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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5823号 判決 1958年2月21日

原告 岩沢寅吉

右代理人弁護士 三浦光夫

同 野崎三郎

被告 有限会社石橋木工所

右代表者 石橋正己

被告 石橋永之丞

右被告等代理人弁護士 山本政喜

同 佐川浩

主文

被告等は原告に対して別紙目録記載の工場の建物をこれに施設された同目録記載の機械設備有形のまま明け渡し、かつ各自昭和三十年四月二十五日から右明渡ずみまで一ヵ月につき金五千円の金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告等の各負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、別紙目録記載の工場の建物並びに機械設備(以下単に本件工場と称する。)の所有者が原告で、昭和二十五年六月十五日原告を代表者とする訴外日成建設株式会社より、賃料一ヵ月につき金五千円、毎月末日限りその月分持参支払、敷金六万円の約束で、被告石橋永之丞に賃貸され、同被告はこれを製材工場として使用し、昭和二十六年二月以降は同被告及びその子正己をそれぞれ取締役及び代表取締役とする被告有限会社石橋木工所の名義で引続き今日までこれを使用して来たことは、当事者間に争がない。

二、証人生田はな、同根橋義民の証言及び原告本人尋問の結果に成立に争のない甲第一号証を加えて考察すると、次の事実が認められる。

本件工場はもと原告がその建築請負業に使用する自家用製材工場として施設され、その後原告を代表者とする訴外日成建設株式会社名義でこれを使用していたが、同会社の事業不振から昭和二十五年五月半ば頃は殆ど遊休状態にあつた。その頃被告石橋は他の借工場で製材業を営んでいたが、該工場の敷地が区劃整理により道路に編入され東京都より移転命令を受けたので、昭和二十五年六月初め頃、土地等取引周旋業者訴外生田はなを通じ訴外会社に対し、急のことであるから取り敢えずこれを借りておいて他を探すから、当分の間是非本件工場を貸してくれるよう申込んだところ、訴外会社としてはいずれ会社経営を建て直し本件工場を使用する予定であつたが、工場を遊ばしておいても維持費がかかるので、それまでの間、取り敢えず期間を一年と定め、その他前記の約旨で同被告に本件工場を賃貸することとし、昭和二十五年六月十五日右契約が成立した。

右に認定した契約成立に至るまでの事情からみるならば、本件賃貸借は、前記甲第一号証の賃貸借契約書に「一時使用を目的とする賃貸借契約」という文字が使われていても、借家法第八条にいわゆる「一時使用のための建物の賃貸借をなしたこと明かなる場合」であるとは認められない。けだし同条が適用されるには、一時使用のため建物の賃貸借をしたことが明らかな客観的に相当の事情があるものでなければならないと解すべきところ、本件賃貸借契約に際しては訴外会社に事業を建て直す計画があつたことは認められるが、その具体的な内容や実行方法等は一切未定であり、結局訴外会社において事業再建の上工場を再び必要とするに至るまで使用させる趣旨で、取り敢えず期間を一年として賃貸したというに過ぎないからである。そして前記賃貸借契約書第七条に「借主は賃借期間満了後なお引続き本物件を賃借したいときは契約の更新を申出ることができる。貸主は支障のない限り友好的に之を取扱うであろう。」とあるのはこの間の事情を物語るものというべきである。また、賃料一ヵ月金五千円が当時としては低額であつたということを仮に肯定するとしても、また当時一般に行われていたという権利金の授受がなかつたことは、原告の主張どおりであるが、これらは契約期間が一年という短期間であつたためと考えられ、更に敷金として期間一年分の賃料に相当する金六万円が授受されていることを考え合せると、未だ前記認定を動かすものでなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて本件工場の賃貸借は一時使用を目的とするものであり、昭和二十六年六月十四日の期間満了とともに被告石橋の賃借権は消滅したとの原告の主張は理由がない。また被告等は本件工場の賃貸借は期間の定めなきもので、一年は賃料の改定期間である旨主張するが、前記認定のとおり右主張は認められず、また当事者間に期間満了前に契約を更新しない旨の合意がなされたとの原告の主張を認めるに足る証拠もないから、結局本件工場の賃貸借は昭和二十六年六月十四日の期間満了に際し法定更新されたものといわねばならない。

三、よつて、進んで原告の賃貸借解約の主張について判断する。原告は訴外会社が昭和二十六年九月初め頃被告石橋に対して工場返還を請求したが、右請求は本件賃貸借の解約申入として有効である旨主張するが、右のごとき請求の事実を認定するに足る証拠はみあたらないから、原告の右主張は採用できない。

次に、原告が賃貸人たる訴外会社に代位してなした本件訴状による解約申入の主張の当否について考えるのに、原告のいう「代位」とはいかなることを意味するか必ずしも明白でないが、単に原告が本件工場の所有者であることを理由に賃貸借契約の当事者に非ずして賃貸借の解約をなすことができないことはいうまでもなく、また民法第四百二十三条のいわゆる債権者代位権によるものであるとしても、原告の訴外会社に対する如何なる債権を保全するためであるかその他同条所定の要件の存在について主張並びに挙証責任をつくしていない本件においては、解約の理由を問題とするまでもなく、原告の本件訴状による解約申入の主張は失当である。

四、しかるところ、本件賃貸借の賃貸人たる訴外会社が昭和二十九年十月二十二日附書面を以つて賃借人たる被告石橋に解約の申入をなし、右書面は同月二十四日同被告に到達したことは当事者間に争がない。よつて解約申入について必要な借家法第一条の二にいわゆる「正当の事由」の有無について判断する。

前記認定のとおり、訴外会社は昭和二十五年五月頃事業不振のため本件工場が遊休状態にあつたところ、被告石橋が他に借りていた工場から区劃整理のため移転する必要に迫られて本件工場の賃借方を申し込んで来たという契約成立に至るまでの事情は前記のとおり、これのみでは未だ一時使用のための賃貸借であることが明らかな客観的相当の事情には該当しないが)、解約申入をなすにつき必要な正当事由の有無を判断する資料としては大いに斟酌されねばならない。すなわち訴外会社としては事業再建の上再び工場を使用する必要が生ずる時まで本件工場を賃貸することとしてその期間を一応一年と定めたものであり、このことは被告石橋も諒解していたものであり、同被告としては一年の期間が過ぎれば(たといその時までに訴外会社の再建ができず、契約が更新されるとしても)早晩工場の返還を請求されることがあることは当然予測していたものといわねばならない。この点に関する被告石橋本人尋問の結果は、証人生田はな、同根橋義民及び原告本人尋問の結果に照し措信できない。しかして証人根橋義民、同山本義次の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和二十六年九月頃には訴外会社の再建計画もようやく具体化し、原告を含む数名の者が資金を出し合つて新会社大岩建設株式会社を設立し、本件工場における建築材料の製造から建築の完成までを一貫して行う総合的な建築会社として発足する構想で、定款作成の段階まで進み、すでに金五十万円位でコンクリートの木型をつくり、金百万円位の大理石の研磨機(内金六割ほど支払済)や金七十万円位の製材機械を買い入れ、何時でも仕事を始められる状態にあつたが、被告等が本件工場を明け渡さないため、右計画は現在までそのままになつていることが認められる。右に認定した事実によれば、本件賃貸借契約の際予見されていた訴外会社の再建計画が具体化し、工場の使用を必要とする事情が発生したものといわねばならない。更に証人飯野梅吉、同生田はなの証言によれば、原告は昭和二十七年三月頃から引続き被告等のために移転先を探すべく相当の努力をはらつたが、被告等の同意を得られなかつたため徒労に帰したこと、また証人山本義次、同飯塚秋五郎の証言によれば、被告等の使用人が、本件工場のすぐ裏に住んでいる原告を訪ねて来る人に対し、原告の住居を教えなかつたり、木材を道路に置いたままにして原告側のトラツクの通行を妨げ、或は原告に無断で材木置場を建てる等の紛争が引き続き生じている事実が認められ、これらの事情に前記契約成立当初の事情を綜合して考察すれば、被告等の賃料支払の状況がどうであるかにつき判断するまでもなく、訴外会社の解約申入は正当の事由があるものと認めるのが相当である。してみれば、右解約申入の日(昭和二十九年十月二十四日)から六月後の昭和三十年四月二十四日限り訴外会社と被告石橋との間の賃貸借契約は終了したことになり、従つて被告石橋は本件工場を占有して使用する権利を有しないものである。また、弁論の全趣旨によれば被告会社は被告石橋との間の使用貸借契約に基き本件工場を使用している事実が認められる。従つて被告会社は本件工場の使用につき訴外会社に対し賃借権を有するものではなく、単に被告石橋の有する賃借権を援用しうるに過ぎない。成立に争のない乙第四号証、第六号証の一乃至七、第八号証、第十一、二号証により明らかな、被告会社名義で賃料を供託し、また東京国税局長からの家賃引渡通知書が被告会社宛に送達され、同会社名義でこれが支払われていた事実は、いずれも右認定を左右するものではない。しかるに、被告石橋の賃借権は前記の日に消滅したから、これを基礎とする被告会社の本件工場を使用する権利は、右使用につき賃貸人たる訴外会社の承認の有無を論ずるまでもなく、これとともに消滅したものといわねばならない。

五、被告石橋及び被告会社の本件工場の使用関係は前示事実によれば、共同使用であるとみとむべきところ、昭和三十年四月二十五日以降これが使用の正権原を失つたものであるから、被告等は各自、同日から本件工場明渡ずみまで一ヵ月金五千円の賃料に相当する額の損害金を、その所有者である原告に対して支払うべき義務あるものといわなくてはならない。原告の本訴請求中昭和二十六年六月十五日より右日時までの損害金の請求はその前提においてすでに理由がない。またその間の賃料についても、原告は本訴において賃料の請求をしているのでないから、その債権の存否につき、別に判断を加うるの要をみとめない。さらにまた、被告の反対債権をもつてする相殺の抗弁が仮に本件損害金の請求に及ぶものと解せられるとしても、不法行為を原因とする債権に対しては相殺を以て対抗することができないから、さような抗弁は理由がないのである。

六、よつて原告の被告等に対する請求中、工場明渡及び昭和三十年四月二十五日以降の損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべく、その余の損害金の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を適用し、なお仮執行の宣言は、本件のあらゆる事情を勘案してこれを附けることの必要がないと認めて、主文のとおり判決する。

(裁判官 入山実)

<以下省略>

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