東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7344号 判決 1955年12月27日
原告 水上きの 参加原告 西羅光造
被告(参加被告) 坂井三郎 外七名
主文
原告及び参加原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告及び参加原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
(一) 被告等は連帯して原告に対し昭和二十七年六月一日以降同年十一月末日まで一ケ月金二百十七円、同年十二月一日以降同年同月末日まで一ケ月金二百九十五円、昭和二十八年一月一日以降昭和二十九年三月十二日まで一ケ月金三百二十五円の各割合による金員の支払をせよ。
(二) 参加原告に対し
(イ) 参加原告坂井三郎は東京都黒田区亀沢町四丁目二十七番地の七宅地十八坪二合七勺の上にある木造モルタル塗瓦葺二階建住宅一棟建坪十八坪七合五勺、二階十三坪五合の内、玄関入口東側間口一間三尺奥行二尺五寸(この建坪二合五勺)及び便所に通ずる廊下東端間口五勺奥行三尺(この建坪四合)並びに木造トタン葺平家建便所物置一棟建坪六坪七合五勺を各収去し右土地の明渡をせよ。
(ロ) 参加被告第一鋲螺株式会社、石川徳次郎、星利夫、小原三郎、郡司福次、渡辺広次、小島銀之助は右建物より退去し前土地の明渡をせよ。
(ハ) 参加被告八名は連帯して昭和二十九年三月十三日以降右土地明渡済まで一ケ月金三百二十五円の割合による金員の支払をせよ。
(三) 訴訟費用は被告(参加被告)等の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
二、請求の原因
請求の趣旨記載の宅地十八坪二合七勺はもと原告水上きのの所有であつたところ、被告坂井三郎は昭和二十七年四月頃よりその所有する隣地の上に請求の趣旨記載の建物を建築したが、その建築に際し右建物の玄関入口東側間口一間三尺奥行二尺五寸の部分及び廊下間口五尺奥行三尺の部分並びに附属建物たる木造トタン葺平家建便所物置建坪六坪七合五勺を原告所有の右宅地上に建設し、その他の被告等は同年五月末日頃より右建物を共同使用して、いづれも何等の権原なくして右宅地を占有している。
参加原告は昭和二十九年三月十二日原告より右宅地を売買により取得し同日その所有権移転登記手続をした。
よつて原告は被告等八名に対して昭和二十七年六月一日以降昭和二十九年三月十二日までの請求の趣旨記載の割合による賃料相当の損害金の連帯支払を、参加原告は被告坂井に対し請求の趣旨記載の工作物の収去による土地の明渡その他の被告等に対し右工作物よりの退去による土地の明渡、被告等八名に対し昭和二十九年三月十三日以降右土地明渡済までの一ケ月金三百二十五円の割合による賃料相当の損害金の連帯支払を求める。
三、答弁及び抗弁
(一) 請求の趣旨に対し主文第一、二項の判決。
(二) 請求の原因に対し本件土地がもと原告の所有地であつたこと及び被告坂井三郎が本件土地の隣地所有者であつて原告等主張の頃その主張の建物を建築し、その他の被告等が原告等主張の頃より右建物を共同使用していることは認めるが、その他の事実は否認する。
(三) 本件土地は被告石川徳次郎が隣地と共に原告水上きのより買受け代金完済の上買受人を被告坂井に変更したものであつて、その他の被告等は被告坂井の所有権に基きこれを占有するものである。
すなわち、被告石川徳次郎は昭和二十六年三月二十六日原告及び訴外望月松太郎の代理人である訴外糀沢秀行より本件土地及び隣地を合計約五十坪とし、両土地に対する原告の所有権、隣地に対する右望月の借地権を併せ代金二十六万四千円で買受け、内金十万円を支払い、同年四月十七日糀沢の要求により更に金七万五千円を支払つて翌日所有権移転登記手続をすることを約し、翌十八日所轄登記所に出頭したところ、糀沢の外に訴外山本禎夫が原告の代理人として出頭し隣地三十四坪七合八勺の登記手続のみを委任せられたというので折衝の結果、当日は右土地についてのみ登記手続をなし本件土地の登記手続は後日に譲ることとし且つ代金額を金二十七万二千三百八十四円と改訂し、同日残金九万七千三百八十四円を支払つた上双方の合意で買受人を被告坂井に変更して右三十四坪七合八勺の登記手続を了したものである。
その後被告石川は買受人である被告坂井を代理して糀沢、山本等に対し、屡々本件土地の登記手続を請求したが同人等は容易にこれに応ぜず、約半年を経た後山本から本件土地の実権は参加原告西羅光造にあり、同人は売買登記等一切の権限を持つ原告代理人であることを教えられたので、被告石川は参加原告に対し幾度となく登記手続の履行を請求した結果、昭和二十七年七月下旬に至り参加原告は糀沢の代理権を否認し本件土地については代金を一坪につき金八千五百円とするならば登記に応ずる旨を答えたので、被告石川は被告坂井と相談の末やむなくこれに応ずることとし、参加原告にその承諾の旨を回答したものであつて、従つて右日時に被告坂井の代理人である被告石川と本件土地の処分権限を含む一切の権限を有する原告の代理人である参加原告との間に改ためて本件土地につき代金一坪につき金八千五百円の割合による売買契約が成立し、その代金支払及び登記手続の日は参加原告において別件訴訟の代理人である弁護士と相談の上被告に通知することを約したものである。
(四) 原告及び参加原告の本訴請求は権利の濫用である。
隣地三十四坪七合八勺につき所有権移転登記手続を終つた直後糀沢秀行は被告石川に対し本件土地を含む約五十坪の地上に直ちに建物を建築してもよいといつたので、被告坂井は昭和二十六年四月中土地を整理し同年七月中建築に着手し同年十月頃本件建物を完成し被告坂井を除くその他の被告等がこれに居住するに至つたのであるが、右着工後原告及び参加原告より何等異議の申立がなかつた。しかも翌昭和二十七年七月下旬原告の代理人にして実質上の権利者である参加原告との間に前記のような契約が成立し、被告坂井はその履行の通知を持つていたところ、長きにわたつて何等の通知がないので被告石川は参加原告を訪ねて催告したが、参加原告は他にこれを処分することはないから焦らず待つているようにと答えたに拘らず、間もなく本件土地の測量をしたものがあつたので、被告石川は参加原告にその実情を照会すること数度に及んだ結果、当初売買の事実を否定していた参加原告は最後に事情があつて親戚の者に売却したから建物を収去して土地を明渡すよう要求するに至つた。よつて被告石川はその売買の取消方を要求したところ参加原告は買主木村松男に対しては同被告よりその交渉をするよう希望したので、被告石川は木村と交渉の末木村のため替地を提供することとなり墨田区業平橋附近に三十坪の更地をみつけ、木村の検分を経てその借地権を買受け、参加原告にこれを報告し諒解を求めたところ参加原告は前言をひるがえし、自分の所有地を勝手にされては困るといつて被告石川の申込を承諾しなかつた。
最初の売買契約以後の右一連の行為を通観すれば、原告及び参加原告は再三契約に違反してその義務を履行せず被告坂井、石川等をして売買代金の増額、替地の入手等不当の代償を提供することを余義なくさせ、最後に本件土地につき被告坂井名義に移転登記を経てないのに乗じ建物の収去を求める態度をとることによつて更に高価な代金を取得せんとするにあり、その手段たる本件請求の如きはまさに信義誠実の原則を無視したもので権利濫用の最たるものというべきである。
四、原告等の認否
本件土地は隣地三十四坪七合八勺と共にもと原告水上きのの所有に属しいずれも他に賃貸してあつたが、罹災後原告のなした公示催告に対し隣地の借地人望月松太郎は借地権存続の意思表示をなし、次いで訴外橋本はるを通じその借地部分の買受方を申込んで来たが、本件土地については借地人から何等の申出がなかつたので借地権は消滅した。隣地については望月の代理人は初め橋本はるであつたが後糀沢秀行に代り同人と原告の代理人である参加原告との間に昭和二十六年六月初め頃売買契約が締結され、同月十八日糀沢と原告代理人山本禎夫との間に代金十三万九千百二十円の授受及び所有権移転登記手続がなされたものであつて、当時買主側の希望により買主を被告坂井三郎に変更した。而して右売買の交渉中隣地の地形が使用に不便なものであつたところから、参加原告は右土地と本件土地とを併せ合計三十四坪七合八勺を矩形に改ためて売買することを勧めたが、橋本、糀沢等は何段かこれを拒絶したものであつて、本件土地については何等売買契約をしたこともなく又糀沢秀行は望月の代理人であつて原告の代理人ではない。従つて同人と被告等との間に被告等主張のような売買契約がなされたとしても原告に対し何等の効力も及ぶものではない。
参加原告が本件土地につき処分権を含む一切の権限を有する原告の代理人であつたことは認めるが、昭和二十七年七月下旬被告坂井の代理人である被告石川との間に被告等主張のよう契約が成立したことは否認する。前記登記手続をした後暫らくしてから被告石川の代理人である糀沢より本件土地の売買の申込があつたが、原告はこれを拒絶したものである。
五、立証<省略>
理由
一、本件土地がもと原告水上きのの所有に属していたことは当事者間に争がなく、被告本人石川徳次郎の供述(第一、二回)により成立を認め得る乙第一、二号証、成立に争のない乙第三号証、参加原告の供述及び証人橋本はるの証言(第二回)により成立を認め得る乙第六号証の一、被告本人石川徳次郎の供述(第一回)、証人山本禎夫の証言(第一回)により成立を認める甲第五号証の一、二並びに右各証人、本人の各供述及び参加前の証人西羅光造の証言を綜合すれば、本件土地十八坪二合七勺及び隣地三十四坪七合八勺はもと一筆の土地で原告の所有地であり、本件土地の部分は沖田某が、隣地の部分は望月松太郎が各借地権を持つていたところ戦災により地上建物が焼失した後原告の催告に対し沖田某は使用継続の申出をしなかつたため本件土地については借地権が消滅し隣地については望月が橋本はるを代理人として借地権存続の申出をしたことから、原告の代理人で処分権を含む一切の権限を持ち実質上の所有権者に等しい参加原告との間に売買の交渉が初まつたが、隣地が鍵形の地形をなし本件土地を合せて使用すれば矩形となり利用価値を増すところから、参加原告から進んで両地を一まとめにして買受けることをすすめ図面(乙第六号証の一)を橋本に交付して交渉を続けていたものであるが、その中途から訴外糀沢秀行が橋本に代り参加原告の相手方となつて交渉を進めた頃から、糀沢は買受土地の範囲を何故か一応隣地三十四坪七合八勺に限定し代金坪当り金四千円で買受けることとし(甲第五号証の一、二参照)一方土地買受人となるべき被告石川に対してはこれを明らかに告げず依然として両地を合せ五十余坪の買受を交渉するもののように信じさせ、被告石川との間においては右坪数を代金二十六万四千円(望月の借地権を含め)で売却することを約し(乙第一号証参照)昭和二十六年三月二十六日内金十万円を受領した後、同年四月十七日被告石川を所轄登記所に同道し司法書士の事務所に案内して五十余坪分の登記申請書類を見せ翌日その登記手続をなすべきことを約して更に内金七万五千円を受取つたので、被告石川は翌十八日本件土地及び隣地をまとめて買受けその登記手続がなされるものと信じて登記所に参集したこと、一方訴外山本禎夫は参加原告の依頼により原告の代理人として隣地の所有権移転登記手続をするため登記所に赴いた関係上、右両名及び糀沢の三者会合して書類を点検した結果登記坪数に相違があることが発見され一時紛糾を生じたが、糀沢のとりなしで一先ず隣地だけの登記手続と代金の授受をすることとなり、併せて買主の名義を被告坂井とすることに合意が成立し、同日登記申請及び代金の授受を了し原告名義で被告坂井あての代金領収証(甲第五号証の一、二)が作成交付されたことを認め得る。
以上認定のように買主たるべき被告石川は糀沢秀行を売主たる原告及び借地権者望月松太郎の代理人と信じて売買の交渉をしていたものであり、糀沢も亦そのような態度をとつていたことは明らかであるが、同人は少くとも所有者たる原告との関係においては借地権者たる望月及び土地買受人の代理人として交渉に当つていた者にすぎず、従つて原告は糀沢に対し本件土地の売買に関連して何等の代理権をも与えたものでないこと多言を要せぬところであるから、被告石川が同人との間にその主張のような契約をしたとしても原告に対し何等の効力を及ぼすものではない。
二、而して前記各証拠と証人橋本はるの証言(第一回)、被告石川の供述(第三回)を前段認定の事実に合せて考えてみると、被告石川は本件土地をも合せて買受けたものと信じていたに拘らず、同人としては諒解し得ない理由によつて本件土地についての移転登記手続を後日に延期せられ、しかもその後何等その手続をする気配もないところから、再三糀沢に対し督促を重ねたが同人は前記のような事情があるため一時を糊塗するのみで要領を得ず、被告石川は被告坂井と協議の上昭和二十六年中に本件土地と隣地にまたがつて本件建物を建築し他の被告等と共同して占有使用するに至つたのであるが、原告側から何等の異議がないとはいえ登記手続が履行されないことに不安を抱いていたところ、昭和二十七年半頃前記山本禎夫から、本件土地については参加原告に実権があること従つて同人と直接交渉すべきことを教えられたので、被告石川は爾後単独又は橋本はると同道して度々参加原告を訪れ折衝したところ、参加原告は初め容易に態度を明らかにしなかつたが、同年七月下旬頃に至り本件土地を改めて坪当り代金八千五百円で売買することの合意が成立したことを認めることができる。
三、以上に掲げた証拠の内被告石川の供述(第一回)中には右契約の成立を否定するような部分があるが、右は原告代理人の訊問に答えて、代金授受及び登記手続をなす時期につき明確な約定がなかつたことを肯定したにすぎず、右供述がその趣旨に外ならぬことは前後の供述及び爾後の供述と綜合して考察すればおのずから理解されるところである。又証人西羅光造の証言、参加原告の供述中には右認定と相反するものであるが、
(イ) 右証言は全体としてあいまいであるだけでなく、
(ロ) 最初参加原告から進んで本件土地をも買受けるよう橋本、糀沢にすすめたといいながら、被告坂井の建物が完成した後の被告石川からの折衝に対してはこれを拒絶したといつて、本件土地の処分に関し態度の一貫しないものを感じさせること、
(ハ) 糀沢から売値を定めて度々登記手続をするよう申出があつたと証言する傍ら、隣地の登記後には何等の申出がなかつたといいその証言に甚だしい矛盾があり、
(ニ) 被告坂井の建物がすでに地上に存在し、被告坂井は本件土地をも買受けたものとして登記手続方の督促に来ていることを知りながら、長期間何等明確な態度を示さず、数ケ月後に至り懇意の間柄である訴外木村松男に本件土地の使用を許諾したと称し山本及び木村をして被告石川にその旨を告げさせ、土地明渡方を交渉させ、被告石川が直接解決の交渉に来たときは木村と交渉して諒解を遂げるよう指示しながら、被告石川が木村のため替地を物色決定してその旨を報告すると参加原告は態度を一変して憤懣を装い一切の希望を受入れない態度をとるに至つたこと(以上は被告石川の供述全部及び証人山本禎夫、木村松男、木村サトの各証言の一部を綜合して認められる。)、
(ホ) 右認定のように被告石川をして木村と諒解を得させるように指示しているに拘らず、参加原告としての供述中には、被告石川の買受申込に対して十万円でも売れないと回答したと矛盾した供述をしており、
以上の諸点を本件事実関係の経緯の概要と被告石川の供述とに比較して考察すれば、西羅光造の証人又は本人としての供述は全体として容易に措信し難いものがある。
四、従つて本件土地については被告等主張のように、昭和二十七年七月下旬頃被告坂井の代理人たる被告石川と原告の代理人たる参加原告との間に代金坪当り金八千五百円の売買契約が成立し、ただその代金支払及び所有権移転登記手続の履行期が定められていなかつたにすぎないものであるというべく、その所有権が原告にあることを理由とする原告の請求は理由がない。
一方参加原告が昭和二十九年三月十二日原告から売買名義で本件土地につき所有権移転の登記を経由したことは被告等の明らかに争わないところであるが、参加原告が処分権を含む一切の権限を持つ原告の代理人として本件売買に関与したことも当事者間に争がなく、かかる広汎な権限を有する理由は、参加原告が原告のもとの夫であつて本件土地を原告名義で買受けるときから一切参加原告の意思によつてこれを管理処分し、原告は登記名義上の所有者であるに止まつて、実質上の所有者は初めから参加原告にであつたといつて差支ない実情にあり(以上は証人山本の証言及び西羅光造の証言、供述によりこれを認める。)従つて原告から参加原告に所有権が移転されていないものとしても単に登記名義を実質的な所有権の所在に一致せしめたと同様の関係にあるにすぎないのであるから、参加原告は通常の単なる代理人といわんよりかむしろ売主の包括承継人と同様もしくはこれに近い地位にあるものであつて、被告石川の登記が欠けていることを主張するにつき正当の利益を有する第三者には当らないと解するのを相当とする。(観点を変えれば、所有者たる原告の土地につき処分権を有する参加原告が売主として被告坂井との間に他人の土地を目的として売買契約を結んだとみることも可能であり、又原告は単なる登記簿上の名義人にすぎずその所有権は参加原告にあり、本件売買契約は所有者たる参加原告が被告坂井との間に結んだものであつて、たゞ登記名義が原告にある関係から売主たる参加原告が代理人の名称を用いたにすぎぬと考えることもできる。)
従つて参加原告に対する関係においても、被告坂井は有効に自己の所有権取得を主張し得るわけであるから、参加原告もまた本件土地の所有権が自己にあることを主張して被告等に対し土地の明渡及び損害賠償の請求をすることができないものといわねばならない。
五、以上判断したとおり原告及び参加原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾)