東京地方裁判所 昭和28年(ヨ)7409号 判決 1953年12月28日
東京都目黑區上目黑六丁目千三百番地
申請人
鈴木亮平
右代理人弁護士
松井久市
同都同區上目黑三丁目千八百二十番地
被申請人
蛯澤勇次
同所
被申請人
蛯澤長敏
同都北區西ケ原町三百六十四番地
被申請人
中川成夫
右三名代理人弁護士
信部高雄
木原一史
右当事者間の昭和二十八年(ヨ)第七四〇九号職務執行停止、代行者選任仮処分申請事件について、当裁判所は、申請人が被申請人等のため保証として金三十万円を供託することを条件として次の通り判決する。
主文
(1)当庁昭和二十八年(ワ)第八五五六号取締役解任事件の判決確定に至るまで被申請人蛯沢勇次は、東進交通株式会社の取締役兼代表取締役の、被申請人蛯沢長敏及び同中川成夫は右会社の取締役の職務を夫々執行してはならない。
(2)右期間中、取締役兼代表取締役の職務を行はしめるため、
東京都港区赤坂青山南町二丁目四十八番地
弁護士 大島正義 を取締役の職務を行はしめるため、
東京都中央区銀座西二丁目三番地中島ビル内
弁護士 伊能幹一
同都世田谷区玉川用賀町一丁目千三百二十三番地
弁護士 松本光 を夫々職務代行者に選任する。
(3)訴訟費用は被申請人等の負担とする。
事実
申請人代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、その原因として、「
一、申請外東進交通株式会社(以下単に会社という)は、一般貸切旅客自動車運送業を目的として、昭和二十五年十二月二十五日設立された。現在発行済株式総数九万株の株式会社であつて、申請人は六月前より引続き右会社の株式六千株を有する株主であり、被申請人蛯沢勇次は右会社設立以来取締役兼代表取締役、被申請人蛯沢長敏、同中川成夫は同じく設立以来取締役である。
二、被申請人等は、取締役としてその職務遂行に関し、次の如き不正の行為、或は法令、定款違反の重大な事実がある。即ち、
(1)会社設立以来、昭和二十八年七月頃まで一度も正規の株主総会及び取締役会を開催せず、従つて決算報告書を株主総会に提出し、その承諾をうけたことはかつてない。
(2)被申請人等は、定款に特段の定めがなく、しかも株主総会の議決を経ないにもかかはらず、取締役としての報酬を受領している。
(3)自動車運送事業取締法に違反して所謂車輛の名義貸を行つている。
(4)会社の帳簿は、その提出先に応じて、内容の異るものを作り、所謂二重帳簿である。
(5)会社設立以来未だに株券を発行していない。
(6)恣に、会社の株主名簿を書き換え、株主権を否認している。
(7)被申請人蛯沢勇次は、その地位を利用して、会社所有の動産不動産等を橫領している。
被申請人等について、右の如き事実があつたにもかかわらず、昭和二十八年九月十一日会社の臨時株主総会において被申請人等の取締役を解任することを否決した。
三、よつて申請人は、昭和二十八年十月二日東京地方裁判所に、取締役たる被申請人等解任の訴(同庁昭和二十八年(ワ)第八、五五六号)を提起したのであるが、右事件の本案判決確定に至るまでの間、被申請人等が取締役の地位にあるときは、右にのべたごとき不正又は違法の行為を反覆し、会社の存立が危殆に瀕すること明かであるので、右事件の本案判決確定に至るまで、被申請人等の職務の執行を停止し、且つその期間中、その職務を代行すべきものの選任をもとめる。
」とのべ、被申請人等の抗弁事実に対し「
被申請人等主張の如き合意があつた事実及び被申請人等主張の株式譲渡の事実は何れも否認する。
」とのべた。
被申請人等代理人は、「本件仮処分申請を却下する。」との判決をもとめ、申請の原因事実に対し、「
一、申請人主張の一の事実のうち、申請人が六月前より引続き会社の株式六千株を有する株主であることを除きその余は認める。
二、二の事実のうち、会社が設立以来昭和二十八年七月頃まで、一度も正規の株主総会及び取締役会を開催したことがない事実及び、昭和二十八年九月十一日会社の臨時株主総会において被申請人等の取締役を解任することを否決した事実は認めるが、その余は否認する。
三、三のうち、申請人主張の訴が提起されたことは認めるが、その余は否認する。
「とのべ、抗弁として、「
一、申請人等は従前会社の株式六千株を所有していたのであるが、右株式は昭和二十八年九月十五日全部申請外馬淵重に譲渡されたので、申請人は現在会社の株主ではない。従つて申請人は本件仮処分の本案である取締役解任の訴について正当な当事者としての適格を有しないものであるから、本件仮処分申請について正当な当事者としての適格を有しない。
二、申請人所有の株式六千株が右馬淵に譲渡された事情は次の通りである。即ち会社は、タクシー営業は法人に限るという行政上の措置に従つて、永年この営業を行つて来た被申請人蛯沢勇次がこれを再び行うため、その設立を企図したものであつて、設立の際の発起人―申請人もその一人である―及び株式引受人は何人も株金の払込を為さず、結局名目上の発起人或は株式引受人となつたにすぎなかつた。而して、会社が設立された際、各発起人及び株式引受人はその名目上引受けた株式の処分権を会社の取締役会に委る旨の合意をなした。従つて右発起人及び株式引受人等は、会社の業務に直接或は間接に寄与する限りにおいてのみ名目上の株主として会社の任意に定めた株数の株式の保有を認められるに止り、これらの者が会社とこの関係を絶つた場合には、その株式は取締役会の決議により処分され、これらの者は株主なる地位を失うことになつていたのである。申請人は会社設立の際発起人となり、その後取締役として会社の業務に参与し、その限度において六千株を保有していたのであるが、取締役としての行動に遺憾な点が多々あつたので、会社の昭和二十八年七月二十三日開催の臨時株主総会において取締役を解任されるに至つた。そこで会社の取締役会は、当初の合意に従い、申請人に右株式を保有せしめる理由は消滅したものとして同年九月十三日これを馬淵に譲渡して、同人に保有せしめる旨の決議をし、同月十五日これが名義書換を終つたのである。
」とのべた。
疏明(略)
理由
一、申請人の当事者適格について。
成立に争のない甲第二号証に申請人及び被申請人蛯沢長敏の各本人訊問の結果を総合すると、申請人は、被申請人蛯沢勇次と共に、タクシー業を営むことを目的とする東進交通株式会社(以下単に会社という)の設立を企図し、その発起人の一人となつたのであるが、右会社はその設立に当つて、所謂募集設立の方法によつたにもかかわらず、各発起人及び株式引受人においては、各引受株式につき、株金の払込をすることなく、商工財務協力会なるものに依頼して、一時払込金の総額に相当する金員を借入れ、これをもつて全引受株式につき払込があつたものとして設立手続を終了したこと、申請人等がこの様な方法で、会社を設立したのは、行政監督法規上タクシー業は法人でなければならないことになつていたので、申請人等がこれを始める方便としてなされたものであることを一応認めることが出来るが、その際、各発起人及び株式引受人の保有株式の処分権を会社の取締役会に委る合意があつた旨の被申請人蛯沢長敏の本人訊問の結果は後述の理由によつてたやすく措信し難く、その他被申請人等提出の全疏明によるも、被申請人等主張の合意の存在を認めるに足らず、他にこれを認めるに足る疏明はない。一般に申請外会社の如き性格の会社にあつては被申請人等主張の如き合意が、発起人及び株式引受人の間において為されることあるべきことは―その法律上の性質は暫く措く―容易に推知し得るところであるが、申請人の本人訊問の結果によれば、申請人はその引受株式の株金の払込はしなかつたが、会社の設立の前後において、被申請人蛯沢勇次と共に、会社の設立及びその営業のため相当の金員及び借地権を会社に提供していることが一応認められるから、他の純然たる名目上の発起人及び株式引受人はともあれ、かかる関係にある申請人がこのような合意をしたかどうかは大いに疑を容れる余地があるのであつて、この点で被申請人蛯沢長敏の本人訊問の結果を直ちに真実とうけとることができないのである。
してみれば、会社設立の際の合意に基き、申請人所有の株式六千株が処分されたとする被申請人等主張の抗弁はこれを採用するに由なく、従つて申請人は現在六日前より引続き会社の発行済株式総数の百分の三以上に当る株式を有する株主であるといえるから、本案である取締役解任の訴において正当な原告たる適格を有し、従つて本件仮処分申請において当事者適格を有するものと言はなくてはならない。
二、被申請人等を解任すべき事由について。
被申請人等が会社設立以来、取締役であることは当事者間に争なく、又会社が設立以来昭和二十八年七月頃まで一度も正規の株主総会を開催したことがないことも当事者間に争がない。
株式会社が毎年定時総会を開催すべきことは、法律により要求せられているところであつて、取締役が特段の事由がないにもかかわらずこれが招集を怠ることは、まさに商法第二百五十七条第三項に規定する取締役解任の事由としての法令定款に違反する重大な事実と言はなければならない。かかる事由ある以上、申請人主張のその余の事実について更に判断するまでもなく、被申請人等について、一応解任の事由あるものと言はなくてはならない。
三、本件仮処分の必要性について。
右認定の如く、被申請人等について、一応解任の事由が存する以上、本案判決確定に至るまで、被申請人等を取締役として会社の業務を執行せしめることは、会社に不測の損害を生ぜしめる慮あることは、みやすき道理であり、且つこの点は相当な保証によつてその疏明を補充し得るものである。
四、よつて申請人が被申請人等のため保証として金三十万円を供託することを条件として、本案判決確定に至るまで、被申請人等の代表取締役及び取締役としての職務の執行を夫々停止し、その間当裁判所が選任した職務代行者をして、夫々その職務を代行せしめることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項の規定を適用のうえ、主文の通り判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 小川善吉
裁判官 岡田辰雄
裁判官 川上泉