大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(レ)49号 判決

被控訴人が東京都江東区扇橋三丁目十五番地宅地二百十八坪二合三勺につき、木造建物所有を目的とする、期限昭和三十一年九月十四日、賃料月金百十円、毎月末日払とする借地権を有することを確認する。

被控訴人その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

二、事  実

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人の請求はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は

控訴代理人に於て「被控訴人先代の妻初子は控訴人の罹災前の住所を知つていたし、控訴人は本件土地に罹災後管理人をおき立札を建てていたし、隣地には控訴人の借地人三浦清が家屋を建てて居住していたから、被控訴人は控訴人の住所を知り得たのにも不拘控訴人に対し、昭和二十四年頃まで本件借地の使用につき控訴人に対し何等の申出をなさず放置していたものであるから、この点からいつても被控訴人に於て右借地権を暗黙に抛棄したものである。訴外池田六三郎、同瀬下成功に本件土地を賃貸したのは昭和二十二年十一月右瀬下が本件土地上に建物を築造したのは同二十三年四月頃であつて被控訴人が本件土地を見分したと主張する頃はいまだ建物はなかつた」と補述し、

被控訴代理人に於て「本件土地の前借地人鈴木義健は昭和十九年十二月二十三日死亡し、被控訴人は同二十年一月三十一日右鈴木義健の家督相続をした」と補述した外は原判決の「事実」に示すとおりである。

<立証省略>

三、理  由

(一)、本件土地が控訴人の所有であること、控訴人が右土地を亡鈴木義健に対し昭和二年六月二十四日被控訴人主張の如き約旨で賃貸したこと、右土地上に右鈴木義健が木造トタン葺平家建自動車々庫一棟及び木造瓦葺二階建住宅一棟を所有していたこと、右各建物が昭和二十年三月九日戦災により焼失したことについては当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五号証によれば右鈴木義健は昭和十九年十二月二十三日に死亡し、同人の実弟である被控訴人において、同二十年一月三十一日選定家督相続人として、家督相続したものであることが認めらる。そうすると被控訴人の承継した本件借地権は前記約旨により、昭和二十二年六月二十三日まで存続すべきものであつたところ、罹災都市借地借家臨時処理法の施行に伴い、同法第十一条に基き右借地権の存続期間は同三十一年九月十四日まで延長されたわけである。そうして、被控訴人が右借地権に基き本件土地使用の申入を為したのは同二十六年八月十七日であることは当事者間に争のないところである。

(二)、先ず借地権確認の点について検討する。控訴人は右借地使用の申入の為された日まで被控訴人は本件借地権確認の方法を採ることなく、また昭和二十一年九月戦時罹災土地物件令により停止せられていた借地権が復活してから同二十二年十一月まで賃料不払の状況にあるのであつて、罹災後間もなく本件借地権について黙示の抛棄を為したものである旨主張する。よつて前記罹災当時の当事者の住所について調べるに、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は昭和十五年頃より引続き千葉県船橋市本郷町二百十四番地所在の現住所に居住しているものであつて、前記鈴木義健を相続した事実を控訴人に通知したことはなく、罹災当時より現在まで控訴人との交渉は極めて疎遠なものであつたことが窺われる。

当審における被控訴人本人尋問の結果により成立の真正を認め得る甲第七号証によれば鈴木義健の妻初子の右鈴木義健の死亡当時の住所は東京都世田谷区上北沢一丁目二百三十八番地であることが認められるが、罹災後の住所については原審における証人鈴木初子の証言及び前記被控訴人本人尋問の結果を綜合すると右初子は(一時離京したことはあるが)同都世田谷区所在の同女の兄の下に居住していたものであることが認められる。一方控訴人の住所については原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、同人は、東京都渋谷区穏田一丁目九番地に居住していたものであつたが、昭和二十年五月二十四日罹災後住所を移転し、其の後間もなく同都品川区北品川五丁目四百三十一番地の現住所に居住するようになり現在に至つたものであること、また控訴人においては被控訴人の住所及び鈴木義健を被控訴人が相続した事実を知るに由ない事情にあつたことが認められる。右の如く罹災前後においては当事者双方及び鈴木初子の住所はいずれも変動しており、当時の社会事情を考え合せると相互に本件借地権について交渉をすることが容易なものではなかつたことは想像に難くない。しかし、原審における控訴人本人訊問の結果によれば、同人は罹災後同人の住所を借地人に確知せしめ、連絡を採る方法として、罹災せる住居の跡に立札を以て移転先を表示し昭和二十一年五月頃には、住所を探知し得ない借地人との借地関係を明確にすべく、朝日新聞紙上に借地関係継続希望者は申出でられたいとの趣旨を掲載して広告したことが、また原審証人遠藤孫三郎の証言によれば同二十二年頃には控訴人は本件土地附近に住む右遠藤に本件土地の管理を委任して、借地人との連絡の方法を講じていたことがそれぞれ認められ、控訴人の借地人に対する配慮は少なしとしない。他方原審における被控訴人本人訊問の結果によれば、同人は前記昭和二十年三月九日本件土地上の建物が罹災した後本件土地の見分に訪ねたことは窺われるのであるが、当審証人池田誠治郎同瀬下まさ子原審証人遠藤孫三郎の各証言を綜合するとその際控訴人の住所を知るべく、本件借地関係につき積極的に連絡を採る方法に出でたものとは考えられずかえつて前記証人鈴木初子の証言によれば、被控訴人は昭和二十四年頃右初子より本件土地の処理について其の後の状況を尋ねられる以前には控訴人に対して連絡することを考えていなかつたことが、また当審被控訴人本人尋問の結果により成立の真正を認め得る甲第九号証によれば被控訴人は本件土地につき弁護士にその処理を依頼したことはあるが、右依頼は結局所期の目的を達するに至らなかつたものであることがそれぞれ認められる。又控訴人主張の賃料不払の点については被控訴人において支払についての主張立証をしないので、明らかに争わぬものと認め、自白したものとみなす。

以上認定の事実からすると被控訴人は本件借地権につき借地人として望ましい方途を選ぶことなく時日の経過をみるにいたつたことは否めない。しかしながら、罹災都市借地借家臨時処理法第十二条は、土地所有者のために権利を存続させる意思のない借地権者の借地権を整理する途をひらいて、罹災地借地人に対し借地権存続の申出を催告する権利を認めその申出が期間内になかつたとき初めて借地権が消滅するものとし且つ借地権者又はその所在を知ることができない場合は公示の方法で右催告をなし得る途を開いており、従つて土地所有者が同条所定の期間内に右方法による催告をしない限り借地権者が権利確保につき特段の行為に出でなかつたとしても、これがためその権利を失うことはないものといわねばならないし、又同法第十一条により借地権の存続期間が延長されたのは、借地人の罹災に伴う借地関係の不安定な地位を保護し、その地位を安定する趣旨と解すべく、以上の趣旨からいつて権利につき暗黙に抛棄があつたと言うには、単に権利確保の方法を講じないのみではなく権利抛棄の意思を表示したと同等に認め得る客観的事実の存在を要するものと解すべきであり、本件においては、前記認定のように借地人の側から積極的に連絡及び賃料支払の方法を講じなかつたというに止まり、右のような客観的事実の積極的存在を認めるに足る証拠はなく、又右借地権の確認をなすことが権利の濫用であるとする控訴人の主張もたやすく採用し難いから、結局被控訴人において本件借地権の確認を求める請求は理由がある。

(三)、次に宅地引渡の点について控訴人は被控訴人の請求は権利の濫用である旨抗争するので審究するに、控訴人が昭和二十二年頃本件土地の使用を第三者に承諾したことは当事者間に争なく、当時まだ被控訴人との借地関係の帰趨が明確になつていないのにもかかわらず右使用に承諾を与えたことは慎重を欠くきらいはあるが、当時まで被控訴人より何の連絡もなく殊に前段認定の如く控訴人としては被控訴人との連絡に努力したことを考え合せ控訴人に於て被控訴人が借地権の抛棄を為したものであると考えたことは、無理からぬところである。原審証人遠藤孫三郎、当審証人池田誠治郎、同瀬下まさ子の各証言を綜合すると、本件土地を新借地人等が使用し始めた頃は荒凉たる焼土であつて、その焼土を整理し、建物を築造し其の後引続き同所に於て生活を為し、生業に励んで居ることが認められる。ところで罹災都市借地借家臨時処理法第十二条が、土地所有者の催告権を認めたのは、罹災地の権利関係を短期間内に明確ならしめ、必要ある者をして早急に土地を使用せしめることを可能ならしめ併せて罹災都市の急速な復興に資せんとするにあつたことは明白であり、従つて右催告権行使の期間を同法施行の日から二年以内とした趣旨も、真に土地使用を必要とする借地権者は少なくとも二年以内にその使用を開始するであろうことを期待し、二年の後に至るもなお借地権者が使用を開始せず、しかも所有権者はこれを他に賃貸その他の方法をもつて利用することができないような事態は予測しなかつたためであることも亦疑ない。従つて二年の後に至るもなお権利行使の申出をなさず賃料の支払もせず土地使用も開始することのなかつた借地権者は、その借地権を失わないとはいえ、すでに権原に基いて土地を使用する者があるときは、少くともこれらの者に対してその使用を廃止せしめてみずから土地を使用せんとすることは前記法条の趣旨にも反し、徒らに現使用者をして不測の損害を蒙らしめるものであつて、かかる場合借地権者は金銭的補償を受くるは格別、土地所有者又は現使用者に対してみずから土地を使用するためその引渡又は明渡を求めることは妥当でないと解するを相当とする。而して前記証人鈴木初子の証言及び原審、当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人において本件土地使用を必要とする事由は同所に於て金属加工業を経営するにあることが認められるが、前示認定の如く控訴人に対し、早期に借地権行使につき申入れを為し得たのにもかかわらず、その方法をとらずに、借地権が存在するとして昭和二十六年十月十五日に至り本件訴により控訴人に対し本件土地引渡を求めるのは、前記説示の理由からして不当という外ないのみならず被控訴人に右引渡請求を認めることより生ずる利益と、これにより控訴人、借地人等の受くべき損害、権利行使の社会的目的等を考え合せるとき到底正当な権利の行使として認容することはできない。

(四)、結局被控訴人の請求は借地権確認請求の限度において認容し、その余は不当であるからこれを棄却することとし、これと符合しない原判決は不当であるから変更し、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 山本実一 倉田卓次)

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