大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(行)25号 判決

原告 安島旭吉

被告 外務大臣

一、主  文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は「被告は原告が昭和二十七年十二月一日附を以てなした旅券等下附申請に対して旅券を下附すべき義務があることを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めると申立て、請求の原因として、「原告はアメリカ合衆国に渡航の為、昭和二十七年十二月十五日同年十二月一日附を以て被告に対し旅券下附申請書を提出したが、被告は今日に至る迄該申請について何等の決定もなして居ないので被告が原告の右申請に対して旅券を発給する義務あるものであることの確認を求める。」と述べた。

被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、

「原告がその主張の通りに被告に対して旅券下附申請書を提出したこと、被告がその申請について何等の決定もして居ないことは認める。」と述べた。

三、理  由

我国の憲法において採用されて居る三権分立の建前の下においては、裁判所は裁判法第三条に明らかにされて居る通り、憲法上例外規定なき限り、法律上の争訟において、一切の行為が法規(最終的には憲法)に適合するや否やの判断をなす権限を附与せられて居る。従つて右の範囲においては行政庁の一切の行政行為についてそれが法規に適合するや否やの判断をなし得ることは当然である。然し裁判所は右の法規に適合するや否やの判断権限を法律上の争訟について、即ち個人的権利義務そのものについての紛争を解決するについてのみ有するにすぎないのであつて、個人的権利義務を離れ単に抽象的に法規上如何なる権利義務が存するかと言う紛争についてこれを有するわけのものではない。

ところで行政庁がその権限に基いて何等かの行為をなして始めて国民の個人的権利義務に何等かの変動が生じ得るものであつて、行政庁が何等の行為もなして居ない時は、個人的権利義務には何等の変動も生じない。行政庁が何等の行為もなしていない段階においては、国民の個人的権利義務に何等の変動も生じ得ない結果、個人的権利義務そのものについて対立せる紛争は存し得ない。従つて個人と国又はその他の公共団体との間に紛争を生じ得る事柄は、行政庁が行政の執行に当るものとして如何なる義務を負うかの点にすぎない。行政庁が行政の執行に当るものとして如何なる義務を負うかと言うことは、一般的に法規に従えば如何なる要件の下に如何なる行為をなすべきであるかと言うことである。行政上一定の要件を具備した申請の存する時には一定の行為をなさなければならない義務と言うのは、申請者の事情が如何なる法規上の要件に合致するか、そしてその要件の存する場合には法規上如何なる行為をなすべきことが要求せられて居るかと言う一般的・抽象的な法規上の義務でしかあり得ない。かかる個人的義務そのものを離れた行政上の義務の存在することの確認が、個人的権利義務そのものについての紛争についてのみ権限を有するにすぎない裁判所の権限に属せざることは明らかであると言わなくてはならない。所謂行政訴訟において、違法なりや否やの判断を受くべき行政庁の行政行為とは、それが行為(積極的行為)であれば、不作為(消極的行為)であれ、行政庁がなした何等かの行為でなければならず、単なる行為の不存在ではあり得ない。裁判所は先ず行政庁の行為を俟つて、その行為が個人的権利義務に変動を生ずべきものである限り該行為が法規に適合するや否やを事後的に判断するに止まるものであつて、単に法規上の一定の要件が具備する場合に法規上如何なる義務が要請されて居るかを宣言する権限を有しない裁判所は行政庁が未だ何等の行為も為さざるに先立ち、積極的に行政庁が何を為すべきであるかを確定することはなし得ないのである。

そこで本件訴について見ると、本訴において原告の主張する処は原告は昭和二十七年十二月十五日被告に対し旅券下附申請をなしたところ、被告は現在迄これに対し何等の決定もして居ないが、当然右申請に対して旅券を発付しなければならぬ義務があるものであるから、その確認を求めると言うにあるのであつて、原告が確認を求める事項は前述の処からして明らかな通り、個人的権利義務そのものに非ざる単なる行政上の義務の存在にすぎず、裁判所の権限の属せざる事柄と言わなくてはならないから、本件訴は不適法として却下を免れないものである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲 山田尚)

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