東京地方裁判所 昭和28年(ワ)699号 判決
原告 西岡政広 外一名
被告 国
一、主 文
被告は原告各自に対し金四十九万二千二百五十三円及びこれに対する昭和二十七年八月二十九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告政広その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「被告は原告政広に対し金五十七万九千二百五十三円、原告いとに対し金四十九万二千二百五十三円及び右金額に対する昭和二十七年八月二十九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因として、
訴外向後正三は日本国とアメリカ合衆国間の安全保障条約に基き日本国内にあるアメリカ合衆国軍隊の被用者であるところ、同人は被用者として職務を行うため昭和二十七年八月二十八日午前六時三十分頃米軍輸送部所属GMC普通貨物自動車第一九五号を運転して東京都中央区越中島米軍輸送部隊より同都千代田区霞ケ関方面に向い時速約三十哩の速度で進行中、中央区月島八丁目ロータリーに差掛つた際、眩暈を感じ唾気を催し遂に意識不明となり把手操作の自由を失つたため自動車を同所左側歩道に乗上げ偶々その時該歩道を歩行していた原告等の三女亡西岡かつ江に自動車左バンバーを激突させ同女をその場に転倒させ頭蓋骨々折脳挫傷により即死せしめた。向後は平常癲癇に類する疾患がありこのような症状を呈した時は一時運転を中止し自体が正常な状態に復するまで休養し運転をしてはならない業務上の注意義務があるに拘わらず、同人はこれを怠り其儘運転を継続したためその過失に基因して右の事故を惹起したものである。
被告は昭和二十七年法律第百二十一号により合衆国軍隊の被用者がその職務を行うについて日本国内に於て違法に他人に損害を加えたときはその損害を賠償する責任があるものであるから右向後の不法行為についてこれによつて生じた次の損害を賠償する責任があるのである。
(一)亡西岡かつ江は右向後の不法行為により金七十八万四千五百六円の財産上の損害を蒙り原告等はこの損害賠償請求債権を相続し各二分の一の債権を有するものである。
この損害額は亡かつ江が昭和十年九月二十二日原告等の肩書地に於て原告等の三女として出生し、昭和二十六年三月新制中学校を卒業し、昭和二十七年八月十五日東京に於て事務員として働くべく在京の実兄中川稔を頼つて上京し、就職先を探している間に、本件交通事故により死亡したものであるから昭和二十七年八月当時の東京都内に於ける新制中学校卒業者で満十七歳の女性の一般事務員として取得し得る平均月収額を金六千六百八十七円(労働大臣官房労働統計調査部作成の職業別賃金調査結果報告に準拠し、亡かつ江と最も条件の近似したものとして京浜地区における昭和二十六年十月当時の高等小学校卒業の満十八歳乃至満十九歳の女子三十六人についての平均月間収入額を採用する)としこの収入を得るに必要な生活費として右収入額の五割を収入額より控除しこれに残存余命年数四三、八二年の内労働可能年数三四、五五年(昭和三年内閣統計局第四十七回帝国統計年鑑による)を乗じ、これより中間利息年五分をホフマン式方法により控除し算出したものである。
(二)亡かつ江は原告等の多数の子供の中で一番従順で孝養心が深く学校時代の成績も優秀の部に位していたので原告等はかつ江の不慮の死に遭遇し筆舌に尽し難い程の精神的打撃を蒙つた。それでこの慰謝料として原告等は金十万円宛の損害賠償請求債権を有する。
(三)原告政広は右かつ江の死亡により東京と肩書地に於てかつ江の葬儀を営みその費用その他の諸費用として東京に於て金七万四千十円、田舎に於て金九万四千九百円合計金十六万八千九百十円を支出し、その内東京と田舎で金十六万二千八百円の香典収入を得金八万八百九十円を香典返しに支出し差引金八万千九百十円の収入となつたのでこれを右金十六万八千九百十円より控除し金八万七千円の損害を蒙つた。これは本件不法行為によつて原告政広が蒙つた損害であるから被告に対し損害賠償請求債権を有する。
よつて被告に対し原告政広は右(一)乃至(三)の合計額金五十七万九千二百五十三円、原告いとは右(一)(二)の合計額金四十九万二千二百五十三円及びこれ等に対する本件損害発生の翌日である昭和二十七年八月二十九日以降完済に至る迄年五分の割合による法定損害金の支払を求めると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、答弁として、
原告主張事実の中亡西岡かつ江の上京の目的は知らない。原告主張の(一)乃至(三)の損害額は争う。その余の事実は認めると述べた。<立証省略>
三、理 由
一、原告等主張事実中亡西岡かつ江の上京の目的及び損害額を除きその余の事実については当事者間に争がない。
二、亡西岡かつ江が東京で働きたいとの希望で在京の実兄中川稔を頼つて昭和二十七年八月十五日上京したことは証人中川稔の証言及び原告政広の供述によりこれを認めることができる。
三、次に被告は損害額を争つているので検討する。
(1)先ず原告等主張の(1) の損害額について、
亡かつ江が昭和十年九月二十二日生れの女性で昭和二十六年三月本籍地の新制中学卒業者であること、満十七歳の女子余命生存年数が四三、八七年、内労働可能年数が三四、五五年と統計上なつていることは当事間に争がない。
而して亡かつ江が死亡当時無職であつたことは原告の自陳するところであるが同人は前記認定の如く東京都内に於て働く希望で上京したのであるから遠からず就職するであろうことは想像し得られるところである。従つて同女が就職し得た場合には同性、同年令、同学歴、同地域の者の得る月間平均収入額と同額の収入を得ることができたものと考えるのを相当とするところ、労働大臣官房労働統計調査部作成の職業別賃金調査結果報告によれば京浜地区における昭和二十六年十月当時の高等小学校卒業の満十八歳乃至満十九歳の女子三十六人についてその平均月間収入額が金六千六百八十七円であることは被告の争わぬところであり、これを亡かつ江の場合に比すると、同女は右統計の場合よりも年齢において低いけれども、学歴において高く、且統計の時よりも十月後として平均賃金額の増額も見込まれてよいから、右統計による数字を同女が就職し得た場合における同女の月収額として推定することは極めて相当である。又生活費が月間収入の何パーセントになるかについては一率には云い難いところであるけれども総体的に東京都内において満十七歳の女性が肉親と同居し住居費の支出を要せず六、七千円程度の月収ある場合には食費、衣服費その他の雑費を合せ概算三千三、四百円を要し且つこれを相当とすることは顕著な事実というべきであるから、前記月間収入金六千六百八十七円に対し右生活費を五割と見てこれを控除し、それに労働可能年数三四、五五年を乗じ、それより年五分の割合による中間利息をホフマン式計算により控除すると、計数上金七十八万四千五百六円となることは明らかである。従つてこの金額を以つて亡かつ江の本件事故により失つた財産上の損害と認めるを相当とし、亡かつ江の損害賠償請求債権を原告等が相続したことについては当事者間に争がないのであるから原告等は右金額の二分の一宛の債権を相続により取得し被告に対し請求し得るものである。
(2)次に(2) の損害額に付いて、
亡かつ江が原告等の三女で原告等の多数の子供の中で一番従順で孝養心が厚く、学校時代の成績も優秀の部に位していたので原告等はかつ江の不慮の死に遭遇し筆舌に尽し難い精神的打撃を蒙つたことについては当事者間に争がない。
この争なき事実から考えると原告等の蒙つた精神的苦痛は強て金銭に換価するとせば各金十万円宛を以つて慰謝されるものと認めるを相当とするから原告等は本件事故によつて蒙つた精神的損害の賠償としてこの金銭を被告に請求する権利がある。
(3)終に(3) の損害額について
原告政広は(3) の損害額に於いて、亡かつ江の東京に於ける葬儀其他の費用金七万四千十円、田舎に於ける葬儀其他の費用金九万四千九百円合計十六万八千九百十円より香典収入金八万一千九百十円を控除し、その残額金八万七千円を(3) の損害額として請求しているが、証人中川稔の証言によると亡かつ江は同証人の実妹で上京後同証人寝泊りをしていたが本件事故により同証人の子供(生後十ケ月)も同時に死亡し、子供は栗田病院に亡かつ江は大塚病院に収容せられて死亡し、葬儀は二人共同じような気持で同証人がしたこと、原告等主張のような額について収入、支出がなされたが、田舎葬儀其他の費用の中第一の田舎から東京迄の汽車賃金九千六百円の中には中川の妻の父、叔父の汽車賃が第二の東京より田舎迄の汽車賃金一万六千八百円の中には右二名及び中川夫婦と弟の汽車賃が含まれて居り又最後の田舎より東京迄の汽車賃金三千六百円は中川夫婦及び弟の汽車賃であること葬儀代金一万四千七十円は中川の子供とかつ江の二人分であること等が認められる。
そうすると東京における葬儀諸費用の中葬儀代金一万四千七十円の半額金七千三十五円及び大塚病院への支払金五百円は亡かつ江にのみ関するものとして原告政広の負担に帰すべきものであるがその他はむしろ中川稔の亡児に関する費用と見るのが相当であるから、原告政広がこの費用の賠償を請求するのは理由がなく、又田舎での葬儀諸費用中田舎より東京への往復汽車賃は遺骨引取りのためと見るべきであるから、費用中第一の金九千六百円、第二の金一万六千八百円及び最後の金三千六百円を全部原告政広が支出したものとしても、原告等二人分の往復旅費金九千六百円以外は本件事故による原告政広の損害とすることは相当因果関係なきものというべきである。又焼場手数料は、既に東京において火葬に附してあるので必要なる出費と認められぬからこれを除外し、残額金七万四千円は原告政広の負担に帰すべき費用と認められる。結局以上の原告政広の負担すべき損害額合計金八万一千五百三十五円が葬儀諸費用と認められるが、これは原告の自陳する原告政広の香典収入額金八万一千九百十円を超えぬものであるから結局原告政広が亡かつ江の葬儀に関して蒙つた損害はないものと謂うべく従つて(3) の損害賠償の請求は失当である。
四、よつて原告等は被告に対し各自金四十九万二千二百五十三円宛及びこれらに対する昭和二十七年八月二十九日以降完済に至る迄年五分の割合による法定損害金を請求する権利がある。
右の如く原告等の請求は主文第一項の限度に於て正当であるからこれを認容しその余は失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山本実一 近藤完爾 倉田卓次)