東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1247号 判決 1958年2月01日
原告 株式会社栄和製作所
被告 国
訴訟代理人 星智孝 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金一、二二三、九七八円及びこれに対する昭和二九年一月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として
原告は、一般医科理科電気器具類の製作、販売を業とする株式会社であるが、原告の代理人訴外汎洋医科工業株式会社は、保安庁第一幕僚監部支出負担行為担当官辻村義知との間で、(一)昭和二八年三月一六日単価二〇九、五〇〇円、代金八三八、〇〇〇円、納入場所立川衛生補給庁、納入期限同年四月一八日の定めで恒温用現像セット四台、(二)同年三月一七日単価、代金、納入場所(一)と同じ、納入期限同年四月二〇日の定めで恒温用現像セット四台、(三)同年三月一九日単価、納入場所(一)と同じ、代金二〇九、五〇〇円、納入期限同年三月三一日の定めで恒温用現像セット一台、以上のような約旨で右の製作を請け負い、その際製作につき別紙仕様書記載どおりの指図を受けた。そうして、原告会社は、右製作に着手したが、右現像セットは、水洗タンク一台、現像タンク一台の組み合せから成るものであり、右指図による所要部品の配置セットの構造が別紙図面(一)記載のとおりとなるべきものであるところ、右指図に従う限りその規格、寸法上製作が不能であり、また、右現像セットの主たる効用である恒温の保持という目的が達成されないので、原告会社は、(三)の契約分については同年三月三一日その納期限を同年四月二〇日限りとして延期申請をし、ついで(一)、(二)、(三)の各契約分につき同年四月一七日、同年五月一八日、同年一一月三〇日に順次右納期限の延期を申請しその最終納期限を同年一二月二日と定め、他方、その間製作上の右事情を保安庁係官に申し述べて協議した結果、同年一一月一四日合意により、右仕様書の一部を変更して別紙図面(二)記載のとおり製作することとし、原告会社は、これに基き右製作品合計九台を完成し同年一一月二八日右係官の検査に合格したうえ、同年一二月二日これを全部納入したのであつた。従つて、被告は、右(一)、(二)、(三)の代金合計金一、八八五、五〇〇円を原告会社に支払うべき義務があるにもかゝわらず、うち金一、〇二一、五二二円を支払つたのみで、未だ残金八六三、九七八円の支払をしない。
次に、原告会社は、右仕様書の変更により増加した仕事に相当する報酬請求権がある。すなわち、別紙仕様書及び別紙図面(一)と別紙図面(二)とは、同図面(二)において、(一)ターミナル(23)(以下、特にことわらない限り番号は、両図面共通のものである。)をチエンバー(1) の左側中心に出している点、(二)恒温用ガス収縮間(10)をタンク(22)内底部に固定している点、(三)チェンバー(1) の右側蓋にターラーパイプ(18)を付けている点、(四)循環水配管は、現像タンク(22)の循環水取入口(17)から循環水ポンプ(6) を経てチエンバー(1) の循環水取入口(12)に入り、チエンバー(1) の循環水流出口(13)を経て現像タンク(22)の循環水噴出出口(15)に連結している点、(五)循環水ポンプ(6) を下段アングル棒(20-1)の冷凍機(2) の左側に備えている点、(六)ミキシングチエンバー(1) 、サーモスタット(8) 、サーモスタット誘導管(24)、レシーバータンク(14)、コンプレッサー(2) 、ポンプ用モーター(5) の配置、以上の諸点において異なり、そのほか、別紙図面(二)の(10)の部分に、ガスストップバルブ、同(9) の部分にドライヤー各一個、同(25)の部分にステンレスバット受け各四個を新たに装置し、別紙図面(一)の(20-2)の部分にある下段アングル枠の四隅を同図面(二)の(20-1)記載のように延長し、同図面(二)の赤線部分、すなわち、同図面の(1) ミキシングチエンバー、同図面(17)の循環水タンクへの噴水取入口から同(6) のポンプを経て右ミキシングチエンバーに至る配管、同(13)の循環水流出口から同(15)の循環水タンクへの流出口までの配管部分につき、断熱処置として右ミキシングチエンバーに厚さ一〇ミリのフエルトの被覆をしたうえ、綿布を巻き、その綿布は防水性塗料を塗布し、右配管部分に石綿を巻いたうえ綿布の被覆をして防水性塗料を塗布した。以上新たな仕事は、右製作品の効用の維持、存続のため欠くことができないものであるから、前記のように仕様書の変更を求めた際、別紙図面(二)に表示されていたのである。従つて、被告は、商法第五一二条により相当の報酬を原告会社に支払うべきものであるところ、当初の指図である別紙仕様書所定の仕事の量及び資材との対比上、右報酬は、前記請負代金の二割をもつて相当とする。しかも、右増加分は、原価計算上右製作品一台につき金四一、九〇〇円相当の価格があるから、右報酬は、少くとも金四〇、〇〇〇円を下らない。
仮に、原告会社が、右増加分につき商法第五一二条所定の報酬金請求権を有しないものとしても、前記仕様書の変更がなされた際、原告会社と保安庁係官との間で、別紙仕様書所定の仕事の量及び資材とその対価である前記請負代金に準じ右増加部分の報酬が支払われるべき旨の合意が暗黙に成立していたものであり、仮にそうでないとしても、業界においては、一般に前記のように仕様書の変更がなされ、かつ新たな仕事が増加したときは、右同様の比率によりその増加分の報酬が支払われるべきものとの事実たる慣習があり、右当事者は、その慣習による意思があつた。そうして、その報酬は、前記と同様金四〇、〇〇〇円を下るものでない。従つて、被告は、右増加部分につき少くとも一台につき金四〇、〇〇〇円合計金三六〇、〇〇〇円を原告会社に支払うべき義務がある。
そうして、原告会社は、昭和二八年一二月二三日書面で右係官所属の保安庁第一幕僚監部に対し前記請負代金残金及び右報酬金合計金一、二二三、九七八円を昭和二九年一月二〇日限り支払うべき旨を催告したにもかかわらず、被告は、その支払をしない。
そこで、原告会社は、右合計金一、二二三、九七八円及びこれに対する右催告期限の翌日である昭和二九年一月二一日から完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。かように述べ、
被告主張事実中、その主張のような遅滞料徴収、納期延期、遅滞料免除に関する特約が結ばれていたことは認めるが、その余の点を争う。右遅滞料支払に関する特約は、損害賠償額の予定とみるべきものであるところ、本件製作品の納入が請負人である原告会社の責に帰すべきでない事由により遅滞したときは、右約束に拘束されず、原告会社において遅滞料の支払義務がない。そうして、本件製作品の納入が遅延したのは、保安庁係官が与えた指図によつては、目的物の製作が不能であり、また、その製作品の目的とする効用が得られないことによるものであり、原告会社の責に帰すべき事由によつて生じたものでない。これを詳述すれば、別紙仕様書は、別紙図面(一)(20-1)のベースアングルを幅二九〇インチ(七三七ミリ)、奥行二〇インチ1/2(五二〇ミリ)、高さ一六インチ(四〇六ミリ)、アングルは、等辺四〇ミリ、厚さ五ミリと定めるから、アングル枠は幅、七二七ミリ、奥行五一〇ミリ高さ三九六ミリの立方形となるべきものであるが、別紙仕様書によれば、別紙図面(一)の(1) のミキシングチエンバーは、外径一六三ミリとなり、これに同部品の附属品が附加される結果、その所要寸法は、一八三ミリであり、従つて別紙図面記載のようにこれとともに、右アングル枠内に同図面(3) のベット及び1/4馬力モーターが配置することができない。また、同図面(16)の配置ボックスは幅八インチ(二〇三ミリ)、奥行五インチ(一二七ミリ)高さ七インチ3/8(一八七ミリ)という別紙仕様書の定めであるが、別紙仕様書によれば、別紙図面(一)記載のように右配電ボックスとともに同図面(6) の1/8馬力モーター直結、口径3/8インチ鉄製ギヤーポンプを配置すべきものであるところ、右モーターとポンプとは、モーターの故障を避けるため、当然間隔を置いて配電されなければならない関係上、右ポンプと配置ボックスとは、別紙図面記載のように配置するこが困難な関係にある。
次に、別紙図面(一)の(10)のガス収縮管は、別紙仕様書により前記ミキシングチエンバー内にヒーター及び冷却コイルとゝもに収納される旨の定めであるが、これに従えば、右三者が接近している関係でガス収縮管は、直接影響を受けるから、本件現像タンク内の水温を一八度ないし二〇度の範囲内に保持するという仕様書所定の効用が得られず、また、右ヒーター、冷却コイルの能力と本件現像タンクの容量との関係上、同タンク内の水温とミキシングチエンバー内の水温との温度差が甚しいため、その両者の水が対流を起しても、右現像タンク内の水温を右定温の範囲内に保持するという効用が得られないのである。要するに、かような結果はガス収縮管をミキシングチエンバー内に収納することに起因するものであるから、別紙仕様書による指図は、技術上誤つている。
以上の諸点で別紙仕様書による指図は、誤を犯しており、原告会社は研究の結果別紙図面(二)により本件製作品を完成したわけであり、その納入の遅延は、原告会社の責に帰せられるべきものでない。かように述べ、
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として原告主張事実中、原告会社が原告主張のとおりの事業を目的とする株式会社であること、汎洋医科工業株式会社が原告会社を代理して保安庁第一幕僚監部支出負担行為担当宮辻村義知との間で原告主張の日に原告主張の(一)、(二)、(三)の約旨で恒温用現像セット九台の製作を請け負い、別紙仕様書記載のとおりの指図が与えられたこと、原告会社が右(一)、(二)、(三)の各契約の納期限についてその主張のように期限の延長を求め、これらの最終納期限が昭和二八年一二月二日と定められたこと、右恒温用現像セットは、水洗タンク一台、現像タンク一台の組み合せから成り、原告会社は、別紙図面(二)により本件製作品を完成し、同年一一月二八日保安庁係官の検査に合格して右最終納期限に納入したこと、本件製作品はは別紙仕様書による指図と原告主張の点においてその主張のように相異するものであり、別紙仕様書所定の部分品のほか、新たに原告主張の個所にその主張のような部分品が装置され、断熱処置が施されたこと、原告会社がその主張の日に保安庁第一幕僚監部に対しその主張のような金員を昭和二九年一月二〇日限り支払うべき旨を催告し、被告がその催告にかゝる金員を支払わないでいること、は認めるが、別紙図面(一)が構造、部品の配置の点で別紙仕様書とおりのものであるとの点を除き、その余の点を争う。
別紙図面(二)による製作は、別紙仕様書所定の指図を変更するものではない。すなわち、保安庁は、複雑な構造の機械等の請負契約を結ぶ場合、仕様書において細部の点をすべて指定せず、大綱を定めるだけで、請負人は、その範囲内で製作図面を作成し、保安庁係官の承認を受けたうえ、製作品を特定するのを例とするのであり、本件製作品もその例に洩れるものでなく、別紙図面(二)による製作は、別紙仕様書が予定した製作に比して技術的に安易な製作方法であるという点でこれと異なるに過ぎず、別紙仕様書の指図の範囲内のものである。
もともと本件現像セットは、原告会社が昭和二六年末これと類似の製品を保安庁に納入しており、昭和二八年二月原告会社においてさきの製品に改良を加えたものとして設計図面を同庁係官に提出し、同係官がこれを採用して別紙仕様書を作成したのであつた。そうして、右仕様書に従い製作することは、可能であり、これによる製品の効用には、少しも欠陥がない。しかるに、原告会社は、その主張のように前後四回にわたり右仕様書による製作は困難であるものとして納期限の延期を申請し、漸く昭和二八年一一月二八日別紙図面(二)を係官に提出してその承認を求め、これを得たうえ、本件製作品を前記の日に納入したのである。
ところで、本件請負契約が結ばれるに際し、「(一)原告会社が期限内に納入場所に合格物品を受渡できないときは、前記担当官辻村は、遅滞料を徴して延期を許すことができる。遅滞料は、期限の翌日から起算して遅滞一日につきその未納付分に対する契約代金の一〇〇〇分の二に相当する金額とする。(二)天災事変その他正当の事由により期限内に物品を受渡することができないときは、原告会社は、その事由を詳記して期限内に延期を請求することができる。この場合右担当官は、その請求を正当と認めたときは、これを許して右遅滞料を免除することができる。」(甲第一号証の契約書第八条、第九条)旨の特約が結ばれ、右遅滞料はいわゆる違約金をいうものであつて、しかも、原告会社が前記納期限を守ることができなかつたことにつき正当の事由がなかつた。従つて、原告会社は、その遅滞日数に応じて右約定の割合による遅滞料金八六三、九七八円を被告に支払うべき義務があり、これを控除したうえ原告主張の金員を請負代金として支払つたわけで、原告会社代表者小林栄一は、前記納入後、右遅滞料の免除または減額を係官に懇請していたほどであつた。かようなわけで、被告は、原告主張の請負代金残金の支払義務がない。
次に、別紙図面(二)による製作により仮に別紙仕様書の指図に従う製作に比して仕事の量が増加したものとしても、別紙図面(二)による製作が別紙仕様書の指図の範囲内のものである限り、右増加量に対する報酬は、当然当初の契約代金中に包含されるものであり、仮に、原告主張のように別紙仕様書による指図が変更されたものとしても、その変更の合意が成立した際、その変更により増加すべき仕事を含んで別紙図面(二)による製作に対する報酬は当初の契約代金とする旨が合意されていた。従つて、右増加分につき商法第五一二条の適用をみる関係にはなく、本件契約代金とは別個に原告がその主張のような請求権を取得すべきいわれがない。以上のように述べ、
証拠<省略>
理由
原告が一般医科理科電気機械器具の製作販売を目的とする株式会社であること、汎洋医科工業株式会社が原告会社の代理人として保安庁第一幕僚監部支出負担行為担当官辻村義知との間で原告会社主張の(一)(二)(三)の約旨のもとに恒温用現像セット合計九台を請け負い、その際別紙仕様書記載のとおりの指図が与えられたこと、原告会社は別紙図面(二)に従い右目的物を製作し、昭和二八年一一月二八日保安庁係官の検査に合格したうえ、同年一二月二日これを全部右約旨の納入場所で引渡を終えたことは当事者間に争がない。
被告は、原告会社と保安庁担当官辻村との間において遅滞料徴収の特約があり、これに基き、原告主張の請負代金残金額相当の遅滞料を取得していたと主張するので、この点につき考える。
(一)本件請負契約が結ばれるに際し、右当事者間で「(一)原告会社が期限内に納入場所に合格物品を受渡できないときは、担当宮辻村は遅滞料を徴して延期を許すことができる。遅滞料は、期限の翌日から起算して遅滞一日につきその未納付分に対する契約代金の一〇〇〇分の二に相当する金額とする。(二)天災事変その他正当の事由により期限内に物品を受渡するることができないときは、原告会社は、その事由を詳記して期限内に延期を申請することができる。この場合、右担当官は、その請求を正当と認めたときは、これを許して右遅滞料を免除することができる。」旨の特約が結ばれていたことは当事者間に争がない。右事実によれば、右にいう遅滞料は、未納付分に対する契約代金の一〇〇〇分の二相当の金額との定めであつて、本件全証拠を通じてみても、これがいわゆる違約罰として課せられるものと認めるべき資料がないから、民法第四二〇条第三項の法意に徴して右遅滞料の特約は、請負人である原告会社において目的物引渡債務の覆行を遅滞したときこれにより生ずべき損害の発生及びその数額を予定したものと認めるのが相当である。従つて右引渡債務の履行遅滞が原告会社の責に帰すべき事由によらないものであるとき、原告会社は、右特約に拘束されるものでなく、なお、右特約(二)の遅滞料減免の趣旨は、原告会社の責に帰すべき事由により右履行が遅滞し、これにより同会社が右相当額の遅滞料支払債務を負担したときにおいても、保安庁係官辻村がその遅滞につき正当な事由があると認定して右支払債務の全部または一部を免除することができるものと解するのが相当である。
(二) 別紙図面(一)と同図面(二)とを対比すれば、両図面は、本件恒温用現像セットの構造、部品の配置の関係において異なることは明らかであり、弁論の全趣旨によれば、別紙図面(一)は、右構造、部品の配置の点で別紙仕様書記載の指図に従うものであること、原告会社は、別紙図面(二)に従い製作した本件恒温用現像セットを納入したところ保安庁係官が本件請負契約に基く債務の履行として合格の認定を与えたことが認定できる。
(三) 原告会社は、別紙仕様書及び図面(一)に従う限り本件恒温用現像セットの製作は不能であり、また仕様書が予定している恒温の保持という効用が得られないと主張し、被告は、仕様書に従い製作が可能であり、これによる製作品の効用には、少しも欠陥がないと主張するので、考える。
この点について鑑定人菊池庸平の鑑定の結果と鑑定人今野寛六の鑑定の結果は、前者が、別紙仕様書に従い製作することは、技術的に困難を伴うものであるけれども、不可能ではなく、また、その製作品は、恒温保持の効用に支障がないとするのに反し、後者は、右の製作は不能であり、その効用に関しては、恒温を保持することができるものであるけれども、これを得るには、長時間を要し、実用に供し得ないとする。右鑑定理由を検討してみるに、菊池の鑑定の結果は、想定しうる条件を考慮に入れたうえ判断しその間に矛盾を含むところがあると認めることができないし、また甲第六号証中右鑑定資料に供されている日立製四分の一馬力反撥起動式モートルの半径が右鑑定人の認識したところと異なるものであるけれども、その事実だけで鑑定人の右認識を疑うことができない。そうして、右両鑑定理由を対比すれば、鑑定人菊池庸平の鑑定の結果が信用するに足り、今野寛六の鑑定の結果は、採用するこがとできない。従つて、別紙仕様書に伴う本件恒温用現像セットの製作は、技術的に不能ではなくまた、これに伴う製作品の効用には欠陥がないのであつて、たゞその製作過程において技術を要する点があるに過ぎない。更に、その技術上の難点もひとつには、別紙仕様書記載の別紙図面(一)の(1) 記載のミキシングチエンバーの内径を六インチ(一五二ミリ)とする旨の定めを前提とすることによるものであるところ、右鑑定の結果によれば、別紙仕様書記載の附属図面に基けば、その内径が一一〇ミリまたは一〇〇ミリとなるべきものであること、これを前提とすれば、右技術上の難点は、消滅することを認めることができ、後記認定のように請負人は、仕様書による指図を受けた後製作図面を提出して係官の承認を受け、これにより製作品が認定されるものであつてこの事実に仕様書の記載上の右のような相異を考慮に入れゝば、右鑑定人の指摘するように、右のようなより小の内径を前提としても、別紙仕様書による指図に違反するものでないと解するのが相当である。
(四) 原告会社が前記支出負担行為担当官辻村義知に対し、原告会社主張の(三)の契約分につき昭和二八年三月三一日期限延期の申請をしついで同(一)(二)(三)の各契約分につきいずれも同年四月一七日、同年五月一八日、同年一一月三〇日の三回にわたり順次期限延期の申請をし、以上の最終納期限が同年一二月二日と定められたことは当事者間に争がなく、この事実及び右(二)(三)の事実に成立に争のない甲第四号証、乙第一、二号証の各一ないし三、第三号証の一ないし四、原告会社代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認める同第八号証、証人好光国広(第一、二回)、五島小弥太、綿野実、河野正成、山田修治、村上千春の各証言を総合すれば、次の事実を認定することができる。原告会社は、昭和二六年末本件恒温用現像セットと同様の効用を目的とする製作品を保安庁に納入したのであつたが、更に保安庁において昭和二八年本件恒温用現像セットの調達を企画し、これと類似の国産品がなかつたので、同庁陸上幕僚監部衛生課の山田修治は、さきに原告会社の納入品についてその製作を監督した。同会社の児玉技師にはかり、同人と協議のうえ、別紙仕様書を作成し、原告会社及び訴外岩城商店をして右製作を請け負わしめた。
ところが、右児玉技師は、同年六月ころから右製作を担当せず、原告会社の職員五島小弥太がその製作に従事していたが、同会社は、もともと商事会社である関係で、右製作を帝国工業株式会社等に下請させていたが、その下請会社から別紙仕様書に従う製作が技術的に不能であるとの苦情を受け、結局岩城商店とともに別紙仕様書に従う製作を断念し、適宜部品の配置を変更したうえ、別紙図面(二)により製作することとし、同年七月末ころこれによる製作を完了した。そうして、その完成品は、全部岩城商店の納入分にあてられ、同商店は、同年一〇月これを保安庁に納入したのであつたが、原告会社が当時資金難に陥つていた事情も加わり、漸く同年一一月一四日保安庁調達実施部関係係官に対し別紙図面(二)により製作することについて承認を求め、そのころ係官の承認を得た。すなわち、保安庁のする請負契約においては、まず仕様書により請負人に指図を与えるのであるけれども、仕様書では、製作品の全般について細部の点をすべて定めることをしないで、後日請負人をして製作図面を提出せしめてこれに承認を与えその細部の規格を定めることとしていたのであり、更に、仕様書の寸法の誤記とか、代金額、請負の目的物の効用に変更を生ぜしめない限り仕様書の規格、寸法の訂正を許し、これを右図面承認の手続によるものとしていたのである。その後原告会社は、右製作品九台につき同月二八日同庁係官の検査を受けてこれに合格し、約定の最終期限である同年一二月二日前記納入場所に納入した。かような事実を認めることができる。
右事実に基けば、原告会社が本件恒温用現像セットの製作、納入を遅滞したのは、別紙仕様書による指図に内在する技術上の難点を原告会社の技能の不足のため克服することができなかつたことと、その資金の不足によつたものと認めるのが相当であり、証人好光国広(第一、二回)、五島小弥太の各証言中、以上の各認定事実に反する供述は、信用できないし、その他に右認定を動かすに足りる証拠がない。
従つて、原告会社は、前記(一)の約定の割合による予定賠償額を被告に支払うべき義務があり、その数額が被告主張のように金八六三、九七八円に達することは、計算上明らかであつて、弁論の全趣旨によれば、前記支出負担行為担当官辻村義知が右損害賠償債権と本件請負代金支払債務とをその対当額で相殺の意思表示をしたことが認められるから、原告会社の被告に対する本件請負代金債権は、右限度で消滅したわけである。
次に、別紙仕様書による製作と別紙図面(二)による製作とは、原告会社主張の(一)ないし(六)点において相異があり、更に、原告会社がその主張のような新たな仕事を施行したことは、当事者間に争がなく右のような相異の態様に証人村上千春の証言を併わせ考えれば、別紙図面(二)による変更は、別紙仕様書による指図を変更したものと認めるほかない。
しかしながら、前記認定のような図面承認ということの意味に前掲証人好光(第一回)、山田、河野、村上の各証言を総合すれば、原告会社は、本件恒温用現像セットを別紙図面(二)により製作することとして、これを完成したものであつたが、保安庁係官のする検査に合格しない限りその受渡ができないわけであるから、極力その引取の承諾を求めていたこと、第一幕僚監部衛生課調達班長村上千春は右事情を汲んでその受渡の前提として原告会社に別紙図面(二)を提出せしめ、これに承認を与えたものであり、これにより右製作品が本件請負契約に基く引渡義務の履行として前記納入場所に納入することができたこと、その間原告会社は、前記遅滞料の減免を係官に申し出たのであつたけれども、前記のような増加した仕事分に対する報酬の支払を求めた事跡がないことが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠がない。そうして、右事実によれば、別紙図面(二)につき承認が与えられた際、同図面による製作は、別紙仕様書による指図を変更するものでなく、その請負代金額には変更がないものとの合意が成立していたものと認める。
従つて、原告会社が右製作により被告に対して商法第五一二条に基き報酬請求権を取得する筋あいのものでなく、原告会社と右係官との間で右変更後の仕事の増加方に応じ別個に報酬が支払われる旨の合意が成立したとの原告会社の主張、業界において同会社主張のような事実たる慣習があり、当事者がこれによる意思を有していたとの主張は、その理由がないこと明らかである。
以上説明したとおり、原告会社の本訴請求の原因とする主張は、すべて理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤令造 田中宗雄 間中彦次)
図面<省略>