東京地方裁判所 昭和28年(行)49号 判決
原告 平田仁一
被告 国税庁長官
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、請求の趣旨
「国税庁長官高橋衛が原告に対し昭和二十六年十月五日附でなした懲戒免職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求める。
第二、請求の原因
原告は滋賀県水口税務署に雇として勤務していたが、昭和二十六年十月五日附で当時の国税庁長官高橋衛から懲戒免職処分に付せられ、同月三十日右辞令書を受領した。しかし右懲戒処分は正当な理由なく為された公権力の濫用によるものであつて違法であるから取消されるべきである。
第三、答弁
一、本案前の抗弁
(一) 「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求める。
(二) 本訴は行政事件訴訟特例法第二条に違反し違法である。すなわち原告は水口税務署に雇として勤務中、当時の国税庁長官高橋衛から昭和二十六年十月五日附で懲戒免職処分を受けたのであるが、辞令書と処分説明書は同月二十六日原告宅で水口税務署事務官藤上俊二から手交されてこれを受領した。仮りにそのとき受領しなかつたものとしても、その後水口税務署長宮本義太郎から辞令書と処分説明書の送付を受け、同月三十日これを受領した。その後昭和二十七年四月十五日に至つて原告は人事院に右懲戒処分の審査を請求したが、国家公務員法第九十条所定の請求期間である処分説明書受領後三十日を経過していることを理由に、同年九月六日附で請求を却下された。およそ行政庁の違法な処分の取消を求める訴は、その処分に対し審査の請求ができる場合にはこれに対する裁決を経た後でなければ提起できないことは行政事件訴訟特例法第二条本文の明かに定めるところである。この場合の裁決とは審査請求が適法であつて事案の審査がされた場合の実質的な内容についての裁決であることを要するものと解すべきである。何故ならば、不適法な請求として却下された場合にも、形式上は裁決があつたものとして行政訴訟の提起を許すときは、行政訴訟前に行政庁自らそのなした行政処分の適法妥当につき再考させようとするいわゆる訴願前置主義の実際的な精神を没却することとなるばかりでなく、審査請求期間を遵守せずとも形式的に審査を請求しさえすればいつでも法の救済を受け得ることとなれば法律関係の速かな確定を目的とする国家公務員法第九十条の趣旨に反する結果ともなる。よつて本訴は行政事件訴訟特例法第二条に違反する故に不適法として却下されなければならない。
二、本案の答弁
(一) 請求の趣旨に対する答弁
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求める。
(二) 請求の原因に対する答弁
本件懲戒免職処分は次の理由により国家公務員法第八十二条に基きなされたものであつて、適法正当であり、原告の請求は失当である。
(1) 原告は昭和二十六年六月六日以後正当の理由なく無断で欠勤し、署長宮本儀太郎から三回にわたり書面をもつて出勤を命ぜられたにかかわらず遂にこれに応じなかつた。
(2) 同年八月から人事院の承認を得ることなく、営業所を姫路市十二所前町に置き自ら編集印刷発行人となり、中央(後に中央新聞)という名称の印刷物を毎月二回発行、定価普通版一部金五円、タブロイド版一部金二円として発行し、営利企業を営んだ。
第四、答弁に対する原告の主張
一、本案前の抗弁に対して
被告主張の事実中、原告が昭和二十七年四月十五日懲戒免職処分につき人事院に審査を請求し、人事院が被告主張の日に被告主張のとおりの理由で右請求を却下したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。原告は昭和二十六年十月二十六日辞令書及び処分説明書の交付を受けたことはない。また原告が昭和二十六年十月三十日郵送を受けて受領したのは辞令書だけであつて、その際処分説明書は同封されていなかつた。よつて原告は処分説明書の添付がないことを理由として右辞令書をも署長宛返送した。その後原告は署長並びに大阪国税局に対し極力処分説明書の交付を求めたにかかわらず、交付を拒絶され、まだ処分説明書を受領していない。それ故原告は人事院に審査を請求する期間である処分説明書受領後三十日という期間はまだ過ぎ去つていないから、原告が処分説明書を受領したことを前提として請求期間経過を理由に審査請求を却下した人事院の裁決は違法である。行政事件訴訟特例法第二条本文は、ただに事案につき実質的審査が為されて裁決された場合のみでなく、違法に事案の実質的内容の審査を拒否した却下の裁決があつた場合をも含めて裁決を経たものとして行政訴訟の提起を許したものと解すべきである。そうでなければ、行政庁の違法行為(却下裁決)のために私人の行政訴訟出訴権が不当に奪われることとなるからである。従つて本訴は行政事件訴訟特例法第二条に違反せず適法である。
二、本案の答弁に対して
被告主張の処分理由の事実中
(1) 原告が昭和二十六年六月六日以降出署勤務しなかつたことは認めるが、同日署長から出勤禁止、即時退署を命ぜられたため止むなく欠勤するに至つたのであり、同月十八日附で大阪国税局人事課長宛に右事情を具して欠勤届を提出したから、無断欠勤ではない。同月二十六日附で出署命令書を送付されてから七月四日第二回の出署命令書を受領するまで出署しなかつたことは認めるが、この間原告は自宅に不在であつたからである。第二回の出署命令に対し原告は七月五日出署したところ、身分証明書の返納を要求せられ、給料の支払も停止され、出勤簿えの捺印も拒絶されて「もう来る必要がない」と即時退署を命ぜられたのである。さらに八月十三日附の出署命令書を送付されて出署しなかつたことは認めるが、このときも原告は不在であつて懲戒免職処分発令後の十月二十五日に帰宅してはじめて右出署命令書を入手したのである。
(2) 原告が被告主張の標題のパンフレツトを配布したことはあるが、その余の事実はすべて否認する。原告は徴税界の粛正と自己の潔白を世に訴えるために無料で配布したものである。
第五、証拠<省略>
三、理 由
本案前の抗弁の当否について判断する。
行政事件訴訟特例法第二条がいわゆる訴願前置主義を採つたのは、行政権に対する法の支配を認めた行政訴訟制度において、司法権と行政権とをその接触点において調和均衡せしめ、行政権の自主自足性をできる限り尊重して司法権の行使を抑制し、行政権をしてできる限り自らの為した処分を自ら再検討しあくまで行政目的の見地を離れることなく処分の当否を審査し、是正すべきを是正してなお是正の余地がないと認める場合に限り、はじめて司法権の行使をゆるしたものに外ならないから、同法条にいう「裁決」とは、行政処分の実質的内容について審査した裁決でなければならず、事案の実質的審査に入らずして訴願を却下した裁決は含まないと解すべきである。この法意から考えれば、たとえ行政庁が訴願を誤つて却下した違法な裁決をした場合でも、実質的審査が為されていないことにかわりはないから、本来は行政訴訟を提起することはできないわけである。しかし、このような場合、違法な却下裁決を受けた者は、先ず裁決庁を相手方として裁決取消の行政訴訟を提起し、取消判決を得た場合に、裁決庁がその裁決を取消し実質的審査を遂げた結果、もとの行政処分を取消したときは、もはや行政訴訟の必要はなくなるのであるし、また裁決庁がもとの行政処分を適法正当として取消されないときはそこではじめてその実質的審査に基く裁決を前置された行政訴訟を提起できるのである。しかしこのような手続を執ることはもともと裁決庁の違法な却下の裁決のために余儀なくされたことであるばかりでなく、時間と費用を要し、その間救済せらるべき権利は放置せられるのであるから、行政事件訴訟特例法第二条但書にいう「著るしく損害を蒙る虞がある場合その他正当の事由ある場合」に該当し、実質的「裁決」を経ることを要せず、却下裁決のままでもとの行政処分取消の行政訴訟を提起できる、と解すべきである。
そこで本訴が適法かどうかを判断するためには、先ず人事院の却下裁決が違法かどうかを判断しなければならない。
人事院が、原告は処分説明書をおそくも昭和二十六年十月三十日には受領したものと認めて、その後原告が審査の請求をした昭和二十七年三月十五日まで国家公務員法第九十条の定める処分説明書受領後三十日の審査請求期間を経過したことを理由として審査請求を却下したことは当事者間に争がない。国家公務員法第八十九条第一項は、「処分を行う者は、その職員に対し、その処分の際、処分説明書を交付しなければならない」と規定しているから、処分を行う行政庁は辞令書と共に処分説明書を併せて交付する義務を負う。また同法第九十条は「前条第一項に規定する処分を受けた職員は、処分説明書を受領した後三十日以内に、人事院に、その審査を請求することができる」と規定しているから、人事院に審査を請求するには処分説明書を受領した後三十日以内でなければならない。そこでまず処分説明書の交付受領があつたかどうかを考えよう。もつともここに交付といい受領といつても、結果同一の事実関係を処分庁と被処分者とのそれぞれの立場からいい現わしたに過ぎず、処分庁の交付は同時に被処分者の受領と解すべきである。
証人宮本儀太郎、藤上俊二、砂辺寿の証言によれば、水口税務署長宮本儀太郎は国税庁長官から大阪国税局を通じて原告に対する辞令書と処分説明書とを一括送付されたので、これを原告に交付しようとして出署を命じたが、原告が出署しないため、総務課総務係長藤上俊二に原告宅に赴いて本人に交付するよう命じ、同係長は命を受けて昭和二十六年十月二十六日辞令書と処分説明書を原告宅に持参して原告に面会し来意を告げて両書類を直接原告に手交した。原告は一旦受取つて封筒内書類を一覧し、「無届欠勤などとは以ての外だ。書いてあることはみな事実とちがう。こんなものは受取れないから持つて帰えれ」と突返えし、藤上係長が「あなた宛のものだから受取つて貰わないと署として困る」と受領印の押捺を求めたけれども、原告は頑として応じないので、止むなくそのまま再び持帰つたことが認められる。
原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信しない。また成立に争のない甲第一号証の一の昭和二十六年十月二十七日附水口税務署長作成の原告宛書面には「十月二十六日当署総務係長をして国税庁長官より発令されました貴殿に係る辞令書をお届けしましたが受取を拒否されましたので本日郵便をもつて送付致します」との記載があり、これには「辞令書」とだけあつて、処分説明書の記載はないが、宮本署長及び藤上総務係長の証言によれば、右書面は藤上総務係長が原告宅に赴いた翌日である十日二十七日署長に命ぜられて辞令書と処分説明書を原告宛配達証明郵便に付するため起案した添書であつて、同係長は処分説明書の添付を含めて「辞令書」と記載したことを窺うことができるから、この記載だけで、右認定を覆すに足らず、その他右認定を覆すにたる証拠はない。
右認定の事実について見ると、原告は辞令書と処分説明書とを原告に交付するため原告宅に赴いた藤上総務課総務係長から辞令書と一括して処分説明書の手渡しを受けたのであるから、この時にすでに交付受領があつたものというべく、処分説明書の内容が気に入らないとして、これを突き返したからといつて、一たん有効になされた交付受領がなされなかつたことになる道理がないから、昭和二十六年十月二十六日辞令書と共に処分説明書の交付受領があつたものというべきである。
原告が昭和二十七年四月十五日人事院に処分の審査を請求したことは当事者間に争がないから、原告の審査請求が処分説明書の受領後、法定期間を遙かに経過していることは明かである。一般に処分説明書の受領後、審査請求期間の徒過に宥恕すべき事由があるときは、右審査請求を却下する人事院の裁決を不当とすべき場合があり得るけれども、宥恕すべき事由ありと認めるべき証拠がないばかりでなく、前記のように故意に処分説明書を受領しないことは、明かに不当であり、しかも公文書として成立を認めるべき乙第三号証の一、三及び成立に争のない同第三号証の二、第四号証の一、二、甲第二号証の一、二、並びに証人宮本儀太郎、藤上俊二、山野重雄、砂辺寿の証言によれば、藤上総務係長が辞令書と処分説明書とを止むなく署へ持帰つた後、署長は念のため、これを配達証明郵便で原告に送付したところ、原告はこれを開封した後、翌日これを大阪国税局宛返送したことが認められる。この際原告が署長から送付され大阪国税局へ返送したのは辞令書だけであつた旨の原告本人の供述及び証人豊田武男の証言はいずれも措信できない。このようにして審査請求期間を徒過したことは決して宥恕すべき事情といい難い。
よつて原告の審査請求に対する人事院の却下の裁決は適法であつて、結局本訴は実質的審査による裁決が前置されないことになる。しかも前記のような事情からすれば、行政事件訴訟特例法第二条但書にいう「正当な事由」があるともいえないから、本訴は同条の定める出訴要件を欠き、不適法として却下を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 千種達夫 立岡安正 綿引末男)