東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11185号 判決 1955年12月22日
原告 片居木清吉
被告 国
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
原告と被告との間に昭和二十五年十二月十一日頃締結の板金工として勤務することを目的とする雇傭契約の存在することを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
一、原告は昭和二十五年十二月十一日頃アメリカ合衆国極東空軍兵砧司令部(以下フインカムと称する。)における駐留軍労務者として被告に雇傭せられ板金工として勤務中のところ、被告は昭和二十九年七月二十一日原告に対し労働基準法第二十条第一項本文の規定に基き軍の都合により解雇する旨の意思表示をなした。
二、しかしながら右の解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。
(一) 解雇の意思表示をするには正当の理由がなければならないのに本件解雇の意思表示は正当の理由なくしてなされたものであるから無効である。
(二) 本件解雇の意思表示は日本人及びその他の日本在住者の役務に関する基本契約(以下労務基本契約と称する。)とその附属協定第六十九号に基き保安上の理由によるものとしてなされたのであるが、右の労務基本契約及び附属協定は形式的にはアメリカ合衆国駐留軍(以下米軍と称する。)と日本政府間の契約ではあるけれども、その内容は駐留軍労務者の労働条件の基準を定めたもので実質的には駐留軍労務者に適用される就業規則とみるべきものであつて、附属協定第六十九号第一条a項は保安上の理由により解雇する場合の基準を定めたものである。しかるに本件解雇の意思表示は右の基準のいずれにも該当しないのになされたのであるから労働基準法第九十三条に照し無効である。
(三) 仮に右の労務基本契約及び附属協定が就業規則とみるべきものでないとしても右附属協定第一条は国が駐留軍労務者を保安上の理由により解雇することのできる場合を自ら制限しその基準を設定したものであつて、右は国と駐留軍労務者との労働契約の内容となつているものであるところ、本件解雇の意思表示は右の基準に該当する事実がないのになされたものであるから労働契約に違反し無効である。
なお右附属協定が駐留軍労務者を保安上の理由により解雇し得る場合を自ら制限してその基準を設定したものであると解すべきものであることはその成立の経緯によつて明かである。即ち昭和二十七年十二月三日以降米軍日本政府調達庁、全駐留軍労働組合(以下全駐留労と称する。)の三者は日米合同委員会の決定に基き労務基本契約の改訂を審議するため右合同委員会の下にあつて改訂さるべき労務基本契約の実質的決定機関として特別委員会を構成して会談し、この会談における三者の一致した合意はアメリカ合衆国と日本政府間においては契約として、日本政府と全駐労間においては労働協約として具体化されねばならぬ拘束力を三者に与えるものであることが三者によつて諒解された。次いで昭和二十八年一月十二日の三者会談において米軍及び日本政府は駐留軍労務者の人事管理に関し相互に発議権及び拒否権をもつという所謂共同管理の原則が承認されたのであるが、同年六月米軍は労務基本契約改訂案を日本政府及び全駐労に提示しこの中で米軍が保安上危険であると認めたものに対する人事措置は例外的に共同管理の原則より排除することを主張し同年十月一日の会談において全駐労も結局諒承し一定の保安基準に該当する場合は例外として共同管理の原則が排除されることを承認し以上の合意は同年十月九日附をもつて米軍と日本政府との間で成文化され新労務基本契約が成立した。しかして新労務基本契約はその第六条において前記共同管理の原則を明らかにしその第七条において同条に規定する保安基準に該当する場合は右の原則の例外とし日本政府は拒否権を有しないこととされたのであるが、右の新労務基本契約は未だ発効するに至らないが全駐労の実現要求による結果右の部分に関する合意と同一の内容を有する附属協定第六十九号が成立するに至つたのである。以上の経緯の示すとおり、日本政府は駐留軍労務者の解雇については一般的に正当の理由がなければ解雇しないこととして解雇権を自ら制限し唯附属協定第一条a項に定める保安基準に該当すると米軍が判断した場合は例外として日本政府は拒否権を有せず解雇し得るものとしたのであつて、したがつて右第一条a項に定める保安基準は右の場合に限り保安上の理由による解雇をなし得るものと定めたものである。
(四) 本件解雇の意思表示は信義に反し、何ら解雇しなければならない理由がないのに拘らず米軍の駐留軍労務者に対する権威を誇示し米軍が好ましくないと考える日本人労務者に対してはいつでもこの権威が発動されるものであることを暗示する威嚇的意図のもとに、「原告がアメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用しもしくは指示する破壊的団体の構成員である。」という保安基準に該当する事実が存在しないことを知りながら恰も存在するかの如く主張しその責任を原告に帰せしめもつて原告の人格的価値を毀損して損害を与えるためになされたもので権利の濫用であり無効である。即ち米軍と日本政府及び駐留軍労務者間においては前述のように昭和二十七年来の十数次の会談の結果昭和二十八年十月一日ハリソン米極東軍参謀総長、ハンロン同参謀次長、小坂労働大臣、福島調達庁長官、市川全駐労委員長間において新労務基本契約の内容が確認され米極東軍司令官の決裁、閣議決定を経て米軍を代表するハンロンと福島調達庁長官の署名を得て成文化されたのが前記新労務基本契約であり、それは未だ発効するに至つていないがその第六条第七条と同一内容の部分は昭和二十九年二月二日合衆国契約担当官エドワード・W・ソーヤーと調達庁長官福島慎太郎との間に附属協定第六十九号の成立により実質的に発効するに至つたもので、三者がこの合意に到達するに至つたのは少くとも米軍が保安基準に基いてする判断は合理的かつ客観的なものであろうとの信頼が当事者間にあつたからで、米軍の恣意を容認したわけでなく米軍の判断が客観的合理的なものであるかを批判しこの基準を援用しその判断の不当を批判することが許されるものとすることが駐留軍労務者の労働関係を支配する信義則であると解すべきものなのである。しかも昭和二十八年六月米軍が改訂案を提示してきた際駐留軍労務者がこれに反対して同年八月十二、三日ゼネラルストライキを決定し次いで同月二十八、九日ストライキを予定し、(保安基準が具体的に明示されてきたのでこれを中止した)その後もこの基準を含む新契約の締結促進を強力に主張しその部分発効のために闘いを進めついに附属協定第十九号に結実した経緯に徴し明瞭なのである。しかるに本件解雇の意思表示は右の保安基準のいずれにも該当しないものであるから右の信義則に違反するものである。次に本件解雇の意思表示をするに至つた米軍の意図は次に述べる事情によつて推測することができる。原告の勤務していたフインカム基地は全国空軍基地中重要な役割を占め同基地における労働政策は概ね他の空軍基地の労働政策の模範となりフインカム基地において採用された措置や政策は他の基地によつて踏襲せられる傾向があり一方フインカム基地には組合員約六千を擁する全駐労東京地区本部のフインカム支部があり全駐労の全国的な闘争において有力な役割を演じてきたところ、昭和二十八年八月十一日より十三日まで三日間フインカム支部は全国的に闘われた労務基本契約改訂要求のために及びフインカムにおいて当時発表されていた大量の人員整理反対のためにストライキを決行したが、その直後従来組合及び組合員との間に労務管理上良好な関係を保つていたキイチに代り労務担当官にマギールが就任した。しかしてマギールは従来キイチと立川労官係官と組合役員によつて構成され毎月一回定例的に又組合からの申入れあればいつでも臨時的に開催され労務管理上の問題組合員の苦情につき能率的に処理してきた協議会を直ちに廃止し、また労務者の胸にバツヂをつけさせ従来いくつかあつた入口も一つだけ残して他を柵によつて出入を禁止し又労務者が勤務中便所にいくにも一々その時間を記帳させるなど労務者の勤務に対し看視を厳重にし組合役員にも特別の監視を付して組合活動を困難ならしめ多くの苦情を山積させた。全駐労東京地区本部フインカム支部はそれにも拘らず昭和二十九年三月二十八日支部定期大会において書記長一名を専従とし教宣部長として活溌な宣伝活動を行つてきた鈴木武雄を書記長に専任しその他役員の構成も一新しむしろ協調的な人々を新役員に選任した。こういうように組合が陣容を一新し闘争に立ち上ろうとする体制をとつたのに対し、マギールは右定期大会の直後である四月八日保安上の理由を掲げて原告を急拠出勤停止をなし基地より排除する措置をとつたものである。そして全駐労東京地方本部が特別退職手当を実力行使をもつて闘いとることを議題とし同月二十四日立川市公民館(フインカム基地附近)で定期大会を開催することとなり、フインカム支部がこの会場の準備にあたつたばかりでなく、支部組合員は特別の関心をもつておりまた支部選出代議員は五十八名の多数で右大会の方向を左右する力をもつていたので原告の保安問題をこれに対する対策として利用すべく米軍は敢て附属協定に定める手続に違背して急拠立川労管所長に対して解雇要求をなすに至つたので、これは米軍の駐留軍労務者に対する権威は絶対であつて軍が一度決意すれば理由のないことをも押し通すことができ、したがつて軍の労働政策に対し批判したりすることは無駄であることを誇示し前記のように軍の好ましくないと考える日本人労務者に対してはいつでもこの権威が発動されることを暗示するという威嚇的意図のもとになしたのである。しかしてその意図はその後のマギールの労働政策によつても窺うことができる。即ち(イ)昭和二十九年九月十三、四日の特別退職手当要求のストライキのあつた後右ストライキ中情宣部合唱班に所属し、労働歌の指導にあたつた小林勝美らを基地より排除し(ロ)昭和三十年四月一日より従来有給休暇(月二日)をとらなかつたものに対しては二日分の手当を支給していたのを米軍のスケヂユールにより全員交替で有給休暇をとらせるようにしたが支部組合の反対により、四月十三日右の指令は撤回され同日までの間に有給休暇をとらなかつたものに対しては六十%の休業手当を支給することとなつたがリクラメイシヨン職場ではこの支給に関し非組合員と組合員との間に差別待遇がなされていることを調査し支部へ報告した同職場の執行委員滝野清俊は同年八月一日基地より排除され(ハ)右有給休暇手当闘争において活溌な組合活動を行つたインヴエントリ職場執行委員大平章は同年八月一日政策に反し従業員を煽動したものとして基地より排除され平労務者に降任され(ニ)米軍の右スケヂユールに反対し坐りこみの示威を行つた執行委員雨宮清は無断欠勤として譴責され前同日基地より排除されたのである。
(五) 本件解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号に違反し無効である。即ち原告は全駐労東京地区本部の組合員でそのフインカム支部執行委員として同支部厚生部を担当し、物資の配給代金の徴収組合機関紙配布のため或いは執行委員会の開催通知書を執行委員に手交するため各職場の組合員執行委員のところを廻り職場の組合員もまた原告の職場に出入していたので米軍係官より組合活動の中心人物として誤解され、それ故に本件解雇の意思表示がなされたのであるから、右は原告の組合活動を理由としてなされたものである。
三、以上のとおり本件解雇の意思表示は無効であるに拘らず、被告はこれが有効であつて原告と被告間の雇傭関係は消滅したと主張しているから、右雇傭関係の存続していることの確認を求めるため本訴に及んだものである。
第三、請求の趣旨に対する被告の答弁
主文同旨の判決を求める。
第四、請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因一、の事実を認める。
二、同二、の(一)の主張は争う。本件解雇の意思表示は原告において前記労務基本契約附属協定第一条a項(2)の保安基準アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員たるものに該当する事実があつたので右労務基本契約第七条により解雇したのであり、唯原告の将来の就職等の障碍事由となることを慮り、かつは全駐労の要望も入れて形式上軍の都合による解雇という手続をとつたのである。
三、同二の(二)(三)の事実中本件解雇の意思表示が労務基本契約とその附属協定第六十九号に基き米軍の保安上危険であるとの理由によるものとしてなされたものであり、右附属協定第一条a項が駐留軍労務者を保安上の理由により解雇する場合の基準となる事項を定めたものであることは認めるけれども、右労務基本契約第七条ならびに附属協定の定められた理由は争う。なお本件解雇の意思表示は前述のとおり原告において右協定の第一条a項の(2)の基準に該当する事実があつたのである。
四、同二、の(四)の事実中フインカム支部が昭和二十八年八月十一日より十三日まで三日間ストライキを行つたこと、原告に対し保安上危険であるとの理由で昭和二十九年四月八日出勤停止を命じ、四月二十日米軍が立川労管所長に対し解雇要求を行つたことは認めるけれど、その他の事実は争う。なお、キイチがフインカムの人事課長をやめてマギールが就任したのは昭和二十八年四月頃であり、昭和二十九年四月一日現在におけるフインカム支部の全駐労組合員総数は四千二百四十七名(労務者総数は七千五百七十七名)である。
また本件解雇の意思表示が権利の濫用であるとの主張は争う。即ち駐留軍労務者は日本政府が雇傭するものであるが右は行政協定竝びに労務基本契約に基いて米軍に対し労務を提供する義務を負いその義務の履行のために労務者を雇傭するのであつて労務者は駐留軍の指揮監督に服して勤務するものである。しかして駐留軍ではその軍隊たる性質上高度の機密保持の必要性があり、したがつて駐留軍において保安上の必要から労務者を排除する必要ありとする以上日本政府においてその理由を確認することができなくとも駐留軍のいう保安上の理由が単なる口実で解雇の要求は他の不当の目的を達成するためであると認められる特別の事情のない限り駐留軍の要求に応じて労務者を解雇するのはやむを得ないところである。しかして本件解雇の意思表示は次の経過によつてなされたもので労務基本契約附属協定に従つてなしたものであるから権利の濫用とはならない。即ち昭和二十九年四月七日附部隊指揮官より立川労管所長に宛て原告を出勤停止に付すべき旨の通知があつたので、立川労管所長は同月十二日右に関する意見を回答しその後同年五月四日指揮官より解雇要求があつたがその手続内容に違背があつたのでこれを指摘するとともに同月十四日調達庁長官より意見を述べたところ同年七月七日指揮官より更めて解雇要求してきたので七月二十一日労管所長は解雇通知を出したのである。
第五、証拠関係<省略>
理由
一、原告が昭和二十五年十二月十一日頃フインカムにおける駐留軍労務者として被告に雇傭せられ板金工として勤務中のところ、被告が昭和二十九年七月二十一日原告に対し労務基本契約及び附属協定に基き、右協定第一条a項の(2)に定める基準「アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用しもしくは指示する破壊的団体の構成員である」場合に該当するものとして労働基準法第二十条第一項本文に基き軍の都合による解雇の意思表示のなされたことは当事者間に争いない事実である。
二、原告は右の解雇の意思表示は無効であると主張するのでその理由につき順次判断する。
(一) 原告は解雇の意思表示をするには正当の理由がなければならないのに本件解雇の意思表示は正当の理由なくしてなされたものであるから無効であると主張する。しかしてこれに対し被告は本件解雇の意思表示は原告において右の附属協定第一条a項の(2)の保安基準に該当する事実があつたのでなしたのであると主張するけれども、この点については何らの立証がないから右の基準に該当する事実即ち解雇理由はなかつたというほかはない。しかしながら労働基準法第二十条第一項本文に基く解雇については、解雇理由を限定しないから労働協約その他の契約又は不当労働行為等に関する労働法の規定に反しない限り解雇は自由であつて正当の理由を要求していないものと解するのが相当である。したがつて被告が解雇理由として主張する事由に該当する事実は存在しないのであるけれどもその故に右解雇が当然無効であるということはできないので原告の右主張は採用できない。
(二) 原告は本件解雇の意思表示は駐留軍労務者に適用される就業規則ともみるべき労務基本契約及びその附属協定に違反するものであると主張する。
ところで昭和二十九年二月二日合衆国契約担当官エドワード・W・ソーヤーと日本国政府調達庁長官福島慎太郎との間に労務基本契約附属協定第六十九号が成立し、右協定は第一条a項において日本国が労務基本契約、安全保障条約第三条に基く行政協定により提供した労務者に対し、合衆国の保安上の利益を保護するための人事措置(解雇を含む)をとる場合の基準を定めていることは当事者間に争のないところであり本件解雇の意思表示が右の基準所謂保安基準に該当する事実の存在しないに拘らずなされたものであることは前記のとおりである。ところで使用者が労働者を解雇する場合の事由について基準を設けたときはそれが単に使用者の内部規準にとどまる場合はともかく、就業規則労働協約等に定めた場合は勿論単に自ら右の基準によるものであることを一般従業員に告知した場合にも使用者の解雇権の行使は右の基準に拘束されるものと解するのが相当である。その点においては単に解雇の要件事由に関する基準を従業員一般に告知した場合も右の基準設定は就業規則の制定あつた場合と同視すべき効力を有するものと言えよう。
しかして右附属協定は成立に争いない甲第十三ないし第十六号証同第二十号証乙第四号証と証人市川誠の証言を綜合すると次のとおりである。即ち米軍日本国政府調達庁全駐労の三者は労務基本契約の改訂を審議するための日米合同委員会の下にあつて改訂さるべき労務基本契約の実質的決定機関として特別委員会を構成し昭和二十七年十二月以降会談を重ねたのであるがこの会談における三者の一致した合意はアメリカ合衆国と日本政府間において契約として日本政府全駐労との間においては労働協約としては具体化されねばならぬ拘束力を三者に与えるものとして諒解された。ところで、新労務基本契約は昭和二十八年十二月九日附をもつて成立したが未だ発効するに至らなかつたので全駐労の実現要求による結果その第五条附属書IIIに規定する部分と同一内容を有する協定として附属協定第六十九号が成立したことが認められる。
してみれば、右の附属協定に定める保安基準ならびにこれに関する人事措置についての実施手続に関する定めは就業規則において定めた場合と同様の拘束力を有し協定の当事者たる日本政府と米軍との間における契約上の効力を有するにとどまらず駐留軍労務者と日本政府米軍間においても拘束力を有するものと解しなければならない。そこで右附属協定に定められた保安基準がいかなる拘束力を有するかについて検討する。
附属協定第一条a項において保安基準として(1)作業妨害行為牒報軍機保護のための規則違反またはそのための企図もしくは準備をなすこと(2)アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体または会の構成員であること(3)前記(1)号記載の活動に従事する者又は前記(2)号記載の団体若くは構成員とアメリカ合衆国の保安上の利益に反し行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的にあるいは密接に連繋することの三基準が掲げられていること並びに、同第五条(b)項ないし(e)項において日本側の提供した労務者が米軍側の通知に基き最終的な人事措置の決定あるまで米軍側の通知に基き当該労務者が施設及び区域に出入することを差止めるものとし右の人事措置の実施細目として(イ)米軍の指揮官が労務者が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合には当該指揮官は米軍の保安上の利益の許す限り解雇理由を文書に認めて日本側の労管所長に通知し所長は三日内に回答する(ロ)当該指揮官は更に検討の上嫌疑の根拠がないと認めればその後の措置はとらないが労管所長の意見を検討してもなお保安上の危険を認めた場合は上級司令官に報告する。(ハ)上級司令官は調達庁長官の意見をも考慮の上審査し保安上危険でないと認めれば復職の措置を、保安上の危険を認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずる。(ニ)上級司令官から解雇の措置をとるよう命ぜられた当該指揮官は労管所長に対して解雇を要求する。(ホ)労管所長は当該労務者が保安上危険であることに同意しない場合でも解雇要求の日から十五日以内に解雇通知を発しなければならないと規定されていることが当裁判所に職務上顕著である。
右規定によれば右の(1)ないし(3)の保安基準に該当するかどうかの判断は専ら米軍の主観的判断にゆだねられているものであつて、保安基準に該当する事実の存在する場合に限定する趣旨でないこと従つてその主観的判断が客観的に妥当のものであることを要する趣旨ではないと解するのが相当であつてこのことは前記第五条(c)項において米軍の日本国側に通知する事由も米軍の保安上の利益を害しないと認められる限度にとどめることが許されていることからも容易に看取できるし、かつ前掲各証拠によると前記三者会談の結果成立した新労務基本契約においては日米共同管理の原則が樹立されながら、保安については米軍がこの原則の例外とすることを固持して譲らなかつたことが認められるのであるからこの点からも右の結論を正当づけるものといわなければならない。
してみれば、保安基準に該当する客観的事実の存在は解雇権行使の要件とするものではないから、これがある場合に限り解雇権を行使する趣旨に限定したことにはならない。保安基準の趣旨は右のように解すべきであるので、米軍が本件において右の保安基準の(2)に該当する事由ありとした判断に誤りがあつても本件解雇の意思表示が前記附属協定に違反するものということはできない。
尤も保安基準の趣旨を右のように解するときは、基準該当の有無の判断を専ら当事者の一方である米軍のみに委ねる結果となりこの点に関する右協定は全く無意味のように見えないではないけれども使用主が外国に駐留する軍隊であるから他の一般雇傭契約と異なり、高度の機密保持を必要とする関係上米軍としてはその判断の根拠を明らかにしてその当否につき第三者の批判にさらすことを欲しないことは無理からぬところというべく、また元来解雇は使用者の自由であるべきものを自発的にこれを制限するのであるから、その制限の態様をいかようにも定め得るところであるから解雇事由の判断は自己に留保しつつ唯その事由のみについて制限することももとより許されるところと言わなければならない。しかしてこの程度の制限であつても労働者にとつて何らの実益のないことではなく自ら資料を提供して使用者の判断に反省を求めることも可能なわけであつて、駐留軍労務者に関しては右の附属協定により米軍において右の判断に慎重を期しているばかりでなく日本国側関係機関が意見を開陳して反省を求めることができ、これによつて米軍の判断を変更せしめることが不可能でなくまたそのように変更させた事例の存在することは当裁判所に明らかである。従つて右附属協定がこの点につき無意義ということはできない。
(三) 原告は右附属協定は原被告間の雇傭契約の内容となつており本件解雇の意思表示は右の附属協定に違反するものであるから雇傭契約に反するものとして無効であると主張する。
しかしながら右の附属協定が雇傭契約の内容となつているものであるか否かは暫くおくとしても本件解雇の意思表示が附属協定に反するものでないことは前記のとおりであるから原告の主張は理由がない。
(四) 原告は本件解雇の意思表示は権利の濫用であつて無効であると主張する。
本件解雇の意思表示はその解雇理由とする事由についてはこれに該当する事実が存在しないものというほかはないこと前記のとおりであるけれども、それだからといつて直ちに解雇権の濫用となるものと速断することはできない。ただこのような解雇は解雇権の濫用になり得ることを推測させるだけに過ぎない。その権利行使が単に口実であつて害意を有し他の不当の目的を達成するためのものである場合或はその雇傭関係に即して考察し解雇権の行使が信義に反する場合に解雇権の濫用となるものと解すべきである。
ところで原告は、本件解雇の意思表示は米軍の駐留軍労務者に対する権威を誇示し米軍が好ましくないと考える日本人労務者に対してはいつでもこの権威が発動されるものであることを暗示する威嚇的意図のもとに原告がアメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用しもしくは指示する破壊的団体の構成員であるという保安基準に該当する事由の存在しないことを知りながら恰も存在するかの如く主張しその責任を原告に帰せしめもつて原告の人格的価値を毀損して損害を与えるためになされたものであると主張するのであるが、米軍が本件解雇の意思決定をなすに至つた意図が右のようなものであることについてはこれを認めることができる証拠は充分でない。原告はこの点に関して本件解雇の意思決定は原告に対し出勤停止の措置をとるに至つた当時のフインカムにおける労務担当者マギールのとつた労働政策によつて推測できるというけれども、本件解雇の前後においてとられたマギールの労務管理上の措置について原告主張の事実からは、本件解雇がマギールの労働政策のために利用されたものであることを認めるに充分ではない。
次に原告は本件解雇の意思表示は信義則に反するものであると主張する。
しかして通常の雇傭契約にあつては客観的に首肯さるべき事由のない解雇は一般的に解雇権の濫用を生ずべき蓋然性あるものというべきである。しかしながら本件においては通常の雇傭契約と甚しく趣を異にする。即ち駐留軍労務者は日本政府において雇傭するものであるがその使用者は米駐留軍であつて労務の管理は勿論その採用ならびに解雇は専ら米軍の決するところに従つてなされるものであることは弁論の全趣旨に徴し明かなところである。しかも軍隊は元来高度の機密保持を要求するものであることはその性質上当然であり、米軍は日本に駐留する外国軍隊であるからその要求もより高いものであると言わなければならない。したがつて本件解雇が米軍の保安上の利益に害ありとの判断に基いてなされたものと認められる以上(この認定を覆えし得る証拠はない。)その判断が客観的に首肯できないものであつても信義則に反するものとは言えない。
原告はこの点に関し本件附属協定が成立するに至つたのは米軍の判断が合理的かつ客観的なものであろうとの信頼が当事者間にあつたからで米軍の恣意を容認したわけではないと主張する。なる程米軍の判断が合理的になされ専断的恣意によつてなされないとの信頼に基いて右協定が成立するに至つたであらうことは推察するに難くない。
然しながら前記のとおり保安上の危険あるかどうかの最終的判断は専ら当該駐留軍労務者の所属する部隊の上級司令官の決するところに委ねられているのであるから、その判断に合理的妥当性を欠くところがあつても信頼の保持に遺憾のないよう要請し得るに止まりその故に解雇を無効のものと断定することはできない。
即ち前記協定の趣旨は米軍の判断が恣意独断に陥ることを防止するために保安上の危険を判定する基準を具体化し、その判断に要する資料の提出を容易ならしめ、米軍に反省の機会を与え手続を慎重ならしめたものであつて合理的根拠を欠く独断的判断を全く許さない趣旨のものと解することはできない。
なお原告は本件解雇は軍が労務者に対してその権威を誇示し好ましくない労務者を何時でも排除できることを暗示する威嚇的意図のもとに保安解雇に藉口してなした不当のものであると主張するけれども、この事実を認むべき証拠はない。してみれば本件解雇の意思表示は権利の濫用であるとの主張は採用できない。
(五) 原告は本件解雇の意思表示は不当労働行為であつて無効であると主張する。
証人高橋彦次の証言によれば原告がその主張のような組合活動に従事してきたことを認めることができる。しかしながら右の程度の組合活動によつて原告が特に米軍の関心をひき組合の中心人物と目されていたとの事実を推認することができないし、その組合活動の故に本件解雇の意思表示がなされるに至つたものと認定すべき証拠は不充分というのほかなく、また右の組合活動を米軍関係者が重大な組合活動と誤認したものと認むべき証拠もない。
よつて本件解雇の意思表示が不当労働行為として無効であるとの原告の主張も理由がない。
三、以上のとおり原告が本件解雇の意思表示を無効ならしむべき理由はすべて採用しがたいので、原被告間の雇傭関係は右解雇の意思表示により終了したものと言うほかはないので原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条により原告の負担とし主文のとおり判決する。
(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)