大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和27年(ワ)8109号・昭27年(ワ)8849号 判決

原告 酒井フキ

被告 奥川亮三

一、主  文

被告は原告に対し東京都中央区日本橋呉服橋二丁目三番地宅地六十九坪六合四勺の内十坪九合五勺(別紙図面省略参照)をその地上にある家屋番号同町三番の七木造トタン葺平家建居宅一棟建坪六坪位及び鉄筋コンクリート造倉庫一棟建坪三坪(建築中)を収去して明け渡し、且つ、昭和二十七年十月二十二日からその明渡の済むまで一箇月六百八円の割合による金員を支払うべし。

被告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り金十万円の担保を供して仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、昭和二十七年(ワ)第八一〇九号事件について「主文第一項と同趣旨及び訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝に仮執行の宣言を、同年(ワ)第八八四九号事件について「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

請求の原因及び答弁として、

訴外小松原煥は昭和二十一年七月一日被告に対しその所有の東京都中央区日本橋呉服橋二丁目三番地の宅地六十九坪六合四勺(以下本件宅地と呼ぶ)の内十坪九合五勺(別紙図面参照、以下係争地と呼ぶ)を普通建物の所有を目的として次のような条件で賃貸した。すなわち、(イ) 賃料は一箇月一坪一円三十銭、(ロ) 期間は昭和三十一年七月一日まで、(ハ) 石造、煉瓦造その他これに類する堅固の建物は設置しないこと、(ニ) 建物の増改築、大修繕又はこれに類する工事をせんとするときは予め賃貸人の承諾を受けること、(ホ) 賃借人が賃貸人に無断で石造、煉瓦造その他これに類する堅固の建物を設置し又は建物の増改築、大修繕若しくはこれに類する工事をしたときは即時に契約を解除されても異議のないこと等の条件で賃貸した。

原告は昭和二十三年十二月中本件宅地を小松原から譲り受けると共に、被告との合意で右賃貸借上の賃貸人たる地位を承継した。なお、賃料はその後数次の値上によつて昭和二十七年十月当時は貸地全部で一箇月六百八円となつていた。

被告は予て係争地上に木造トタン葺平家建居宅一棟建坪十坪を建築所有しこれに居住していたが、昭和二十七年十月十日頃突如として質屋営業開始のためと称し、右家屋の増改築及び質蔵の建造を企て、原告と無断で右建物の内約四坪を取り壊した上係争地の北西部約四坪を堀り返えし、鉄筋コンクリートで土台固めをし、これに鉄筋を配列し、砂礫、セメントを搬入し、三坪の鉄筋コンクリート造の質蔵(被告はこの上に更に木造の二階を設けてこれを住居に使用せんとするものである)の建築に着手し、原告からの特約違反である旨の申入を無視してその工事を施行した。よつて、原告はやむを得ず同月二十日附翌二十一日到達の書面で被告に対し前記特約に基いて本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

原告のこの契約解除の意思表示を無効とする被告の主張は次の理由によつてすべていわれのないものである。すなわち、

(一)  本件質蔵は先に指摘したように鉄筋コンクリートによる堅固な土台固めを施し、その上に鉄筋コンクリートを以て建造する永久的な建造物であつて、その大さも三坪強のものであるからそれ自体堅固の建物というべきである。これが工事完成の暁においては借地法も必ずやこれを堅固の建物として保護するに至るであろう。これを既存の木造建物に従属するものとし堅固の建物でないとする被告の主張は失当である。

(二)  仮に本件質蔵が堅固の建物でないとしても、前記工事が既存の建物の増改築であることは疑問の余地がないから被告は特約違反の責を免れ得ない。

(三)  原告は被告の前記工事について承諾を与えたことはない。被告は右工事に先き立ち昭和二十七年八月二十二日附で東京地方裁判所に対し原告を相手方として右工事等の妨害禁止の仮処分を申請したが、右承諾のなかつたことはこの一事によつても極めて明白というべきである。

(四)  原告が前記のように契約解除の意思表示をしたのは権利の濫用ではない。若し原告が本件質蔵の建造を認容すれば、係争地の借地関係は先に指摘したように遂には堅固の建物敷地の賃貸借として律せられるに至るべきであるが、かような重大な結果を招来する本件質蔵の建造を原告において認容しなければならない理由がどこにあるであろうか。(イ) 成る程、被告は戦災前約十年に亘つて係争地上にあつた木造建物を岡きみから賃借し同建物で質屋営業をしていたことはあるが、終戦後既に七年を経過し、その間経済事情は激変し、係争地の環境や顧客は一変しているのであるから、この地でなければ被告の質屋営業が再開できないという理由はない。のみならず、仮に被告の従前の借家が戦災を受けずに被告がそこで引き続いて質屋営業をして来たとしても、その後質屋営業について被告主張のような質物保管設備を要するに至つた以上借家人として被告はその借家にさよう設備をすることはできない筈であるから、この地における被告の質屋営業は本来廃止さるべき運命にあつたものというべきである。従つて、被告が戦災前に係争地で質屋営業をしていた事実はいささかも本件における被告の立場を利するものではない。(ロ) 係争地の賃貸借は被告がこの地で質屋営業をすることを予想してなされたものではない。被告は地主の小松原煥に対しても借地人の岡きみに対しても何のことわりもなく、終戦後いつ早く係争地上に木造建物を建築してこれに居住し、その既成事実を以て小松原及び岡に臨み、遂に自ら係争地を賃借するに至つたのであるが、当時は戦災の打撃が甚しく何人も再起を危まれていたのであつて、被告が多額の資金を要する質屋営業を再開するなどということは想像の外にあつたのである。されば、被告において質屋営業再開の資力を恢復し、その再開について被告主張のような設備を要するに至つた以上、被告は先ず以て地主に連絡し借地契約自体を変更して後にその設備をすべきものである。その設備が法令によることを理由として借地契約が賃貸人の不利益に自働的に変更されたとして無断で契約違反の行為をするが如きは断じて許さるべきではない。(ハ) 原告の本件解除権の行使は社会正義に反するものではない。権利の行使がその濫用となるか否かは当事者間の利害の均衝という点からだけ考察すべきものではなく、その他に権利の発生原因、その内容等を斟酌して決定すべきものであり、本件について立言すれば、解除権発生の原因である被告の契約違反の内容とこれを契機として惹起された賃貸借の基幹たる当事者の信頼関係破壊の態様及び度合が重要な因子として斟酌されなければならない。さて、被告の本件契約違反が原告に重大な損害を生ぜしめるものであることは先に指摘した通りであるが、被告はその違反行為に先き立ちこれを一挙に遂行せんがために原告を相手方として建物工事妨害禁止の仮処分を申請し、その決定を得て違反行為を敢行したのである。被告の真意は、かくて一つの既成事実を作り出し、これに立脚して原告に本件質蔵及び増改築の承諾を強要せんとするにあつたものと思われるが、被告のこの行動は賃貸借の基幹たる信頼関係を破壊して顧ないものであるばかりでなく、私法の秩庁を紊るものであつて、法律上はもちろん道義上も断じて許さるべきではない。これを要するに、原告の本件契約解除の意思表示を以て解除権の濫用と論ずる余地は全然ないのである。

以上の次第であるから、本件賃貸借は昭和二十七年十月二十一日原告がしたその解除の意思表示によつて終了し、被告は係争地を原告に返還する義務を負うに至つたのであるが、被告はこの義務に違反しその後も依然として係争地をその上に主文第一項記載の各建物を所有して占有し、原告をしてその従前の賃料と同額の一箇月六百八円の割合の損害を蒙らせているから、昭和二十七年(ワ)第八一〇九号事件としては、被告に対し係争地をその上にある右各建物を収去して明け渡すと共に、同年十月二十二日からその明渡の済むまで右割合による損害の賠償を求め、同年(ワ)第八八四九号事件の被告の請求についてはその棄却を求める次第である。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、昭和二十七年(ワ)第八一〇九号事件について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、同年(ワ)第八八四九号事件について「被告が東京都中央区日本橋呉服橋二丁目三番地の宅地六十九坪六合四勺の内十坪九合五勺につき期間は昭和四十一年七月三十一日まで、賃料は一箇月六百八円、毎月末日払なる普通建物の所有を目的とする賃借権を有することを確認する。原告は被告が右宅地の上に木造建物の増改築工事をし、且つ、それに附属する質屋営業に欠くことのできない警視庁昭和二十五年七月一日告示第百十三号及び昭和二十七年三月十三日告示第十号改正質物保管設備基準にいわゆる質蔵床面積十一平方米、容積三十立米の築造工事の施行及び同建物竝に設備の所有及び使用を許さなければならない。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並に右工事の施行、建物及び設備の所有竝に使用許容請求の部分についての仮執行の宣言を求め、

答弁及び請求の原因として、

原告の主張事実は後記の被告の主張に反する部分を否認し、その他は認める。

係争地は古くから岡きみが小松原煥から賃借し、その地上に建物を所有していた土地であり、被告は二十数年前に岡からその所有建物を賃借し、爾来これに居住して質屋営業をしておつたのであるが、同建物は昭和二十年三月十日戦災によつて焼失した。そこで、被告は昭和二十一年七月一日岡から係争地の借地権を譲り受けた上改めてこれを小松原から質屋営業兼住宅用の普通建物の所有を目的として期間昭和四十一年七月三十一日まで、賃料一箇月一坪一円三十銭毎月末日払――但し、賃料はその後数次の値上によつて昭和二十七年十月当時は借地全部で一箇月六百八円となつていた――の約定で賃借した。この賃貸借について原告主張のような解除権留保の特約をしたことはない。仮にさような特約がなされたとしても、その特約は公序良俗に反し無効である。

被告は右のように係争地を賃借したものの当時資金が意のままにならなかつたので、心ならずも本建築は後日に譲ることとし取りあえず本造トタン葺平家居宅一棟建坪六坪のバラツクを建築してこれに居住し、昭和二十三、四年頃下屋を下す程度の建増をしてこれを実測約十坪とし、ひたすら質屋営業再開のため資金調達に肝胆を砕いて来た。そして、昭和二十七年三月頃漸く資金調達の見透もついたので、質屋営業の再開を決意したが、その再開には前掲警視庁各告示の質物保管設備基準に合する質庫を設けることを要するので、被告は既存の木造建物の内四坪を取り壊し、係争地の北西部に鉄筋コンクリートの質庫を建造することとし、同年十月十日頃その工事に着手したのである。

しかしながら、右質庫は間口外法十二尺二寸、奥行外法十尺六寸、床上の高さ外法八尺四寸の極めて小さなものであり、既存の建物に対する作付けの金庫又は冷蔵庫にも比すべきものであるから既存の建物と独立して所有権の目的となるものではなく、既存の建物に従属しこれと運命を共にするものであり、またその限りにおいて存在価値を有するに過ぎないのである。従つて、右質庫を堅固の建物とする見解は謬論であつて取るに足らないものというべきである。

仮に右質庫が堅固の建物としても、被告はその建造工事を原告に無断で初めたのではない。すなわち、被告は前記のように昭和二十七年三月頃質屋営業再開資金の調達に見透がつくと、同月六日原告に対し、近く質屋営業を再開する意図のあること及びその再開許可を得るには前示質物保管設備基準に合する質庫を既存建物内に附設することを要する旨を伝え、その工事の施行及び質庫は鉄筋コンクリート造とすることについて原告の承諾を得たのであり、原告は同様の承諾を同月十四日及び同年十月十二日にも被告に与えたのである。被告が原告主張のような仮処分の申請をしたのは、原告は曾て地代の受領を拒絶したことがあり、地代を受領するようになつてからも正規の受領証を交付しないというような態度を持続しているのであつて、原告は右の承諾にも拘らず何時その態度を豹変し被告の工事妨害の挙に出るかも測られなかつたからである。被告が右仮処分の申請をしたことは断じて原告が右のような承諾をしたことの反証となるものではない。

仮に被告の右工事が堅固の建物の建築工事であり、且つ、これについて原告の承諾がなかつたとしても、原告の本件賃貸借の解除は権利の濫用である。(一) 被告が本件質庫の築造を企図したのは、自らの意思によるものではなく、取締官庁の公益的見地に基く要請によるものである。(二) 係争地の借地権とその地上の建物は被告一家の唯一無二の財産である。(三) 係争地は八重洲口の東北一丁余呉服橋交叉点に近く、その借地権の時価は坪二、三十万円と称されているのであつてこれを単なる住宅の敷地として置くのは経済上極めて不利益である。一方、被告は先に指摘したように戦災に遭うまで長い間係争地で質屋営業をしていたものであり、罹災後質屋営業再開までの暫定的職業として昭和二十三年四月十七日から帝国人絹株式会社庶務係として勤務しているのであるが、齢六十二歳に達し既に定年退職の時期であるから係争地で前歴を生かし質屋営業を再開する以外に生活の途は立たないのである。(四) 本件質庫は先にも指摘したように木造の既存建物と運命を共にするものであつて、その建物が滅失朽廃したとき又はこれを収去しなければならなくなつたときはそれだけを残しても何の意味もないものであるから、その建造は地主に対し、格別の不利益又は損害を及ぼす筋合のものではない。(五) 原告は本件宅地を所有しその表通で麻雀業及び印刷業を営み多大の収益を挙げており、係争地を自ら使用する必要はないのである。以上諸般の事情を斟酌すると、本件賃貸借の解除は被告の犠牲において原告に少くとも二、三百万円の不当の利益を生ぜしめるものであつて、著しく信義と社会正義に反するものとする外はないから権利の濫用として無効たるべきである。

これを要するに、仮に本件賃貸借について原告主張のような特約があつたとしたところで、昭和二十七年(ワ)第八一〇九号事件の原告の請求は何らいわれのないものであり、却つて、被告は係争地について、同年(ワ)第八八四九号事件の請求の趣旨記載のような賃借権を有し、原告は係争地について被告が右請求の趣旨記載のような行為をすることを認容する義務を負つているのである。

と述べた。<立証省略>

三、理  由

訴外小松原煥が昭和二十一年七月一日被告に対しその所有の係争地を普通建物の所有を目的として賃料一箇月一坪一円三十銭の約定で賃貸したこと、原告が昭和二十三年十二月中本件宅地を小松原から譲り受けると共に、被告との合意で右賃貸借上の賃貸人の地位を承継したこと及び賃料がその後数次の値上によつて昭和二十七年十月当時係争地全部で一箇月六百八円となつていたことは当事者間に争がなく、また、右賃貸借に当つて原告主張の(ロ)乃至(ホ)の特約がなされたことは成立に争のない甲第一号証によつて明白である。証人奥川サダはその尋問で、期間の点についてはその後小松原の土地管理人酒井英男からこれを二十年とする旨の承諾を得たと供述するけれども、この供述はたやすく信用し難く、その他に期間を二十年とする合意のなされたことを認めるに足る証拠はない。被告は右各特約は公序良俗に反すると主張するけれども、建物の所有を目的とする土地の賃貸借にあつて、賃借人に竪固の建物の築造を許すか否か、また、既存の建物(証人小松原庚子恵の証言によると、原告主張の建坪十坪位の木造平家建物は本件賃貸借成立前に被告が地主の小松原に無断で建築していたものであることが明かである。)についてその増改築又は大修繕を許すか否かは賃貸借の存続期間、建物の耐用年数契約の更新、賃借人の買取請求等について借地法上賃貸人に重大な利害関係を生ずるものであつて、借地法もこれらの点についての当事者の合意を否定するものではない(いな却つて、借地法は竪固の建物の築造は当事者の合意によつて始めて許される趣旨の規定までもしている)から、原告主張の竪固の建物の築造、増改築又は大修繕禁止の特約は毫も公序良俗に反するものではないというべきである。建物の所有を目的とする土地賃貸借の期間の点に至つては、借地法の施行される地区においては原則として当事者の合意によつてこれに反する定めをすることは許されないけれども、係争地が被告の主張するように今次太平洋戦争における罹災地であつて、被告がその地上の罹災建物の罹災当時の借主として小松原に係争地の借地を申し込みその承諾を得たものである以上、その際に定められた賃貸期間を十年とする旨の当事者の合意は罹災都市借地借家臨時処理法第五条の規定によつて有効と認める外はない。原告主張の(ロ)乃至(ホ)の特約を公庁良俗に反し無効とする被告の主張は到底採用することができない。

次に、被告は原告主張のような建築工事をしたことを認めて右は前段認定の特約に違反するものではないと主張するからその当否について按ずるに、

(一)  右工事は原告主張のように竪固の建物の建築工事というべきか否か、

思うに、右工事が当事者間に争のないように、原告主張の既存の建坪十坪位の木造平家建物の北西部の約四坪を取り壊し、その跡地を堀り返し、鉄筋コンクリートで土台固めをし、その上に三坪位の鉄筋コンクリート造の建造物を築造する工事である以上、その工事自体が土地に竪固な工作物を設置する工事に外ならないことは疑問の余地がないけれども、その大きさが間口外法十二尺二寸、奥行外法十尺六寸、床上の高さ外法八尺八寸のものに過ぎないことは原告が明かに争わないからこれを自白したものとみなすべきところ、更に成立に争のない乙第十二号証と証人菅野好雄、奥川サダ、秋元巌雄の各証言とを綜合すると、被告は原告主張の建物で質屋を開業せんことを欲しているのであるが、そのためには右建物内に警視庁で定めた規格に合致する竪固な質物格納庫を必要とするので前記工事を始めたのであり、その工事完成の上は格納庫の上に木造の二階家を作り、これを既存の木造建物(取壊し残部の建物)と連結し一棟の建物とすることを企てているのであつて、その間独立せる竪固の建物を建築せんとする意思を有するものではないことが認められ、これが反証はないから右工事は結局一棟の木造建物の内の台所や湯殿の部分を、その用途による早急の腐朽を防ぐために竪固にしつらえる工事若しくは工場内に機械を竪固に設置する工事にも比すべきものというべきである。ただ、本件ではこの工事が完成するにおいてはその場合に現出する建物は建坪九坪位が竪固の建物たる外観を呈することとなるべきであるから、その建物については一部竪固のものとしての登記申請がなされこれが受理されて登記上一部竪固な建物とされる虞がないではないが、これが実体にして前認定のようである以上その建物はなお全体として木造建物の域を脱しないものと認めるを相当とするから、前記工事を以て竪固の建物の建築工事とする原告の主張は採用することができない。

(二)  前記工事は原告主張のように増改築工事とはならないか、

右工事が増改築工事であることは前段の認定によつて明白であろう。けだし、既存の平家建物の半分近くを取り壊し、その跡に二階風の建築工事をするのが増改築工事であることは言を待たないところであるからである。

被告は右増改築については原告の承諾を得たと主張し、証人後藤角蔵及び奥川サダの各証言中には概ねこれに符合する供述があるけれども、右各供述は証人酒井英男の証言及び当事者間に争のない「被告が右増改築工事の開始に先き立ち原告を相手方としてその工事妨害禁止の仮処分決定を得た事実」(被告主張のような承諾があつたとすればかような決定を得る必要はない。恐らくはかような決定を得ることは想到もされなかつたであろう)と対照してたやすく信用し難く、その他に右承諾の事実を肯定するに足る証拠はない。

して見ると、被告が前認定の増改築工事をしたのは冒頭に認定した増改築禁止の特約に違反するものであつて、原告がこれを理由として昭和二十七年十月二十日附翌二十一日到達の書面で被告に対し本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした(この点に当事者間に争がない)のは正当であつて、右賃貸借はこれによつて終了したものといわなければならない。

被告は主として利害均衡の観点に立つて原告の右契約解除は権利の濫用であると主張するけれども、権利の行使がその濫用となるか否かは、利害の均衡よりもむしろ権利者の主観における法秩庁を紊すような悪意、すなわち、そのような悪意が法律上一般に容認されるにおいては平和な社会生活が恐威を受けることとなるような悪意の有無に求めなければならない。けだし権利に対応する義務は一般に不利益をその内容とするものであつて権利者と義務者との関係においては利害の均衡ということは初めからあり得ないからである。(但し、法が利害の観点に立つて権利を是認せんとしている場合、例えば「正当の事由」を権利発生の要件としているような場合は別論である)。しかして、この観点に立つて本件を見るに、本件契約解除が被告に重大な損害を及ぼすことは、ことの性質上これを領解するに難くないけれども、被告の前認定の特約違反行為が原告に重大な利害関係のあることもまた先に指摘したとおりであつて、右解除が原告の前説示のような悪意に出たものであることは被告の全立証によつてもなおこれを肯定するに足らないから、被告の権利濫用の抗弁は採用の限りでない。

さすれば、被告は原告に対し係争地をその上にある原告主張の物件(係争地上に原告主張のような物件のあることは上来の認定を通じて明かである)を収去して明け渡す義務を負う外、賃借人が賃貸借の終了による賃借物返還義務を履行しないときは賃貸人は特段の事情のない限り従前の賃料と同額の損害を蒙るものと認めるべきであるから、前認定の本件賃貸借解除の日の翌日である昭和二十七年十月二十二日から右明渡の済むまで一箇月六百八円の従前の賃料と同額の損害を賠償する義務をも免れ得ないものといわなければならない。

よつて、被告に対し右各義務の履行を求める原告の請求は正当として認容すべきであるが、被告の請求はこれと相容れないものであつてその理由のないことが明瞭であるから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条の各規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!