大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)1992号 判決

原告 清水惣五郎

被告 山佐信栄

一、主  文

原告が被告所有の東京都千代田区神田美土代町四番ノ十宅地三十坪二勺の内電車通から向つて左側の十五坪七合について賃料一カ月金九円三十八銭、毎月二十五日その月分を支払う約定、存続期間昭和三十一年九月十四日までの、堅固でない建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する。

被告は、右十五坪七合の土地の周辺に存する鉄条網及び丸太杭を撤去して、右土地を原告に引渡すべし。

原告のその余の請求は、棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、第二項に限り、原告において金十五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、原告が東京都千代田区神田美土代町四番ノ十宅地三十坪二勺(以下甲地という。)の内電車通から向つて左側の十五坪七合(以下乙地という。)について賃料一カ月金九円三十八銭、毎月二十五日その月分を支払う約定、存続期間昭和四年六月十七日から三十年の、堅固でない建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する旨及び主文第二、四項同旨の判決並びに土地引渡請求の部分について仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のように陳述した。

(一)  甲地は、昭和四年六月当時訴外堀越角次郎の所有であつたが、昭和七年十二月一日出資によつて訴外堀越合資会社の所有となり、昭和八年一月十二日その所有権移転登記がなされ、昭和二十二年七月一日会社合併設立によつて訴外丸文株式会社の所有になり、同年十月七日その所有権移転登記がなされた。

(二)  丸文株式会社は、昭和二十七年六月十三日甲地を被告に売渡し、同月十六日その所有権移転登記をした。

(三)  訴外久米善三郎は、昭和四年六月当時甲地の内乙地を当時の所有者堀越角次郎から、堅固でない建物所有の目的で賃借していたが、同月十七日原告にその借地権を譲渡し、原告は、同日、堀越からその承諾を受け、改めて、同人から乙地を、堅固でない建物所有の目的で、期間を定めないで(従つて、借地法第二条第一項の規定によつて、賃貸借の期間は同日から三十年となる。)、賃借し、その後、乙地上に木造トタン葺二階建住宅及び店舗一棟建坪十二坪外二階十四坪(家屋番号神田美土代町第一二八号)を建築、所有し、その所有権保存登記を受け、前記のように、甲地の所有権は昭和八年一月十二日堀越角次郎から堀越合資会社に移転し、建物保護に関する法律第一条の規定によつて、同会社が乙地の賃貸人の地位を承継した。

(四)  同家屋は昭和二十年二月二十五日戦災によつて焼失した。当時の乙地の賃貸借契約においては、賃料一カ月九円三十八銭、毎月二十五日その月分を支払う約定であつた。なお、同契約の登記はなかつた。

(五)  原告の乙地に対する借地権は、昭和二十年七月十二日施行された戦時罹災土地物件令第三条の規定によつて、同日からその行使及び存続期間の進行を停止された。

(六)  甲地は、昭和二十一年四月一日聯合軍によつて接収され、昭和二十七年十月十七日接収を解除された。従つて、原告の乙地に対する借地権は右接収期間中土地工作物使用令第十一条の規定によつても停止された。昭和二十一年九月十五日施行された罹災都市借地借家臨時処理法第二十八条には戦時罹災土地物件令を廃止する旨規定しているけれども、同法と土地工作物使用令とは、前者が一般法、後者が特別法の関係にあるから、土地工作物使用令の適用がある土地については、一般法たる同法の適用が排除される故、乙地については、同法の適用がなく、従つて、戦時罹災土地物件令は、廃止されず、依然その適用があるから、原告の乙地に対する借地権は、戦時罹災土地物件令第三条の規定によつて、引続き停止され、同令第六条の規定によつて、その登記及び乙地上に存する建物の登記がなくても、甲地の接収期間中に甲地の所有権を取得した被告に対抗することができるものである。

(七)  ところが、被告は、原告の借地権を認めず、乙地の周辺に、甲地とその隣地との境界標となす為に、鉄条網及び丸太杭を設置して、乙地を占有している。

よつて原告は、本訴において、被告に対し、原告が乙地に対して前記借地権を有することの確認並びに右鉄条網、丸太杭の撤去及び乙地の引渡を求める。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、次のように陳述した。

原告主張事実中、(二)及び(七)は認め、(六)は否認し、その他は知らない。

(イ)  原告が接収というのは、接収ではなく、甲地は、原告が接収されていたという期間中、所有者から東京都長官(後には東京都知事)に賃貸され、聯合軍(後には駐留軍)は、東京都長官(東京都知事)から提供されて、これを使用したものであり、東京都長官(東京都知事)は土地工作物使用令の規定によつて甲地を使用したものではない。

(ロ)  仮に、原告が昭和二十年二月二十五日当時乙地の借地権及び乙地を敷地とする建物を有し、同建物が同日戦災によつて滅失したとしても、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定によつて、原告は、昭和二十一年七月一日から五年以内に甲地の所有権を取得した第三者に乙地の借地権をもつて対抗することができるのに過ぎないのであつて、昭和二十六年七月一日以後に甲地の所有権を取得した被告に右借地権をもつて対抗することはできない。

よつて、原告の請求は失当である。

<立証省略>

三、理  由

原告主張事実(一)は、成立に争がない甲第四号証の一、二によつて、これを認めることができ、同(二)は当事者間に争がない。

原告本人訊問の結果並びにこれによつて成立を認める甲第一、第二号証及び成立に争がない同第三号証を綜合すれば、原告は、昭和四年六月十七日訴外久米善三郎から甲地の内乙地に対する、堅固でない建物所有を目的とする賃借権を譲受け、その後、甲地の当時の所有者堀越角次郎から右借地権譲渡の承諾を受け、乙地上に原告主張の家屋一棟を建築、所有し、同家屋の所有権保存登記を受けたことを認めることができるから、前示のように、昭和八年一月十二日甲地の所有権を取得した訴外堀越合資会社は、建物保護に関する法律第一条の規定によつて、乙地の賃貸人の地位を承継したことが明らかであり、原告の乙地に対する賃借権設定登記がなされていなかつたことは、原告が自認するところである。

また、前記甲第二号証及び原告本人訊問の結果によれば、右家屋が昭和十九年十二月中か、または、昭和二十年二月中、戦災によつて焼失し、原告はその焼失当時まで引続き乙地の借地権を有し、その当時の乙地の賃料は、一カ月九円三十八銭、毎月二十五日その月分を支払う約定であつたことを認めることができる。

原告は、原告が乙地の借地権を譲受けた後、乙地の所有者から改めて乙地を賃借したと主張するけれども、そのような事実を認めることができる証拠はない。また、原告が譲受けた借地権の存続期間が何時までであるかを確認することができる証拠もない。しかし、原告の乙地に対する借地権が、同地上の家屋が罹災した以後昭和二十年七月十二日までの短期間内に、存続期間の満了その他の事由によつて、消滅したことを認めることができる証拠はないから、右借地権はその期間中も引続き存続していたと推定するのが相当である。昭和二十年七月十二日には戦時罹災土地物件令が施行されたから、同令第三条の規定によつて、右借地権は、同日から存続期間の進行及びその権利の行使を停止され、同令第六条の規定によつて、その登記及び乙地上に存する建物の登記がなくても、同日以後甲地の所有権を取得した第三者に対抗することができることになつたことが明らかである。

成立に争がない甲第五号証及び原本の存在及び成立に争がない乙第一号証並びに原告本人訊問の結果を綜合すれば、甲地は、昭和二十一年四月一日聯合軍によつて接収され、昭和二十七年十月十七日接収を解除され、その接収期間中は東京都長官(昭和二十二年五月三日以後は東京都知事)が甲地の所有者からこれを賃借して聯合軍(昭和二十七年四月二十八日以後は駐留軍)に提供していたものであり、土地工作物使用令(昭和二十年勅令第六百三十六号)第三条の規定により、甲地の所有者に使用令書を交付して、国が甲地の使用権を取得したものではないことを認めることができ、右認定を覆すことができる諏拠はない。けれども、甲地の所有者が、東京都長官(東京都知事)と甲地の賃貸借契約を締結したのは、もし、これを拒絶すれば、土地工作物使用令によつて強制的に甲地の使用権を取得されるので、止むを得ず、手続の煩を避ける為に、東京都長官(東京都知事)と甲地の賃貸借契約を締結することに協力した結果であると推定するのが相当であるから、同令第十一条の規定の精神に鑑み、このような場合にも、同条の規定を準用すべきであると解するのが相当である。同令は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く特別調達庁関係諸命令の廃止に関する法律(昭和二十七年法律第十五号)によつて、昭和二十七年四月二十八日廃止されたから、原告の乙地に対する借地権は、接収開始の日である昭和二十一年四月一日から同令廃止の日の前日である昭和二十七年四月二十七日までの間は、同令第十一条の規定の準用によつて、その行使を停止されたものである。

戦時罹災土地物件令は、昭和二十一年九月十五日施行された罹災都市借地借家臨時処理法第二十八条の規定によつて、同日廃止された。原告は、土地工作物使用令第十一条の規定の適用がある場合には、戦時罹災土地物件令はなお効力を有すると主張するけれども、この見解は採用することができない。従つて、原告の乙地に対する借地権は、昭和二十年七月十二日から昭和二十一年三月三十一日までは戦時罹災土地物件令第三条の規定により、昭和二十一年四月一日から同年九月十四日までは同条及び土地工作物使用令第十一条の規定により同年九月十五日から昭和二十七年四月二十七日までは土地工作物使用令第十一条の規定の準用により、その行使を停止されたものであると言わなければならない。

前示のように、昭和二十二年十月七日甲地の所有権を取得した訴外丸文株式会社は、堀越合資会社と他の会社とが合併して設立されたものであり、堀越合資会社の権利義務を承継したものであるから、乙地の賃貸人の地位を承継したことが明らかである。

そこで、昭和二十七年六月十六日丸文株式会社から甲地の所有権を取得した被告に対し、原告の乙地に対する借地権を対抗することができるかどうかについて、判断する。

罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定によれば、罹災建物が滅失した当時から、引続き、その建物の敷地に借地権を有する者は、その借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても、これをもつて、昭和二十一年七月一日から五カ年以内に、その土地について権利を取得した第三者に、対抗することができると規定しているから、昭和二十一年七月一日から五年以上後の昭和二十七年六月十六日甲地の所有権を取得した被告は甲地の一部である乙地に対する原告の借地権の対抗を受けることがないように見受けられる。けれども、同条が右のように規定したのは、罹災地の借地権者は、戦時罹災土地物件令施行中は、同令第三条の規定の適用によつて借地権の行使を停止されていたから、罹災地に建物を築造してその所有権保存登記を受けることができなく、昭和二十一年九月十五日同令が廃止された後には、借地権の行使ができるようになつたけれども、罹災地に建物を築造し、その所有権保存登記を受けるまでには、昭和二十六年六月三十日まで、すなわち、罹災都市借地借家臨時処理法施行後、なお、四年九カ月十六日の期間が必要であると見て、なお、同令が廃止されるのを見越して罹災地について権利の設定、移転等がなされる場合をも考慮して、「昭和二十一年七月一日から五箇年」と規定したものであると解される。それ故、原告の乙地に対する借地権の場合のように、戦時罹災土地物件令第三条の規定の適用によつて借地権の行使を停止されている間に、さらに、土地工作物使用令第十一条の規定の準用を受け、昭和二十一年九月十五日以後も引続き、法令の規定により、借地権の行使を停止された場合には、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定中「昭和二十一年七月一日から五箇年以内」とあるのは、「昭和二十一年七月一日から引続き借地権の行使を法令によつて停止されている期間内及びその後四年九カ月十六日以内」の意味であると解して、同条を適用するのが、罹災地の借地権を保護しようとする同条の精神に最も合致した合理的解釈であると言わなければならない。

このように解釈することは取引の安全を害するものであると言う反対論は容易に考えられるところであるけれども、今日においては、借地権は有力な財産視され、殊に、銀座、新宿、池袋、渋谷、神田、浅草、五反田等の繁華街の借地権は非常に高価に評価され、銀座二丁目裏通、聖書館ビル横の駐留軍モータープール跡の借地権の如きは坪当り六七十万円にも評価されているのであるが、銀座、新宿等の駐留軍接収地跡について借地権の争が多いことは当裁判所に顕著であるから、これ等の借地権者に対して適当な保護を与えることを考慮しなければならないことは、当然である。一方、罹災跡地であり、且、接収跡地である土地を取引する者の取引の安全については、これらの者が右のような罹災都市借地借家臨時処理法第十条の合理的解釈に留意するならば、その安全を害されることがない筈である。

前記の罹災都市借地借家臨時処理法第十条の解釈に従えば、原告は、乙地の借地権の登記及び乙地上にある建物の登記がなくても、昭和二十七年四月二十八日からなお四年九カ月十六日間は、甲地の所有権を取得した第三者に乙地の賃借権をもつて対抗することができるのであるから、被告は、昭和二十七年六月十六日甲地の所有権を取得すると同時に、その対抗を受け、乙地の賃貸人の地位を承継したものであると言わなければならない。

原告の乙地に対する借地権の存続期間については、罹災都市借地借家臨時処理法施行の時においてその残存期間が十年以上であつたことを認めることができる証拠はないから、それよりも短かつたと推定すべきであり、従つて、同法第十一条の規定により、その残存期間は同法施行の日である昭和二十一年九月十五日から十年とされ、昭和三十一年九月十四日までである。(昭和二十一年九月十五日から昭和二十七年四月二十七日まで右借地権の行使が停止されたことによつて、右借地権の存続期間がその停止期間だけ延長されたことは、原告が主張しないところである。)

被告が原告の乙地に対する借地権を認めないことは、当事者間に争がないから、原告はその借地権を有することの確認を求める利益がある。但し、その借地権の存続期間が昭和三十四年六月十七日までであるという主張は不当であるから、その存続期間が昭和三十一年九月十四日までであるとして、原告の借地権存在確認の請求を認容する。

被告が乙地の周辺に、甲地とその隣地との境界標となす為に、鉄条網及び丸太杭を設置し、乙地を占有していることは、当事者間に争がないから、被告は、右鉄条網及び丸太杭を撤去して、乙地を借地権者である原告に引渡すべき義務がある。

よつて、原告の請求は、主文第一、二項の範囲内において、正当として、これを認容し、その余は、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 望月録郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!