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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11578号 判決 1961年7月15日

原告 株式会社育良精機製作所

被告 音羽製鋼株式会社

主文

被告から原告に対する東京法務局所属公証人戸村軍際作成第二〇四八八三号売買に関する公正証書にもとづく強制執行は許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和二十九年十二月十六日、昭和三十年一月十三日、同月二十四日、同年二月九日、同月二十五日にした強制執行停止決定を認可する。

この判決は前項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告から原告に対する東京法務局所属公証人戸村軍際作成第二〇四八八三号売買に関する公正証書にもとづく強勢執行は許さない。右公正証書に右公証人が昭和二十九年十一月九日及び昭和三十年一月十一日付与した執行力ある正本にもとづく強制執行は許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、つぎのとおり述べた。

被告から原告に対する債務名義として請求の趣旨にあげた公正証書があり、この公正証書には左の条項が記載されている。

音羽製鋼株式会社(以下甲という)と株式会社育良精機製作所(以下乙という)は各種自動車内燃機関の部品(以下部品という)の売買に関し契約すること左の如し。

第一条 乙は部品を第三者に売却せざるものとす。

その性能については乙は一カ年間これを保証すること。

第二条 部品の取引価格はいろは順にこれを定むるものとす。

但し、価格に変動ある場合においては当事者協議の上これを定むること。

第三条 甲は保証金として金三十万円を乙に交付し、乙はこれを受取りたり。

第四条 本契約による取引はすべて現金により為すものとす。

但し、前条の保証金の範囲までは乙は甲に部品を納入する義務を負担す。

第五条 性能保証期間中の不良部品は良品と取替えるものとす。

第六条 略

第七条 甲は乙の承諾なくして第三者に部品の発注又は購入を為さざるものとす。

第八条 当事者は本契約の一にても違反したるときは損害金三百万円を違反当日において相手方に支払うものとす。

第九条 当事者は前条の債務を履行せざるときは百円につき日歩二十銭の損害を加算して賠償するものとす。

第十条 甲は本契約による金銭を弁済せざるときは直ちに強制執行を受くべきことを認諾したり。

第十一条 乙は本契約による金銭を弁済せざるときは直ちに強制執行を受くべきことを認諾したり。

被告は昭和二十九年十月二十日右公証人に対し「原告は被告に対し、昭和二十八年一月二十二日から数十回にわたり数百個の性能不良な品を売却し、その後修理して納品したが、これらは一カ月内に破損した。これによつて被告は大変な損害を蒙り、被告からこれを買取つた者もまた大変な損害を蒙つた。よつて被告は公正証書の条項にもとづき三百万円の損害金を請求する」旨の証明書を提出したところ、右公証人は、被告の原告に対する三百万円の債権が発生するための条件が充たされた事実の証明ありとして、右請求につき請求の趣旨にあげたとおり執行文を付与した。

しかし、右公正証書及び執行力ある正本については、つぎのとおり、民事訴訟法五四五条、五四六条の異議の事由がある。

原告は被告との間に「各種自動車内燃機関の部品」の売渡しについて契約したことはない。原告と被告との間には訴外中山俊雄の発案に係るものといわれていた自動車燃料節約器の製造販売についての契約が結ばれたにすぎない。

ところで原告は被告に対して右自動車燃料節約器の性能を一年間保証したことはない。原告は中山俊雄の発案に係る自動車燃料節約器の性能(節約率)については全然知るところがなかつた。したがつて、原告がその性能(節約率)の一年間持続すべきことを保証するいわれがない。のみならず、中山の発案に係る自動車燃料節約器に関する限りその性能を一年間持続させることは原理的に不可能であつた。そして、原告は、本件公正証書の作成を受ける当時、そのことを知らず、これを知らぬのに過失がなかつた。

原告が昭和二十八年二月頃からその製造に係る自動車燃料節約器なるものを被告に売つたことはある。原告は昭和二十七年十二月中及び昭和二十八年一月中中山の製造に係る見本及び図面にもとづいて数回にわたり自動車燃料節約器の試作品を作り、被告代表者立会いのもとに性能の実地試験を行つたが、商品として製造するに足りる成績をあげることができなかつたので、被告に対してその製造販売を中止したい旨申入れたところ、被告はこれに対して独自の見解による構造規格等の変改造を原告に求めた。そこで原告は被告の指示通りのものを製造した場合においてはその製品の性能につき何らの責任を負わない旨被告に約させた上でこれを製造して被告に納入した。被告はその後昭和二十八年九月十三日までの間再三にわたり構造規格等の変改造を指示した。被告の要求があまりに煩わしいので、原告は、この九月十三日に、それ以後の変改造を拒んだところ、被告は、同日、文書によつて、変改造に関する要求事項を明示したうえ、その要求事項のとおり製造した場合にはその製品の性能につき原告に対して責任を問わない旨、及びそれまでに原告が被告に売渡した分についても原告の責任を免除する旨約束した。そこで原告は被告の要求に応じ、要求事項のとおり自動車燃料節約器を製造納入し、かつ従来納入した製品中被告から返されたものについては要求事項通りに変改造して被告に納入した。

以上のとおりであるから、(一)本件公正証書第一条第二項の記載は、そのような約束をしたことがないという意味で事実に反するか、(二)原始的不能を目的とするものであることによつて無効に帰すべきか、(三)または少くとも原告が被告に対して売渡した自動車燃料節約器に関しては公正証書第八条の条件が成就していない。

したがつて、第一に、本件公正証書は本来実体上執行力をもたぬものであり、第二に、公正証書の第一条第二項については原告に義務違反がないから、民事訴訟法第五百十八条第二項の条件が充たされたとはいえない。

よつて、被告に対し、本件公正証書の執行力の排除を求め(民事訴訟法五五九条、五六〇条、五四五条)、また、請求の趣旨にあげた執行力ある正本にもとづく強制執行の許されぬことの宣言を求める(民事訴訟法五四六条)。

かように述べ、立証として、甲第一号証の一ないし七、第二ないし第四号証、第五号証の一ないし十、第六、七号証、第八号証の一ないし三、第九号証を提出し、証人舟山末蔵、秦卓次の各証言、原告代表者伊藤利次本人尋問の結果を援用し、「乙第一号証第六、七号証が真正にできたことは認める。その余の乙号各証が真正にできたかどうかは知らない。」と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

被告から原告に対する債務名義として原告主張の公正証書があり、その公正証書に原告主張の各条項が記載されていること、被告が原告主張の日戸村軍際公証人に対し原告主張の証明書を提出したところ、右公証人が、被告の原告に対する三百万円の債権が発生するための条件が充たされた(原告が性能不良で一年間の耐久力のない自動車燃料節約器を被告に売つた)事実の証明ありとして、原告主張のとおり右公正証書に執行文を付与したことは認める。

原被告は訴外中山俊雄の発案といわれるものを原案とする(しかし、それにはこだわらない)自動車燃料節約器の製造販売について契約を結び、公正証書の作成を受けるにあたり、右自動車燃料節約器のことを「各種自動車内燃機関の部品」と呼んだのである。原被告間の契約の対象になつたものは中山俊雄の発案による自動車燃料節約器そのものではない。原告は中山俊雄の発案といわれるものを参考とし、これに改良を加えた自動車燃料節約器を製造して被告に売ることを約したのである。

原告は原告が製造して被告に売る自動車燃料節約器について燃料が節約され(性能)、その耐久力が一年間つづくことを保証したのである。

原告は昭和二十八年一月二十二日以後被告に対し千個に近い自動車燃料節約器を売つた(内四百五十個は昭和二十八年九月十三日以後に売つた)。被告はその多くを転売したが、その物件が不良品で一月内に破損したので、非常な損害を蒙つた。したがつで、原告は、約定(公正証書の第一条第二項第八条)により、金三百万円の損害金を被告に支払わなければならないことになつたのであつて、前記公証人が、被告の前記証明書によつて前記公正証書に執行文を付与したのは正当である。

自動車燃料節約器の燃料節約の性能を一年間持続することが原理的に不可能であることは否認する。仮りに中山発案の自動車燃料節約器についてはそのことが不可能であるとしても、原告は中山発案のものを改良製造して被告に売ることを約したのであるから、右のことは公正証書の契約には何も影響するところがない。

仮りに、自動車燃料節約器について燃料節約の性能を一年間持続させることがそもそも不能であるとしても、原告にはこのような不能の事項を内容とする契約を締結するについて故意または過失があつたから、原告は原被告間の契約が有効であることを確信した被告に対して損害賠償の義務を負うのである。その場合に被告の蒙る損害はいわゆる信頼利益に相当するものであるが、この信頼利益の賠償についても損害の予定をすることができるのであり、本件公正証書の第八条の約定は右の損害賠償の予定の趣旨をも含むのである。

原告がその主張の頃中山俊雄の発案に係るものを原案として自動車燃料節約器の試作品を作り、被告代表者立会いのもとに性能の実地試験を行い、その後被告の意見等を参考として新考案の自動車燃料節約器の試作品を作つたことは認める(原告の行つた試験は節燃の点であり、耐久力の点ではない)。被告代表者は、原告に協力するために、燃料節約の効率を高めるための改良意見を参考として提案したことはあるが、それ以上の技術的指導というようなことをしたことはない。また原告が被告に売渡した自動車燃料節約器が不良で一月ともたないことがわかつたので、被告は、原告に対し、あれこれと注文をつけたり、不良品を返し良品の給与を要求したりしたことがある。これは原告の不宗全履行に対して被告の追完権を行使する趣旨に出たものであつて、何らかその範囲をこえることをしたものではない。原告が被告に対して自動車燃料節約器の製造販売を中止したい旨を申入れたこと、原告の納入する自動車燃料節約器が燃料節約につき耐久力を欠いていることにつき被告が原告に対して責任を問わない旨を約したことは否認する。被告が昭和二十八年九月十三日原告に対し、「左記要求事項通り製造の場合不良の責任を株式会社育良精機製作所に要求せぬことを契約いたします」として、要求事項をかかげた書面(甲第三号証)をさし入れたことはある。これは原告が被告の要求事項に従つて製作する限り原告の不完全履行に対してかしの追完責任またはかしなき良品を給付する責任を問わないことを明らかにしたものに過ぎず、それ以上に、原告の不良品給付(かしある給付)によつて生じた、または生ずべき損害の賠償責任をも問わぬことを明らかにしたものではない。仮りに右書面(甲第三号証)に表示されたところが、不良品の給付(かしある給付)によつて生じた、または生ずべき損害を賠償する責任、特に本件の違約損害金支払いの責任をも免除する趣旨とみるほかないとすれば、それは被告の内心の真意と相反するものであり、被告は誤解にもとずき表示行為の意味を誤つてそのような表示をしたものである。この錯誤は責任免除の意思表示の要素、すなわち免除の対象たる責任の内容自体について生じたのであるから、右の意思表示は無効である。仮りにそうでないとしても、右書面による免責はその書面を入れたのちに行われた取引きだけに関するものであるから、その前に原告が被告に売つた自動車燃料節約器について生じた公正証書第一条第二項第八条による責任は、原告の免れぬところである。

かように述べ、立証として、乙第一号証、第二、三号証の各一、二、第四号証の一ないし五、乙五号証の一、二、第六、七号証を提出し、証人増井知三の証言、被告本人尋問の結果を援用し、「甲第二、三号証、第五号証の七及び十が真正にできたことは認める。甲第一号証の一ないし七、第五号証の一ないし六及び九第六、七号証が真正にできたかどうかは知らない。第五号証の八のうち被告会社名義のゴム印の部分が真正にできたことは認めるが、その余の部分が真正にできたかどうかは知らない。」と述べた。

理由

被告から原告に対する債務名義として原告主張の公正証書があり、この公正証書に原告主張の各条項が記載されていること、被告が原告主張の日、戸村軍際公証人に対し原告主張の証明書を提出したところ、同公証人が被告の原告に対する三百万円の債権が発生するための条件が充たされた事実の証明ありとして、原告主張のとおり右公正証書に執行文を付与したことは、当事者間に争いがない。

本件異議の対象になつている請求権は、右公正証書に載つている原被告間の自動車内燃機関の部品の売買契約に原告が違反した場合に被告が原告に対して取得する違約損害金三百万円及びこれに対する遅延損害金の請求権(右条項八条九条)である。

原告は、「原被告は各種自動車内燃機関の部品の売買契約をしたことはない。原被告間には中山俊雄の発案に係るものといわれていた自動車燃料節約器の製造販売についての契約が結ばれたにすぎない。」と主張するが、証人舟山末蔵、増井知三の各証言、原被告各代表者本人の供述と合せ考えると、原被告は、本件公正証書の作成を嘱託する際、中山俊雄の発案に係るものといわれていたものを原案とする(しかし、それにこだわらない)自動車燃料節約器を原告が製造して被告に売渡す旨の契約を結び、その際自動車燃料節約器のことを自動車内燃機関の部品と呼んだこと(そして、その他の自動車内燃機関の部品の製造販売については原被告は売買の契約をしたことがないこと)が認められるから、右自動車燃料節約器の製造販売の契約については本件公正証書第八条の条項は適用があるものといわなければならない。この点に関する原告の主張は理由がない。

原告は、また、「原告は被告に対して自動車燃料節約器の性能を一年間保証したことはない。」と主張するが、本件公正証書第一条第二項の文言にかかわらず、原告が被告に売渡すべき自動車燃料節約器の性能を一年間保証したことはないということを認めさせるような証拠はない。

この点について、原告は、「中山俊雄の発案に係る自動車燃料節約器の性能については原告は全然知るところがなかつた。」というが、さきに認めたとおり、本件公正証書に載つている契約の対象になつた自動車燃料節約器は中山俊雄の発案に係るものそのものではないから、原告が中山俊雄の発案に係る自動車燃料節約器の性能を知つていたかどうかは、直ちに、原告が自動車燃料節約器の性能を保証したかどうかに関係するものではない。

原告は、さらに、「中山の発案に係る自動車燃料節約器に関する限りその性能(燃料節約の性能)を一年間保続させることは原理的に不可能であつた。」ともいうが、右のとおり、本件製造販売契約の対象になつた自動車燃料節約器は中山の発案に係るものそのものではないから、中山の発案に係る自動車燃料節約器の性能が、原告主張のとおりであつたとしても、それは原告が自動車燃料節約器の性能を一年間保証したことの効力に影響を及ぼすものではない。また、自動車燃料節約器の性能を一年間保証することはそもそも不能なことであるということをはつきり認めさせるほどの証拠もない。

以上のとおりであるから、残るところは、原告が性能について一年間の耐久力のない自動車燃料節約器を被告に売渡したか(公正証書第一条第二項参照)、そのことによつて被告が原告に対して金三百万円の違約損害金請求権を取得したか、である。

証人増井知三の証言、原被告各代表者本人の供述を合せ考えると、原告は被告に対し、昭和二十八年一月二十二日から同年十月頃までの間に、千個近い自動車燃料節約器を製造して売渡したこと、被告はその多くを転売したが、その相当数は一カ月とたたないうちにこわれたことが認められる。

しかし、甲第二、三号証(真正にできたことに争いがない)、甲第五号証の一ないし一〇(証人秦卓次の証言によつて被告が作つたものであると認められる)と証人秦卓次、同舟山末蔵の各証言、原告代表者本人の供述とを合せ考えると、この点について、つぎの事実を認めることができる。

原告代表者伊藤利次と被告代表者増井源吉とは、中山俊雄の発案に係る自動車燃料節約器を土台にし、これに改良を加えて自動車燃料節約器を製造し、これを売りひろめて利益をあげようと相談して、本件公正証書に載つている契約を結んだのであつた。しかし、原告も被告も、果して商品価値あるものができ上るか見当がつかなかつたので、とにかく試作品を作つて実験してみることにした。まず、昭和二十七年十二月中原告が中山俊雄の発案にもとづいて試作品を作り被告立会いのもとに実験してみたが失敗に終つた。そこで、被告はその改良について原告に指示した。原告はこれに従つてさらに試作品を作り、被告立会いのもとに実験してみたが、これまたうまくいかなかつた。このようにして昭和二十八年二月まで数回にわたり試作品の製作、実験の仕事がくりかえされた。その間いく度か被告の指示により改良が加えられ燃料節約の趣旨にかなうものも時に作られたが、しかし、商品として売り出してもよいというには遠いものであつた。ところが、ある程度燃料節約の目的にかなう試作品ができたことを見た被告は、右実験の期間中原告に対して商品としての自動車燃料節約器を作つて供給されたいと要求した。原告は商品とするに足りるものでない故をもつて断ろうとしたが、被告がこの程度のものでよいというので、被告の求めるままに、昭和二十八年一月末頃、相当数の燃料節約器を作つて被告に供給した。この中には不良の品が多く、原告は被告の要求により改良を加えてやつた。製作したものが商品価値あるものでなく、ことに耐久力の点については実験もしていなかつたので、原告は、昭和二十八年二月初旬、被告に対して、商品としての自動車燃料節約器の製作供給を拒んだが、被告が書面で改良点を指示し、その通り作るにおいては文句をいわぬ旨述べたので、被告の求めるままに、さらに自動車燃料節約器を大量的に製作供給した。このようなことが昭和二十八年九月までくりかえされたが、被告の度重なる改造の要求にたえかねた原告が、同月中、それ以後の製作供給改造を拒んだところ、被告は、同月十三日、変改造に関する要求事項を原告に提示したうえ、その要求事項のとおり製造改造するにおいて以後作る製品の性能につき原告に対して責任を問わず、かつそれまでに原告が被告に供給した分についても原告の責任を免除する旨述べて、引きつづき製作供給を求めた。そこで原告は、被告の要求に応じ、要求事項のとおり自動車燃料節約器を製造納入し、かつ従来納入した製品中被告から返されたものについて要求事項通りを改造して被告に納入した。原告が供給した自動車燃料節約器は以上の取引きのいずれかの部分に属するものであつた。

かように認められる。

被告は、甲第三号証について、「これは原告が被告の要求事項に従つて製作する限り原告の不完全履行に対してかしの追完責任またはかしなき良品を給付する責任を問わないことを明らかにしたにすぎず、それ以上に、原告の不良品給付(かしある給付)によつて生じた、または生ずべき損害の賠償責任をも問わぬことを明らかにしたものではない。仮りに然らずとしても、右書面による免責はその書面を入れたのちに行われた取引きだけに関するものであるから、その前に原告が被告に売つた自動車燃料節約器について生じた公正証書第一条第二項第八条による責任は、原告の免れぬところである。」と主張する。

甲第三号証だけ見ると、その趣旨必ずしもはつきりしない部分があるが、当裁判所はその他の証拠をも合せ考えて、前記のとおり認定したのである。

被告代表者本人の供述のうちさきの認定に反し甲第三号証につき被告の主張に合う部分、証人増井知三の証言のうちさきの認定に反する部分は、ともに採用することができない。ほかにさきの認定をくつがえすに足りる証拠はない。

被告は、また、甲第三号証に関連して、「被告が昭和二十八年九月十三日原告主張のような意思表示をしたものであるとすれば、それは意思表示の要素に錯誤があつたもので、無効である。」と主張するが、この点に関する被告代表者本人の供述は採用することができず、ほかに被告主張の右事実を認めさせるような証拠はない。

以上のとおりであるから、原告が被告に売渡した自動車燃料節約器については、被告は公正証書第一条第二項の適用を除外することを承諾したわけである。裏からいうと原被告は右第一条第二項の適用を受ける取引きをしなかつたのである。

してみると、本件公正証書第八条の請求権(したがつてまた第九条の請求権)については執行文付与の前提になる条件が成就していないものというべく、原告の民事訴訟法五四六条にもとづく請求はもつともである。

さて、本件は民事訴訟法五四五条の訴と同法五四六条の訴との併合訴訟であり、原告は、前者につき本件公正証書にもとづく強制執行は許さないとの判決を、後者につき本件公正証書に公証人が昭和二十九年十一月九日及び昭和三十年一月十一日付与した執行力ある正本にもとづく強制執行は許さないとの判決を求めている。さきの判断によると、前者の請求は棄却しなければならないようにみえる。しかし、よく考えてみると、民事訴訟法五四五条の訴は、形式的に執行力をもつ債務名義表示の請求権が発生しないか、消滅したか、効力が停止されたか、その権利者に変動があつたかにより、実体上債務名義の執行力がないことを確定するものであり、同法五四六条の訴は、債務名義表示の請求権につき同法五一八条にいう条件が成就しないために(同法五一九条の承継の点は略す)、実体上債務名義が現在執行力をもつに至つていないことを確定するものであつて、その本質において異るところがない。異るところは、前者は債務名義がもともと執行に適しないものであることを確定するにあるに反し、後者は債務名義が現在まだ執行に適する(すなわち、執行文を付与することができる。)状態に至つていないことを確定するにあるという点だけである。すなわち、原告としては、いずれの請求についても、本件債務名義が現在執行することができぬものであることの確定を求めれば足りるのである。これは、あたかも、給付訴訟の被告になつた者が、第一段に原告主張の請求権がそもそも発生しなかつたといつて争い、第二段に仮りに発生したとしてもまだその履行期が到来していないといつて争つて、請求棄却の判決を求める場合に似ている(被告の主張が正当であれば、いずれの場合においても、ただ原告の請求を棄却すると判決すれば足りるのである)。したがつて、民事訴訟法五四五条の訴についても、同法五四六条の訴についても、原告としては、債務名義が現在執行することができぬものであることを理由として、債務名義にもとづく強制執行を許さぬ旨の判決を求めれば足りる、ということができる。

本件でも、原告は、民事訴訟法五四五条及び同法五四六条にもとづき、ただ本件公正証書にもとづく強制執行は許さないという判決を求めれば足りたのである。用語の如何にかかわらず、原告の訴旨は正解してやらなければならない。民事訴訟法五四五条にもとづく請求について特に請求を棄却する旨の判決をする必要はないし、一方、同法五四六条にもとづく請求については、本件公正証書が現在まだ強制執行に適せぬことを理由として本件公正証書にもとづく強制執行は許さないという判決をするのが相当である。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言について同法五六〇条五四八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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