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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1579号 判決 1958年2月19日

原告 園部捨四郎

被告 岩井七之助

主文

被告は原告に対し金百六十八万四千八百九十七円およびこれに対する昭和三十二年一月二十五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告のその余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分につき金四十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二百四十万七百六十円およびこれに対する昭和三十二年一月二十五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告に対し、被告所有の東京都大田区新井宿四丁目千百四十一番地宅地四百四坪二合三勺のうち表通りから向つて左端より間口十間奥行裏通りに達する二百四坪二合三勺(以下本件土地という)につき、普通建物所有を目的として賃料一箇月金三十円三十二銭、毎年六月および十二月の各末日に当月分以前の六箇月の賃料を支払うこととし、期間の定めのない賃借権を有していた。即ち、右賃借権は原告において昭和十六年二月十八日本件土地の前賃借人である鬼頭輝雄から承継を受けたのであつて、当時、本件土地上には原告が鬼頭から右賃借権と同時に譲り受けた建物が存在していたが、後昭和二十年四月十五日に戦災によつて焼失したとこる、被告は原告に無断で同年六月頃訴外吉村長治に、昭和二十一年三月頃訴外尾山彦太郎に、昭和二十二年八月頃訴外中山多見恵に、昭和二十四年三月頃訴外植松操に、同年四月頃訴外鈴木稔に対しそれぞれ本件土地をその一部ずつ全部賃貸し、同訴外人らはそれぞれ賃借土地上に建物を建築(右吉村の賃借土地については、同人よりその一部をさらに転借した訴外増沢酉蔵において建築)してしまい、原告に対し賃貸人としての義務を履行しなかつた。

二、そこで原告は被告に対し昭和三十年十二月二十九日に、翌三十日被告到達の書面で被告は原告に対し本件土地を更地として昭和三十一年一月末日までに引き渡すこともしその引渡をしないときは、賃貸借契約を解除する旨の催告をしたが、被告は右日時までに履行しないので、原告は被告に対し昭和三十二年一月二十四日の本件口頭弁論期日において本件賃貸借契約解除の意思表示をしたから、右契約は同日解除された。

三、ところで原告は右契約解除によつて本件土地の賃借権を失い、その時価相当の損害をこうむつたところ、右契約解除当時における本件土地の借地権の価格は一坪当り金一万二千円を下らないから、損害金として右割合による本件土地全部の借地権の時価金二百四十万七百六十円と、右契約を解除した日の翌日である昭和三十二年一月二十五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。

右のように述べ、被告の主張に対し次のとおり述べた。

本件土地の貸借人である前記訴外人らは、被告が土地所有者として同訴外人らに賃貸した結果本件土地を占有して原告の有する使用、収益権を侵害しているのである。即ち、被告は本件土地を二重に賃貸したのであつて、このことは被告が原告の賃借権を侵害しているにほかならない。

原告はかつて官吏であつたが、現在は弁護士である。然し、官吏もしくは弁護士であつても借地に家を建て、これを第三者に適法に賃貸して相当の収益をあげることは差し支えなく、可能でもある。また、他人を使用して本件土地において営業をすることもでき種々の方法で借地を利用して収益をあげることができるのであるから、右収益があることを前提として鑑定価格が定められ、使用価値を前提として交換価値が定まるのである。

被告主張の時価減額方法は争う。のみならず、被告が本件土地を原告に更地にして引き渡せば、原告は直ちに建物を建築することができ、したがつて、被告主張のように賃貸借の終了時期が到達しても借地法第四条にもとずいて更新を請求することによつていつまでも賃借権を存続せしめることができるのであるから、被告主張のような控除をすることは不当である。

右のように述べ、立証として甲第一号証、同第二号証の一および二を提出し、鑑定人横山忠弘の鑑定の結果を援用し、乙第一号証の成立は知らない、同第二号証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求はこれを棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の主張事実中、

一のうち被告が原告に対し本件土地の賃貸義務を履行しないとの主張は争い、その余は認める。

二のうち原告から被告に対し原告主張の日その主張のような内容の催告が到達したことおよび原告主張の本件口頭弁論期日において賃貸借契約解除の意思表示があつたことは認めるが、その余は争う、

三は全部争う。

二、(一) 原告は昭和十六年二月十八日本件土地の賃借権を承継したのであるから、その時に被告は本件土地を原告の占有に移し、使用収益せしめたのであり、爾来原告の使用、収益権は消滅することなく存続しているのであるから、被告に賃貸義務の不履行はない。原告の本件土地に対する占有権を侵害し、本件土地を不法に占有しているのは現在占有している賃借人らであるから、原告としては賃借人らに対し本件土地の明渡を求めるべきである。

(二) 原告が本件土地を事実上支配できないとしても、被告には賃貸義務の不履行があるということはできない。なぜなら、被告は原告が本件土地を占有使用することを妨害しているのではないし被告の意思によつて賃貸義務の履行を拒絶しているのでもない、第三者が原告の占有を侵害しているにすぎないからである。

(三) 被告は原告に対し本件土地の引渡しをなし、原告は引渡を受けたのであるから、賃貸借契約の解除によつて損害賠償の義務は発生しない。

(四) かりに、被告に賠償義務があるとしても原告には何ら損害は発生していない。なぜなら、原告が本件土地の借地権を失つたことによつて、何ら損害をこうむることはないからである。即ち、本件土地はそのおもて側は小売商業地帯、うら側は住宅地帯であるから、その利用者は小売業者が住宅を建築する者に限られるのであるが、原告は官吏であり、かつ他に住宅を所有していて本件土地を必要とするとは考えられないし、営利の目的をもつて住宅を建築することも現在の社会の経済事情および原告の社会的地位よりみても不可能なことである。

(五) かりに、原告に損害があるとしても、その損害額は一般の借地権の評価額と同じではない。即ち、本件土地の賃貸権の評価に関する鑑定(鑑定人横山忠弘の鑑定の結果および乙第二号証)はいずれも賃借権の交換価値を示すものであつて、土地所有者が賃借権の譲渡を承認した場合の価格である。

然るに、本件土地の貸貸借契約には転貸を認めない旨の約定があるから、本件土地の賃借権は譲渡のできない賃借権である。したがつて、交換価値を有しない賃借権というべきであるので、一般の借地権の評価額が原告の失つた損害額に相当するとはいえない。

(六) また、本件土地の賃貸借契約は、初め訴外亡鬼頭作三と被告の先代岩井裕太郎との間に大正七年十月十六日に、期間を満五箇年として締結されたのである。その後借地法の適用をうけて右賃貸借期間は三十箇年となつたので昭和二十三年十月十五日に終了したが、さらに更新されて右期間は同月十六日から二十箇年すなわち昭和四十三年十月十五日をもつて期間終了となるところ、前記昭和二十三年十月十五日以降の経過年月は損害額を算定するに当つてしんしやくされねばならない(たとえば本件訴が提起された昭和二十九年二月当時においては右更新の日より約六箇年を経過しているから、損害額算定の際、その二十分の六に相当する額は評価額から控除されねばならない。)

右のように述べ、立証として乙第一、二号証を提出し、甲第一号証、同第二号証の一の成立を認めた。

理由

一、原告は昭和十六年二月十八日訴外鬼頭輝雄から同訴外人が本件土地について有していた賃借権と本件土地上に存在していた建物とを譲り受け、引き続き被告に対し本件土地の賃借権を有していたこと、右建物は原告主張の日戦災により焼失したところ、被告は原告に無断でそれぞれ原告主張の頃訴外吉村長治、尾山彦太郎、中山多見恵、植松操、鈴木稔らに対し本件土地をその一部ずつ全部賃貸し、同訴外人らはそれぞれの賃借土地上に建物を建築、使用して本件土地を占有(ただし右吉村の賃借土地については、同人がその一部を訴外増沢酉蔵に転貸し、右増沢において転借土地上に建物を建築、使用して本件土地を占有)していること、そこで原告は被告に対し昭和三十年十二月二十九日に書面でもつて本件土地を更地として昭和三十一年一月末日までに引き渡すこともし更地として引き渡すことができないときは本件土地についての原、被告間の賃貸借契約を解除する旨催告をし、同書面は翌三十日に被告に到達したが、被告としては右引渡の申出には応じなかつたことおよび原告は被告に対し昭和三十二年一月二十四日の本件口頭弁論期日において本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

右争いのない事実から判断すれば、本件土地に関する原、被告間の賃貸借契約は、被告の賃貸義務不履行によつて昭和三十二年一月二十四日適法に解除されたものということができる。

被告は、原告が本件土地の賃借権を鬼頭輝雄から承継した時に本件土地を原告の占有にうつし、使用、収益させたこと、被告は原告が本件土地を占有、使用することを妨害しているものでなくまた被告の意思によつて賃貸義務の履行を拒絶しているものでもなくて、前記訴外人らが本件土地を占有しているにすぎないことをもつて被告に本件土地の賃貸義務の不履行はなかつた旨主張するが、前記争のない事実によれば、原告は本件土地の賃借権に基きこれを直接に使用、収益する権能を有し、したがつて賃貸人たる被告は賃借人たる原告に対し本件土地を使用、収益せしめる積極的な義務すなわち本件土地を常に原告の使用、収益に適する状態におく義務があるというべきところ、本件土地を前記訴外人らに賃貸したのは被告であつて、その賃借権に基いて賃借人たる訴外人ら(吉村の賃借土地については転借人増沢酉蔵)が本件土地上に建物を建築して本件土地を占有しているものであるから、被告主張のように原告が本件土地の賃借権を承継した時には原告に使用、収益せしむべき状態においたとしても、その後において訴外人らに賃貸することによつて、結局、原告の使用、収益することを妨げたのであるし、また、被告みずから訴外人らに本件土地全部を賃貸したのである以上、被告に本件土地の賃貸義務の不履行はない旨の前記被告の主張は採用することができない。しかして、他に、前記認定と別異に解すべきことにつき首肯するに足りる被告の主張、立証はない。

二、原告は、被告の賃貸義務の不履行によつて本件土地の賃借権の時価相当の損害をこうむつたから、その賠償を求めると主張する。

被告は原告に対し前記認定のように本件土地の賃貸義務を履行しなかつたため、原告において賃貸借契約を解除したのであるから、被告の賃貸義務不履行によつてもし原告に損害が生じたならばこれを賠償すべく、その賠償義務の範囲は契約解除当時において原告のこうむつた損害の賠償であると解すべきであるところ、本件においては、原告は契約の解除によつて本件土地の賃借権を失つたのであるから、契約が解除された昭和三十二年一月二十四日当時における本件土地の賃借権の時価相当の金額が原告のこうむつた損害であつて被告は同額の金員を原告に対し賠償すべき義務があるものといわなければならない。

被告は、原告において本件土地の引渡を受けたのであるから、賃貸借契約が解除されても被告には損害賠償の義務はないと主張する。然し乍ら、前記認定のように被告は本件土地全部を前記訴外人らに賃貸することによつて、結局、原告に対し本件土地を使用、収益せしめるべき義務を履行しなかつたので賃貸借契約が解除されたのであるから、右主張は理由がない。

被告は、また、原告が本件土地の賃借権を失つたことにより何ら損害をこうむることはないと主張し、その理由として本件土地の利用者は本件土地の存在している位置から、小売業者か住宅を建築する者に限られるのに、原告は官吏であること、原告が他に住宅を所有していることおよび営利の目的をもつて住宅を建築することは現在の経済事情、原告の社会的地位よりみて不可能なことをあげている。

然し乍ら、本件土地の賃借権すなわち本件土地を使用、収益すべき賃借人の権利はそれ自体保護されねばならないのであつて、右被告のあげるような事情が存在するかどうかは賃借権を失つたことによる原告の損害の有無については何ら関係がない。したがつて、右主張も理由がない。

三、ところで、成立に争のない乙第二号証によれば、昭和二十九年十二月当時における更地の場合の本件土地の賃借権の価格は金百六十八万四千八百九十七円(一坪当り金八千二百五十円)であることが認められ、その後の経済事情のもとにおいては、右価格が低下したとは考えられないから、本件賃貸借契約が解除された昭和三十二年一月二十四日当時における価格は右金額を下らないものというべく、右金額が原告のこうむつた損害であると認定する。原告は本件契約解除当時における価格は、一坪当り金一万二千円を下らないと主張し、鑑定人横山忠弘の鑑定の結果によれば昭和二十九年当時の本件土地の借地権の価格は右主張と同額であるけれども、右鑑定の結果は乙第二号証中鑑定理由の記載部分に照らし、当裁判所はこれを採用しない。

被告は、本件における各鑑定の評価額は、いずれも土地所有者が賃借権の譲渡を承認した場合におけるその交換価値を示すものであるところ、本件土地の賃貸借契約には転貸を認めない旨の約定があるから、一般の借地権の価格である右鑑定の評価額が原告のこうむつた損害額であるとはいえない旨主張する。

然し乍ら、賃借権の評価額とは賃借人が賃借土地を使用、収益することによる利益それ自体の客観的価値を指すのであつて、土地の交換価値のみによつて定まるものではないから、本件賃貸借契約に被告主張のような約定があることだけでは右使用、収益することによる利益に影響を及ぼすことはない。

被告は、また本件土地の賃貸借期間は昭和二十三年十月十五日従前の期間が終了し、さらに更新されて同月十六日から二十箇年となつたが、期間二十箇年に対する同日以降の経過年月に対応して損害額は控除されねばならないと主張する。

然し乍ら、右賃貸借期間が被告主張のように昭和二十三年十月十六日から二十箇年間で満了するものとしても、その時に本件土地の賃貸借契約は原、被告間においてさらに更新され得ることも考えられる以上、原告のこうむつた損害額の算定に当つて現在の賃貸借期間の経過年月を当然しんしやくしなければならぬ理由はないものというベきである。

四、以上の次第であるから、被告は原告に対し前記のように原告のこうむつたと認むべき損害金百六十八万四千八百九十七円を賠償すべき義務があるものというべく、原告の本訴請求は右金員とこれに対するさきに認定した本件契約が解除された日の翌日である昭和三十二年一月二十五日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるものとして認容し、その余の部分については失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

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