東京地方裁判所 昭和28年(行)40号 判決
原告 東宝株式会社
被告 内閣総理大臣
一、主 文
被告が昭和二十七年十一月二十四日した別紙目録の処分は取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に対して、次のとおり述べた。
原告は映画の製作、配給並びに上演等を営業とする商事会社で、別紙目録の物件の所有者である。
被告は、昭和二十七年十一月二十四日、アメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下特別措置法という)第五条にもとづき、別紙目録の土地建物等の使用が同法第三条の「その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるとき」という要件に該当するものと認めて、別紙目録の認定をした。
しかし、アメリカ合衆国軍隊が日本国に駐留する目的が、日本国に対する武力攻撃を防止するためであることは、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約の冒頭で、「日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。」といつていることからも明らかであり、従つて、特別措置法にいわゆる「土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である」とするためには、駐留軍による土地建物等の使用が、日本国に対する武力攻撃を阻止するために必要であることを要する。ところで、本件の物件は、劇場の建物、その敷地、その設備等であり、そして駐留軍のための使用目的もまた劇場として使用するにあるのであるから、駐留軍のための本件物件の使用は、日本国に対する武力攻撃を阻止するため必要であるとはいえない。即ち、本件物件の使用は、特別措置法第三条に規定する要件に該当するものでなく、被告のした前記認定は違法である。
このことをなお少し詳しく説明する。特別措置法第三条は、同法による土地等の使用収用の要件として、「その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるときは」と規定しているが、この規定はいうまでもないことながら、同法制定の目的にそうように解釈適用されなければならない。ところで、同法第一条によると、同法制定の目的は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定を実施する」にあるとともに、行政協定第二条は、「日本国は合衆国に対し、安全保障条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設及び区域の使用を許すことに同意する。」と定めているのであるから、特別措置法第三条の解釈は、結局安全保障条約の目的に最後の基準を求めなければならない。即ち、同条にいわゆる「土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である」とするためには、駐留軍による当該土地等の使用が安全保障条約の目的の遂行に直接必要である、というのでなければならない。そして安全保障条約の目的が「外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与する」にあることは、同条約第一条及びその前文に徴して明らかであるから、特別措置法第三条にいわゆる「駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるとき」とは、結局、駐留軍による土地等の使用、収用が日本国に対する武力攻撃を阻止するために直接必要である場合に限定さるべきは、当然である。
これを本件につきみるに、駐留軍による本件建物等の使用は、次のとおり、著しく安全保障条約の目的を逸脱していて、不適正且つ不合理である。即ち、(イ)本件建物等は主として映画の上映、演劇等の娯楽の用に使用されている。このことからいつて、すでに本件建物等の使用は不適正である。けだし、本件物件の本来の使用方法たる映画の上映、演劇等が日本国に対する武力攻撃を阻止するために直接必要でないことは言をまたないからである(もとより、アメリカ合衆国の軍隊の駐留を許容する以上は、その娯楽施設も好意的に考慮することは、日本政府の措置として妥当であり、日本政府の責任でもあるが、このことは原告の意思に反し、そのぎせいにおいて本件建物等を強制的に使用することを正当化するものではない。日本政府としては、よろしく、日本国民との自由にして任意な契約によつて右の責任を果すべきである)。(ロ)のみならず、本件建物等の使用の現況は、駐留軍の娯楽といわんよりは、むしろ進んで、営利目的のもとに一種の興行用として使用されているのであつて、本件建物等の使用は著しく不合理である。即ち、本件建物の地階(表)は軍PX、スナツクバーに使用されており、しかもこれを他人に請負わせている模様である。一階乃至三階(表)の大劇場は主として映画の上映のため使用され、時にはシヨーその他演劇興行用に供されているが、いずれも有料、年中無休であるとともに、その顧客もアメリカ合衆国の軍人だけに限られず、その他の連合国軍人、シビリアンはもとより、これらの同伴者たる日本婦人にも及んでいるのであつて(これらの者は、行政協定にいわゆる軍属やその家族には該当しない)、あたかも原告会社と競争的立場において、しかも無税という有利な立場において、営業をしているような実状である。四階(表)の小劇場も劇場として使用され、その運営方法も右と同じである。旧大蔵ビルや旧政友会本部等を軍が返した結果、同所で運営していた図書館等は本件建物内に移管されている。本件建物の一部は、時計修繕店、写真現像店にあてられ、しかもそれらは専ら軍以外の個人商店が有料無税で営業している。以上のような本件建物等の使用は不適正且つ不合理というほかない。
被告主張のように、本件建物が、劇場としてのほか、軍の軍事教育用施設等としても必要であり、現実にもその目的に使用されているというようなことは極力争う。
以上のとおりで、被告の本件建物等の使用の認定は違法であるから、その取消を求める。
内閣総理大臣が特別措置法第五条にもとづいてする土地等の使用の認定は抗告訴訟の対象となる行政処分ではない、という被告の主張は、納得できない。
土地収用法における事業の認定は、特定の公共の利益となる事業のために公用徴収の必要なことを認定し、起業者のために、一定の手続を経ることを条件として、内容未確定の公用徴収権を設定する行為であり、特別措置法第五条にもとづく内閣総理大臣の認定も、これと性質を同じくする行為である。即ち、内閣総理大臣の認定は収用委員会の裁決とともに、調達局長に当該土地等を使用収用することを得しめるに必要な前提条件をなす独立の行政処分である。内閣総理大臣の認定がなければ当該土地等の所有者がその土地等を強制的に使用収用されることは絶対にあり得ないのである。この意味において、当該土地等の所有者は、この認定の適否につき直接の利害関係をもつのである。もとより、使用又は収用の効果は、使用認定のみによつて生ずるものではなく、収用委員会の裁決をまつて生ずるものではあるが、この裁決は、使用又は収用の効果発生の最終段階における行政処分であるに過ぎず、最初の段階における使用認定がなければ、裁決なるものもないのである。そして一旦使用認定がなされれば、後日における調達局長の特別措置法第八条にもとづく通知があるか又は収用委員会の使用、収用をしない旨の決定があることを解除条件として、土地等の所有者はその所有土地等を将来強制的に使用又は収用せらるべき法的拘束を受けるのである(さればこそ特別措置法第七条、第八条の官報での告示が要求されているのである)。即ち、使用認定と裁決とは、土地等の使用又は収用という法的効果を共通の目的として段階的に発展する二個の独立した行政処分であり、そのいずれによつても土地等の所有者の法律上の地位は著しく左右されるのであり、そして反対に解すべき特別の規定もないのであるから、土地等の使用又は収用を受ける所有者は、右使用認定に違法があるときは、その取消を求める行政訴訟を提起することができるのである。この関係は、あたかも、農地買収に関して最終段階の買収処分に対し出訴することができるのはいうまでもないことながら、その前提条件をなす買収計画決定に対しても出訴することができることと同じである。以上の理は、特別措置法第七条第一項が、内閣総理大臣の使用認定を官報で告示すべきことを規定し、また土地収用法が事業の認定につき利害関係人に意見書の提出を許し(二五条)、事業認定の告示をすべき旨を定め(二六条)、さらに事業認定に対しても独立の訴願を許していること(一二九条)などによつてもうかがうことができる。官報での告示や意見書の提出は、土地所有者等の利害関係人の権益を保護するとともに、違法な認定(使用認定又は事業認定)に対する攻撃の機会を逸することなからしめんとする配慮に出でたものである。これを事業の認定についていえば、もし事業の認定が所有権者その他の利害関係者の具体的な法律上の地位を何ら左右するものでないとすれば、右のような規定は必要ないのであり、逆にかかる規定があることは、事業の認定が、所有権者の法律上の地位に影響を及ぼすものであることを示しているのである。ところで、内閣総理大臣の使用認定と土地収用法における事業認定とは全く同じ性質のものであるから、内閣総理大臣の使用認定も、所有者その他の利害関係者の具体的な法律上の地位に影響を及ぼすものであるとしなければならない。
被告は、内閣総理大臣の認定は、物件所有者たる原告に何も不利益を与えないということを強調するが、使用認定の対象となつた物件を売買賃貸しようとしてもなかなかできるものでなく、仮りにできたとしてもごく不利な条件に甘んじなければならないのであるから、このことを考えただけでも、本件使用認定が原告に不利益を与えることはわかるはずである。
なお本件においては特に次の一点を留意する必要がある。本件使用認定を前提とする収用委員会の裁決には一年の期限が付けられているので、この裁決に対する取消訴訟を提起しても、それが係属中に一年の期間が経過すれば、その一事によつて、取消を訴求する必要性なしとの理由で、原告敗訴の判決がくだるおそれが十分である。かくては、一年の期限つきで同様の裁決がくり返される場合、原告はついに内閣総理大臣の認定が違法であるに拘らず、その旨の判決を受けることができないという羽目に追いやられるのである。この不当な結果をさけようとするには、どうしても内閣総理大臣の認定に対して取消訴訟を起すことができるとしなければならないのである。
かように述べた(立証省略)。
被告代理人は、まず、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。
内閣総理大臣が、特別措置法第五条にもとづいてする土地等の使用又は収用の認定(以下使用認定という)は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。
内閣総理大臣は、土地収用法における事業認定と同じく、調達局長に土地等を使用又は収用する権限を与える行政行為であるが、その土地等の所有者その他の権利者の具体的な法律上の地位を左右するものではない。即ち使用又は収用の効果は、収用委員会の裁決に定められた使用又は収用の時期までに補償金の払渡、供託等が行われることを条件として裁決(協議による場合もこれに準ずる)のときに発生し(特別措置法一四条、土地収用法四八条一項、一〇〇条、一〇一条)、当該土地等の形質変更禁止等の効果は、調達局長の特別措置法七条二項の規定による公告によつて発生する(特別措置法一四条、土地収用法三四条一項、なお同法八九条一項、一四二条参照)。従つて内閣総理大臣の使用認定の違法を攻撃しようとする者は、収用委員会の裁決又は調達局長の特別措置法七条二項の規定による公告の取消の訴を提起すべきであつて、内閣総理大臣の使用認定自体は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない、と解すべきである。特別措置法七条一項が内閣総理大臣の使用認定を官報で告示すべきことを規定し、土地収用法一二九条一項(特別措置法は本条を準用していない)が都道府県知事がした事業認定に対し訴願を許していることは、いずれも右の解釈を妨げるものではない。原告の本訴は、特別措置法五条による内閣総理大臣の使用の認定の取消を求めるものであるから、不適法として却下すべきである。
以上が被告の訴却下を求める理由である。
次に本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。
原告が原告主張のような商事会社で、本件物件の所有者であること、被告が昭和二十七年十一月二十四日本件物件の使用につき原告主張のような認定をしたことは認めるが、その他原告が主張することは争う。
人間生活によつて娯楽、慰安が必要不可欠であることはいうまでもないことであり、このことは軍人の生活にとつても同様である。従つてアメリカ合衆国軍隊の日本国内駐留が認められる以上、特別措置法三条にいわゆる「駐留軍の用に供することが適正且つ合理的」な土地等は、劇場その他駐留軍々人のための娯楽乃至教養施設等を含むと解さざるを得ない。これが軍事目的に直接必要な範囲に限定されるという原告の主張は、政治論としてはともかく、特別措置法の解釈としては理由がない。
本件物件の、娯楽乃至教養施設としての主な使用状況は次のとおりである。
即ち、(1)大劇場(一階乃至三階)は映画の上映、演劇の上演のために使用されている。開館時間は毎日午後一時から十時三十分まで、座席数は二、六〇〇、観客数は月平均八五、〇〇〇人(駐留軍々人七五、〇〇〇人、日本人一〇、〇〇〇人)である。(2)小劇場(四階)は映画の上映に使用されている。開館時間は前同様で、座席数は三六〇、観客数は月平均二六、〇〇〇人(駐留軍々人二四、四〇〇人、日本人一、六〇〇人)である。(3)スナツクバー及びPX(地階)では食料品、飲物、煙草、日用品その他が販売されている。開店時間は毎日午前十時から午後十時三十分まで。スナツクバーの収容能力は二一六人、利用者は月平均一五〇、〇〇〇人(全部駐留軍々人)である。(4)クラブ二一番(四階)には遊戯室(ピンポン、球つきの設備あり)、談話室、読書室(小舞台の設備がある)、音楽演奏室等がある。開場時間は毎日午前十時から午後十時まで、利用者数は月平均二五、〇〇〇人(駐留軍々人二三、七〇〇人、日本人一、三〇〇人)である。(5)図書館(二階及び三階)がある。開館時間は毎日午後零時三十分から九時三十分まで、利用者数は月約一〇、〇〇〇人(全部駐留軍々人)である。(6)「A」ホール(五階)には舞台設備と二五〇人分の座席がある。部隊の宴会、演劇の上演、ダンスやカメラのクラブの会合等に利用されている。
本件建物の管理、スナツクバーとPXを余く全施設の直接監督はキヤンプ東京司令部の米軍将校が当り、スナツクバーとPX(靴磨き、時計修繕店を含む)の直接管理は、同司令部の米軍々属が当つている。従つて本件建物の全施設は米軍の経営又は管理に属し、入場料その他の支払はすべて軍票ドルで行われ、その売上金はすべて米国々庫に帰属する。そして本件建物のうち、大劇場は、月約四回講演、軍事講習等の軍事訓練のために使用される。出席者は、東京地区に分散営住する軍人で、その数は月平均六、〇〇〇人である。これらの軍事訓練は一時に多人数の者を訓練しなければならないのであるが、これが可能な施設は本劇場のほかにはない。
以上の本件建物等の使用状況は、内閣総理大臣が本件使用認定をした当時から現在に至るまでほぼ変化がない。これによると、本件建物が特別措置法三条にいわゆる「駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である」土地等に該当すること明らかであるから、内閣総理大臣が本件建物等を右のような用に供するためにした本件使用認定は適法である。
かように述べた(立証省略)。
三、理 由
(一) 本訴の対象
原告が本訴で取消を求めているのは、被告内閣総理大臣が昭和二十七年十一月二十四日特別措置法第五条にもとづいてしたという、別紙目録の「土地等の使用の認定」である。
(二) 抗告訴訟の対象となる行政処分か
特別措置法第五条の内閣総理大臣の土地等の使用の認定は、土地収用法における事業の認定と同じ性質の行為であることは、特別措置法と土地収用法とを比較検討してみて、明らかである。土地収用法における事業の認定は、特定の公共の利益となる事業のために、土地等の収用又は使用の必要なことを認定し、起業者のために、法律の定める手続(土地細目の公告及び協議、収用委員会の裁決等)を経ることを条件として、公用徴収権を設定する行為であり、特別措置法第五条の内閣総理大臣の土地等の使用の認定もまた、駐留軍の用に供するため、土地等の使用の必要なことを認定し、調達局長(国)のために、法律の定める手続(第七条の規定による通知、告示、公告、収用委員会の裁決等)を経ることを条件として、強制使用権を設定する行為である。調達局長(国)のための強制使用権設定の効果は、内閣総理大臣の土地等の使用の認定だけで生ずるものではなく、収用委員会の裁決をまつて生ずる(但し、補償金の払渡、供託等が行われることを条件として)ものではあるが、内閣総理大臣の土地等の使用の認定がなければ、収用委員会の裁決ということは起り得ず、従つて強制使用権設定の効果も生じ得ないのであり、一方内閣総理大臣の使用の認定があつた土地等については、法定の事由(特別措置法第八条の事由、土地収用法第四十七条の却下の裁決等)が起らぬ限り、収用委員会は使用の裁決をしなければならないのである。このように、内閣総理大臣の土地等の使用の認定がなければ、調達局長(国)のための強制使用権の設定という結果は絶対に起り得ないのに、内閣総理大臣が土地等の使用の認定をすることによつて、収用委員会の使用の裁決(従つて調達局長のための強制使用権の設定)にまで発展する端緒が作り出されるのであるから、その土地等の所有者は、内閣総理大臣の使用の認定によつて、一種の法的拘束(不利益)を受けるものといわなければならない。この法的拘束の結果、所有者のする土地等の処分は、事実上著しく制限されるのである。
以上の、駐留軍の用に供するための土地等の強制使用権の設定と内閣総理大臣の使用の認定との関係は、旧自作農創設特別措置法における農地買収処分と農地買収計画との関係によく似ている。
行政庁の行為が私人の法律上の地位に不利益な変動を及ぼすとき、その行為は抗告訴訟の対象となる。内閣総理大臣の土地等の使用の認定は、さきに説明したとおり、その土地等の所有権に対し法律上の不利益を及ぼすものであるから、抗告訴訟の対象となるものといわなければならない(なお、一の法的効果を目的として数個の行政庁の行為が段階的に発展する場合、それらが独立して私人の法律上の地位に不利益な変動を及ぼすものである限り、そのいずれに対しても抗告訴訟を起すことができることは、いうまでもない)。
内閣総理大臣の土地等の使用の認定は抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。という被告の主張は、理由がない。
(三) 原告のいうような行政処分はあつた
別紙目録の土地建物その他の物件が原告の所有に属すること、被告内閣総理大臣が、昭和二十七年十一月二十四日、特別措置法第五条にもとづき、別紙目録の土地建物等を駐留軍の使用に供することが適正且つ合理的であると認めて、別紙目録通りの使用の認定をしたことは、当事者間に争いがない。
(四) 何のための使用か
乙第一号証の一、二、第二号証(証人伊関佑二郎の証言によつて真正にできたと認められる)と証人伊関佑二郎、エドワード・エフ・ウオルシユ、五十嵐敏郎の各証言とを合せ考えると、次のとおり認めることができる。
内閣総理大臣が本件土地等の使用の認定をするに至つたについては、アメリカ合衆国が、主として駐留軍々人の娯楽乃至慰安のため必要であるとして、本件物件の使用を要求したことがもとになつている。
本件物件は、平和条約、日米安全保障条約発効後今日まで引続き駐留軍の使用に供されており、その間の主な使用状況は次のとおりで、余り変化はない(ごく細部の点においては多少変つた点もあるが)。
即ち、(1)大劇場(一階乃至三階)は映画の上映、演劇のために使用されている。開館時間は毎日午後一時から十時三十分まで、座席数は二、六〇〇、観客数は月平均八五、〇〇〇人(内日本人は約一〇、〇〇〇人、但し、それ以上のときもある。その他は駐留軍々人とごく僅かな連合国人)である。(2)小劇場(四階)は映画の上映に使用されている。開館時間は前同様で、座席数は三六〇、観客数は月平均二六、〇〇〇人(内日本人は約一、六〇〇人、但し、それ以上のときもある。その他は駐留軍々人とごく僅かな連合国人)である。(3)スナツクバー及びPX(地階)では食料品、飲物、煙草、日用品その他を売つている。開店時間は毎日午前十時から午後十時三十分まで。スナツクバーの収容能力は二一六人、利用者数は月平均一五、〇〇〇人(全部駐留軍軍人)である。(4)クラブ二一番(四階)には遊戯室(ピンポン、球つきの設備あり)、談話室、読書室、音楽演奏室等がある。開場時間は毎日午前十時から午後十時まで、利用者数は月平均二五、〇〇〇人(駐留軍々人二三、七〇〇人、日本人一、三〇〇人)である。(5)図書館(二階及び三階)がある。開館時間は毎日午後零時三十分から九時三十分まで。利用者数は月約一〇、〇〇〇人(全部駐留軍々人)である。(6)「A」ホール(五階)には舞台設備と二五〇人分の座席がある。部隊の宴会、演劇の上演、兵士たちのシヨーやダンス等に利用されている。(7)靴磨き、時計修繕店、写真屋等もある。
なお本件建物のうち大劇場は月約四回軍事に関する講演、教養に関する談話等に使用されている。出席者は東京地区に分散営住する軍人で、その数は月平均六千人である。
本件建物及びその中の前記施設(靴磨き、写真屋、時計修繕店を含む)は駐留軍の管理、経営に属し、入場料、代金等はすべて軍票ドルで支払われ、その売上金はすべて米国々庫に帰属することになつている。
以上のとおり認めることができる。
原告は、「本件大劇場、小劇場は営利的に経営され、また本件建物中の時計修繕店、写真現像店等は個人商店が有料無税で営業している。」といつて、いろいろ述べているが、前認定を覆し原告主張の右事実を認めさせるような証拠はない。
(五) 「適正且つ合理的」といえるか。
日米安全保障条約は、その前文で「……日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。」と定め、その第一条で「……アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国及びその附近に配備する権利を、日本国は許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する。この軍隊は、極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、……外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる。」と、またその第三条で「アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定する。」と規定し、安全保障条約第三条に基く行政協定第二条は、これを受けて「日本国は、合衆国に対し、安全保障条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設及び区域の使用を許すことに同意する。」と規定している。そして特別措置法は、その第一条でわかるとおり、右行政協定を実施するため、日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(駐留軍)の用に供する土地等の使用又は収用に関していくたの規定を設けた。即ち、日本国は、行政協定により、合衆国に対し、安全保障条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設及び区域の使用を許す義務を負担したので、この義務を確実に果すための国内措置として、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関する特別措置法を作つたのである。故に、特別措置法第三条にいう、土地等を駐留軍の用に供することが「適正且つ合理的」であるか否かは、その土地等が安全保障条約第一条に掲げる前記目的の遂行に必要な施設又は区域といえるか否かということを基準として決しなければならない。(また特別措置法による使用又は収用は強制的なものであり、やむを得ない必要があるとして個人の財産権の侵害が許される場合であることを考えると、その「適正且つ合理的」というにはおのずから一定の限界があつて、無制限に広い解釈をこれに与えることもできぬ、といわねばならぬであろう。)
人間生活にとつて娯楽乃至慰安が必要であることは、いうまでもない。軍人生活にとつて娯楽乃至慰安が必要であることも、よくわかる。しかし「軍人には娯楽乃至慰安が必要であるから、駐留軍々人の娯楽乃至慰安のために娯楽乃至慰安の施設を駐留軍の用に供することは適正且つ合理的である。」というような論議は、いささか的を外れている。ここでは軍人一般に何が必要であるか、というようなことは、問題にならず、ただ、駐留軍々人の娯楽乃至慰安のために、娯楽乃至慰安の施設を、駐留軍の用に供することは、安全保障条約第一条に掲げる前記目的の遂行に必要な施設の供与といえるかどうか、ということだけが問題になるからである。
さて、安全保障条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設とはどんなものをいうのであろうか。駐留軍の兵舎、演習場などがこれにはいることは疑いあるまい。一方駐留軍々人がゴルフをするために必要な土地がこれにはいらぬことも、明らかであろう。
原告が映画の製作、配給並びに上演等を営業とする商事会社であることは、当事者間に争いがなく、本件施設が娯楽街たるいわゆる有楽街にあり、原告が久しくこれを劇場として使つてきたことも、弁論の全趣旨によつて認めることができる。そして本件施設が、主として駐留軍々人の娯楽乃至慰安のため必要であるとして本件の認定がなされ、実際、主として駐留軍々人の娯楽のために使われてきたこと(軍事に関する講演、教養に関する講話のためにも使われているが、それは附随的な用途であること)は、さきに認めたとおりである。当裁判所は、本件物件を駐留軍のこのような用途に使うことは、特別措置法第三条でいつている「適正且つ合理的」な使用には当らない、と考える。このような用途は、安全保障条約第一条に掲げる目的、即ち「極東における国際の平和と安全の維持に寄与し……外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するため」という目的から少しはなれるからである。右のような用途でも「適正且つ合理的」といえるとすると、必要な最少限度に止めなければならないはずの、個人の財産権の侵害について、殆んどきりがなくなるからである。
重ねていうが、軍人にも娯楽乃至慰安は必要である。そして合衆国の軍隊の駐留を許容する以上、その娯楽乃至慰安の施設を好意的に供与することは、日本政府の措置として望ましいことである。しかし、それはどこまでも、合衆国に対する日本国の対外的責任の問題に属する。このことのために、日本国内において、特別措置法をその目的を逸脱して適用し、日本国民のぎせいにおいて強制的な使用を甘受させることを正当化することはできない。日本政府としては、よろしく、日本国民との間の自由にして任意な契約によつて、右の対外的責任を果すべきである。
(六) 結び
内閣総理大臣の本件認定は、特別措置法第三条に規定する要件に該当しないのに、この要件に該当するとした点において、違法である。よつて訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)
(別紙目録省略)