大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和27年(人)1号 判決

請求者 松本艶子

拘束者 深田善信

一、主  文

請求者の請求を棄却し被拘束者両名を拘束者に引渡す。

手続費用は請求者の負担とする。

二、事  実

請求者代理人は「被拘束者らを釈放しこれを請求者に引渡す」旨の判決を求め請求の理由として次の通り述べた。

「被拘束者らは請求者と拘束者間に生れた嫡出子であり被拘束者美恵子は昭和二十三年一月十日生、被拘束者満は昭和二十四年一月八日生である。拘束者は性怠惰であり、しかも兇暴性と昂奮性とがあり妻子を顧みず屡々請求者に暴行傷害を加える等のことがあつたため昭和二十七年二月十日協議離婚することとなり、その際被拘束者両名の親権者を請求者と定め同年四月十日届出を了した。被拘束者両名は共に小児結核で病弱であるため昭和二十六年十月頃より世田谷区上馬町三丁目九百五十九番地永塚エイ(請求者の伯母)方において雇人百瀬千代、同滝口順子の看護の下に請求者が養育し最近は体力も回復して両人とも駒沢幼稚園に通つていた。拘束者は前記離婚後住居がないため便宜上右永塚エイ方に宿泊していたが、昭和二十七年四月九日被拘束者両名が駒沢幼稚園より帰宅し百瀬千代らと共に昼食中これを拉致し何処かへ連去つた。請求者は憂慮にたえず拘束者の親戚縁故を隅なく調査したが効なく拘束者に拘束場所を追究したが明かさない。拘束者は結局病弱な被拘束者らを親権者の監護より離脱せしめその自由を不当に拘束しているものであるから請求者は右幼児らの釈放を求めるため本件請求に及んだ。」

拘束者代理人は主文第一項と同旨の判決を求め次の通り答弁した。

「拘束者は昭和二十一年十二月より訴外永塚エイの経営する新宿三丁目二十九番地菓子商「喜文」の支配人として勤務し、翌二十二年五月右永塚エイの姪なる請求者と結婚し二児(本件被拘束者)をもうけたこと、右二児が小児結核で病弱であること、拘束者が右二児を昭和二十七年四月八日(九日にあらず)従来の住所たる世田谷区上馬町三丁目九百五十九番地より他に移転せしめたこと、以上の事実は相異なきもその他の点は争う。尤も昭和二十七年二月中拘束者は請求者と離婚する旨合意したことがある。然しその後拘束者は二児の将来を考え離婚の意思をひるがえし請求者の義兄土屋忠秋その他の者を通じ右離婚の合意を取消した。それのみでなく同年三月十八日内容証明郵便で請求者に対し右取消の意思を確実に表明した。然るに請求者は拘束者の不知の間にその意に反し勝手に離婚届を作成して同年四月十日離婚の届出をしたのである。それより前拘束者は昭和二十六年八月頃より二児と共に前示世田谷区上馬町三丁目九百五十九番地家屋に居住し、拘束者の母深田ハナを二児の看護のため呼寄せ暮していたが、昭和二十七年一月に至り請求者及び永塚エイは二児のよくなついている右深田ハナを追払い、又拘束者を疎外し二児を拘束者の愛撫より引離して右住所より他に隠匿しようとした。請求者は右の如く不当の仕打に出たのみならず元来請求者は変質にして狂暴性あり二児を顧みず放縦であるから拘束者は二児を請求者にゆだねるのは教育上によろしくないと考え、これを肩書場所なる拘束者の妹の居宅に移し祖母の前示深田ハナの看護の下に保護しているのである。即ち拘束者は決して被拘束者らの自由を拘束しているのではなく親権者として正当に監護しているものである。」

<立証省略>

三、理  由

証人永塚エイの証言、請求者本人の尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第四号証によると被拘束者らは小児結核を病い生来虚弱であるが、右永塚エイ及び請求者らの努力により体力を回復したこと、被拘束者らは昭和二十六年八月頃よりは永塚エイが被拘束者らの療養所として買求めたところの世田谷区上馬町三丁目九百五十九番地の家屋に居住し、昭和二十七年四月頃は永塚エイの雇人たる百瀬千代、滝口順子の看護の下にあつて、附近の駒沢幼稚園に通い平安な生活をしていたこと、拘束者はこの状況にある二児を右永塚エイや請求者の意思に反し同年四月八日連出し現在の居所に移したことが認められる。尤も拘束者本人尋問の結果によると拘束者は被拘束者らを所謂監禁の如き状況においているのではなく、拘束者の親戚の者らの手により出来うる限りの保護を加えていることを認めうる。然し従来の平静な環境より突然他に移されたことは未だ東西をわきまえることも不可能な幼児らにとり、そのこと自体不幸といわなければならないのみならず、拘束者本人尋問の結果でも明かな通り、拘束者は現在職を失い不安定な生活状況にあり、その両親の深田ハナの家庭も生活に余裕あるものではないから将来永く本件二児を養育することは容易でないことが窺われる。従つて結局被拘束者らは当分請求者の監護の下におくことが適当であると一応認められるのである。

然しながら乙第一号証の一、二及び請求者本人尋問の結果によると拘束者はその主張の通り請求者に対し一旦承諾した離婚の意思表示を昭和二十七年三月十九日確実に取消したことを認めうる。従て同年四月十日なされた協議離婚の届出当時拘束者は右離婚の意思なくその届出は無効であり、請求者と拘束者との婚姻関係は未だ解消していないといわねばならぬ。それならば請求者のみが本件被拘束者らの親権者とはなし難く請求者及び拘束者が共同で親権を行使すべき状況にあるものとなさざるを得ない。以上の事情からすると拘束者が被拘束者らを連出し現在の状況においていることは単純に第三者が幼児をその親権者の監護より離脱せしめ自由を奪つた事件と同一視することはできない。

被拘束者らが請求者を慕つていることは明であるが拘束者に懐いていることも本件審問の全趣旨により十分看取できるところである。しからば本件は結局家事審判法或は人事訴訟手続法によつて救済を受くべき事案であり、人身保護法第二条、人身保護規則第四条に救済を受くべく定められているところの拘束が違法になされていることが顕著な場合に該当しないものと解するのが相当である。

よつて請求者の本件請求を理由なきものとして棄却し、手続費用の負担につき人身保護法第十七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 谷口茂栄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!