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東京地方裁判所 昭和27年(行)135号 判決

原告 斎藤郁太郎

被告 東京都農業委員会

一、主  文

別紙目録の(イ)、(ロ)の土地に対する宅地買収計画について昭和二十七年四月二十四日原告がした訴願を、同年六月十六日棄却した被告の裁決は、右(イ)の土地中別紙図面表示のA、B、C、Dを結ぶ線で囲まれた四十三坪五勺の部分に限り、これを取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、他の一を被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「別紙目録の(イ)、(ロ)の土地に対する宅地買収計画について、昭和二十七年四月二十四日原告がした訴願を、同年六月十六日棄却した被告の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

別紙目録の(イ)、(ロ)の土地は原告の所有に属し、原告が現に住んでいる宅地に接続している土地である。原告は右土地を訴外渡辺初太郎に賃貸していたが、江戸川区農業委員会(農業委員会法施行前の江戸川区農地委員会、以下すべて江戸川区農業委員会と呼ぶ)は、右渡辺が右土地の買収を申請したに対し、これを相当と認めて、自作農創設特別措置法第十五条第一項の規定による宅地買収計画を定め、昭和二十七年三月十七日その旨を公告した。原告はこれに不服で、昭和二十七年三月二十六日江戸川区農業委員会に異議の申立をしたが却下されたので、同年四月二十四日被告(農業委員会法施行前の東京都農地委員会、以下同農地委員会を指すときもすべて被告と呼ぶ)に訴願したが、被告は同年六月十六日訴願棄却の裁決をした。

しかしながら、自創法第十五条第一項によつて買収できる宅地は農地改革によつて自作農となるべき者が買い受けた農地の耕作上必要欠くべからざるものであることを要する。この必要性は極めて高いものでなければならないこと、宅地等の附帯買収制度の目的からいつて当然のことである。ところで渡辺初太郎は、従前田四反、畑一畝を所有耕作していて、今次の農地改革によつて合計一反九畝二十一歩の農地(田)を買い受けた者であるが、同人が住んでいる家屋の敷地(本件土地に接続している)には、約三十坪の空地があるばかりでなく、渡辺は右家屋の向い側に道路を隔てて約十五坪の空地を所有しており、その農業経営上必要とする空地は十分あるわけであるから、そのうえ更に本件土地を必要とするとはいえず、いわんや渡辺が農地改革によつて買い受けた前記土地の農業経営上、本件土地が必要欠くべからざるものであると認むべき理由はない。また渡辺は、本件土地の一部に約十六坪の物置小屋を建築所有しているが、これを理由に、本件土地を附帯買収の目的とすることは、根拠に乏しい。

仮りに本件土地のうち、渡辺がその買受農地を経営するうえに必要な部分ありと認めることができるとしても、少くとも(イ)の土地中主文第一項記載の四十三坪五勺の部分(以下これを(イ)の(甲)と、その余の部分を(イ)の(乙)と呼ぶ)は、渡辺が主として野菜を作つているにすぎない土地であるから、この部分までも必要なりとして買収することは、とうてい許されないことである。

のみならず、渡辺は前記のとおりの農地を所有耕作しているのであるが、同人は農業と漁業を兼ね営み、その収益は農業三に対し漁業七の割合であつて、毎年五月一日から主食の配給を受けている兼業農家である。渡辺の農業経営は副次的なものにすぎない。されば渡辺は、その主たる所得を農業以外の職業から得ているものというべく、この点からしても、本件土地を自創法第十五条の附帯買収の目的とすることはできない。

なお原告は、本件土地を従前どおり渡辺に賃貸しておくつもりであるから、渡辺がひきつづき本件土地を使用するについて何の支障もなく、特にこれを買収して同人に売渡すべき実際上の必要もないのである。

いずれにせよ、本件土地は自創法第十五条第一項によつて買収すべき根拠がないのであるから、本件宅地買収計画は違法であり、従つてこれを維持して原告の訴願を棄却した被告の本件裁決もまた違法たるを免れない。よつてその取消を求める。

かように述べた(立証省略)。

被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

別紙目録の(イ)、(ロ)の土地がもと原告の所有に属し、渡辺初太郎が原告から賃借していた土地であつたこと、江戸川区農業委員会が渡辺の申請により、右土地について自創法第十五条第一項の規定による宅地買収計画を定め、原告主張の日にその旨公告したこと、原告が右買収計画に対しその主張の日に江戸川区農業委員会に異議の申立をしたが却下され、更に原告主張の日に、被告に訴願したが、訴願棄却の裁決を受けたこと、渡辺が農地改革によつて合計一反九畝二十一歩の農地(田)を買い受けた者であること、渡辺が本件土地に接続している土地に住宅を持つていて、その向い側に道路をはさんで約十五坪の空地を所有していること、また本件土地の一部に約十六坪の物置小屋を持つていること、原告主張の(イ)の(甲)の部分は渡辺が野菜の作付にも利用しており、その面積が四十三坪五勺であること、渡辺は専業農家でないことは認めるが、その余の原告主張の事実は否認する。

本件土地は渡辺初太郎が農地改革による買受農地を経営するうえに必要欠くべからざるものであり、その申請を相当と認めて、自創法第十五条第一項によつて定めた本件宅地買収計画は適法である。以下その根拠を明らかにする。

渡辺は農地改革による買受農地を合せて田四反二畝二十歩畑一畝歩を耕作しているが、この水田から普通の年で反当玄米六俵、合計二十五俵の収穫を挙げている。その収穫時期に稲乾、脱穀、籾乾等の作業を行うためには、かなりの空地が必要である。渡辺は従来本件土地をこれらの作業場に充てて来た。

本件土地のある葛西地帯は、俗に江東デルタ地帯と呼ばれ、海面よりも低い。渡辺が耕作している水田も、水はけが悪く膝を没するほどの湿田であつて、刈取つた稲は屋敷まで運搬して、屋敷内の空地や本件土地の空地に「おだ」と呼ぶ柵を設け、これに稲を掛けて乾燥しなければならない。そして四反二畝余の水田から刈取つた稲を乾燥するためには、少くとも延百二十坪位の土地が必要である。しかるに渡辺の住宅敷地四十四坪には建坪二十坪の住宅があり、道路をはさんで向い側にある約十五坪の空地はコンクリート造りの肥料溜があるばかりでなく、漁業についても使用している土地であつて、全部を利用できる空地ではなく、結局渡辺が利用することのできる空地は、本件土地の空地部分を合せて六十六坪くらいしかないので、渡辺は稲乾のため利用し得る十分な空地をもたないことになり、しばしば道路の一部までも使用せざるを得ない状態である。脱穀についても、本件土地にある物置小屋附近で行う必要がある。脱穀した籾は比較的重いので、その収納作業上物置に最も近い場所を選んで行う必要があるからである。次に脱穀した籾は莚にひろげて数日間乾燥するのであるが、籾一俵四斗を乾燥するためには莚五枚が必要であり、従つて籾五十俵(籾五十俵が玄米二十五俵になる)を乾燥するためには延二百五十枚の莚が必要である。これだけの莚をひろげるためには延百二十五坪の空地が必要である。渡辺が本件土地を合せてもなお十分な空地をもつていないこと、前に述べたと同じことである。そして本件土地のある葛西地帯では、気候風土、副業等の関係から、主として早生種の水稲を栽培するのが慣例であり、渡辺方でも同様であつて、全耕作地からの刈入、稲乾、脱穀、籾乾等一連の作業は、毎年九月中旬頃同時に行わざるを得ず、そのため他地方の農家に比べてよけいに空地を必要とするのである。されば渡辺が農地改革による買受農地を含めて、その農業経営を支障なく行うためには、本件土地を合せてもなお空地が不足であり、本件土地は必要欠くべからざる土地である。渡辺が本件土地中(イ)の(甲)の部分に夏の期間中野菜を作つているのは、空閑地利用の意味で土地を有効に使つているだけのことであるから、この事実をとらえて、右部分の必要性が少いということは誤りである。

のみならず、渡辺が本件土地の一部に持つている約十六坪の物置小屋は、農業経営に必要な農機具、肥料等の収納、収穫物の取入保存のため欠くべからざるものであるから、本件土地中その敷地部分は、この点からしても渡辺の農業経営上必要なものといわなければならない。

なお渡辺が農業経営のかたわら漁業(海苔の栽培)を営んでいることは原告のいうとおりであるが、かような農漁兼業の状態は、渡辺のみならず葛西地方の一般的傾向である。そして渡辺は農業の副業として、「よしず」の原料たる葭をとる茅刈場約六反歩を経営しているが、この副業収入は農業所得とみるべきである。この副業収入を加えて、渡辺の年間所得の割合をみると、農業収入七割、漁業収入三割であるから、渡辺は主たる所得を農業によつて得ているということができる。しかも海苔漁業は天候に支配されることが多く、昭和二十三年度のごときは収穫皆無に近い状態であつた。渡辺の漁業収入を重くみることはできない。

以上のとおり、本件土地は、渡辺が農地改革による買受農地を含めて農業経営を行ううえに必要欠くべからざるものであるから、渡辺の申請を相当と認めて定めた本件買収計画は適法であり、従つてこれを維持して原告の訴願を棄却した被告の本件裁決もまた適法であると述べた(立証省略)。

三、理  由

別紙目録の(イ)、(ロ)の土地が原告の所有に属し、渡辺初太郎が原告から賃借していた土地であつたこと、江戸川区農業委員会が渡辺の申請により、右土地について自創法第十五条第一項の規定による宅地買収計画を定め、昭和二十七年三月十七日その旨公告したこと、原告が右買収計画に対し同年三月二十六日江戸川区農業委員会に異議の申立をしたが却下され、同年四月二十四日被告に訴願したが、同年六月十六日訴願棄却の裁決を受けたこと、渡辺初太郎は農地改革によつて合計一反九畝二十一歩の農地(水田)を買い受けた者であることは、当事者間に争いがない。

ところで自創法第十五条第一項によつて同項所定の宅地建物等を買収するためには、その宅地建物等が、農地改革によつて自作農となるべき者の農業経営全般のために必要であるというだけでは足りず、その買収農地を経営するうえに必要欠くべからざるものであることを要する、と解するのが相当である。従つて、自作農となるべき者の従前からの耕作地の経営のために主として利用され、買収農地の経営のためには副次的に利用されるに過ぎないような宅地建物等は同条同項による買収の対象とすることはできない、といわなければならない。副次的に利用されるにすぎない宅地建物等まで同条によつて買収することができることになると、たまたま農地改革によつて自作農となつた者が、他の然らざる農業経営者に比べて、不当に有利な扱いを受ける結果になるおそれがあり、かくては耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるために自作農を創設し、また土地の農業上の利用を増進する、という同法の目的を逸脱することになるからである。

さて、本件宅地が渡辺初太郎の住宅敷地と地続きの土地であつて渡辺がその一部に約十六坪の物置を所有していること、渡辺は右住宅の向い側に道路をはさんで約十五坪の空地を所有していること、本件(イ)の土地中主文第一項に示した(甲)の部分に、渡辺が夏の間野菜を作つており、その面積が四十三坪五勺であることは、当事者間に争いがない。そして証人斎藤実、渡辺初太郎の各証言及び検証の結果を合せ考えると、次の事実を認めることができる。

本件土地はもと渡辺初太郎の先代が所有していたが、明治十九年頃原告の先代がこれを買い受け、爾来渡辺方でこれを賃借して使用して来た土地である。渡辺方では農地改革の実施前に約八反歩の田畑を耕作(自作及び小作)していたが、農地改革が行われるに当り自ら進んで所有者に返還した小作地があり、農地改革によつて合計一反九畝二十一歩の水田を買い受けて、結局現に耕作している水田は全部で四反二畝二十歩である。本件土地は右渡辺の買受農地と十五、六間の距離にあり、その(ロ)及び(イ)の(乙)の部分にまたがつて農機具等を収納するための約十六坪の物置があり、これに続いて風呂場井戸の設備があるほか、他はおおむね空地になつている。渡辺方では、(イ)の(甲)の部分を、収穫期には主として「おだ」と呼ぶ柵を設けて稲乾場として使い、また籾乾場として使つたこともあるが、収穫期を除いては野菜を作つたり、冬期には海苔の乾燥場として使つて来た。これに対し(ロ)の空地部分は、渡辺の住宅敷地に接続し、これと前記物置との間に在つて、その位置形状からいつて脱穀、籾乾等の農作業を行うために恰好の作業場となつており、渡辺方でもこれらの農作業を行うために、その住宅敷地の空地及び道路向い側の空地とともに、右部分を使用して来た。(イ)の(乙)の部分は前記物置の敷地である。一方、「おだ」は必らずしも住家の附近に設ける必要はなく、附近の農家は一般に水田に設けており、また籾の乾燥は、通常数回に分けて行い、渡辺方でも同様であつて、たいてい一度に莚四、五十枚をひろげる程度である。

かように認めることができる。他に右認定を動かし、被告主張のように、渡辺が前記農作業を行ううえに本件土地全部を合せてもなお十分な空地を持つていない、という事情を認めるに足る証拠はない。

してみると、本件土地中、(イ)の(甲)の部分は、渡辺が農業を経営するについて、その利用方法上他の土地を以て替えることも可能な土地であつて、その必要性はさほど大きい土地ではないと認めることができるに反し、(ロ)の部分及び(イ)の(乙)の部分は、渡辺の農業経営上必要欠くべからざる土地である、と認めるのが相当である。農機具、農作物の収納保存のための場所であり、その他附随的な農作業を行うための場所である物置が、農業経営上不可欠の施設であることは明らかなことであり、従つてその敷地もまた不可欠の土地というべく、また、右(ロ)の空地部分は、渡辺が前認定の農作業を行ううえに極めて重要な土地であるからである。そして渡辺の買受農地がその耕作面積中相当部分(全耕作地四反二畝二十歩中買受農地は一反九畝二十一歩)を占める本件の場合に、渡辺の農業経営全体のために必要不可欠の土地は、とりもなおさずその買受農地を経営するうえにも必要不可欠の土地であり、その必要性の程度に差異はないというべきである。

次に証人渡辺初太郎、斎藤実の各証言を合せ考えると、渡辺方では海苔漁業をかなり大規模に営んでおり、相当の収益を挙げているけれども、また茅場も経営していて、その収益と田畑を耕作することによる収益とを合せると、海苔漁業による収益より若干多いことを認めることができる。証人斎藤実の証言中、右認定に反する部分は採用することができない。

従つて、渡辺方の主たる所得が農業以外の職業から得られているとみることは相当でなく、渡辺が海苔漁業をかなり大規模に営んでいる点をとらえて、自創法第十五条第二項第一号の附帯買収をすることができない場合にあたる、とすることはできない。

なお原告は、本件土地を引続き渡辺に賃貸しておく意思ありというが、耕作者たる渡辺の地位を安定し、自作農となつたことの成果を十分に発揮させるためには、やはりその買受農地の経営上必要欠くべからざる土地と認めることができる部分については、これを買収して渡辺の所有に帰せしめることが適切である、といわなければならない。そして本件買収計画の全部を通じて、これを違法とすべき事情は、他に見出だすことができない。

してみると、渡辺の買収申請に応じ、江戸川区農業委員会がこれを相当と認めて定めた本件宅地買収計画中、渡辺が買受農地を経営するうえに必要欠くべからざるものと認められる(イ)の(乙)及び(ロ)の部分は適法であるが、右要件を欠くものと認められる(イ)の(甲)四十三坪五勺の部分は違法である、といわなければならない。従つて原告の訴願を棄却した被告の裁決もまた、(イ)の(乙)及び(ロ)の部分については適法であるが、(イ)の(甲)の部分については違法たるを免れないことになるわけである。

よつて被告のした本件裁決中(イ)の(甲)四十三坪五勺の部分についてはこれを取り消し、原告のその余の請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)

(目録省略)

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