東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1287号 判決
原告 池田与三郎
被告 山本ミサオ 外一名
一、主 文
原告が東京都台東区上野南大門町六番地四の宅地二十二坪七合九勺について、賃料一ケ月金五百六十四円五十六銭なる建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する。
被告山本宏之は原告に対し、右地上の道路に面する部分にある木造焼トタン葺平家建、物置用建物、建坪約五坪を収去して、その敷地の明渡をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は第二、三項に限り、原告に於いて金五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一乃至第三項同旨の判決並びに主文第二、三項について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
(一) 原告は昭和二十二年二月頃、東京都台東区上野南大門町七番地所在宅地の借地権者であつたが、当時、主文第一項記載の本件宅地の借地権者であつた訴外村田正亀と借地権の交換をなし、当時の本件宅地所有者佐久間きを(土地管理人平野藤五郎)の承諾を得て、同年三月初め頃より、本件宅地上に原告所有の建物を移築して居住している。而して、昭和二十二年十一月頃、被告山本ミサオは右宅地の所有権を、前記佐久間から買受け、原告と右佐久間との前記賃貸借契約上の地位を暗黙に承継した。仮りに、被告山本ミサオが前記賃貸借契約を承継しないとしても、原告と被告等とは、同一番地上に軒を接して居住する隣同志であり、被告山本ミサオは原告がその借地権者であることを知り乍ら買受けたものであるから、原告の借地権を否認することは、信義誠実に反し、権利の濫用である。
依つて、原告は本件宅地について、原告が一ケ月五百六十四円五十六銭の公定賃料で、建物所有を目的とする土地賃借権を有することの確認を求める。
(二) 昭和二十二年六月頃、被告山本宏之は、原告に対し、右宅地上の道路に面した部分、約七坪の空地に被告山本宏之所有の主文第二項記載の建物を一、二ケ月の短期間だけ置かせて貰いたい旨申出原告の承諾を求めたので、原告はこれを承諾し、被告山本宏之は右建物を右空地に移動した。而して、同年九月頃、被告山本宏之は原告より請求あり次第、二十四時間以内に右建物を収去して、土地を明渡す旨約して、そのまゝ収去しなかつた。その後原告は右約旨に基いて、その履行を求めたが、被告山本宏之は、原告の請求に応じないので、その履行を求める。
と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
(一) 請求原因(一)の事実中、原告が訴外村田正亀の後をうけて、本件宅地上に居住していること、昭和二十二年十二月一日、被告山本ミサオが右宅地を佐久間きをから買受けたこと、原、被告が隣同志であることは認めるが、その余の事実は否認する。即ち、訴外村田正亀は借地権を有して居らず、又、原告は本件宅地を占有する際、土地所有者佐久間きをの承諾を得ていないから、原告は右宅地の借地権を有しない。仮りに、原告が佐久間に対し借地権を有していたとしても、その借地権は何等対抗要件を備えていないから、新所有権者たる被告山本ミサオに対抗し得ないものであり、又、同人は本件宅地を買受ける際、原告を不法占有者であると信じていたものであるから、原告と右佐久間との前記賃貸借契約を承継したこともない。
(二) 請求原因(二)の事実中、昭和二十二年六月頃、被告山本宏之が本件約七坪の空地に前記物置用建物を移動するについて、原告の承諾を得たことは認めるが、これは右宅地の不法占有者に過ぎない原告を借地権者と誤信してなしたことで何等意味を有するものではない。その余の事実は否認する。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
一、借地権の確認について。
原告が昭和二十二年三月頃より、本件宅地上に訴外村田正亀の後をうけて居住していること、及び被告山本ミサオが右宅地を同年十二月一日、佐久間きをから買受けたことについては当事者間に争がない。
先ず第一の争点である被告山本ミサオが本件宅地を買受ける以前に、原告は右宅地について借地権を有していたかどうかの点を考えて見る。証人村田正亀、同平野きみの証言によつて真正に成立したものと認められる甲号各証及び証人村田正亀の証言によれば、昭和二十二年二月頃、村田正亀は、本件宅地について、借地権を有していたことが認められ、証人村田正亀、同池田のぶ、原告本人の訊問の結果によれば、原告は同年二月頃本件宅地の借地権者村田正亀と借地権を交換して、本件宅地の借地権を取得する際、右村田と共に当時の土地所有者佐久間きをの土地管理人平野藤五郎に、その承諾を求め、右平野はこれに対して何等の異議をさしはさまず、これを承認したものであることが認められ、従つて原告は当時適法に借地権を取得したものであると認めることができ右認定に反する証人平野きみの証言は信用することができず、乙第三号証も右認定をくつがえすに足るものとは認められない。
次に被告山本ミサオが本件宅地を買い受けた際に、原告と前所有者との間の本件宅地に関する賃貸借契約をも承継したものであるかどうかを考えて見る。成立に争のない乙第二号証によれば本件宅地上にある原告所有の建物が未登記であることは明らかであり、原告において、右借地権を対抗し得る要件を備えていると認めるべき何等の証拠もないので、被告山本ミサオが前記賃貸借契約を当然に承継したものとは認めることができない。
ところが被告本人両名の訊問の結果によれば、被告山本ミサオが本件宅地の所有権取得後、該宅地の道路に面した約七坪の部分を除く、約十五坪の部分については、そのまゝ原告に賃貸する意思を有していたことが明白であり、証人池田のぶの証言と合せて考えると、この部分については暗黙に原告の借地権を承諾していたものと認めることができる。しかし、道路に面する約七坪の部分については原告に賃貸する意思が全くなかつたことは、証人池田のぶの証言によつても認められるところである。そこで、土地所有者被告山本ミサオにおいて、この七坪の部分の借地権を否認することが信義誠実に反し、権利の濫用となるか否かを判断する。証人池田のぶ、同平野きみ、原告本人、及び被告本人両名の訊問の結果を綜合判断すれば、被告山本ミサオは本件宅地取得当時、該宅地に原告が借地権を有することを知つていたものと認められ、これに反する部分の被告本人両名の陳述は信じ難く、又原被告は同一番地上に軒を接して居住する隣同志であることは争のないところであり、証人池田のぶ、原告本人、及び被告本人両名の訊問の結果によれば、被告山本ミサオは本件宅地と同時にこれに隣接する同人の居住する宅地をも買受けて居り、この七坪の宅地を必要とする特別の理由は認め得ないし、昭和二十二年六月頃、当時の借地権者たる原告が、建物増築に備えて空地にしておいた右七坪の宅地上に、被告山本ミサオの夫、山本宏之が特に原告に懇請して、その快諾を得、隣地に被告等の住宅を建築する間一時物置用の建物を置かせて貰うことゝし、原告の好意により今日まで無償で使用して来たことが認められ、しかも、証人池田のぶ、原告本人の訊問の結果によれば、同年九月頃被告山本宏之は原告に対しその請求あり次第二十四時間以内に収去して明渡す旨約したことも認定しうる。更に証人池田のぶ、原告本人の訊問の結果によれば、被告宏之が本件土地の無償使用を初めてから数ケ月後の昭和二十三年暮頃当時の所有者佐久間きをは本件土地を含む附近一帯の所有地を、原則として各その借地人に売却することとなり、本件土地についても原告に対し買受け方を勧誘したのであるが、原告において金策の都合等により考慮期間を置かれたい旨回答するや、差配人平野藤五郎及び被告等は原告に対しその後何等の交渉もせず諒解をも求めないままで、これを被告ミサオに売却し、被告等は本件土地を買受くるや直ちに態度を変えて本件土地中道路に面した部分約七坪の範囲について原告の借地権を否認するに至つたものであることが認められる。
かくの如き事情を綜合して考えると、たとえ、被告山本ミサオが右宅地の所有権を取得し、原告において新所有者にその借地権を対抗し得ないものであるにもせよ、被告において右借地権を否認し去ることは原告の好意を無視しその虚に乗じて、該宅地の使用権を奪うにも似て、甚だしく信義に反するものといわざるを得ない。又法が借地権は対抗要件を具備しなければ、新権利者に対抗し得ないとするのは善意の新権利者を不当に害しないようにとの配慮に基くものとも考えられるので以上の事情の下において、原告の借地権を否認するのは所有権を不当に濫用するものであると認められる。故に被告山本ミサオは右七坪の部分についても、原告の借地権を承認すべきものであり、又被告宏之も原告の借地権を云為して契約上の義務履行を遅滞することは許されない。
よつて、原告が本件宅地二十二坪七合九勺について公定賃料一ケ月五百六十四円五十六銭の賃料で、建物所有を目的とする借地権を有することの確認を求める本訴請求は理由がある。
二、建物収去、土地明渡について。
昭和二十二年六月頃、被告山本宏之が同人所有の前記物置用建物を原告の承諾を得て、原告が占有する該宅地に移し置いて今日に至つていることについては争いがない。
ところで、前項において認定した如く、当時原告は本件宅地の借地権者であつたこと、原告主張の如き使用貸借がなされたことを認定でき、同時に右使用貸借契約締結にあたり被告宏之に何等の錯誤もあつたものでなく、右契約が有効に成立したことはいうまでもない。
従つて被告山本宏之の妻山本ミサオが本件宅地の所有権を取得したとはいえ、先に判断した如く、原告の本件宅地の借地権を否認し去ることは認められないし、又これらの事実は被告宏之の契約に基く土地返還義務に何等の消長を及ぼさず原告の同被告に対する契約上の義務履行の請求を妨げるものではないから、原告が被告山本宏之に対し両者間の使用貸借契約に基いて、前記建物を収去してその敷地を明渡すべきことを求める本訴請求は理由があるので、これを認容する。
よつて原告の本訴請求はいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 近藤完爾)