東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11395号 判決
本件株式売買契約書によれば、「甲(被告)は、乙(原告)の所有する東洋観光興業株式会社株(新株権利附)拾弐万株を一株に付金壱百円也を以て買受ける。代金千弐百万円は、昭和二十九年五月十五日株券と引換えに甲より乙に現金を以て支払う」旨記載されているから、まずこの記載の趣旨を明かにする必要があるが、証拠を綜合すれば、訴外東洋観光興業株式会社においては、右売買契約当時新株発行手続中であつて、この売買の目的である一二万株につき被告主張のとおり原告に新株引受権が与えられており、契約当事者間ではこれも売買の目的とし、従つて昭和二十九年五月十五日と定めた受渡期日には既発行の一二万株の外昭和二十八年十二月十五日発行されているべき新株及び代金一二〇〇万円の受渡が行われるべきことを約定したものと認めることができる。
また本件契約書には前記摘録についで「新株拾弐万株の払込は、甲(被告)が乙(原告)に代つて立替払込するものとし、払込領収証は甲(被告)において保管する」と記載され、被告はこの条項の履行として期日に新株引受申込及び株金六〇〇万円の払込をしたうえ払込領収証及び株券の発行をうけ、現にその株券を保管しているが、この払込について被告は訴外会社と話合の上、形式上被告名義で払込をしたので新株式の名義は被告となつていることを認めることができる。本件契約書の前記条項において、現実に払込行為をするものを被告と定め、一応これに副う払込がなされた外観を備えているが、右条項は、新株の払込金の負担者を原告又は被告のいずれと定めた趣旨であるのか、これがここに被告の主張の前提問題となるのであつて、それを決するためにはまず原告の旧株取得価額並びに取得当時の旧株の市場価額がいくらであつたかということも重要な参考資料ではあるが、証拠によれば、本件旧株は昭和二十八年八月十三日原告が訴外東洋観光興業株式会社に対し熱海会館の建物を譲渡した際、その代金の弁済に充てるため譲渡された株式三〇万株のうちであるところ、当時この市場相場は一株九〇円ないし一〇〇円見当であつたにもかかわらず、その際には一株五〇円として取引されたことを認めることができる。けだし熱海会館建物の売買において売買支払義務は、買受人たる訴外東洋観光興業株式会社が負うたものであるとはいえ、この支払のために提供された株式三〇万株は、商法二一〇条の規定の関係よりして第三者が同会社のために弁済した形式をとつたものと推測されるが、更にこの株式三〇万株は熱海会館建物の売買契約が昭和二十八年八月十三日成立したので、急ぎ発行手続をとり同月二十四日発行価額一株五〇円で発行されたものであることを認めることができ、この建物の売買は代金一五〇〇万円の限度においては実質的には原告の訴外会社に対する現物出資に近いものであつたということができるのであつて、こういう事情にあつてみれば弁済に供された株式価額が発行価額と同額に決定されることは極めて自然なことである。従つて原告の旧株取得価額及び当時の市場相場はともに新株の払込の負担者を決定ずける要素とはいえないのである。そこで再び本件売買契約書の記載に立ち返つてみるに、契約書には契約条項としては前掲摘録の外格別の記載がない。特に新株の払込を被告がなすべきこと、払込後の払込領収証は被告において保管すべきことを記載しており、前記認定のとおりその新株も取引の目的であつたのであるから、もし新株の払込金の負担者が原告であつたのであればその返還の時期方法の定をした上同契約書にその記載をすべきであるにもかかわらず、全然これにふれることなく、単に株券の引渡と代金一二〇〇万円のみの支払について定めている。しかも証拠によれば、昭和二十九年五月十五日頃原告側から代表者野田亮作等が弁護士山崎新一と共に被告を訪れ、約定の受渡を求めたのに対し、被告は立替払込株金支払のことに全く言及することなく、手許不如意の理由を以て支払の猶予を求めていたことが認められ、また他の証拠によれば、原告が昭和二十九年十月四日附書面でなした本件代金支払の催告に対しても、被告はその回答において立替金の支払に全く言及することなく、他の理由で本件代金の支払を拒んでいることが認められる。これらの事実からすれば、新株の株金払込は、原告に代つて被告がそれを負担すべき趣旨であつたと認めるのが相当である。従つて当事者は、新株の名義人を原告と予定し、申込金領収証を被告の保管に任せたのであるが、その受渡は法律上適式の方法によつて原告から被告に新株を譲渡してすることを約定したものと認めるべきである。然るに被告は、前認定のとおり、被告名義で新株を引き受け、株券の発行を受けて現にこれを保管しているけれども、そのことについてこれを本件売買の趣旨に反するものと認めるべき何らの証拠もない。ただこのように解するときは、被告の出捐は当時の市場相場と符号していないため多少不合理なように感ぜられないこともないが、証券業者の手を経ない多額の株式取引においては、市場相場を離れて取引価額が決定されことも往々みられるところであり、しかも証拠によれば、訴外東洋観光興業株式会社がさきに原告に本件株式を含む三〇万株を保有させるについては、被告が同会社の代表者として同会社株式の将来性を強調した関係上、原告からその一部である本件一二万株の引取を求められるや被告においてこれが譲渡を受けることを余儀なくされた上に、新株申込期日を十日後に控えているといつた切迫した事態に立ち至つてみると、必ずしも市場相場によつてのみ価格決定をなしえない事情にあり、かつその程度の値幅は受渡までの約半年の一般市況その他訴外会社の事業展開の推移によつて必ずしも消去されないものでもあるまいとの考慮に基いてこの決定がなされたものであることを認めることができるから、新株払込金負担についてのこの認定は不合理なものとはいえない。
よつて、訴外東洋観光興業株式会社(契約の当時は旧株の趣旨であるが、既に新株発行後決算を経過していること明らかであるから新、旧の区別をする必要がない。)一二万株の提供と引換に一二〇〇万円の支払を求める原告の請求は理由があるとしてこれを認容した。