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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5629号 判決 1958年2月28日

東京都豊島区長崎東町一丁目九九五番地

原告

古沢芳男

右訴訟代理人弁護士

高井正一

同都江東区深川高橋四丁目九番地

被告

伊部和男

右訴訟代理人弁護士

金子文吉

右当事者間の昭和二九年(ワ)第五六二九号約束手形金請求事件につき次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六〇万一二〇〇円及びこれに対する昭和二七年七月一七日以降完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、「被告は昭和二七年五月一〇日訴外小村貿易株式会社にあて、金額金六〇万一二〇〇円、満期同年七月一六日、振出地及び支払地東京都中央区、支払場所株式会社千代田銀行京橋支店とした約束手形一通を振出し、右受取人会社はこれを原告に裏書譲渡したので、原告は右手形の満期にその支払場所において呈示したがその支払を拒絶せられた」と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。(証拠略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実に対し、「原告主張の手形は訴外一児島競之助が被告を代理して振出したものであり、被告は後に右振出行為を追認した。裏書の事実は認める。その余の事実は不知。」と答え、抗弁として、

(一)、本件手形は右一児島が被告との共同営業の資金を得るため金額金八〇万二八〇〇円の約束手形とともに振出し知人を通じて小村貿易株式会社の代表者小林鎌治に交付し割引周旋を依頼したものであるが、小林はその知人である訴外松岡克樹(当時東京相互銀行金町支店長)にこれが割引方を周旋した。よつて松岡はその部下である原告をして被告等の共同営業の信用調査をなさしめた上、被告の父伊部菊次郎の保証を要求したが、同人がこれを拒絶したため、手形割引を拒絶した。

以上のとおり、割引手形として振出された本件手形に対し被告は小村又は原告から何等の対価をも受取つていないから、原告は手形上の権利を取得していない。

(二)、本件手形は前述のように割引のため小村貿易株式会社から松岡に交付せられたものであるところ、同人はその割引をしていない。同人は当時銀行支店長であり、銀行に対し割引申込のあつた手形を個人として割引することは一般に禁ぜられた行為であるから、同人が個人として割引したものとは認められないし、又松岡にあてた裏書もないから同人は手形上の権利を取得していない。原告は前記のような事情から、本件手形が割引のためのものでありしかも割引がなされていないこと及び松岡が手形上の権利を取得していないことを知つてこれを取得したものである。(証拠略)

理由

原告主張の約束手形を被告が振出したことは被告の一応争うところではあるが、被告は右手形に関する訴外一児島競之助の振出行為を追認したことを自陳するから、被告が本件手形上の債務を負担することは結局当事者間に争がないことになる。而して原告が裏書きによりこれを取得したことは被告の認めるところであるから、被告主張の抗弁事実を順次検討する。

証拠を合せ考えると、被告と一児島とは中央区銀座西一丁目七番地で甘納豆屋を共同経営していたが、資金難に陥つた結果手形割引の方法により金融を得べく、一児島の手により本件手形及び金額金八〇万二八〇〇円の約束手形合計二通を振出し、知人にこれを預けて割引の周旋を依頼した結果、転々して訴外小村貿易株式会社の代表者小村鎌治がこれを割引周旋のために所持するに至り、同人は右会社を代表して右二通の手形に裏書を施し、当時松岡克樹が支店長をしていた訴外東京相互銀行の金町支店にその割引方を申込んだことが認められる。

ところで前記甲第二号証、乙第三号証には右二通の手形金額に照応する代金額の砂糖を被告から小村貿易に註文する旨の記載があり、これが手形に添えられて松岡に手渡されたものであることは前掲各証拠により明らかであり、又一児島競之助の証言及び原告本人訊問の結果によれば、当時松岡の部下であつた原告は命により被告等の店舗の状況を調査したのであるが、その際一児島から、右註文書記載のとおりの砂糖取引があり現品は製造工場に保管してある旨の説明を受け、これを証するための物品領収証(甲第三号証及び乙第四号証)に被告名義をもつて確認をなさしめ、更に荒川区三河島の製造工場をも調査したことが認められ、これらの事実から推せば、本件外一通の手形については割引を容易ならしめるために、商品代金支払のためのいわゆる商業手形の形式をとり、小村はあたかも代金債権者にして手形の正当所持人であるかの如く装つて割引を申込んだものであることを推測させるに十分である。

然しながら、前掲各証拠によれば、原告の右調査の結果松岡は東京相互銀行としては右二通の手形の割引は困難である旨及びもし被告の父伊部菊次郎が保証人となるならば割引を考慮する旨を被告等に伝えたが、その実現をみるに至らなかつたので、割引による融資は成立しなかつたことが認められるところ、右割引拒絶の理由について考察してみると、証人松岡克樹は前記銀行の金町支店に右割引融資の権限がなかつたからというのであるが、もしそのとおりであるならば同人は原告をして無用の調査をなさしめたこととなるのであつて、右証言は到底信用し難く、右調査が被告の営業状態、資力、信用の如何を目的とすると同時に、前記二通の手形が果して小村のいうように取引代金支払のために振出されたものであるかどうかの点にも及んでいたことは、前段認定の調査の経緯ことに物品領収証(甲第三号証及び乙第四号証)の確認をなさしめたことから優にこれを窺い知ることができるものというべく、右文書及び前記甲第二号証、乙第三号証の記載数字からみれば、小村貿易から被告等に売渡し引渡を了したという砂糖は二口合計三一二〇貫の大量に上りその代金も合計金一四〇万四〇〇〇円という巨額であつたことになるのであるが、一児島の証言、原被告本人訊問の結果によれば、被告等の甘納豆販売成績は一ケ月金六万円乃至金一〇万円程度のものであつたことが明らかであり、従つて証人右近久吉のいうように、この程度の営業成績をもつ被告等の製造工場の規模もおのずから推知せられるものがあり、被告等がその材料の一部として前記のような大量多額の砂糖を真実買入れたかどうか及びその砂糖が工場に現実に貯蔵せられているかどうかは原告の行つた調査によつて容易にその真偽が観取されたものと考えざるを得ず、加うるに松岡克樹の証言(第一、二回)と証人右近久吉の証言(第一、二回)及びこれにより成立を認め得る乙第五号証とによれば、小村貿易株式会社は松岡個人からさきに金三〇万円を借受けてその弁済に困つていたことが認められ、さきに認定した保証人要求の事実等とも合せて考えるときは、原告及び松岡は前記調査の結果と小村貿易の信用状態とから、本件外一通の手形が商業手形と称するに拘らず真実は割引による金融を得んがために振出されたものに外ならず従つて小村貿易は何等右手形上の権利を取得したものでなく単に割引周旋のために所持しているにすぎないことを看破し、よつてその割引を拒絶したものであると認めるのが相当である。而してこの事実は、右二通の手形が一旦松岡から小村鎌治に返還され内一通は被告の手中に帰つて来たこと(証拠略)からも裏書されるところというべきである。

右のとおり本件手形は松岡が割引を考慮するため一旦小村から預つたが後これを同人に返還したものであるところ、証拠によれば小村は本件手形が未だ自己の手中にある間に松岡個人に対し小村貿易として金融を申込み新たに金三〇万円を同人から借受け、従前の債務金三〇万円と併せ合計金六〇万円の債務の支払を確保するため、小村貿易の裏書ある本件手形を松岡に交付し、松岡はその取立を委任する趣旨で原告にこれを交付し、原告の手により本件手形の呈示がなされるに至つたことが認められる。

以上認定の諸般の事実を綜合して考察すれば、本件手形は被告をして金融を得しめるため小村鎌治が割引周旋の委託を受けてこれを預つたものであつて、小村貿易株式会社は何等手形上の権利を取得せず、その割引不能の場合には被告に返還すべき義務を負うものであつたところ、松岡は本件手形が商業手形であるとの小村の言葉に乗ぜられることなく被告のための割引手形であることを知つて一旦これを小村に返還しながら、後日に至り小村貿易株式会社に対する自己の貸金債権の支払確保のために、同会社が手形上の権利者でないことを知りつつその裏書を受けたものであり、原告もまたこの事実を知りながら松岡から本件手形の交付を受けて所持人となつたものというべきである。従つて被告は原告の手形上の前者である小村貿易株式会社に対して本件手形の権利者でないことを主張しその返還を請求し得るのと同様に、原告に対しても原告が手形上の権利者でないことを主張してその支払を拒絶し得るものといわねばならない。

然らば原告の本訴請求は失当であつて到底棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判官 近藤完爾

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