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東京地方裁判所 昭和27年(行)143号 決定 1958年3月26日

原告 長野県罐詰興業株式会社 外一名

被告 関東信越国税局長

主文

被告が原告長野県罐詰興業株式会社に対し昭和二十七年四月十一日付でなした審査決定は、これを取消す。

被告が原告長野罐詰興業株式会社に対し昭和二十七年四月十一日付でなした審査決定は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

原告長野県罐詰興業株式会社(以下原告旧社と略称する)は訴外長野税務署長から昭和二十六年八月二十三日付で昭和二十四年度分随時税として同年四月以降十一月迄の原告旧社篠の井工場分物品税金九七〇万七二三〇円、同年一月以降十一月迄の同長野工場分物品税金三〇〇万一八二〇円を各賦課する旨の決定を受け、原告長野罐詰興業株式会社(以下原告新社と略称する)は同署長から右同日付で昭和二十四年十一、十二月の原告新社篠の井工場分物品税として金三四四万四九二〇円、同期間中の同長野工場分物品税として金六四万七九二〇円を各賦課する旨の決定を受けた。そこで原告両社はいずれも被告に対し昭和二十六年十月五日付で審査の請求をなしたが、それぞれ昭和二十七年四月十一日付でみぎ審査の請求を棄却する決定を受け、いずれも同年五月三十日頃その旨の通知を受けた。しかし原告両社はかかる決定を受けるいわれがないので、その取消を求める。

二、被告訴訟代理人等は先ず本案前の答弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

原告らが本訴において取消を求める被告の審査決定は、いずれも昭和二十七年四月二十四日迄に被告から各原告に通知されたものである。しかるに原告らが本訴を提起したのは同年八月十三日であるから、本訴は三箇月の出訴期間の経過後に提起された不適法なものである。

すなわち、被告は本件各審査決定の通知書を長野税務署長に委託して昭和二十七年四月二十一日原告新社篠の井工場内の同社長野県事務所宛に郵便により発送させたので、右各通知書はいずれも同月二十四日迄に右事務所に到達した。当時同事務所の責任者高田芳雄は事務所長と称し、原告らの税務に関する諸事務につき税務官庁と折衝する権限を原告らから与えられていたのであるから、右の通知書の送達は原告らに対して効力を有するものである。仮に同人が原告らの税務処理に関する代理権を有しなかつたとしても、同人は一般に他から原告らに対する文書を接受する等の受方代理権を与えられていたものである。仮にそうでないとしても、原告新社は篠の井工場内に同社長野県事務所の看板を掲げ、事務室その他の物的施設を整えて人員を配し、独立した一機構としての形態を完備し、前記高田芳雄にその総括者として事務所長の名称の使用を許し、同人をして同社と現地所在官公署との折衝に当らせていたのであるから、原告新社は対外的に同人に対し文書受領の代理権を与えたことを表示していたものである。従つて民法第一〇九条及び商法第四二条の適用ないし類推により、前記の送達は原告新社に対して効力を有するものである。仮に以上の主張が容れられないとしても、少くとも右高田は原告新社の事務所長として同社のため取引先との交渉や現地地方自治体当局との地方税に関する折衝等をする権限を与えられていたのであるから、被告は同人が国税に関する本件決定の通知書を受領する代理権をも有すると信じたのであり、かつ、かく信ずるにつき正当な理由があつた。従つて民法第一一〇条の適用により、前記の送達は原告新社に対して効力を有するのである。また、原告旧社は、原告新社が設立された直後の昭和二十四年十一月二十五日解散したのであるが、解散前から篠の井工場内に長野県事務所を設け、外部との折衝につき受方代理権を含む広汎な代理権をその総括者たる事務所長に与えていた。そして原告旧社の解散と共に右の事務所の物的施設も人的機構もそのまま前記原告新社長野県事務所に引継がれたのみならず、原告旧社と原告新社も名称が異る以外は経営主体の変更に伴う変化は実質的にも形式的にも外部からは何ら認められず、原告新社自身も単なる名義の変更と称したことがある程で、原告両社は社会的には全く同一組織と認められた。従つて被告は原告両社を同一視した結果、原告新社長野県事務所長が原告旧社の代理権をも有すると信じたのであり、かつ、かく信ずるにつき正当の理由を有したものであるから、民法第一一〇条の適用により、前記の送達は原告旧社に対しても効力を有するのである。

右の点に関し原告らの審査請求に関する各委任状が被告に送付されたとの原告らの主張事実は認める。

三、原告ら訴訟代理人は被告の本案前の答弁に対し次のとおり陳述した。

被告主張事実中原告新社が篠の井工場内に長野県事務所を設け高田芳雄を同事務所の所長に任命していた事実及び本件審査決定の通知書が長野税務署長から原告新社長野県事務所に送付された事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。原告新社長野県事務所は原告新社の長野県下の各工場の生産及び業務に関する事務と各工場間の連絡事務等を取扱う目的で設置したものであつて、原告両社の支店でも出張所でもなく、同事務所所長に本件審査請求に関する代理権を付与したことも、被告に対し同所長に代理権を付与したと告げたこともない、のみならず、原告らは本件審査請求に際しては原告らの各本店事務所から直接関係官庁に対して書類を送付し、審査請求書にも各本店所在地のみを記載し、被告その他の関係官署からも本件審査決定通知書以外の審査関係書類はすべて原告ら各本店事務所に直送された。しかも原告らは本件審査請求に関する件を弁護士竹上半三郎及び同坂本忠助に各委任し、右の各委任状を被告の傘下の協議団に提出し、本件審査決定の際には右の書類は全部被告に送付されていたのであるから、被告は原告らが本件審査請求に関しては右両名に代理権を付与していた事実を知つていたのである。それにも拘らず被告は敢て前記長野県事務所に本件審査決定の通知書を送付したのであるから、同事務所に右通知書が送付されたのみでは決定通知の効力は生ぜず、右の通知書が同事務所から原告ら各本店事務所に廻送された昭和二十七年五月三十日頃に始めて右の効力が生じたと言うべきである。仮に被告主張の諸事実が存したとしても、民法第一一〇条は私法行為についてのみ適用されるべきであつて、本件のような行政行為の場合には適用されるべきでない。

四、被告訴訟代理人等は本案につき「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁として次のとおり陳述した。

長野税務署長及び被告が原告ら主張のとおりの各決定をしたことは、いずれも認める。

原告両社は物品税法(昭和二十四年法律第二八六号による改正前のもの。以下同じ。)第一条第一項第一種戊類第七五号該当のジヤム並びに同第八九号該当の罐詰及び壜詰食料品(以下本件物品と称する)を両社篠の井、長野両工場において製造し、これを移出していたところ、それぞれ別紙第一表ないし第四表記載の各月間に原告両社各篠の井工場及び長野工場において右各表「移出総額」欄記載の価格(税抜)の本件物品を移出した。したがつてこれに対する物品税額は右各表「同上税額」欄記載のとおりである。しかるに原告両社は右移出につき正規の帳簿に記帳をせず、所轄長野税務署長に対し物品税法上の申告をしないか、又は右第一、第三各表「申告月日」欄記載の日に同「申告移出額」欄記載の価格(税抜)の本件物品を移出した旨申告したのみで、その余の移出物品については申告をしなかつた。右申告移出価格に対する物品税額は別紙第一表及び第三表中「申告税額」欄記載のとおりであるから、原告両社の不申告税額は両社各篠の井工場分については右各表「不申告税額」欄記載のとおりであり、両社各長野工場分については別紙第二表及び第四表中「同上税額」欄記載のとおりである。よつて長野税務署長は原告両社の各不申告税額の両社各移出工場別の合計額を課税するために原告ら主張の各課税処分をなしたのは正当であり、被告が右課税処分につきなされた審査の請求を棄却した本件各審査決定も正当である。

なお、前記各移出価格及び申告移出価格は、いずれも原告各社が統制額をこえて現実に販売した税込価格から算出したものであり、その内訳は別紙第五表記載のとおりである。

五、原告ら訴訟代理人は被告の本案に関する主張事実を全部認めると述べ、本件物品については当時いずれも物価統制令に基く統制額があつたものであるから、物品税の課税標準は右の統制額によつて定めるべきである、と主張した。

六、証拠<省略>

理由

一、被告は本件訴が出訴期間経過後に提起されたものであると主張するので、先ずこの点について判断する。

被告が原告両社に対しそれぞれ昭和二十七年四月十一日付で審査請求棄却決定をした事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証の一(原告新社宛審査決定通知書)、同号証の二(原告旧社宛同上)及び乙第一号証(受領証)の各記載に証人久保登、同高田芳雄(但し後記措信しない部分を除く)及び同竹上半三郎の各証言を総合すると、前記各決定の原告両社宛通知書は被告が前記同日付でこれを作成して長野税務署に送付し、同署係官久保登が同年四月二十一日、原告新社篠の井工場内の同社長野県事務所に持参してこれを当時の同事務所所長高田芳雄に交付し、右高田は同年五月二十九日頃に至り漸くこれを東京都港区田村町所在の原告新社本店事務所に廻送し、原告旧社から本件審査請求につき一切の代理権を与えられていた竹上半三郎はその頃右同所において同原告に対する通知書の到達を了知した事実を認定することができ、前記証人高田芳雄の証言中右認定に反する部分は措信し難い。

右の事実によれば原告らが本件各審査決定の通知を受けた日はいずれも昭和二十七年五月二十九日頃であると言うべきである。そして本件訴状は同年八月十三日当裁判所に提出されたことが本件記録上明らかであるから、本件訴はいずれも国税徴収法(昭和二十七年法律第二六八号による改正前のもの。以下同じ)第三一条ノ四第二項所定の出訴期間内に提起された適法なものである。

被告は前記原告新社長野県事務所長高田芳雄(以下単に事務所長と称する)に対する本件各決定の通知書の送達の日をもつて出訴期間の起算日とすべきことを主張し、その理由として、先ず事務所長は原告らから原告らの税務事務の処理につき一般的な代理権を与えられていた旨主張するが、成立に争いのない乙第二号証(町税額分割納計画の件と題する書面)の記載によれば、事務所長は昭和二十七年四月二十一日篠の井町長に対し原告新社社長と打合せを重ねた上滞納町税の分割納付計画を定めた旨を報告した事実を認め得るのみであつて、右の事実のみをもつてしては事務所長が原告両社の税務処理一般につき代理権を与えられていたものとは認め難く、他に右の被告主張事実を認めるに足りる証拠は存しない。のみならず、前記証人高田芳雄の証言によれば、当時事務所長は原告両社を代表すべき権限を有せず、又税務事務に関しては原告新社の取扱う給与所得の所得税の納付についてのみ代理権を与えられていた事実を認めることができるので、被告の右の主張は採用し得ない。

次に被告は事務所長が一般に他から原告らに対する文書を接受する等の受方代理権を与えられていた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠も存しない。もつとも、証人寺沢和好の証言によれば、篠の井町当局は原告旧社の解散前は同社に対する町税の徴税令書を同社長野県事務所宛に送達し、解散後は原告新社に対する町税の徴収令書を同社長野県事務所宛に送達し、又原告らに対する各差押処分につき差押調書謄本を原告新社長野県事務所宛に各送達した事実を認め得るが、他方同証人の証言によれば篠の井町当局から事務所長に対し原告両社の滞納町税の分納について照会したところ、返答を得られないので直接本社に照会した事実を認めることができ、又証人小松正作の証言によれば、昭和二十六年原告新社の労働組合の争議に際し篠の井労働基準監督署係官が事務所長に対し通知したが応答がないため、結局本社に書面で通知をした事実のあることを認め得るので、これらの事実を総合すると、事務所長が一般的な受方代理権を与えられていたと認めることはできない。

更に被告は民法第一〇九条、商法第四二条又は民法第一一〇条の適用ないし類推を主張するが、国税徴収法第三一条ノ三第四項所定の審査の決定の通知は、審査の請求をした者に対し審査機関の不服申立に対する判断の結論及びその理由を示すとともに、これに不服である者に対しては出訴という最後の争訟方法を与えるものであり、殊に同法第三一条ノ四第二項の規定による三箇月という短期の出訴期間の開始を示す重要な意義を有するものであつて、国家機関が私人と対等な立場に立つて行う取引と異り、その優越的地位に基いて行う一方的な権力発動的行為である。従つてかかる重要な行政行為たる右の通知は、私人の権益保護の上からも、直接本人又は特に右の通知の受領権限を与えられた者に対して行うことが必要である。しかるに前記の各規定は、私人間の意思表示に介在する代理権が表見的なものである場合に、右の意思表示の効果を誰に負わせるかという責任の分配を定めた規定であつて、法律上対等な当事者間の損失負担の公平をはかる趣旨のものであるから、もとより審査決定の通知に適用もしくは類推すべき性質のものではない。殊に本件においては、成立に争いのない甲第九号証の一、二(原告らの各委任状)の各記載及び証人竹上半三郎の証言によれば、原告らは本件審査請求に関する件につき弁護士兼税理士竹上半三郎及び弁護士坂本忠助を代理人に選任し、その委任状を被告傘下の協議団本部に提出した事実を認め得るので、原告らが本件審査請求について法律専門家である右両名に委任した以上、原告らは右両名以外の者は代理人としない旨を被告に対して表明したと解することもできるのであるから、被告が右の事実を無視して決定通知書を事務所長に送達し、表見代理の規定の適用を主張することは許されるべきでない。

従つて、本件各審査決定の通知が事務所長に対する通知書の送達によつて効力を生じたとする被告の主張は、爾余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないと言わなければならない。

二、本件各決定の適否について

長野税務署長が原告両社に対しそれぞれ昭和二十六年八月二十三日付で原告ら主張のとおりの各決定をした事実及び被告が原告らの右決定に対する審査請求に対し原告ら主張のとおりの各決定をした事実は当事者間に争いがなく、又原告両社が篠の井工場及び長野工場から別紙第一表ないし第四表の各「移出総額」欄記載のとおり被告主張の物品を移出したにも拘らず、右第一、第三各表中「申告移出額」欄記載の価格相当の物品以外の物品(その内訳は別紙第五表記載のとおり)の移出については、これを正規の帳簿に登載せず、物品税の申告も納税もしなかつた事実及び右移出価格はいずれも統制価格を超過する価格であつたところ、長野税務署長は右各実移出価格をそのまま物品税の課税標準価格とした事実は、いずれも当事者間に争いがない。

しかしながら統制額の定めのある物品については物品税の課税標準価格は該統制額によるべきであるから、長野税務署長の右の各決定はこの点において違法たるを免れない。なお証人北村千秋の証言によれば原告新社は昭和二十四年十一月頃物価庁長官から統制額を超えた特例価格をもつて本件物品の一部を販売する許可を受け、右の特例価格によつて移出した事実のあることを認め得るが、右の特例価格の許可の内容及び特例価格による移出品の内訳については何らの証拠も存しないので、右の各決定のうち適法な部分を特定することができないから、右の各決定が全面的に違法であると認めざるを得ない。

従つて長野税務署長の各決定を認容して原告らの審査決定を棄却した被告の本件各審査決定もまた違法たるを免れない、よつてこれを取消し、訴訟費用は敗訴当事者たる被告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

(別表省略)

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