大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和27年(行)3号 判決

原告 瀬森利彰

被告 通商産業大臣

一、主  文

長野県採堀権登録第一〇〇号なる硫黄鉱採掘権の抹消登録について、瀬森理助が昭和二十六年六月二十九日にした異議申立に対し、被告が同年七月十三日に与えた却下決定の取消を求める原告の請求は、これを棄却する。

東京通商産業局長が昭和二十五年一月十日にした前項の採掘権の抹消登録処分の取消を求める原告の訴は、これを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「長野県採掘権登録第一〇〇号なる硫黄鉱採掘権の抹消登録について、瀬森理助が昭和二十六年六月二十九日にした異議申立に対し被告が同年七月十三日に与えた却下決定は、これを取り消す。東京通商産業局長が昭和二十五年一月十日にした右採掘権の抹消登録処分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に対して、次のとおり述べた。

原告の亡父瀬森理助(昭和二十六年十二月二十五日死亡)は、明治二十九年三月六日以来、長野県採掘権登録第一〇〇号なる長野県北安曇郡北小谷村字湯原の硫黄鉱区採掘権をもつていた。理助は昭和二十四年十月中、右採掘権に対する課税を免かれるためしばらく休山しておこうと考え、東京通商産業局にその手続を照会したところ、同局から書式を添えて抹消登録の申請をすべき旨回答があつた。かような手続をよく知らなかつた理助は、休山と同じ結果になるものと誤信して、昭和二十四年十一月二十日附で関東信越地方商工局長宛に右採掘権の抹消登録の申請をした。そしてこの申請にもとづき東京通商産業局長は昭和二十五年一月十日右採掘権の抹消登録をした。理助は休山手続をしたのみであるから採掘権自体はなお存続しているつもりでいたが、その後になつて右採掘権は抹消登録により消滅していることを伝え聞き、驚いて東京通商産業局に照会したところ、昭和二十六年六月七日同局から、右採掘権は昭和二十五年一月十日附で抹消登録を終えているから理助の採掘権は消滅しているとの回答があり、理助ははじめて本件採掘権が抹消登録によつて消滅したものとして扱われていることを知つた。そこで理助は、昭和二十六年六月二十九日被告に対し、右抹消登録は理助が錯誤(抹消登録をすることは休山することと同じであると考えた錯誤)によつてした本来無効の申請にもとずいてされたものであることを理由として、抹消登録処分に対する異議の申立をしたところ、被告は同年七月十三日法定期間を徒過した不適法な異議申立であるとしてこれを却下し、その却下決定書は同年七月十八、九日頃理助に送達された。

しかし鉱業採掘権に関する登録を終えたときは、所管官庁は、旧鉱業登録令施行細則(明治三十八年農商務省令第一八号)第三十二条第二項の定による登録済通知書を登録権利者に交付しなければならないのに、本件採掘権の抹消登録がされた昭和二十五年一月十日当時、登録権利者たる理助に対してその旨の通知はなく、理助は抹消登録の事実を知らなかつたのである。被告主張の、通知内容の記載事項中登録権利者を理助と表示し、名宛人を原告とした本件採掘権の抹消登録済通知書(乙第二号証と同じ形式のもの)が、被告主張の頃までに原告の許に届いたこと、当時親子たる理助と原告の肩書現住所に同居していたことは認めるが、右通知書は登録権利者たる理助宛に出すべきものであり、原告は理助に代つてこれを受領すべき権限をもつていなかつたのであるから、原告宛に通知があつても、登録権利者たる理助に対して適法な通知があつたとは言えない。このことは被告のいうように通知書の宛名が誤記であつても同じことである。従つて本件異議申立期間は、理助が東京通商産業局に照会して、本件採掘権が抹消登録ずみなる通知を受けて、はじめてその事実を知つた昭和二十六年六月七日から起算すべきであつて、同日から三十日以内(新鉱業法第百七十一条)である昭和二十六年六月二十九日にした理助の異議申立は適法であり、これを不適法とした被告の決定は違法である。

次に、さきに述べたように、理助が錯誤によつてした本件採掘権の抹消登録の申請は本来無効のものであり従つてこの申請を前提とする前記抹消登録処分は、違法なものとして取消さるべきである。

原告は理助の長男であつて、昭和二十六年十二月二十五日理助の死亡により、外五名の相続権者と理助の権利義務を共同相続したが、他の相続人は全部昭和二十七年四月九日適法にその相続を放棄したから、原告は理助の権利義務の単独承継人として、被告に対し、本件異議申立却下決定の取消と本来採掘権抹消登録処分の取消とを求める(抹消登録処分の取消を求めるについては、被告はその処分をした東京通商産業局長の上級行政庁であり、本件異議却下決定の取消と併せてこれを求めるにつき当事者適格ありと考える)。

かように述べた(立証省略)。

被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

原告の亡父瀬森理助が原告主張の頃からその主張のような採掘権をもつていたこと、原告主張の頃理助から本件採掘権に対する課税を免れるため休山するについての手続の問合せがあつたのに対し、東京通商産業局係員が税金を免れるためには廃業による抹消登録の申請をするようにと申請様式を添えて回答したこと、理助が原告主張の日附で関東信越地方商工局長宛に本件採掘権の抹消登録の申請をし、これにもとづいて東京通商産業局長が原告主張の日に本件採掘権の抹消登録をしたこと、理助からの照会に対し、東京通商産業局係員が昭和二十六年六月四日附で本件採掘権は抹消登録ずみであるから消滅している旨回答したこと、理助が原告主張の日に被告に異議の申立をし、被告が原告主張の日これを法定期間を徒過した不適法な異議申立であるとして却下し、その却下決定書が原告主張の頃理助に送付されたこと、原告は理助の長男であつて、その主張のような事情で、昭和二十六年十二月二十五日死亡した理助の権利義務を単独で承継したことは認めるが、その余の原告主張の事実は争う。

東京通商産業局長は本件採掘権の抹消登録をするとともに、昭和二十五年一月十三日旧鉱業登録令施行細則第三十二条第二項に定められた登録済通知書(乙第二号証と同じ形式のもの)を、登録権利者たる理助に交付すべく郵送し、その通知書は遅くとも同月二十日までに理助の許に届いた。

右通知書の名宛人は原告となつていたが、実際は理助に宛てたものであつた。それは次の事情による。すなわち、本件採掘権の抹消登録申請書は、原沢製薬工業株式会社から東京通商産業局に郵送されて来たのであるが、同封の書面に、原告から提出を頼まれたのであるから必要な通知は原告宛に願いたいと記されていた。また申請書を入れた封筒の裏面には原告の名が書かれていた。そこで東京通商産業局係員は、理助宛に出すべき前記通知書の宛名を、誤つて原告宛に書いて出したのである。かようなわけで本件登録済通知書は、形の上では原告がその名宛人になつていたのであるが、しかし、その裏面の通知内容の記載事項中登録権利者欄には理助の名が書いてあり、しかも当時親子たる理助と原告とは原告の肩書住所に同居していたのであるから、形式上原告が名宛人とされていても、実際は登録権利者たる理助に宛てた通知書であることが容易に理解できたはずである。かような場合には、旧鉱業登録令施行細則第三十二条第二項の定める登録済通知書の交付が、登録権利者たる理助に対して適法にされたというべきである。

しかるに理助は、右通知書の交付を受けた後、旧鉱業登録令第七十条の三十日の異議申立期間経過後である、そして新鉱業法(昭和二十五年法律第二八九号)施行後である昭和二十六年六月二十九日になつてはじめて本件異議申立をした。旧鉱業登録令施行細則第三十二条第二項の規定によつてした登録済通知書の交付は、新鉱業登録令施行規則(昭和二十六年通商産業省令第四号)附則第三項により、同規則第四十条第一項の規定によつてしたものとみなされる。従つて本件異議申立は、新鉱業法第百七十一条によつても、処分の通知後三十日の異議申立期間を徒過した不適法なものである。されば被告が、理助のした本件異議申立を、法定期間を徒過した不適法なものとして却下したことに違法はない。

次に原告が、本件採掘権の抹消登録処分の取消を求めることは、失当たるを免れない。第一に、抹消登録処分をしたのは東京通商産業局長であつて被告ではないから、処分庁でない被告に対してその取消を求めることはできない。第二に、本件抹消登録処分に対する異議申立が法定期間の徒過を理由に却下された以上、適法な異議申立を経たことにならず、登録処分の取消を求めるについて行政事件訴訟特例法所定の出訴要件を欠くものであるから、不適法として却下さるべきである。第三に、本件抹消登録処分は、理助の適式な申請にもとづき、旧鉱業登録令の規定に従つてされたものであるから、何の違法もない。登録官吏は、登録権利者の申請にもとづいて登録に関する処分をするにつき、形式的審査義務を負うにすぎず、実質的審査権をもつていないのであるから、申請者の内心の意思如何によつて登録の効力を争うことは許されず、申請が原告主張のような錯誤にもとづくものであるにせよ、前記抹消登録処分は適法である。いずれにせよ原告の請求は理由がない。

かように述べた(立証省略)。

三、理  由

原告の亡父瀬森理助が原告主張の頃からその主張のような採掘権をもつていたこと、理助が昭和二十四年十一月二十日附で関東信越地方商工局長宛に右採掘権の抹消登録を申請し、これにもとづいて東京通商産業局長が昭和二十五年一月十日本件採掘権の抹消登録をしたこと、理助が昭和二十六年六月二十九日被告に対し、右抹消登録処分について異議の申立をしたに対し、被告が同年七月十三日法定期間を徒過した不適法な異議申立であるとしてこれを却下し、その却下決定書が同年七月十八、九日頃理助に送付されたことは、当事者間に争いがない。

よつてまず右異議申立が法定の期間内になされたものであるかについて、判断する。

東京通商産業局長が右抹消登録処分をするとともに、昭和二十五年一月十三日旧鉱業登録令施行細則第三十二条第二項の規定による登録済通知書(乙第二号証と同じ形式のはがき)を原告に宛てて発し、それが同月二十日までに原告の許に届いたことは当事者間に争いがなく、乙第四号証の一ないし四(真正にできたことに争いがない)を合せて考えると、本件採掘権の抹消登録申請書は、原沢製薬工業株式会社が原告の依頼によつて東京通商産業局鉱山部分室宛に郵送したのであつて、同封の書面には、原告から右申請書の提出を頼まれたのであるから、以後必要な通知はすべて原告宛に願いたいと記されてあり、また同封の申請書を入れた別の封筒(抹消登録申請書がはいつていた)の裏面には、原告の住所氏名が書いてあつたこと、そこで東京通商産業局の係員は登録済通知書の宛名を原告名義にしたものである、と認めることができる。

ところで、右通知書の内容をなす裏面の記載事項中登録権利者欄には登録権利者たる理助の名が書いてあつたこと、当時親子たる理助と原告は原告の肩書住所に同居していたことは当時者間に争いがないのみならず、乙第三号証(真正にできたことに争いがない)によると、理助は税務官署から昭和二十四年度鉱区税の督促状を受け取つた後、昭和二十五年三月二十六日附葉書で、長野県北安曇地方事務所の吏員に宛て、本件採掘権は昭和二十五年一月十日廃業による抹消登録ずみであるから右鉱区税を免除されたき旨申し出たことを認めることができる。

以上認定の諸事情を合せ考えると、次のとおり認めるのが相当である。即ち、理助は本件採掘権の抹消登録申請書を提出するについて自らその手続をせず、すべて原告にさせたのであり、その結果原告名義の封書にさそわれ、また原告から更に依頼を受けた原沢製薬工業株式会社の文面に気をとられて、誤つて本件抹消登録済通知書の名宛人が原告と表示されたのである(理助はかような誤りの原因を与えたのであるから、これを忍ばなければならない)、しかし右通知書は、実際は登録権利者たる理助に宛てたものであり、そのことは登録権利者欄の記載と対照して容易にわかる状況にあつた、原告と同居していた理助は右通知書が原告の許に届いたときその内容を了知した、と。右認定を動かすに足りる証拠はない。

かような場合には、本件抹消登録済通知書が原告及び理助の住居に郵送されたときに、旧鉱業登録令施行細則第三十二条第二項所定の登録権利者たる理助に対する抹消登録済通知書の交付があつた、とみるべきである。従つて理助が本件採掘権の抹消登録処分に不服であれば、旧鉱業登録令第七十条により、右通知を受けた時から三十日の期間内に異議申立をすべきであつたのである。

しかるに理助は右の申立期間を徒過し、新鉱業法施行後である昭和二十六年六月二十九日本件異議申立に及んだのであるが、新鉱業法第七十一条においても異議申立期間は登録に関する処分の通知を受けた日から三十日間と定められており、旧鉱業登録令施行細則第三十二条第二項によつてした登録済通知書の交付は、新鉱業登録令施行規則附則第三項により、同規則第四十条第一項の規定によつてしたものとみなされるのであるから、本件異議申立は新鉱業法の規定によつても、申立期間を徒過した不適法なものであるといわなければならない。そして理助が正当の事由によつて右の異議申立期間を守ることができなかつたことについては、何等主張立証がない。されば被告が理助のした本件異議申立を法定期間を徒過した不適法な申立として却下したことは正当である。

原告が理助の長男であつて、その主張のような事情で昭和二十六年十二月二十五日死亡した理助の権利義務を単独で相続承継したことは、当事者間に争いがないが、被告が理助の異議申立に対して与えた却下決定が適法である以上、その取消を求める原告の請求は理由がない。

次に本件採掘権の抹消登録処分の取消請求について。

本件抹消登録処分に対する理助の異議申立が法定期間を徒過した不適法なものであつたことは、さきに説明したとおりであるから、原告が本件抹消登録処分の取消を求めるについては、適法な前審手続を経ていないことになり、従つてこの点の訴は、行政事件訴訟特例法第二条の出訴要件を欠くわけである。本件抹消登録処分の取消を求める原告の訴は、不適法として却下を免れない。

よつて原告の請求中、本件異議却下決定の取消を求める部分はこれを棄却し、本件採掘権の抹消登録処分の取消を求める部分は訴を却下し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!