大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)8311号 判決

原告 吉田貞太郎 外一名

被告 日本放送協会

一、主  文

原告らの請求をそれぞれ棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

二、事  実

原告ら訴訟代理人は、「被告は各原告に対し金五十万円ずつを支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「被告は日々ニユースその他の出来事等を放送することを業とする法人であるが、昭和二十七年十月五日ごろ、被告の東京第一放送午後九時のニユースとして、「千葉県船橋市宮本町一丁目六十四番地吉田貞太郎六十歳、内縁の妻漆原シゲ五十七歳の夫婦は共謀のうえ、千葉館山、銚子方面より本年六月以降今日まで二百名に及ぶ婦女子を誘拐し、これらを東京特飲店、鳩の街吉原その他各方面へ五千円から一万円の手数料を取り売飛ばしたことが発覚し、警視庁少年保護課にこのたび検挙され、両名とも送検された」という趣旨の放送が行われた。

しかしながら、右放送内容中、原告らの住所、氏名、年齢及び身分関係を除く部分はすべて虚偽の事実であつて、原告吉田は同二十八年三月二十四日に市川簡易裁判所で職業安定法違反罪により罰金一万円に処せられたに止まり、しかも、右のように短期間内に多数の婦女子を僅か金五千円ないし金一万円で売買することができるとは常識上考えられないことである。もつとも、原告吉田は戦前婦女子周旋業を営んでいた関係上、気の毒な人を数名紹介したことにより前に警視庁で取調べを受け、送検されたことはあるが、右放送にいうように婦女子を誘拐して売り飛ばしたことはないのに、右放送の内容は、原告らがこのような極悪非道の犯罪を犯したかのような印象を与えるものであつた。果して右放送を聞き驚いて見舞いのため原告方を訪れた知人は多数に上り、原告らは数日間これらの見舞客に接して生きた心持もなかつた次第で、いまなお、心身ともに以前のような軽快さを覚えず、右放送により原告らの受けた精神上の打撃は甚大で、もはや社会から葬り去られたような心境となり、名誉も信用も失つてしまつたと悲痛の極に達した。

右放送の内容は、被告の被用者である取材記者が虚偽の事実を内容とすることを知りながらこれを取材したものであり、仮にそうでないとしても、右取材記者においてその取材に当りニユース提供者に対し右ニユースの真否を確める義務があるのにこれらを怠つた過失に基く取材の結果である。また、前記放送に用いられた放送原稿は、被告の被用者である編集人において右ニユースを編集するに当り、右ニユースの内容からしてそれが虚偽の事実であることを認識すべきであるのに、不注意によりこれを認識しないで編集したものである。従つて、前記虚偽の放送は、右取材記者の故意又は過失と右編集人の過失とが競合したために行われたものであつて、結局、右取材記者及び編集人が被告の業務執行中にした不法行為であるから、被告は使用者として右不法行為により原告らの受けた精神的苦痛を慰藉すべき義務がある。

ところで、原告吉田と同漆原は内縁の夫婦であつて、原告吉田は当時生命保険代理業を営み、現在は不動産売買仲介業により約二十五万円の年収があるほか、資産としては合計金百三十五万円に上る動産及び不動産を有し、原告漆原は無職ではあるが、なお資産として合計七十一万円の動産及び不動産を有している。これらの事情からいつて、原告らの受けた前記精神的苦痛に対する慰藉料の額はそれぞれ金二百五十万円をもつて相当とすると考えられるがとりあえず、被告に対し慰藉料としてそれぞれ内金五十万円ずつの支払いを求めるため本訴請求に及んだ」と述べた。

被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、

「原告ら主張の事実中、被告が放送事業を営む法人であること、原告吉田が婦女子周旋業をしていたことがあつて、本件放送前にも警視庁で取調べを受け送検されたことがあることは認めるが、その他の事実はすべて争う。すなわち、

昭和二十七年十月六日午後九時十分にニユースとして関東地方一円に放送された内容は、「東京の警視庁少年課では、千葉県船橋市宮本町の無職前科四犯、吉田貞太郎六十歳と妻シゲ五十歳の二人を児童福祉法ならびに職業安定法違反の疑いで検察庁に送りました。調べによりますと、吉田夫婦は、夫が生命保険の外交員をやつているため顔が広いのを利用して去る六月ごろからもぐりの周旋業を始めました。そして茨城県土浦市のある農家の娘さんをはじめ、東京都内や近県の農村漁村の貧しい家庭の娘さん達三十二人を東京都内の特殊飲食店に五千円から一万円の手数料をとつて売り飛ばしていたものです。なお、吉田は去る五月にも同じような疑いで検挙されたことがあり、吉田の手で売られた娘さんは二百人に上つています」というものであつて、右放送の趣旨は、原告ら両名が取調べを受けた事実とその嫌疑の内容をそのまま何らの粉飾をも加えることなく報道したに過ぎない。右ニユースの取材に当つた被告の被用者である訴外野依秀之及び編集に当つた訴外鈴鹿醇太郎は、直接原告らの取調べに当つた係官より取調べの事実を発表され、さらにこれを慎重に確めたうえで放送したものであつて故意はもちろん何らの過失もないから、被告には原告ら主張のような賠償義務はない。

仮に、右放送の内容が原告ら主張どおりのものであつたとしても、原告吉田はすでに同種の前科を重ねて来たものであつて、右放送により損害を蒙つたとしても、その額は僅少で、同原告の本件慰藉料額の算定は不当である」と述べた。

<立証省略>

三、理  由

被告が放送事業を営む法人であることは当事者間に争いがない。成立に争のない乙第一号証に証人鈴鹿醇太郎の証言を考え合せると、昭和二十七年十月六日に被告の東京第一放送午後九時十分のローカール・ニユースとして被告主張のような内容の放送が行われたことを認めることができ(右放送が被告の東京第一放送として行われたことは被告の明らかに争わないところである)、証人塚原謹録の証言に徴し真正に成立したと認められる甲第一号証及び同証人証言中、右認定に反する部分は右事実認定の資料とした各証拠と対照して直ちに信用し難く他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告らは、昭和二十七年十月五日ごろに被告の東京第一放送午後九時のニユースとして原告ら主張のような趣旨の内容の放送が行われたと主張するけれども、証人塚原謹録の証言(前記の信用しない部分を除く)によると、原告らの婦女子売買周旋に関する放送が行われたのは、当時一度だけであつたことが認められるので、原告らが虚偽の放送として主張する放送は、結局原告主張のような内容ではなく、被告主張の右に認定したような内容の放送を指すものであると解するのを相当とする。

そこで、右放送が原告ら主張のような虚偽の事実を内容とするものであつたかどうかの点はしばらく別として、右放送に際し、被告の被用者である取材記者及び編集人に原告主張のような故意又は過失があつたかどうかについて検討しよう。

右放送の内容となつたニユースが被告の被用者である訴外野依秀之においてこれを取材し、また、右放送に用いられた放送原稿が被告の被用者である訴外鈴鹿醇太郎においてこれを編集したものであることは被告の自陳するところであるけれども、右野依秀之において右ニユースの内容が虚偽の事実であることを知りながらこれを取材したと認めるに十分な証拠はない。また、前記乙第一号証ならびに成立について争いのない乙第二号証に証人野依秀之、同鈴鹿醇太郎の各証言を考え合わせると、右野依秀之は東京警視庁記者クラブ詰めの放送記者として、昭和二十七年十月六日昼ごろ、同庁少年課保護係の原田警部補から捜査資料に基いて、前記認定の放送内容とその趣旨において同一内容の取材資料を入手にてメモにとり、同警部補からすでに新聞記者に発表済みであることを聞いたが、なお、同課の古内警部(発表係)から、右取材したメモの内容が同課において報道用として作成していた資料の内容と同一である旨の確認とその報道の許可を受けたうえ、右取材メモどおりを電話で被告の報道局取材部に送信したこと、右取材の方法は警視庁において日常一般に行われている方法であること前記鈴鹿醇太郎は編集人として取材部より右取材記事を受け取り警視庁より取材されたものとしてその内容を検討し、字句に若干の訂正を施したうえ、放送原稿として編集したこと及び右野依と鈴鹿はいずれも原告らとは当時まで何ら面識なく、前にも同種のニユースを取り扱つたことがあつて、右取材記事につき別段の疑義を抱かなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて前記認定の放送内容は、原告ら両名が警視庁少年課において取調べを受け送検されたこと及びその嫌疑の内容を同課の発表どおりに報道したに止まるものというべく、右認定の事実に徴すれば、前記野依秀之及び鈴鹿醇太郎において右ニユースの取材及び編集に当り、その真否を確めるについて通常払うべき義務を尽したものと解するのを相当とする。

原告らは、前記放送内容にいうような短期間内に多数の婦女子を僅か五千円ないし一万円で売買することができるとは常識上考えられないことであると主張するけれども、右放送内容の「五千円から一万円の手数料をとつて売り飛ばしていた」とある部分は、その内容自体からいつて「手数料をとつて売買の周旋をしていた」という趣旨であることが明らかであり、また「吉田の手で売られた娘さんは二百人に上つています」という部分も、その前後の脈絡から考えると、要するに数多くの人身売買の周旋が原告吉田によつて今日までになされたという趣旨に解されるのである。それゆえ原告らの右主張も採用し難い。

果してそうだとすれば前記野依秀之及び鈴鹿醇太郎において前記ニユースの取材ないし編集に当り、原告ら主張のような故意又は過失があることを前提として被告に対し損害賠償を求める原告らの本訴請求は、その他の争点について判断するまでもなく、すでにこの点において失当であることを極めて明かであるからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 石橋三二 西村法)

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