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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1760号 判決 1955年12月15日

原告 並木皓一

被告 石山静雄

主文

被告は原告に対し、別紙目録<省略>の各建物について、昭和二十七年十二月四日東京法務局世田谷出張所受附第二一四八七号をもつて被告のためされた右各建物を目的とする被告のための抵当権の被担保債権(昭和二十七年十二月四日の金員貸借契約による貸付債権額六十万円、弁済期昭和二十八年二月四日、利息年一割弁済期まで支払ずみ、期限後の遅延損害金百円につき一日五十銭なる債権)を弁済期に弁済しないときは、代物弁済として右各建物の所有権を被告に移転すべき請求権保全の仮登記の抹消登記手続をすべし。

被告は原告に対し、別紙目録の各建物について、昭和二十七年十二月四日東京法務局世田谷出張所受附第二一四八六号をもつて被告のためされた、同日附金員貸借契約による債権額六十万円、弁済期昭和二十八年二月四日、利息年一割弁済期まで支払ずみ、期限後の遅延損害金百円につき一日五十銭なる抵当権設定登記のうち、「同日附金員貸借契約」とあるを「同日附被告石山と東京都港区芝田村町六丁目九番地株式会社西銀座堂との間の金員貸借契約」と改め、「期限後は百円につき一日五十銭の遅延損害金を支払う」とある部分を削る主旨の更正登記手続をすべし。原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その各一を原被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録の各建物について、昭和二十七年十二月四日東京法務局世田谷出張所受附第二一四八六号をもつて被告のためされた、同日附金員貸借契約による債権額六十万円、弁済期昭和二十八年二月四日、利息年一割弁済期まで支払ずみ、期限後の遅延損害金百円につき一日五十銭なる抵当権設定登記、同日同出張所受附第二一四八七号をもつて被告のためされた、右債務を弁済期に弁済しないときは、代物弁済として右各建物の所有権を被告に移転すべき請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をすべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

別紙目録の各建物は原告の所有に属するところ、右各建物については被告のため請求の主旨のとおり登記がされている。しかし、原告は、被告との間に右登記にあらわれたとおりの事項を約したことも、被告のために右登記申請行為をしたこともないから、被告に対し、右各登記の抹消登記手続を求める。

被告のために本件各登記が行われた事情としては、原告が常務取締役をしていた株式会社西銀座堂(東京都港区芝田村町六丁目九番地)は、昭和二十七年十月上旬、被告から、金六十万円を、弁済期一カ月後利息月一割五分の約で借受けたが、弁済期にその返還をすることができず、被告から厳重な督促を受けたので、株式会社西銀座堂の経理課員川村卓史は、原告が右会社のため他から金融を受けるための用意にそろえて川村に託しておいた本件家屋の登記済証、印鑑証明書、白紙委任状等を、原告に無断で、一時的の事実上の担保として(この書類を渡すこと自体が担保になると考えて)、被告に差入れたところ、被告はこれらの書類を利用して被告のため本件各登記を経た、といういきさつがある。

以上のとおり述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告主張の各建物が原告の所有に属し、右各建物について原告主張のとおりの各登記がなされていることは認める。

昭和二十七年十月上旬株式会社西銀座堂及び原告の双方を代理する川村卓史が被告を訪れ、原告所有の別紙目録の各建物を担保として右会社に金六十万円を貸与されたいと、被告に申込んだ。被告はこれを承諾し、右会社に対し、金六十万円を、弁済期一カ月後、利息月一割五分の約で貸与した。その際、被告と原告代理人川村との間に、右債権担保のため右各建物に抵当権を設定する旨、かつ右債務を弁済期に弁済しないときは、代物弁済として右各建物の所有権を被告に移転する旨の約定ができ、被告は原告代理人川村から登記手続を任された原告の委任状印鑑証明書等の書類を使つて本件各登記を経た。登記面が、貸借成立日昭和二十七年十二月四日、弁済期昭和二十八年二月四日となつているのは、すでに弁済期が過ぎていたのを原告らに弁済の機会を与えるために、弁済を猶予する主旨で、被告が特にそうしてやつたのである。また、遅延損害金については、登記にあらわれたとおりの約定が、被告と右会社代理人川村との間にできた。

以上のとおり述べた。<立証省略>

理由

原告主張の建物が原告の所有に属し、右建物について原告主張のとおりの各登記がされていることは、当事者間に争いがない。

乙第一、二号証、第四ないし第六号証、甲第二号証、第三号証の二、第四、五号証(以上いずれも真正にできたこと争いない)、乙第三号証(証人川村卓史の第一回の証言、原告本人の供述によつて真正にできたと認められる)と証人川村卓史(第一、二回)の証言、原被告各本人の供述とを合せ、甲第三号証の一と対照して考えると、次のとおり認められる。

株式会社西銀座堂(東京都港区芝田村町六丁目九番地)は昭和二十七年九月八日訴外吉川万蔵から原告所有の本件建物を担保として金六十万円を借りたが、吉川の金貸しとしての評判がよくなかつたので、右六十万円についてほかで借替えをしたいと考え、右会社の経理課長川村卓史は、昭和二十七年十月上旬、かねてしばしば右会社のため金を借りたことのある被告を訪れ、右事情を話して、右会社に金六十万円を貸与されたいと申込んだ。被告は、吉川からの借りを返して右建物を担保にいれるならば金六十万円を貸してもよいと答えた。そこで、川村は金を工面して吉川に払い、吉川に差入れてあつた本件建物の権利証、原告の印鑑証明書、原告の白紙委任状を受け出し(吉川はこれを使わずに握つていた)、被告から借受けるべき六十万円について原告所有の本件建物を担保に供すること、その手続用の書類としては吉川にいれていた書類をあてること、そして川村が原告の代理人として右担保供与の行為を処理すること等につき原告の承諾をえたうえ、右会社及び原告を代理して被告と貸借の交渉をし、右会社を借主として被告から金六十万円を借受け(契約条項が貸付金六十万円、弁済期一カ月後、利息月一割五分であつたことは、当事者間に争いがない。)、その担保として原告所有の本件建物に抵当権を設定し、これに関する手続に使うために、吉川から受け出した権利証(乙第四号証、いつたん原告に返したのをまた原告から受取つて)、原告の印鑑証明書(乙第五号証、甲第三号証の二)、白紙委任状(乙第六号証、甲第三号証の一)等を被告に渡し、担保権設定の登記手続は被告に任せた。しかし、代物弁済というようなことは、川村は全然考えず、川村も被告もそのことを口にしなかつた。その後被告は、金を返すから待つてくれとの川村の申出を信じて、登記手続をおくらしていたが、川村がなかなか金を払わぬので、昭和二十七年十二月四日、川村から渡された右書類を使い、特に原告の白紙委任状に所要事項を記入して(甲第三号証の一)、登記手続を完了した。

以上のとおり認めることができる。証人川村卓史(第一、二回)、原被告本人の各供述中右認定に反する部分は採用することができない。

特に、被告の主張する株式会社西銀座堂が右債務を弁済期に弁済しないときは本件建物を代物弁済として被告に移転する旨原告又は川村が被告に約したという事実については、これに符合するような被告本人の供述は信用することができない。乙第一ないし第六号証は、前示各証拠によると、株式会社西銀座堂が吉川から六十万円を借りる際吉川にいれておいたものを、担保にいれると被告にいつて、ただそれだけのために流用して被告にいれたものであることが認められるから、前記事実の証拠として十分なものではない。また甲第三号証の一には、原告が、西銀座堂の債務不履行の場合、代物弁済として本件建物の所有権を被告に移転する特約にもとづき、その仮登記をすることを黒田俊夫に委任する旨書いてあるが、証人川村卓史(第二回)、原告本人の各供述によると、これは原告名義の白紙委任状に被告が勝手に書込んだものであることが認められるから、右甲第三号証の一も前記被告主張事実の証拠として十分なものでない。

建物を借金の担保に供するということは通常は建物に抵当権を設定する意味に使われているのであるから、川村は被告に対し本件建物に抵当権を設定する意思を表示し、原告も川村に対し本件建物に抵当権を設定することにつき代理権を与えたとみるのが相当であるとともに、被告は、川村から受取つた書類(吉川から受け出したもの)が代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記用に使おうとおもえば使える(白紙委任状にはその主旨の事項を書込むことによつて)ものまで揃つていたので、これを使つて、約束の主旨をこえて前記仮登記をした、と認めるほかない。

してみると結論は以下のとおりになる。

原告は本件建物につき登記にあらわれたような代物弁済に関する約束をしたことも、仮登記をすることを承諾したこともないから、被告は原告のために前記仮登記の抹消登記手続をしなければならない。

被告は原告に対し六十万円の貸金債権をもつているわけではないが、株式会社西銀座堂に対しては六十万円の貸金債権を有し、その担保のために本件建物の上に抵当権を取得した。即ち、被告が本件建物の上に抵当権をもつていることは相違ないから、原告は本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求めることはできない。但し、登記の上で、被担保債権である六十万円の貸金債権が原告に対する債権であるようにあらわれているのは正当でないから、これは株式会社西銀座堂に対する債権であるように更正しなければならない。原告は被告に対し、右登記が錯誤にもとづくものとして、更正登記手続を求めることができるとするのが相当である。

被告の株式会社西銀座堂に対する右六十万円の貸金債権について登記にあらわれたような遅延損害金の支払に関する約定ができたことについては、何も証拠がない。のみならず、前示各証拠によると、むしろそのような約定がなかつたことを推断することができる。したがつて本件抵当権設定登記については被担保債権の遅延損害金の約定の点を削るように更正しなければならない。やはり、原告は被告に対し、右登記が錯誤にもとづくものとして、更正登記手続を求めることができるものといわなければならない。

原告は本件抵当権設定登記の抹消を求めているのであるから、右の部分につき被告に更正登記手続を命ずることは、原告の申立の一部を採用したことになる、と当裁判所は考える。

本件抵当権設定登記の上で、被担保債権成立の日が昭和二十七年十二月四日、弁済期が昭和二十八年二月四日となつているのは事実に反することはいうまでもないが、これは、被告のいうように、被告が弁済を猶予する主旨でそうしたとみるのが相当であるのみならず、これによつて原告が何か不利益を受けるとは考えられないから、この点はこのままでおくほかない。

以上の次第であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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