東京地方裁判所 昭和29年(モ)1171号 判決
当裁判所が昭和二九年(ヨ)第一四七号職務執行停止仮処分事件について、同年一月二十五日にした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は債務者等の負担とする。
二、事 実
一、申請の趣旨
主文と同趣旨の判決を求める。
二、申請の理由
(一) 申請外東進交通株式会社(以下「会社」という)は、一般貸切旅客自動車運送事業を目的として、昭和二十五年十二月二十五日設立された資本金四百五十万円、発行済株式総数九万株(一株の金額五十円)の株式会社であり、債務者今井は、会社の取締役兼代表取締役、同石上、辺見、上村は、いずれも取締役である。
(二) 会社は、昭和二十八年十二月二十二日臨時株主総会を開催し、この総会で債務者等を取締役に選任する旨の決議をした。
(三) 債権者は、会社の設立に際し、引受によつて六千株の株主となり、以後現在までその地位にあるが、右総会の開催に当り、債権者に対しては招集通知がされなかつた。それ故、この総会は招集手続が違法であり、したがつて、債務者等を取締役に選任した決議は取り消さるべきものである。
(四) 債権者は、当裁判所に対し右決議取消の訴を提起したが、この本案訴訟で勝訴の判決を得ても、その判決確定に至るまで債務者等に取締役の職務を執らせるときは、左記の理由で会社に対し回復することのできない損害をこうむらせることになる。
(1) 債権者は、これよりさきに、会社の前代表取締役蛯沢勇次、取締役蛯沢長敏、同中川宗夫等を相手方とし、同人等に不正及び法令定款に違背する行為があることを理由として当裁判所に取締役解任の訴を提起すると同時に、その職務執行停止及び代行者選任の仮処分を申請し(当庁昭和二八年(ヨ)第七四〇九号)たところ、右事件は、同年十二月十六日弁論を終結し、同月二十八日債権者が会社の六千株の株主であること及び右三名に一応解任の理由があるとして、申請どおりの趣旨の判決が言い渡された。
(2) 蛯沢等は、あらかじめこのことあるを推察し、同年十二月二十二日前記の臨時株主総会を開催し、前取締役は退任し、新しく債務者等を取締役に選任して右仮処分判決の執行を不能にするとともに、他方において会社の実権をにぎつて経営を支配している。
(3) 債務者等は、自動車事業に必要な知識経験を欠き、且つ他に職業を持つているので会社の仕事に専心することができない身であつて、蛯沢等前取締役のあやつり人形にすぎないから、前役員同様不正違法の行為をくりかえすことは必定である。このような者に取締役としての職務を執らせることは会社にとつて危険であり、ひいては会社の存立を危くさせるに至ることはいうまでもない。
(五) そこで、債権者は、当裁判所に債務者等の会社取締役としての職務執行停止及び代行者選任の仮処分を申請し、当庁昭和二九年(ヨ)第一四七号を以て同年一月二十五日申請どおりの仮処分決定がなされたが、この仮処分は、前記の理由で維持さるべきものであるから、その認可を求める。
三、債務者等の答弁及び抗弁
(一) 「当裁判所が昭和二九年(ヨ)第一四七号職務執行停止仮処分事件について、同年一月二十五日にした仮処分決定を取り消す。債権者の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める。
(二) 債権者の主張する(一)(二)の事実は認める。
同(三)の事実のうち債権者が引受によつて会社の株主(たゞし株数は五千株)となつたことは認めるが、債権者は、後記のように昭和二十八年九月十五日以後株主ではない。
同(四)の(1) 、(2) のうち債権者の主張するとおり取締役が改選されたこと及び(3) のうち債務者等が他に職業を持つていることはいずれも認めるがその他は否認する。
(三) 本件仮処分申請は、左記のとおり理由がないものである。
(1) 会社設立の際の発起人及び株式引受人は、何人も株金の払込をせず、名目上の発起人あるいは引受人となつたにすぎなかつた。その当時、同人等は、名目上引き受けた株式の処分権を会社の取締役会に委ねる旨の合意をした。債権者もその発起人の一人であつて、以後株主及び取締役として会社に関係していたが、昭和二十八年七月二十三日開催の臨時株主総会で取締役を解任された。会社の取締役会は、はじめの合意にしたがつて、債権者の株式を申請外馬淵重に譲渡する旨の決議をし、債権者の譲渡証書を作成して株券を馬淵に交付し、同年九月十五日株主名簿上名義の書換をすませた。それ故債権者はその日から株主ではないので、これに通知をしなかつたことは本件決議の取消理由にはならない。
(2) また、会社が株主総会の開催に当り、その招集通知をするには、(総会招集を取締役会で決議した)当時、株主名簿に記載された株主に対して通知をすればよいのであり、それ以外の者で真実の株主がいた場合に、そのことを会社が知つていたかどうかを問はないのである。したがつて、かりに債権者が真実の株主であつたとしても、九月十五日以後債権者は、株主名簿上株主として記載されていないのだから、これに対し本件総会の招集通知をする必要はなかつたのである。
(3) かりに債務者等を取締役に選任した本件決議が取り消さるべきものであるとしても、債務者等が取締役の職務を執行することにより、会社に回復することのできない損害を与えるおそれはないから、本件仮処分申請はその必要性を欠くものである。
(4) 以上の主張が理由がないとしても、債権者が株主として有する共益権はその目的に副うように行使されねばならないが債権者は、自己の利益に固執し、会社を乗取るために本件申請をし、その結果後記のように会社に莫大な損害を加えている。これは明らかに本来の目的を逸脱した権利の濫用であるから、本件申請は却下さるべきである。
(四) かりに右(三)の主張が認められないにしても、本件仮処分についてはつぎのような特別事情が存在する。
(1) 債権者が本件仮処分を申請し、仮処分決定を得てこれを執行したのは、もとより会社の株主として有する共益権の行使であつて、会社の利益を保全するためのものであるが、本件仮処分によつて保全される利益と、これによつて会社の蒙る損害とは金銭的評価が可能である。したがつて、この仮処分を取消すことによりこうむるべき損害(後記のように発生することはないが)は金銭によつて補填できるし、そうしても仮処分の目的が失われることはないのである。してみれば、本件仮処分は、債務者において相当な保証を立てさえすれば、取り消さるべきである。
(2) つぎに、本件仮処分によつて会社の蒙る損害をみると、きわめて甚大である。
(イ) 元来、タクシー営業は、ひとりひとり会社から離れて自由に営業に従事する多数の運転手を使用するため、会社の幹部は、早朝より深夜まで率先して指揮にあたり従業員の心をよく把握していなければ、事業円滑に運営することはできない。このようなことは、取締役職務代行者のよくなし得るところではないので、他の一般の事業にくらべて仮処分によりこうむる損害が著しいこととなる。すなわち、従業員の稼働意欲の減退と規律の弛緩によりいわゆる「水あげ」は減少し、本件仮処分決定前会社の一日の収入は平均約二十五万円(利益約二万八千余円)であつたものが、その後においては十八万四千余円に減じ、収支償わぬ状況である。
(ロ) また、タクシー営業は、絶えず急速に消耗する自動車を使用するので、一定の時期につぎつぎと新車を入れて(いわゆる台替え)ゆかねば、加速度的に減収するものである。しかもタクシー会社は、概して小資本のため金融の操作は、役員の個人的信用に依存する度が多く、会社の債務について役員が連帯保証することが通常行われているが、かようなことは代行者に期待することはできない。そのため、すでに会社においては必要な金融を得ることができなくなり、不渡手形を出すに至つた。
右(イ)(ロ)の事情により、本件仮処分が取り消されない限り、会社はいよいよ営業の継続が困難となり、果ては破産に至る外はない。このような状況にあるのは、通常の場合において仮処分により債務者が受ける損害に比べて、甚しく過大な損害をこうむる場合であるといえる。
その上、債務者等が取締役としてその職務を執るときは、蛯沢勇次、同長敏等の後援の下に、株主従業員の信頼と協力を得て(イ)(ロ)のような不都合を生ずることもなく、順調に経営を継続できるから、本件仮処分を取り消すことにより、会社に損害を生ずるどころか、かえつて大きな利益をもたらすのである。仮処分の維持により保護される利益と、それにより生ずる損害とは、あらためて比較検討するまでもないところである。
よつて本件仮処分は取り消さるべきものである。
四、債権者の反ばく
(一)(1) 債務者等が主張する債権者がその所有株式の処分権を会社の取締役会に委せたということは否認する。
(2) 会社の株主に対する法律関係は、多くの場合に多数の株主の存在が予定され、しかも法律上株式譲渡の自由が保障されているので、集団的かつ流動的であるから、会社は、具体的な場合に実質的法律関係を調査することなく、その外観的形式的な一定の基準にしたがつて、画一的に法律関係を処理することが要求され、またこうする以外にこの法律関係を処理することについて、安定性と確実性を得ることはできない。そこで株主の会社に対する地位は、株主名簿に記載されることにより一応正当な株主として推定されると同時に、会社はこれを真の株主と信じて取り扱うときは、たとえその者が真の権利者でなくても、責任を免れるのである。しかし、権利者でないことを知つていた場合には、その責任を免れることはできず、また真の株主は、株主名簿上記載されていなくても、反証をあげて株主であることを主張し得るし、会社がその事実を知つている場合には、その者の株主としての権利行使を拒むことはできない。
本件の場合においては、会社が何等の処分権がないことを知りながら、債権者所有の株式を馬淵重に譲渡したのであつて、もとより真の株主は債権者であることを知つているのであるから、債務者等主張のように本件株主総会の招集通知をなす当時、株主名簿上債権者が株主として記載されていなくても、その株主としての地位に変動を生じない。それ故右総会の招集手続は違法である。
(二)(1) 本件仮処分の本案訴訟である、株主総会決議取消の訴における決議取消権は共益権であつて株主(その他取締役監査役等)個人の利益のためにではなく、会社自体の利益のために行使さるべきものである。その訴は非財産権上の訴であつて、金銭的評価は不可能である。しかも、前記のごとく不適法な決議により選任され、取締役として不適格な債務者等が会社の事業を執行することにより会社に与える損害は測り知れない程多大なのである。
(2) 会社が債務者等の主張するような営業状態にあつても、それは本件仮処分とは無関係である。
この仮処分は昭和二十九年一月二十五日に発せられたのであるが、タクシー会社にあつては、二、三月頃は収益が減少するのが通常であるし、しかも、昭和二十九年一月末は大雪のため自動車が運行不能ないしは困難となり、各社とも著しく収入が減じたのである。またタクシー会社は近年過剰となつたため、経営困難の会社が続出しており、この会社においても昭和二十八年中から多額の債務を持つていたのであつて、代行者の選任により、にわかに金融操作に困難を来したのではない。
以上のとおりであるから、債務者等の、特別事情の存在に関する主張は失当である。
五、疎明<省略>
三、理 由
一、仮処分理由の判断
(一) 債権者の申請理由の(一)(二)の事実は当事者間に争のないところであり、また同(三)の事実のうち債権者が引受によつて会社の株主(株数の点は別として)となつたことも争がない。
債務者等は、会社設立の当初、債権者はその所有持株の処分権を取締役会に委任し、取締役会ではこれに基いて昭和二十八年九月十五日に馬淵重に対し右株式を譲渡した旨主張するけれども、そのように処分権を委任したこと及び馬淵重が適法に右株式を取得したことを認めるに足るだけの疎明がないので右主張は採用できない。したがつて、債権者は現在に至るまで引きつづき会社の株主であるというべきである。
(二) つぎに、債務者等は、本件株主総会の招集通知をする当時、債権者は株主名簿上株主として記載されていなかつたから、これに対して通知をしなかつたことは違法ではないと主張するので、この点について判断する。
会社と株主との関係は継続的かつ集団的であつて、会社が個々の場合に実質的法律関係を調査することは困難であるので、一定の標準によつて株主の資格を決定し、これによつて一律的に処理しなければ、この関係の明確かつ円滑な処理は不可能である。そこで法は株主名簿上の株主としての記載という標準を設け、これに記載された者は、いちいち、株主であることを証明しなくても株主と推定され、その権利を行使し得ると同時に、会社はこの記載にしたがつてその者に対しある行為――たとえば株主総会の招集通知をすれば、その者が真の権利者でない場合でも、その責任を免れることとしたのである。しかし、これは、あくまでも、権利の実質関係に依存することを前提とするものであるから、もし、無権利者のために名義書換がなされた場合において、これにつき会社に悪意又は重大な過失があるときは、その名義を抹消された株主は、現実の株主名簿の記載にかかわらず、会社に対し依然株主たることを立証してその権利を行使することができるといわなければならない。本件の場合においてはさきに認定したとおり、会社は、馬淵重のために株式の名義書換をなし、株主名簿上より債権者の氏名を抹消したのであるけれども、馬淵重が適法に株式を取得したことにつき疎明がなく会社はこの間の処理にあたつたのであるから、このことにつき名義書換の時において、悪意又は重大な過失あるものというべく、従つて債権者は株主名簿の記載にかかわらず、会社に対し依然株主たる地位を主張することができたのであるから、会社は、株主名簿上債権者が株主として記載されていないことを理由に招集手続をしなかつたことにつき免責を受けるに由なく、本件総会の招集手続に違法があるといわなければならない。
(三) 仮処分の必要性について。
(1) 債権者が申請理由の(四)(1) で主張する事実は当事者間に争がない。
さらに、成立に争のない甲第四、第十四及び第十五号証の各記載、証人太田稔の証言及び債権者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、会社では債権者から前取締役に対する職務執行停止仮処分事件の弁論が終結して、未だ債権者申請どおりの仮処分判決が言い渡されない前に、本件株主総会を招集して債務者等を新しく取締役に選任したため、右判決は執行できなかつたこと及び債務者等はいずれもこれまで自動車事業に特に経験もなく、しかも他に職業を有していて、会社には常勤しておらず、会社の経営は前取締役蛯沢勇次、蛯沢長敏(右仮処分判決があげる解任理由は彼等がその在任中一度も定時株主総会を開催しなかつたことで、これは彼等自ら認めるところであつた)等が行つていることが疎明される。
債務者等選任の経過が右のとおりであり、しかも債務者等の疎明によつても取締役交替につき、これという事情も認められない以上、前取締役等が仮処分により職務の執行停止をされることを避けるため、債務者等を形ばかりの取締役として前同様会社の実権を握ることを図つたものと一応認めざるを得ない。証人蛯沢長敏の証言及び債務者上村益稔本人尋問の結果中、前記の認定に反する部分はいずれも採用できない。
会社の状態がこのようなものである以上、債務者等に取締役としての職務をとらせておくときは、会社に不測の損害を与えるおそれがあるというべきであるし、且つこの点は債権者において、三十万円の保証を立てたことによつて補充されている。
(2) なお、債務者等は、本件仮処分については、これによつて会社の受ける損害は、通常の場合に比して著しく過大であるに引きかえ、仮処分の維持によつて保護される利益が皆無であることを仮処分を取消すべき特別の事情として主張している。ところで、債権者が本件仮処分を申請するのは、前記のとおり、債務者等が会社の取締役としての職務を執行することによつて、会社が回復できない損害を蒙ることを避けるために外ならない。それ故一般の場合と異り、ここに当事者双方が目指すところは等しく会社の損害を避けようとするにあるといえる。してみれば、もしこの点において債務者等の主張のとおりとすれば、本件仮処分により、債権者の意図するところに反して、会社はかえつて多大の損害を蒙る結果になるであろう。したがつて、債務者等のこの主張は、終局において仮処分の必要性を否定することに帰し、特別事情の存否の問題とならないというべきであるから、必要性の有無の問題として、こゝであわせて判断することとする。
成立に争のない乙第二号証の三、四、第六、七号証の各記載と証人太田稔、同蛯沢長敏の各証言とを綜合すると、(イ)会社では昭和二十八年一月一日から昭和二十九年一月二十三日までの平均収入は一日二十四万九千余円であつたところ、本件仮処分後においては、昭和二十九年二月九日から同月二十二日までは一日十九万七千余円、同月二十三日から同年三月二十八日までは一日十八万八千余円に減じていること、(ロ)会社では従来その金融を得るについては役員の個人的信用によるところが多く、会社の債務については取締役が連帯保証人となることが多かつたが、取締役職務代行者が選任されてからは、会社の信用について疑念を抱かれ、その上代行者は連帯保証をすることが不可能であるため、金融を得ることが困難となつたこと、(ハ)収入の減少と金融の困難から新車の入替が不可能となつて来て、そのためますます収入が減ずるおそれがあること、(ニ)会社では昭和二十九年三月二十一日ついに不渡手形を出すに至つたことが一応認められる。
しかしながら、一方証人太田稔及び深川甚作の各証言並びに債権者本人尋問の結果によると(イ)会社では昭和二十八年七、八月頃経理上無理な新車の入替を行い、その資金を高利金融から手に入れたため、それ以来次第に経営が困難になつて来ていたこと、(ロ)タクシー及びハイヤー事業は戦後から昭和二十五年頃までは上昇期にあつたが、以後ようやく収入が減少し、業者と車輛の過剰及び最近の不景気のため昭和二十九年三月末頃において、都内二百八十数社の業者のうち二百六十数社までが不渡手形を出すほどの不況であること、(ハ)この事業においては毎年二月は収入が少いのが例であることが疎明される。
以上の事実をかれこれ比べて考えてみると、取締役職務代行者の選任によつて会社の事務上金融上このような不便の生ずることはその制度上やむを得ないところ(しかも、この不便は、取締役個人にして熱意と誠意だにあれば、代行者在任中といえども、排除しえないものではない。)であり、本件の場合にその損害が著しいとはいえないし、会社の収入の減少と経営の困難という事態は、会社自身にとつてもその原因が遠い以前に発生しており、しかもタクシー事業全体の問題であるから、これをたゞちに本件仮処分によつて生じた損害と認めることは到底できない。また仮処分の維持により保護される利益が皆無に等しいのに反し、仮処分によつて生ずる損害が著しく大きくて、その必要がないということもできない。よつて、この点において、本件仮処分がその必要性を欠くとはいえない。
(四) さらに債務者等は、本件仮処分申請は権利の濫用であると主張するが、この仮処分が必要性を有することは前記のとおりであるし、他にこれが正当な権利行使の範囲を逸脱するものであることを認めるに足る疎明はないから、この主張も採用できない。
二、特別事情の判断
(一) まず、本件仮処分の取り消されることにより会社の蒙るべき損害は金銭によつて補填でき、そうしても仮処分の目的は失われないかどうかの点について考察する。こゝにいう損害とは、結局、この仮処分が取り消され債務者等が取締役の職務を執行することにより会社の財産信用に与える損害のことに外ならないから最終的には金銭に見積ることは不可能ではないということができよう。しかしながら、会社の業務は継続的であるとともにきわめて広い範囲に及ぶものであるから、その執行を誤ることによつて会社のうける損害も同様にきわめて漠然としたものでその把握にすこぶる困難を来たすのである。してみれば、たとえ金銭的評価は観念上可能であつても、その立証は不可能であるのが通常であるから、特にそれが容易であることの主張及び疎明のない本件においては、金銭によつて補填することが可能であるとはいえないので、この主張は失当である。
(二) なお、債務者等の本件仮処分の維持によつて保護される利益が皆無であるのに反して、これによつて蒙る損害は多大であるという特別の事情が存在する旨の主張については、仮処分の必要性の有無の問題であつて、特別事情の存否の問題と見るべきでないこと前に示したとおりであるから、この主張はもとより採用できない。
よつて、当裁判所がさきになした本件仮処分決定は相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川善吉 太田夏生 宮本聖司)