都印刷株式会社

被告 日昭物産株式会社

一、主  文

被告は原告に対し金五十五万円及びこれに対する昭和二十七年三月十二日から右支払の済むまで年六分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、訴外株式会社青春タイムス社(以下タイムス社と略称する)は昭和二十六年六月二十九日 (一)金額十万円、満期同年七月二十八日 (二)金額十万円、満期同年八月二十四日 (三)金額十万円、満期同年八月三十一日 (四)金額十万円、満期同年九月二十三日 (五)金額十五万円、満期同年九月二十九日、その他の手形要件は何れも支払地東京都中央区、支払場所三和銀行室町支店、振出地東京都新宿区なる約束手形各一通を原告に宛てて振り出し、被告はこれに手形保証をした。しかして、原告は現に右各手形の所持人であるから、ここに、右五通の手形金合計五十五万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十七年三月十二日からその支払の済むまで手形法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、

被告の抗弁に対し、被告主張のような債権差押のあつたこと及びその差押に関し被告主張のように原被告、タイムス社、板橋税務署長の四者間に和解契約のできたことは認めるが、同和解契約の趣旨は、タイムス社において被告主張の債権を原告と被告に二重譲渡したところから、板橋税務署長による前記債権差押のあつた後、原被告の何れに対する債権譲渡が優先するかについて原被告間に争を生じ、この争を止めるために、板橋税務署長は右差押を解除し、被差押債権を被告に取り立てさせることとし、被告はその代償として本件五通の約束手形に手形保証をする、というにあつたのである。従つて、右和解は、民法第六百九十六条の規定により、被告主張のような理由によつては無効となるものではない。仮に被告主張のような理由が右和解の無効原因となり得るとしても、前記債権譲渡の優劣は容易に調査し得べき事項であるから被告において原告に対する債権譲渡を錯誤によつて被告に対するそれよりも優先するものと信じたとすれば、それは被告の重大な過失によるものであり、従つて、被告はその主張のような錯誤を理由として右和解の無効を主張することはできないのである。仮に被告においてその無効を主張し得るとしても、右和解の無効は直に本件手形保証の無効を来たすものではない。けだし、被告主張の錯誤は本件手形保証をするに至つた原因関係についての錯誤に過ぎず、手形行為自体についての錯誤ではないのであるが、手形行為は無因行為で原因関係についての錯誤は手形行為自体の無効を来たすものではないからである。仮に原因関係についての錯誤が手形行為に影響を及ぼすものとしても、原告は、被告がその主張のような錯誤に陥つていることを知らずに本件手形を取得したのであるから、被告はこれが手形保証の責を免れ得ないものである。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実は、原告がその主張の各手形の正当な所持人であるとの点を除いてすべて認める。原告は右各手形の正当な所持人ではない。右各手形の振出及び手形保証は次のような経緯によつてなされたものである。すなわち、被告はタイムス社に対して約二百万円の用紙売掛代金債権を有しており、タイムス社はこれが弁済のため昭和二十六年四月十六日同社の訴外東京出版販売株式会社(以下東販と略称する)、日本出版販売株式会社(以下日販と略称する)外一名に対する雑誌売掛代金債権を譲渡し東販に対しては同年六月二十三日、日販に対しては同二十六日各到達の書留内容証明郵便でその旨の通知をした。一方、タイムス社は原告に対し右と同一の債権を譲渡する旨の書面を預けていたが、偶々これが同月二十五日板橋税務署長の目に止まり、同署長は原告の滞納税金取立のため、右雑誌売掛代金債権は譲渡によつて原告の債権となつたものとしてこれを差し押えたのであつた。よつて、被告は当時直にその差押の解除につき、板橋税務署長、原告及びタイムス社の三者と折衝し、その結果、同月二十九日右四者間に、タイムス社において金額五十五万円の約束手形を原告に宛てて振り出し、被告がこれに手形保証をすれば、署長はこれを差し押え、その代わりに前記雑誌売掛代金債権の差押は解除するという趣旨の和解契約ができた。この和解契約を履行するためタイムス社は同日(被告の答弁書に昭和二十五年六月二十九日とあるのは昭和二十六年六月二十九日の誤記と認められる)金額合計五十五万円の五通の約束手形を原告に宛てて振り出し、被告はこれに手形保証をしたが、これが原告主張の五通の手形の振出及び手形保証の経緯に外ならないのである。さて、被告が前記和解をしたのは、タイムス社は真実に前示雑誌売掛代金債権を原告に譲渡し、その対抗要件も具備しており、従つて、板橋税務署長のその差押は適法有効と信じたからであるが、その後の調査によつて判明したところによると、タイムス社は原告に対し右債権を譲渡したことなく、又仮に譲渡したとしても、その譲渡については確定日附のある書面による通知も、確定日附のある債務者の譲渡承諾証書もなかつたのである。すなわち、右和解契約は要素に錯誤のある意思表示によつてなされたものであるが、原告は当時そのことを知つていたものとする外はないから、同和解契約は無効であり、従つて、その履行のためになされた本件手形保証もまた無効である。と述べ、

原告の再抗弁に対し、国家機関たる税務署長が違法な差押をすることは通常あり得ないことであるから、被告が板橋税務署長のした債権差押を一応適法有効と信じたのは当然である。しかして被告が前記のような錯誤に陥つたのはこの差押があつたからに外ならないから、その錯誤について被告に重大な過失があつたとすることはできないのである。と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張の請求原因事実(但し、原告が本件各手形の正当な所持人であるとの点を除く)及び被告主張の抗弁事実中、本件各手形の振出及び手形保証が被告主張の四者間の和解契約の履行としてなされたものであることは何れも当事者間に争がない。

よつて被告の抗弁の当否について按ずるに、和解は当事者が互に譲歩してその間に存する争を止める契約であつて、その争の目的たる法律関係について後に確証が出て和解で甲とされたものが乙であつたことが判明してもその効力を失うものでないことは民法第六百九十五条、第六百九十六条の明定するところであるから本件の主要争点は結局前記和解が果して原告主張のような二重の債権譲渡に関する争を止める目的でなされたものであるか否かに帰するのである。ところで、証人上原雅逸(第一、二回)、田口澄、加藤文雄の各証言、原告代表者長谷川潔尋問の結果と成立に争のない乙号各証、右田口の証言によつて成立を認め得る甲第六乃至第九号証とを綜合すると次の事実が認められる。すなわち、タイムス社は予て原被告の双方に対し債務を負担していた(原告に対しては約八十万円の印刷報酬金債務、被告に対しては約二百万円の用紙購入代金債務)が、その債務弁済のために昭和二十六年四月中自己の東販及び日販等に対する雑誌売掛代金債権を二重に譲渡した。一方、原告は昭和二十五年度の国税を滞納していたが、偶々タイムス社の原告に対する右債権譲渡の事実を知つた板橋税務署長は同年六月二十五日国税滞納処分として右譲渡債権中、東販に対する分の内十五万円、日販に対する分の内四十万円の差押を執行した。しかるに、同署長はその後間もなく被告から右各債権は被告がタイムス社から譲渡を受け、各債務者に対してタイムス社から確定日附のある通告書で通知済のものであるから差押は違法である旨の抗議を受けたので、その頃数回に亘り、原被告の責任者及び当時タイムス社の代表者であつた前示田口と会合し、右二重債権譲渡の優劣を論じたが、原告と署長は原告に対する債権譲渡の優先性を、被告は自己に対する債権譲渡の優先性を主張するだけで何らの結論も得られなかつた。しかしながら、被告の右差押解除の要望が非常に強かつたので、板橋税務署長は関係当事者に対し、タイムス社において金額五十五万円の約束手形を原告に宛てて振り出し、被告においてその手形保証をして署長のこれに対する差押を承認すれば、署長としては前記雑誌売掛代金債権の譲渡に関する限り被告に対する債権譲渡の優先性を認めて同債権の差押を解除し以て右の争を止める用意のあることを提案し、同月二十九日関係当事者全部この提案を承諾し、ここに前記和解の成立を見たことが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。さすれば、右和解は原告主張の二重の債権譲渡の優劣に関する争を止めることを目的としたものと認める外はないから、たとえ、後日に至り被告に対する債権譲渡の優先性が確証によつて判明したとしても、被告はこの点に関する錯誤を理由として右和解の無効を主張し得る限りではないから、その錯誤を前提として本件各手形保証を無効とする被告の抗弁は進んで他の判断をするまでもなく何らいわれのないものといわなければならない。

しかして、前示加藤の証言、長谷川尋問の結果と乙第十二号証とを綜合すると、板橋税務署長は前認定の和解契約の趣旨によつて前記雑誌売掛代金債権の差押を解除するとともに、タイムス社が原告に宛てて振り出し、被告が手形保証をした手形、すなわち本件五通の手形について一旦差押手続を実施したが、満期に不渡となつたため、昭和二十六年十一月三十日差押を解除し、これをすべて原告に返還し、原告はここに本件各手形の正当な所持人となつたことが認められ、これが反証はない。

して見ると、被告は原告に対し本件五通の手形金合計五十五万円の支払義務を負つていることが明瞭であるから、被告に対し右手形金とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和二十七年三月十二日からその支払の済むまで手形法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条の各規定をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 田中盈)

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