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東京地方裁判所 昭和28年(行)55号 判決 1956年4月18日

原告 中塚まさ子

被告 芝税務局長

訴訟代理人 滝田薫 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二十七年三月二十日附でなした、原告の昭和二十六年度分所得税の総所得金額を三〇〇、〇〇〇円とする旨の決定は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、及び被告の主張に答えて、次のとおり述べた。

原告は昭和二十六年度分所得税の確定申告をしなかつたところ、被告は昭和二十七年三月二十日附で原告の同年度分所得税の総所得金額を三〇〇、〇〇〇円、所得税額を七五、八〇〇円、無申告加算税を七、六〇〇円とする旨の決定をなし、同年三月二十六日原告に対してその旨の通知をしたので、原告は同年四月十五日被告に対し再調査請求をしたところ、右の請求は三箇月の経過により東京国税局長に対する審査請求とみなされ、同局長は昭和二十八年四月八日附で右審査請求を棄却する旨の決定をなし、原告は同月十日その決定書を受領した。しかしながら、原告は昭和二十六年度分所得税に関しては所得がなかつたのであるから、被告のなした前記決定は違法である。よつて、その取消を求めるため本訴請求に及んだ。

被告主張事実中、原告が昭和二十六年中肩書住所において撞球台二台を備え撞球場を経営していたこと、及び同年度分入場税として七八、六五〇円を納税したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。原告の同年における収入は一月六〇、二七〇円、二月五一、〇三〇円、三月五六、六六〇円、四月五〇、二四〇円、五月五二、三〇六円、六月五一、〇一〇円、七月四六、四〇〇円、八月四八、九一〇円、九月四一、二七〇円、十月四八、四五〇円、十一月四九、八九〇円、十二月四九、六六〇円で、合計年間収入は六〇六、〇九六円であり、これに対し必要経費として入場税七八、六五〇円、固定資産税六、四一〇円、火災保険料七、八三〇円、使用人給料一〇八、〇〇〇円、撞球台修繕費六五、〇〇〇円のほか、営業用店舗新築のため前年訴外仁井田トモ子から合計八五〇、〇〇〇円を利息日歩四十銭の約で借り、昭和二十六年一月から同年九月まで右利息として毎月一〇二、〇〇〇円宛、合計九一八、〇〇〇円を支払い、同年十月三日内入弁済として四六七、七九〇円を支払つたところ、元金残額中一七〇、〇〇〇円を除き債務の免除を受けたので、同年十月分利息として二〇、四〇〇円を支払い、更に同年十一月十二日内入弁済として更に一四〇、〇〇〇円を支払い、同年十一月及び十二月は右元金残額三〇へ〇〇〇円につき一箇月一二〇円宛合計二四〇円の利息を支払つたから、同年中に合計九三八、六四〇円負債利子を支払つ。従つて、支出した必要経費の総額は一、二〇四、五二〇円となり、前記収入額を上廻るから、原告は昭和二十六年度分所得税に関しては課税されるべき所得を生じなかつたのである。

被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告主張事実中、原告が昭和二十六年度分所得税につき確定申告をしなかつたので、被告が原告の主張するとおりの決定をしたこと、及び東京国税局長が原告主張のとおりの決定をしたことは認める。被告のなした右の決定は、次の理由によつて適法である。

原告は昭和二十六年度においては肩書住所において撞球台二台を備えて撞球場を経営していたものであるが、同年度における収支を明かにすべき帳簿類を備え付けていなかつたので、次の方法によつてその収支を推計した。即ち、同年中原告方の遊戯料金は一人につき最初の一時間は百二十円、以後一時間を増すごとに六十円を加えることになつており、入場者数は一日二十人ないし三十人あつたので、年間を通じ平均一日二十五人の入場者が一人二時間宛遊戯をしたものと推定し、一日当りの平均料金収入を四、五〇〇円と算出した。そして、原告は年中無休で営業をしたが、休日には客足が落ちたので、一箇月平均営業日数を二十八日とみて、年間収入額を算出すると一、五一二、〇〇〇円となるが、原告は同年度入場税として七八、六五〇円を納税したので、これを差し引いた一、四三三、三五〇円を実収入と認め、減価償却費、債負利子、固定資産税、火災保険料、修繕費等き考慮して原告の事業につを作成された所得標準率六〇パーセントを右実収入額に乗じ、特別経費を含めた所得額を八六〇、〇一〇円と推計した。

そして、原告は同年中特別経費として使用人給科を七八、〇〇〇円支払つたので、右所得額からこれを控除した七八二、〇一〇円が昭和二十六年度における原告の純所得額となる。従つて、被告が右の純所得額の範囲内で原告の同年度所得税の総所得金額を三〇〇、〇〇〇円と認めてなした本件決定は正当である。

<立証 省略>

理由

原告が昭和二十六年度分所得税に関し確定申告をしなかつたところ、被告が昭和二十七年三月二十日附で原告の同年度分所得税の総所得金額を三〇〇、〇〇〇円、所得税額を七五、八〇〇円、無申告加算税を七、六〇〇円とする旨の決定をしたこと、及び原告がその主張するとおりの手続を経て本訴を提起するに至つたことは、当事者間に争がない。そこで、被告のなした右の決定の当否について検討する

原告が昭和二十六年度は肩書住所で撞球台二台を備えた撞球場を経営していたことは、当事者間に争いがない、被告は原告の同年中の収入を推定するのに対し、原告は実収入額を主張するので、先ずこの点について検討すると、証人近藤昌子の証言によつて成立を認める甲第一号証(原告の収入の日計帳)には、大体において原告主張のとおり金額の収入があつた旨の記載がある(但し、右帳簿の記載によれば、二月は五一、二三〇円、三月は五六、八四〇円=帳簿上五六、六六〇円とあるのは誤記と認める=、五月は五二、三七〇円=帳簿上五二、三六〇円とあるのは誤記と認める=、八月は四八、九四〇円、九月は四一、三一〇円、十一月は四九、四九〇円=帳簿上四九、八九〇円とあるのは誤記と認める=十二月は五〇、六六〇円、合計は六〇七、二一〇円である)が、右証人の証言によれば、右の日計帳は同人が現金収入のみを記載したものであつて、他に相当額に上る「貸し」があり、その分は原告が別の帳面に記載し右の日計帳には記載されていない事実を認めることができ、証人中塚万次の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に原告の実収入額を証すべき証拠は顕れていない。従つて、原告の収入金額はこれを推計するほかない。

証人申塚ゑみ子、同中塚万次、同渡辺道夫並びに同近藤昌子の各証言及び原告本人尋問の結果の各一部を綜合すると、原告方の遊戯料金は時間貸制と勝負制とあり、前者の場合は一台一時間何人でゲームをしても一二〇円で、後者の場合は一時間一人一二〇円、一人増すごとに六〇円を加算することになつていたこと、営業時間は正午から午後十一時までで、日曜日は休業したこと、一日十五人ないし三十人の入場者があつたこと、原告は撞球場経営のために使用人を三人住み込ませていたこと、原告方は商店街にあるが、附近には特に大きな学校、会社等はないこと、及び昭和二十五年四月頃撞球場を開場した当初は入場者が相当多かつたが、一年位経つてパチンコが盛んになつてからは客足が落ち、そのため昭和二十七年二月頃閉店するに至つた事実を認めることができ、右証人渡辺道夫及び証人副島二郎の証言中右認定に反する部分は措信できない、右の事実を綜合して判断すると、原告方における一日の平均入場者数は二十二、五人で、勝負制料金により一人平均二時間宛、一台に平均二人がゲームを行い、時間貸制の科金によつて一台につき平均二入が一人平均二時間宛ゲームを行つたと推定するのを相当とする。そして、勝負制料金による入場者と時間貸制料金による入場者との人員比は前記証人中塚ゑみ子の証言によれば前者の方が多いことを認めることができ、その比率は、前記証人渡辺道夫、同副島二郎及び同近藤昌子が原告方の料金制度について尋問された時、時間制度の存在についてなんら述べなかつた事実から推すと、八対二と推定するのを相当とする。従つて一日平均勝負制料金でゲームをした入場者は十八人、時間貸制料金でゲームをした入場者は四、五人あつたと言うことができ、一人当り一日の遊戯料金は勝負制による場合が一八〇円、時間貸制による場合が一二〇円となるから、一日平均の入金は勝負制料金によるものが三、二四〇円、時間貸制料金によるものが五四〇円、合計三、七八〇円あつたと推定することができる。証人度辺道夫の証言によれば、同人は昭和二十六年九月十三日原告方に所得税に関して調査におもむいた際、店内において九月十二日三、二〇〇と記載した紙片を発見したことが認められるが、右の記載が同日分の原告の入金額を意味するか否かについては確証がなく、仮に右の記載金額が同日における原告の入金額であつたとしても、前記甲第一号証の記載によれば、同年の現金収入を月別にしてみると九月中の収入が最も少く、年間平均月収五〇、六〇〇円の約八一、六パーセントであり、右三、二〇〇円が九月中の平均日収に等しいものと仮定してこれを〇、八一六で除すると、年間平均日収は三、九二一円と算出され、前記日収を上廻るから、右証言事実は前記推定と矛盾しない。

次に昭和二十六年における原告の営業日数につき、被告は一箇月平均二十八日、即ち年間三百三十六日と推定するが、前記認定のとおり原告は毎日曜日休業していたことが明かであり、前記甲第一号証の記載によれば、年間五十二日休業し三百十三日営業したことが明かである。従つて前記認定の平均日収に右営業日数を乗じて得た一、一八三、一四〇円が、同年中における原告の総収入金額であると推定することができる。

被告は、右総収入金額から原告が納税した入場税額を差し引いた金額を実収入額とし、これに所得標準率を用いて所得額を推定するに対し、原告は返済した負債利子が多額のため所得を生じなかつた旨主張する。そこで原告が昭和二十六年度においてその主張するとおり負債利子を支払つたか否かを検討する。成立に争のない甲第三号証及び証人康鳴球の証言により成立を認める甲第四号証の各記載に証人中塚万次、同副島二郎及び右証人康鳴球の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は撞球場を経営するための店舗一棟を建築する費用の一部として、別居して旅館を経営していた夫中塚万次を通じ、訴外仁井田トモ子から昭和二十五年中に数回に亘つて合計八五〇、〇〇〇円を借り受けたが、弁済期日までに返済できなかつたため、同年十二月に至り右建物その他の不動産上に同人のために抵当権を設定し、なお日歩四〇銭の遅延損害金を支払うことを約したこと、及び前記中塚万次が右仁井田トモ子に対し右の遅延損害金として一箇月一〇二、〇〇〇円宛を昭和二十六年一月から同年九月まで支払つた事実を認めることができるかのようにみえる。然しながら、前記甲第四号証の記載内容に関する証人康鳴球の証言は極めてあいまいであつて、たやすく信用し難いものであり、また前記甲第三号証によれば原告が撞球場に使用していた建物には昭和二十五年三月十一日その保存登記がなされ、同年十二月六日に至り初めて仁井田トモ子のため同年九月三十日を弁済期とする金八五万円の債権につき前同日成立した弁済契約に基く抵当権設定登記がなされ、訴外大洗株式会社及び中塚万次が連帯保証人となつていることが認められ、証人中塚万次の証言によれば右大洗株式会社は同人が社長となり同人、その妻子及び近親名義の出資をもつて旅館業を経営する会社であることが認められ、更に同証人の証言によれば、同人は別に昭和二十五年一月から六月頃迄の間他より合計金五三〇万円に上る金員を借用し、これを右旅館経営のために使用したことを認めることができ、一方本件撞球場は前記のように昭和二十七年二月頃閉鎖されたのであるが、前記甲第三号証によれば、前記建物については右廃業後同年六月十九日訴外鈴や相互金融株式会社に対する金六〇万円の債務のため抵当権が設定され、更に同年八月二十八日訴外株式会社実業の相談社に対する金三〇万円の債務(連帯債務者中塚万次)のため抵当権が設定され、昭和二十八年二月二十四日及び同月十六日右各債務を弁済した上、同月二十五日右鈴や相互金融株式会社に対する極度額金一五〇万円の根抵当権が設定されて今日に至つていることが認められ、右中塚万次の証言及び原告本人尋問の結果によれば、仁井田トモ子からの前記金員の借入及び支払に関しては万次がすべてこれを処理していたことを認めることができるのであつて、以上の諸般の事実を考え合せると、仁井田トモ子からの借入金が果して本件撞球場開設のための資金として借用され、且つそのために使用されたものであるか否かについては、これを肯定することを得ないと言わざるを得ない また、右中塚万次が仁井田トモ子に対し遅延損害金として支払つたと称する金員が原告から出たものであるとすれば、原告の支払つた遅延損害金は前記認定の原告の平均日収の一箇月分(二十七日分)と略々同額になり、生活費及び営業経費は本件撞球場経営以外の手段によつてまかなつていたことになるところ、原告がかような収入を得ていたことについてはなんら立証されていないのであるから、原告本人尋問の結果中中塚万次が仁井田トモ子に対し毎月支払つた金員が原告から出たものである旨の供述はとうてい措信し難く、他に右の事実を認めるに足りる証拠は顕れていない。従つて原告がその主張するとおりの負債利子を支出した事実もまた、これを認め難い。

ところで、前掲各証拠によれば、原告は三名の使用人に対し毎月の給料の支払を滞つたことがなく、毎月約二回宛撞球台のラシャを修理し、そのほか昭和二十六年中にラシャの裏返しを三、四回張り替えを二回行つたこと、当時原告の経営状態は普通であり、生活程度も普通であつたこと、及び原告方店舗は昭和二十五年に新築したものであり、その建築費として約一、二〇〇、〇〇〇円、撞球台及び附属品の購入費として二台分で一六〇、〇〇〇円、室内装飾、照明設備等に約二二〇、〇〇〇円を各要した事実を認めることができるので、これら諸般の事情を考慮するときは、原告は右設備の減価償却費、固定資産税、修繕費、入場税、人件費等の必要諸経費を控除してその年間収入金額の少くも五割の純利益を得たものと推定するのを相当とする。従つて、前記年間総収入金額一、一八三、一四〇円の五割に当る五九一、五七〇円が原告の昭和二十六年度における純利益であると認めることができる。

従つて、右純利益金額の範囲内で原告の昭和二十六年度所得税金額を三〇〇、〇〇〇円と認めてなした被告の本件決定は正当であり税額の算出につき誤算も認められないから、なんら違法の点は存しないと言わなければならない。結局、本件決定が違法であることを理由としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却すべきであり、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条により敗訴当事者である原告に負担させるべきである。よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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