大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(タ)97号 判決

原告 安岳よね

被告 安岳応植

一、主  文

(一)  原告と被告とを離婚する。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、其の請求の原因として、

(一)、原告と被告とは、昭和十八年七月中旬頃、東京都港区青山南町四丁目一番地において、事実上の婚姻を為して同棲し、同年八月頃、中華民国の済南に転住し、昭和十九年九月十九日、婚姻の届出を了した。

(二)、その後、原被告は、太平洋戦争終了後の昭和二十二年三月頃、朝鮮京城市中区南山洞一街十五番地に移つた。然るところ、原告は、全然、朝鮮語を知らないので、朝鮮に於ける生活が困難であつたところ、在鮮日本人の引揚が開始せられたので、原告も被告と離婚の上、日本に引揚げ度い旨を申出たところ、被告も同意したので、被告と協議離婚をなすこととしたが、被告の本籍が北鮮にあつて、適式の離婚手続をすることが出来なかつたので、日本人訴外大橋喬を立会人として、昭和二十二年六月十日、被告と事実上の協議離婚をなし、日本に永住する決意の下に、同年七月十日、日本に引揚げた次第で、原被告間には、既に、夫婦の実質が全く失われて居るので、被告と離婚し度く、本訴請求に及んだ次第であると述べた。<立証省略>

被告は公示送達による適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しない。

三、理  由

一、原告に於て、被告に義務の履行を求め、その履行のないときは、判決によつて、その履行を強制すると云ふ様な性質の訴であれば、被告に日本国の主権が及ばない限り、その履行の強制が出来ないから、その様な訴に於ては、被告に日本国の主権が及ばない限り、日本国の裁判所は、その裁判権を行使し得ないと解されるが、離婚の訴は、之と性質を異にし、離婚を求める者即ち原告に於て、その者の側で、一方的に、判決によつて、被告との間の婚姻上の身分関係の切断を求めるものであつて、その切断の判決によつて、被告に強制すべき何ものもなく、被告は、唯、その切断による反射的効果(婚姻関係の消滅と云ふ効果)(但し、被告に日本国の主権が及ばない場合は、その反射的効果は生じない。唯原告側だけに切断の効果が生ずる。然し、原告にとつては、それだけで足りる。)を受けるに過ぎなく、被告として当該訴の相手方とはされて居るが、その実質は、原告の主張する婚姻上の身分関係の当事者として、その身分関係を具体的に表示する為めに相手方とされ、且判決による切断の反射的効果を受けるべき地位を有することを示す為めの相手方として、表示されるに過ぎないと解されるから、〔この様に解すると、当事者主義的構造をとつて居る人事訴訟法の精神に反するとする者があるかも知れないが、元々人事訴訟に於ては、職権主義が支配し、(判決が絶対的効果を生ずることの当然の帰結である)、当事者主義的構造は、その手続を訴訟の形態で構成した結果に過ぎないから、原告の一人訴訟の様に解しても、必ずしも、人事訴訟の根本的精神に反すると云ふことは出来ない〕、離婚の訴については、被告に日本国の主権が及ぶことを必要としないと云ふべく、従つて、原告に日本国の主権が及ぶ限り、被告に日本国の主権が及ばなくとも、日本国の裁判所は、離婚の訴について、その裁判権を行使し得ると云はなければならない。而して、日本国の主権が被告に及ばない以上、切断の判決の反射的効果は、被告に及ばないのであるが、原告に日本国の主権が及ぶ限り、切断の判決の効果(既判力)は、当然原告に及ぶから、原告に日本国の主権が永続的に及ぶ限り、(この場合は領土主権である人的主権の問題ではない)、判決による切断の効果は、永続的に原告に及び、又、被告については、被告が、日本国の主権下に入る限り、その判決の効果は、当然に被告に及ぶことになるが、日本国の主権が一時的に原告に及ぶ場合は、切断の判決の原告に対する効果は、永続性がなく、単に一時的なものに過ぎないから、被告に日本国の主権が及ばない場合に、原告に対し、裁判権を行使して、その切断を為すことは、無意味であつて、従つて、原告に日本国の主権が一時的に及ぶ場合は、日本国の裁判所は、その裁判権を行使すべきでなく、日本国の裁判所が、その裁判権を行使する場合は、日本国の主権(領土主権である)が原告に永続的に及ぶ場合に限るとしなければならない。このことは、裁判上の離婚が主権による一種の身分関係の処理であつて、この様な処理は、原告が日本国の主権に永続的に服するが故に、日本国の主権によつて、その処理を求める必要が生ずると云ふ点からも云へることである。(一時的滞在者の如きは、一時的には、日本国の主権に服するが身分関係の処理を為すが如き必要が現実に生ずることはあり得ないから、その様な者については、裁判権行使の問題は生じない)。而して日本国の主権が原告に永続的に及ぶと云ふ関係は、原告が日本国に永続的に居住すると云ふ関係を基礎とするから、(この場合は原告に日本国の人的主権が及ぶことは必ずしも必要としない)、日本国の主権が原告に永続的に及ぶと云ふ関係があるとする為めには、右の基礎的事実がなければならない。而して、この基礎的事実があれば、日本国の主権は、永続的に原告に及ぶから、被告に対し日本国の主権が及ばなくとも、日本国の裁判所は離婚の訴について、裁判権を行使することが出来る。

二、原告が日本人であること(朝鮮が日本国から独立しても、之によつて、朝鮮人と婚姻した日本人が、当然日本国の国籍を失ふことにはならない)並に被告が北朝鮮人であること及び原被告が適法に婚姻した夫婦であることは、公文書である甲第一号証(戸籍謄本)と原告本人尋問の結果とによつて明白である。

三、被告が北朝鮮人であることは、前記認定の通りであり、又、被告が日本国の主権(領土主権)の及ぶ範囲内に居住して居ないことは、証人大橋喬の証言並に原告本人尋問の結果によつて明白であるから、被告に対しては、日本国の主権は及ばないのであるが、原告が被告と独立して、自己の為めに、任意に住所を設定し得ることが後記認定の事実に照し明かであり、又、原告が永住の意思を以て日本国に帰来し、現に、肩書住所に居住して居ることが原告本人尋問の結果によつて知られるから、原告が日本国に永住すると認めるに十分である。従つて、前記一に掲記の理由により、本件離婚の訴については、日本国の裁判所にその裁判権がある。

四、離婚の準拠法は、法例第十六条によつて、離婚原因発生当時の夫の本国法と定められて居り、且、本訴に於ける夫たる被告は北朝鮮人である(これは前記認定の通り)から、本件離婚の準拠法は、被告の本国法即ち北鮮の法律である。(朝鮮は独立したのであるが、北鮮と南鮮とは法律を異にして居ると認められるので、(これは顕著な事実である)、法例第二十七条第三項によつて北鮮の法律となる)。しかし、北鮮の法律は、現在之を知ることが出来ない。この様な場合には、何れの国の法律を適用すべきか。又は、条理を適用すべきか。思ふに、北鮮の法律を知ることが出来ない以上、先づ第一に、離婚について、裁判上の離婚を許すや否や不明である。然し、現在の文明諸国に於て、裁判上の離婚を認めない国はないと云へるから、朝鮮民族の文明程度(これは顕著な事実である)に照し、当然、裁判上の離婚が認められて居るとなすべきである。第二に、離婚原因であるが、現代文明諸国に於ては裁判上の離婚については、必ず離婚原因を明示して居て、条理による離婚を認めて居る立法例は恐らく絶無であらう。従つて、裁判上の離婚について、条理を適用することは、この現代国家に共通する離婚原因法定の原則とも云ふべき原則に反するから、裁判上の離婚については、条理上条理の適用を排除して居ると云はなければならない。而して現代文明諸国に於ける法定離婚原因は、その実質に於て、共通性を有して居ると解されるから、日本国の法律の定めた離婚原因も亦北鮮のそれと共通性を有し、従つて、日本国の法律によつたとしても、結局、北鮮のそれによつたと同一の結果に帰着すると考へられると共に、他面、法例第十六条は、離婚の宣言について、日本国の法律に於て明示されて居る離婚原因のあることを要求して居るので、その限度に於て、日本国の法律の適用を認めて居ると解されるので、離婚の場合に於て、夫の本国法を知ることが出来ない場合は、日本国法を適用するのが相当であると考へられる。のみならず、裁判上の離婚は、原告側に対し、一方的に、婚姻上の身分関係を切断するものであつて、而も、被告に日本国の主権が及ばない場合に於て、原告に日本国の主権が永続的に及ぶ場合に限り、日本国の裁判所は、その裁判権を行使するのであつて、その裁判の効果も日本国の主権が及ぶ範囲内に限られるのであるから、日本国の法律を適用しても、夫の本国の法律秩序を乱すことにはならないし、又、原告も永続的に日本国に居住し、日本国の主権に服して、その法律秩序に従はねばならないのであるから、これ等の点から見ても、日本国の法律を適用するのが相当であると考へられる。仍て、本件離婚については、日本国の法律即ち民法を適用する。

五、公文書である甲第一号証(戸籍謄本)、同第二号証(引揚証明書)、甲第三号証の二(証人大橋喬尋問調書)、同号証の三(原告本人尋問調書)と証人大橋喬の証言並に原告本人尋問の結果とを綜合すると、原告は、被告と、昭和十八年七月七日、事実上の婚姻を為して、東京都港区青山南町四丁目一番地で同棲し、その後、中華民国の済南に転住し、昭和十九年九月十九日婚姻の届出を了し、終戦後の昭和二十二年三月、朝鮮京城市中区南山洞一街十五番地に移り、同所で同棲して居たが、原告は、全然朝鮮語を解せず、又、風俗習慣も異なり、生活に困難を感じて居る中、たまたま在鮮日本人の日本引揚が開始せられたので、帰国を望んだが、被告は、日本に渡来する気持が全然なかつたし、一方、原告が、日本に引揚げるについては、被告と離婚した上でなければ引揚が許されなかつたので、原告は、意を決して、被告と離婚することとし、被告にその旨を打ち明けた上、被告の同意を得て、昭和二十二年六、七月頃被告と協議の上離婚を為し、知人の訴外大橋喬を証人として、その頃、京城市の軍政庁に被告との離婚の届出を為したこと、及び其の後、原告が昭和二十二年七月十日、日本に永住する意思で朝鮮から単身で引揚げ、爾来、日本に居住し、現在肩書住所にその住所を有すること、及び原告が日本に引揚げて以来、原被告間の交渉は、全く断絶したままで現在に至つて居ることが認められる。

六、仍つて案ずるに、右認定の事実に徴すると、本件原被告間に於ては、昭和二十二年六、七月頃、事実上の協議離婚が成立し、爾来、原被告間の関係は全く断絶のままで現在に至り、その婚姻の実質は、既に全く消滅に帰して居て、唯、婚姻の形式が残存して居るに過ぎないと認められるから、原被告間には、婚姻を継続し難い重大な理由があると為すに十分である。(軍政庁に対し離婚の届出が為されたことは、前記認定の通りであるが、その届出が如何なる効果を有するか不明であるから、単に事実上の離婚が為されたに過ぎないと解する外はない。)

七、仍て、原告の本件離婚の請求は、その理由があるから、之を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!