大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10988号 判決 1955年12月23日

原告 森戸正

被告 林秀

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六万二千円及びこれに対する昭和二十九年一月十一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和二十六年二月二十日、被告からその所有の東京都中央区本石町四丁目十番地にある通称白旗マーケツト南側の四戸建々物のうち東より四軒目の木造アスフアルト防水ラスモルタル塗二階建建物建坪階上、階下各二、八四坪(以下「本件建物」という)を賃料月額金三千円で期間を定めず賃借した。

二、ところで、本件建物は当時外廓があるに過ぎなかつたので、原告は被告の承諾を得て、同年三月十日頃までに別紙目録<省略>記載の設備造作(以下「本件造作」という。)を施し、その費用として金六万二千円を支出した。

三、以上のとおり、本件造作は原告がその権原により、自らの費用で本件家屋に設置したもので、且つ、自らにその所有権を留保したものであるが、被告は昭和二十七年二月末頃本件造作を原告に無断で訴外加藤スミに代金六万五千円で売却し、その占有を取得させたので原告はその所有権を失つた。従つて、被告は金六万五千円を法律上の原因なしに取得し、これがため、原告に金六万二千円の損失を及ぼしたものであるから、原告は被告に対して不当利得金六万二千円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十九年一月十一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の返還を求める。

四、仮りにこれらの設備造作が本件家屋に附合し、原告にその所有権を留保する余地がないとすれば附合によつて原告は前記金員と同額の損失を被つたものであるから、取得者である被告に対して、民法第二百四十八条に基き前記金員の同額の償金の返還を請求する。

五、被告主張の第二項の事実のうち原被告間に被告主張の和解契約が成立したことは否認するが、その余は認める。

六、本件建物の階下は店舗として使用していたが階上は居住の用に供していたのであるから地代家賃統制令にいう「併用住宅」であり同令はかような併用住宅の賃貸借に際し借家権利金の授受ないしその授受を目的とする契約の締結を禁止しているから、被告主張の権利金支払契約は同令違反を目的とする行為であつて無効である。従つて、被告は原告に対し未払の権利金を請求することができない。

被告訴訟代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の第一項の事実は認める。

第二項のうち原告が金六万二千円を支出したことは知らないがその余は認める。

第三項のうち被告が昭和二十七年二月末頃訴外加藤スミに対して本件造作を売却したことは認めるが、その代金は金六万二千円である。その余の事実は否認する。

第四項は否認する。

二、原告は本件建物の賃借に際し、被告に対して権利金十七万円支払うことを約したがそのうち金三万円を支払つたのみで残金十四万円の支払をせず、且つ、昭和二十六年九月から昭和二十七年二月迄の賃料金一万八千円をも支払わなかつた。そこで昭和二十七年二月末頃原被告間に本件建物の賃貸借契約終了に関する和解契約が成立し、被告は原告に対して有する前記権利金残金十四万円及び未払賃料金一万八千円合計金十五万八千円の債権を放棄し、原告は被告に対して、本件建物及びその賃貸借に関する一切の権利を放棄することを約した。従つて原告の請求は失当である。

三、仮りに前項の和解契約が成立しなかつたとすれば、被告は原告に対して前記金十五万八千円の債権を有するものであるから、これをもつて、原告の主張する債権と対等額で相殺の意思表示をする。

四、原告主張の第六項の事実は否認する。本件家屋は店舗であり、従つて、地代家賃統制令の適用を受けないものである。

<証拠省略>

理由

一、原告主張の第一、二項の事実は、本件造作の費用の額を除いて当事者間に争がなく、原告がその費用として金六万二千円を支出したことは、証人渡辺幸一の証言及びこれによつてその成立を認めることができる甲第三号証同第四号証の一から三までによつて明かである

二、次に、被告が昭和二十七年二月末頃訴外加藤スミに対して本件造作を売り渡したことは、当事者間に争がなく、証人加藤スミの証言によれば、その売渡代金は被告の主張するとおり金六万二千円であることが認められる。

原告は本件造作の所有権を目らに留保したと主張するけれども、本件造作は階段、押入、天井、欄間、羽目板等であつて、いずれも家屋の一部分であると認められ、証人渡辺幸一、加藤スミの各証言によれば、これらはいずれもこわさなければ本件建物から除去することができないものであることが明らかであるから、本件造作は本件建物から独立した存在ではなくてその一部をなすものと考えられる。従つて、本件造作の所有権は附合により被告に帰属したものであり、原告は民法第二百四十八条の規定により被告に対してその償金の請求をすることができるにとゞまる。そして、その金額は前記の事実からすれば、金六万二千円であると解せられる。

三、被告は原被告間に和解契約が成立し原告が被告に対して本件建物及びその賃貸借に関する一切の権利を放棄したと主張するけれども、この主張に合致する被告本人尋問の結果は証人加藤スミ、永田孝子の各証言と対比すれば直ちに信用し難く、他にこの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、原告が本件建物の賃貸借に際し被告に対して権利金十七万円を支払うことを約しながらその内金十四万円を支払つていないこと、そのほかに原告が昭和二十六年九月から昭和二十七年二月までの賃料金一万八千円を支払わないことは、当事者間に争がないのである。

四、原告は本件建物は地代家賃統制令にいう「併用住宅」であるからこれに関する権利金支払契約は同令違反で無効であると主張する。

ところで証人永田孝子の証言によれば、原告が本件建物で飲食店を経営しており、階下を店舗に階上を寝泊りに使つていたことが認められるが、同証言によれば本件建物が国鉄のガード下にあるマーケツトのうちの一戸であることも明らかであつて、その坪数も階上階下ともに二、八四坪に過ぎないことは当事者間に争がないのであるから本件建物はマーケツトの一部としてその使用の主要目的が店舗にあり、たまたまそれに居住部分が附加されているに過ぎないものと考えられる。かような建物は地代家賃統制令にいわゆる「併用住宅」に該当するものではなくて同令にいう「店舗」と解するのが相当である。従つて原被告間の前記権利金授受契約は適法有効であり、被告は原告に対して金一万八千円の延滞賃料債権のほか金十四万円の権利債権を有するものといわなければならない。

そして、被告が昭和二十九年三月二十三日の口頭弁論期日において以上二口合計金十五万八千円の債権をもつて、原告の被告に対する金六万二千円の償金債権と対等額で相殺する旨意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから、原告の償金債権はこれによつて全部消滅したことになる。

五、よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例