東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1334号 判決
原告 植村清太郎
被告 小菅工業株式会社 外一名
一、主 文
被告等は意匠登録第九二八七一号別紙竹の「カーテン地及び椅子張地の模様」を製作し且つこれをカーテン地及び椅子張地に使用し又は右模様を使用したカーテン地及び椅子張地を販売してはならない。
被告小菅工業株式会社は原告に対し金七万四千六百八十七円五十銭を支払へ。
被告等に対する原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告小菅工業株式会社との間に生じた部分は二分しその一を原告の負担、その余を被告小菅工業株式会社の負担とし、原告と被告不動染色有限会社との間に生じた部分は四分し、その三を原告の負担、その一を被告不動染色有限会社の負担とする。
この判決は第二項に限り原告において仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告等は意匠登録第九二八七一号別紙<省略>竹のカーテン地及び椅子張地の模様を製作し且つこれをカーテン地及び椅子張地に使用し又は右模様を使用したカーテン地及び椅子張地を販売してはならない。被告等は別紙<省略>記載の謝罪広告文を東京朝日新聞、大阪朝日新聞、東京毎日新聞、大阪毎日新聞、日本経済新聞、読売新聞、産業経済新聞各紙上の第一面に各一回掲載せよ。被告小菅工業株式会社は原告に対し金五十万円を支払へ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並に第三項(被告小菅工業株式会社に対し金員の支払を命ずる部分)につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告はカーテン地及び椅子張地の模様意匠の専問家として四十数種の登録意匠権を有しカーテン及び椅子製造業者の注文を受けて染色し、その意匠布地を販売することを業とし別紙竹の模様について昭和二十五年四月二十四日登録第九二八七一号の意匠登録を受け、その意匠権者であり、被告小菅工業株式会社(以下単に小菅工業と略称する)は椅子その他の応接セツト並にカーテン等を製造販売するもの、又被告不動染色有限会社(以下単に不動染色と略称する)は染色を業とするものであるが、
被告小菅工業は昭和二十五年六月一日以降昭和二十七年十二月末までの三十一ケ月間に亘りその商品製作のため、原告が前示意匠権を有する別紙竹の模様の意匠を使用して布地に染色方を、原告の意匠使用の承諾も得ないで、被告不動染色に依頼して染色させ、その染色布地を用いて応接セツト、カーテン等を製造販売し、原告の前示意匠権を侵害している。
よつて原告は昭和二十七年十二月東京地方裁判所の仮処分命令(同庁同年(ヨ)第六八一〇号)を得てその執行により侵害を一応停止させたが、将来も侵害の虞れがあるのでその意匠権侵害予防のため被告小菅工業に対し申立第一項掲記所属の禁止を求めるものである。
次に被告小菅工業が原告の承諾を得ないで被告不動染色に「竹の模様」の意匠を使用して染色方を依頼するに際つては、被告小菅工業代表者において右意匠については原告が意匠権をもつていることを知つていたものであるし、仮に知らなかつたとしても本件発生に先立つ二三年前、原告が意匠権者である「波型模様」の意匠を原告に無断使用し、当時その意匠を使用した製作品の納入先であるC、P、O(進駐軍調達係)の係員より注意され原告に対し意匠の無断使用につき謝罪させられたこともあり、本件「竹模様」の意匠についても、昭和二十四年十二月から昭和二十五年五月までは原告に捺染を注文していたのであり、原告使用の模様については原告に意匠権があることは染色業者間には普ねく知られているのであるから、被告小菅工業代表者において取引上必要な注意を怠らなければ本件「竹模様」の意匠につき原告が意匠権をもつていることは容易に知り得べきものであつたので、同被告の代表者はその業務執行につき故意又は過失により原告の本件意匠権を侵害したものであり、同被告は右侵害によつて原告の受けた損害を賠償する責がある。
ところで被告小菅工業が一月間に使用する本件「竹模様」の意匠を用いて染色した布地は平均二百三十ヤールを下らないので前示昭和二十五年六月一日以降昭和二十七年十二月末までの三十一ケ月間の右布地使用量は少くとも六千百ヤールであり、一ヤールの染色料金は百二十五円であるが、その意匠権者の取得分は六十二円五十銭であり、六千百ヤールについて意匠権者の得べき収入は三十八万千二百五十円である。従つて原告は被告小菅工業の意匠権侵害により右収入を喪失し同額の損害を受けたわけであるからその賠償を求めると共に
右意匠権の侵害により精神上多大の苦痛を受けたが、その慰藉料額は二十五万円を以て相当とするので、本訴においては、その内前述の収入喪失による損害額と併せて五十万円となる限度において支払を求め、
更に原告は被告小菅工業の本件意匠権の侵害によつて名誉を害されたので、その回復のため申立第二項に掲げた謝罪広告をなすべきことを求めるものである。
被告不動染色はすでに述べた通り被告小菅工業から原告が意匠権を有する別紙竹の模様の意匠を使用して布地に染色方の依頼を受け、これに応じて染色し原告の意匠権を侵害した。そこで前示被告小菅工業に対する仮処分の結果侵害は一応停止されたが将来も侵害の虞れがあるので、その予防のため被告小菅工業に対すると同様申立第一項掲記所為の禁止を求めると共に、
被告不動染色代表者は被告小菅工業からの右染色依頼を応諾した当時、染色に使用する竹模様が原告の意匠権に属することを知り又は取引上必要な注意を怠らなければ少くとも知り得べきものであつたに拘らず、原告に無断で染色依頼に応じ且つ染色をしたものであるから同被告の代表者もまたその業務執行につき故意又は少くとも過失により原告の意匠権を侵害したものであり、右侵害により原告の名誉を毀損したので、その回復のため同被告に対しても申立第二項掲記の謝罪広告をなすべきことを求めるものである。
と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め原告主張事実中
原告がカーテン地及び椅子張地の模様意匠に関する事業を営み、その主張の登録第九二八七一号の意匠権者であること、被告等がそれぞれ原告主張の営業をなすものであること、
被告小菅工業がその商品製作のため原告の承諾を得ることなく原告が意匠権を有する別紙竹の模様の意匠を使用して布地に染色方を被告不動染色に依頼し、被告不動染色もまた右依頼に応じて原告に無断で布地に染色をなし、被告小菅工業において右染色された布地を用いて応接セツト、カーテン等を製造販売したことは何れも認めるが、被告小菅工業が被告不動染色に前述の染色方を依頼して染色させた期間は昭和二十五年十二月十七日以降昭和二十七年七月十日までの間前後四回に過ぎず、その染色布地の数量も別紙計算書記載の如く合計千百九十五ヤールのみであり、その一ヤール当りの染色料金も同計算書の通りである。又被告小菅工業が被告不動染色に染色を依頼する以前に、本件竹模様の意匠による染色方を原告に注文し、染色して貰つたことがあること。原告がその主張の仮処分命令を得て、その執行をしたことは認めるがその余の原告主張事実はすべて否認する。被告等の代表者は昭和二十七年十二月原告の主張する仮処分の執行を受けるまでは、本件竹模様の意匠につき原告に意匠権のあることを知らなかつたし、又その知らなかつたことが、被告等の代表者の不注意に基因するものでもないので、右代表者の染色依頼、応諾加工等原告の意匠権の侵害となるものとしても、代表者に何等の故意も過失もないのだから被告等において損害賠償ないし慰藉料支払その他謝罪広告をなす義務はない。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告がカーテン地及び椅子張地の模様意匠に関する事業を営み、その主張の登録第九二八七一号「竹の模様」(別紙)の意匠権者であること、被告等がそれぞれ原告主張の営業者であることは被告等の認めるところであり、又昭和二十五年十二月以降昭和二十七年に亘り被告小菅工業がその商品製作のため原告が意匠権を有する右竹の模様の意匠を使用して布地に染色方を被告不動染色に依頼し、被告不動染色は右依頼に応じて布地に染色をなし、被告小菅工業において右染色された布地を用いて応接セツト、カーテン等を製造販売したが、右染色について竹模様の意匠を使用することは、被告等において原告に無断でしたものであることも本件当事者間に争がない。右事実からするときは被告等は原告の上叙意匠権を侵害したものと云うべきは勿論、被告小菅工業のした広告であることに争のない甲第三、第四号証、成立に争のない甲第五号証証人石井正の証言並に被告不動染色代表者訊問の結果を綜合すれば被告小菅工業においては昭和二十六年頃から数回「ニユースウイーク」誌に本件竹模様の意匠を顕出した応接セツト等のカタログを登録広告して居り、被告不動染色は昭和二十七年十二月「竹模様」の意匠使用禁止を骨子とする仮処分の執行を受けた被告小菅工業から竹模様の染色中止の通知を受け、染色を止め、捺染型を原告に送付提供したことが認められるので右仮処分当時被告等の意匠権侵害は現に行はれつつあつたものと解するのが相当である。ところで意匠権の如く排他独占性をもつている権利については物権と同様にその侵害に対しては権利者は被告等の代表者に故意、過失の有無を問はず、被告等にその侵害の停止を求め得るは勿論、侵害の虞れがあるときは、その予防として、将来の侵害の禁止を求め得るものと云うべきところ、前示仮処分執行当時本件意匠権が侵害されていたのであるから、将来その侵害をなす虞れがないとする特段の事情の認め得る証拠のない本件では将来侵害の虞れがあるものと推定できるのでその侵害予防の趣旨で被告等に主文第一項掲記の所為をなすべからざること求める原告の請求は正当である。
次に被告等が上叙原告の本件意匠権を侵害する所為をした当時、被告等の各代表者において本件竹模様の意匠につき原告が意匠権を有していることを知つていたかどうかについて考へると、
先づ被告小菅工業の代表者については証人石井正の証言並に原告本人訊問の結果によれば本件意匠権侵害以前にも原告が意匠権をもつていた意匠(波型模様であるかどうかは必ずしも明でないが)を被告小菅工業において原告の許諾を得ないで使用してC、P、O(進駐軍調達係)に納入すべき調度品を製作納入したので、原告よりC、P、Oにその旨申出た結果、被告小菅工業はC、P、Oから警告を受け、原告に対し右意匠無断使用につき宥恕を求めた事実が認められ、又被告小菅工業が被告不動染色に染色を依頼する以前本件竹模様の意匠による染色方を原告に注文して染色して貰つたことのある事実は被告小菅工業の認めるところであるから、以上の各事情の下では、被告小菅工業の代表者としては本件竹模様の意匠を使用して原告以外のものの手によつて染色させるには、原告に右意匠につき意匠権があるかどうかを確める必要な注意をなすべき義務があることは取引の通念上明であり、右注意を怠らなかつたなら原告に意匠権があることは容易に知り得たと推定されるので、被告小菅工業の代表者は少くとも本件意匠権侵害当時、原告に意匠権の存することを知り得べかりしものであるから右侵害について同代表者に少くとも過失があるものと云うべく、その侵害行為が同代表者の職務を行うに付きなされたものであることも明であるから被告小菅工業は本件意匠権侵害に因り原告の受けた損害を原告に対し賠償する責があるものと云はざるを得ない。
けれども被告不動染色の代表者については本件意匠権侵害当時原告に右意匠権の存することを知つていたことを認め得る何等の証拠がないのは勿論その存することを知り得べかりし事情を認めることのできる証拠も全くないのであるから、同代表者に意匠権侵害につき故意又は過失があることを前提とし被告不動染色に不法行為の責に任ずる義務があるとする原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。
そこで被告小菅工業に対する関係において本件意匠権侵害に因り原告の受けた損害についてしらべて見るとその侵害の態様は原告の意匠権を無断で使用したと云うに止まるので、原告に単に金銭に評価し得る純経済的損害を与へたものに過ぎず、権利侵害の場合に被害者が一般に感受すると思はれる不快感の外特に精神的苦痛を与へないしは名誉(信用を含めて)を毀損したと認められる事情は認め得ない。ところで権利侵害に附随する被害者の一般的不快感については、その侵害に因る金銭的損害の賠償を得る場合にはその賠償により同時に治癒されるものとし、右の一般的不快感以外に認められる無形の損害の存する場合においてのみ、慰藉料その他金銭賠償以外の方法による救済を求め得るものと解するのが相当であるから本訴において原告が財産的損害の外、これと離れて考えられる精神的苦痛を受け、又は名誉(信用を含む)を毀損されたとして、慰藉料並に謝罪広告を求める部分についてその請求は失当であるから棄却すべきものである。
次に本件意匠権侵害に因り原告の受けた財産的損害については被告小菅工業が原告に無断で本件竹模様の意匠を染色した生地の使用量が原告主張の如く少くとも六千百ヤールあつたとの点については原告本人訊問の結果は右結果により真正に成立したと認められる甲第一、第二号証の各一、二を綜合してさえも的確な証拠とは云えず、他に右事実を認め得る証拠もない。けれども被告小菅工業において昭和二十五年十二月十七日以降原告に無断で染色使用した生地の数量が合計千百九十五ヤール存することは同被告の認めるところであり、一ヤールに付、原告の意匠使用料は六十二円五十銭であることは原告本人訊問の結果により明である。(尤も右料金額は一ヤールの染色料金中から意匠権者の取得するものを採つたのであるから染色料金額自体については多少の差がある場合でも、その差は意匠使用料には影響はない。)以上説示したところからして被告小菅工業の本件意匠権侵害により原告の受けた損害は金七万四千六百八十七円五十銭と認められるので、財産的損害の賠償として右金員の支払を求める部分につき原告の本訴請求は正当であり、その余は失当である。
よつて訴訟費用の負担につき原告と被告小菅工業、原告と被告不動染色との間にそれぞれ民事訴訟法第九十二条本文を、被告小菅工業に金員の支払を命じた部分につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎)