東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5895号 判決 1955年12月17日
原告 出口清 外一名
被告 国
訴訟代理人 武藤英一 外四名
主文
原告らの請求をいづれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告訴訟代理人は被告は原告等に対してそれぞれ金十万円及びこれに対する昭和二十六年一月十一日以降支払済まで年五分の金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、請求原因として
(一) 原告出口は昭和二十一年一月六日、原告田口は同年二月二十七日、何れも日本国に雇傭され以来米国騎留軍労務者としてフアイナンス、ビル(旧大蔵省ビル)にボイラーマンとして勤務し、誠実に任務を尽していたところ、昭和二十五年一月四日次の解雇理由により何等の予告又は平均賃金(いわゆる予告手当)の支払なく解雇の意思表示を受けた。
(1) 原告等は右ビルのボイラーマンとの間に紛争を惹き起した。
(2) 原告等は予め事務所の諒解を得ることなくボイラーマン主任の闇行為を日本官憲に告発した。この件について当保安課で調査したところ何等有罪の証拠なく又証人に指名された同僚等でその事実を承知している者はなかつた。
(3) 右のように原告等は常習的紛争惹起者であるから当ビル従業員全般の士気を保持するため解雇の要ありと認める。
(二) 右雇傭契約における原告等の地位は当初一般職公務員であつて、昭和二十三年十二月二十一日国家公務員法の一部改正によつて特別職公務員となつたが国家公務員法は適用にならず従つてその勤務関係は国の公務を担当するものと解し得ても私法上の法律関係であつて民法その他労働関係法の適用あるものである。
(三) ところで国のなした右解雇の意思表示は労働基準法第二十条第一項但書にいわゆる労働者の責に帰すべき事由に基いてなされたものであるが、その事由として掲げられた常習的紛争惹起者たる事実は存在しないのであるから帰責事由のない解雇であつて無効のものである。
もつとも原告等がフアイナンス、ビル従業員を検察当局に告発した事実はあるけれども理由なく紛争を惹起したものではない。即ち終戦後の混乱に乗じフアイナンスビル従業員間にも綱紀紊乱の傾向が強く、特に汽罐長浅井幸一等数名は昭和二十二、三年頃から解雇当時迄屡々夜間同ビル内から進駐軍用ガソリン、石炭、鉄板、モーター、セメント、屑鉄等を無断で持ち出し領得した。その額二百万円を超えるものと推測されるがその他にも浅井は右ビルに隣接する文部省ビルに蒸気をパイプで送りその対価として十数万円を無断領得していた。原告等は宿直の夜右犯行を現認し未遂に終らせたこともありまた右犯行の加担を勧誘されたけれどもこれを拒否したことがあつて、一味の者から邪魔物視されていたようである。そこで原告らはこれ等不正の絶滅を図るため遂に意を決し、一味不正行為者を検察当局に告発したのである。ところが浅井等一味はその揉消しと復讐を企て実情を知らぬ米人将校その他の上部責任者に巧言をもつて原告等を中傷し、原告等が理由のない紛争惹起者で解雇に値する要注意人物であるように誤信させ、前記の意思表示をなすに至らしめたのである。そして右揉消し運動に拘らず浅井は石炭の持出について懲役六月の確定裁判を受けたのであつて、右解雇の不当であることの原告等の申出に対し日本政府側もその非を認め、なお予告手当除外につき基準法第二十条第三項の認定を拒絶されたことから原告出口に対し昭和二十五年十二月二十八日、原告田口に対し同月二十七日それぞれ解雇予告手当が支給されこれによつて基準法第二十条第一項本文に基く解雇の効力が発生した。
(四) 従つて原告等は解雇の意思表示がなされた同年一月四日から右予告手当の支払当日まで就業を拒否されたのであるが、右は使用人の責に帰すべき事由による休業に当るので被告国は原告等に対し基準法第二十六条所定の休業手当の支払義務がある。その額は一月四日当時の原告出口の平均賃金は一日金四百八十五円、原告田口のそれは金四百八十一円であるので、その六割に休業期間の日数を剰じた数額は、前者は十万四千百七十八円後者は十万三千三十円となる。而して駐留軍労務者の賃金支払日は勤務した月分を翌月十日に支払う約束であるので休業手当の支払日も同日と解すべきである。よつて被告に対し右金額の範囲内である各金十万円とこれに対する支払日以後である昭和二十六年一月十一日以降完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。
と述べ。
(五) 被告主張の和解の抗弁に対して
原告らが解雇予告手当と退職金を受領したことは認めるが、休業手当についてはその解決を後日に譲り、とりあえず右金銭を受取つたのであつて一月四日に解雇の効力発生を承認したものではなく、従つて休業手当について示談解決したことはない。
(六) 時効の抗弁に対して
(1) 中央労働基準監督署の石橋監督官は昭和二十六年一月頃本件について休業手当の支払義務を承認した。
(2) 中央労働基準局寺内課長は昭和二十七年一月頃右同様本件休業手当の支払義務を承認した。
(3) その後引き続いてGHQ技術本部湯本総支配人を通じて千代田労管事務所岡田課長に交渉したところ同課長においてその当時本件休業手当の支払義務を承認した。
(4) 同年十月頃東京労働基準局小林監督課長は右同様本件休業手当金の支払義務を承認した。
右により時効は中断され仮にそうでなくても時効の利益を放棄している。
(七) なお仮に被告主張のとおり昭和二十五年一月四日又は二月三日に遡つて解雇の効力が生じたとしても、本件のように使用者が後日予告手当の支払をなし従前の解雇の意思表示は不当であることを承認した場合には基準法の精神に従い同法第二十六条の休業手当の支払義務を負うものと解すべきである。
その余の被告主張の抗弁事実は認めない。
と述べた。
<立証 省略>
被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中
(一)の誠実に任務を尽したとの点は不知その余の(一)の事実は認める。
(二)の事実は認める。
(三)の解雇の意思表示は認めるがその余の(三)の事実は争う。
(四)の事実中原告出口の平均賃金は一日四百七十四円五十銭、原告田口のそれは四百七十一円である。賃金の支払日及び休業手当の支払日の点は認めるがその余の事実は認めない。
被告は次の理由によつて本件休業手当の支払義務はない。
(一) 元来駐留軍労務者は日本国と雇傭契約を締結するものであるけれどもその労務は専ら駐留軍に提供されるものであつて、軍が使用し軍の指揮監督に服するものであり国は軍の指示に従つて労務者を雇入れ、その解雇は専ら軍の意図によつてなされるものである。ところで、原告等は軍の諒解なく同僚を日本官憲に告発したがこのように平素から同僚と紛争を惹起する傾向があり職場の秩序を紊したため解雇すべき重大な事由ある場合に該当すると判断し、原告主張のように解雇したのである。従つてそれにより解雇契約は終了したのである。
(二) そこで原告等は昭和二十五年四月二十五日頃以降被告(東京都渉外部)に対し復職は望まないから予告手当と退職金の支給を求めたので、軍の折衝の結果同年十二月末頃解雇理由を訂正して人員整理の都合で同年一月四日解雇したこととし、退職手当と三十日分の平均賃金に相当の予告手当を支給することと定め、原告等は事態を円満に解決することと承認して右金員を受領した。従つて仮に即時解雇の意思表示が不適法であつても同年一月四日に退職する旨の和解によつて本件雇傭契約は同日終了したものである。
(三) 仮にそうでなくても昭和二十五年一月四日になされた解雇の意思表示はその後三十日の経過によつてその効力を生じ右雇傭契約は同年二月三日限り終了したものである。
一般に使用者が即時解雇の意思表示をした場合に、特に即時解雇を条件とするなら即時に効力を発生するものでなければ解雇する意思がない場合を除き、解雇予告としての効力をも併有するものであつて、その後三十日の経過によつて契約を終了させるものと解すべきである。
ところで本件の場合には軍は前記のように原告等の使用を継続することは、従業員全般の士気を阻害するものと認めて解雇したのであつて、これを労働者の責に帰すべき事由ありと判断して即時解雇の通告をしたのであるが、若しその理由がない場合でも基準法第二十条第一項、本文に規定する解雇即ち解約告知の効力を保持させる意思を有していたことは明白である。従つて右解雇の意思表示はその後三十日の経過によつて雇傭契約終了の効力を、発生させるものであるから本件解雇契約は同年二月三日限り終了した。そして同日までの三十日分の賃金は前記のように予告手当として既に支払済であるから休業手当の支払義務は存しない。
なおまた被告国としては基準法第二十条第一項本文の解釈について次の見解を有している。即ち右条文にいう解雇には三十日前の予告を必要とし、その予告をしない場合には三十日分以上の平均賃金を支払わなければならないと規定されているから、平均賃金の支払は解雇の効力発生要件と解すべき理由はなく三十日分以上の平均賃金の支払義務を負担するに止まるものと解するのが至当である。そして予告手当の除外について行政官庁の認定は受けていないけれどもこの認定を受けることは解雇の効力発生要件と解すべきでないから本件解雇の意思表示は三十日の経過をまつまでもなくその効力を発生し単に三十日分以上の平均賃金の支払義務を生ぜさせたものと解すべきである。何れにしても本件雇傭契約は同年一月四日又は遅くとも同年二月三日限り終了しているから休業手当支払義務は存しない。
(四) 仮に右主張が理由なくても前記の通り同年十二月末頃原告等は予告手当と退職金を受領し休業手当は請求しないことと定めて示談解決しているから本件請求は失当である。
(五) 仮に原告主張の通りの休業が存在したとしても右休業は被告国の責に帰すべき事由によるものではないから休業手当の支払義務はない。前記の通り駐留軍労務者の解雇については国は軍の解雇指令を拒否できない関係にあつて、ひと度軍が労務者を解雇し労務の受領を拒絶するときは国と労務者の雇傭契約は履行不能となる。そして、これについて国は何等の故意過失又は信義則上これと同視すべき事由は存しないのであるから、履行不能は国の責に帰すべからざる事由によるものである。従つて被告国は、休業手当の支払義務を負わない。
(六) 仮に以上の主張が理由なくでも本件休業手当請求権は原告主張の通りの履行期以後二年の経過によつて消滅時効に罹つていると述べ、右時効の抗弁に対する原告主張の(六)の再抗弁に対してその主張のような承認の事実は否認する。仮にその(1) 及び(4) について承認がなされたとしても、賃金休業手当等雇傭契約に基く権利関係については調達庁又はその委任を受けた都道府県知事若しくは管轄労務管理事務所がその労務権限を有するものであつて、中央労働基準監督署又は東京労働基準局はこれについて何等の職務権限を有するものでないから債務の承認の効力は生じない。
と述べた。
<立証 省略>
理由
原告らがその主張の通り被告国に雇傭され駐留軍労務者としてその主張の場所に勤務したところ、昭和二十五年一月四日被告が原告主張の解雇理由によつて予告又は予告手当の支払をなさずして解雇の意思表示をなし爾来軍から労務の提供を拒否されたこと、原告らと国との雇傭契約は私法上の法律関係であつて、原告等は国に雇傭されたけれども労務の提供は専ら軍に対してなされ、傭入、解雇も専ら軍の意思に基いてなされるものであること、及び被告国が原告らに対して原告主張の日にそれぞれ解雇予告手当と退職金を交付したことは当事者間に争がない。
よつて被告国のなした右解雇の意思表示の効力を検討する。
被告は右解雇理由に掲げた事実は労働者の責に帰すべき事由であるので、基準法第二十条第一項但書によつて即時に契約終了の効力を有するものであると主張するけれども、右事実従つて原告らが常習的紛争惹起者であるとの点はこれを認むべき証拠がない。
もつとも原告らが職場の同僚を犯罪の嫌疑ありとして日本官憲に告発したこと及び原告らが同僚の一部と多少の不和関係にあつたことは原告らの認めるところであるけれどもこの一事によつて原告らが不当に職場の秩序を紊したものということはできない。
従つて労働者の責に帰すべき事由ありとしてなした被告国の即時解雇の意思表示は不適法であつてその効力を生じないものというべきである。
そこで右解雇の意思表示が基準法第二十条第一項本文の規定に照しどのような効力を有するかの点を判断する。
凡そ継続的法律関係である雇傭契約において、使用者がその契約を消滅させることができる権利即ち形成権として民法が認めるものに解約の申入と解除権とを挙げることができる。基準法第二十条第一項但書のいわゆる解雇が右にいうところの解除(民法第六百二十八条)に当るか又は解約申入(同法第六百二十七条)の変形であるかの問題は基準法の規定に解雇の用語を用いるに過ぎない点からその判断に苦しむところである。即ち基準法第二十条第一項但書は第一項の解約申入を受けついで三十日前の予告と予告手当の支払を要しない場合を規定したものと読めないではないからである。
然しながら民法が雇傭契約について解雇の意思表示の後一定期間の経過を要件として契約終了の効力を生ずるものを解約の申入と称し然らずして即時にその効力を生ずるものを解除と称する用語例に従えば基準法第二十条の規定の形式に拘らずその第一項但書は解除に関する民法第六百二十八条の特別規定と解するのが相当である。もつとも基準法第二十条第一項本文後段は三十日分以上の平均賃金を支払うことを条件として即時解雇の効力発生を規定しているからこの場合と第一項但書の場合とは同じく解除の場合を規定したように見えないではないが、第一項本文後段は三十日前の予告よりも三十日分以上の平均賃金の支払が労働者にとつてより有利であるとの観点から第一項本文前段の特則を規定したものと解するのが相当である。
ところで本件解雇の意思表示は右にいうところの解除の意思表示に外ならないものであるが、その故にその意思表示が解約の申入に当らないと速断すべきではない。蓋し解雇の意思表示を表意者の内心から見れば契約関係を消滅させ労働者を事業場の外に置こうとする意欲に外ならないのであつて、その消滅の効果が即時に生ずるか又は一定期間経過の後に生ずるかはこれに相応する法律要件の具備如何によるからであり、従つて表意者としては労働者の責に帰すべき事由の存在を信じて即時解雇を意欲したけれども、その要件が存在しないと判断される場合には、第二次的に一定期間経過によつて契約関係の消滅をも意欲しその効果意思を表示しているものと認め得る場合には、解約の申入にも当るものというべきだからである。而して就業規則によつて即時解雇するというに別段の意思表示又は特に即時解雇のみを固執する趣旨の特段の事情のない限り、即時に雇傭契約を終了させる趣旨の意思表示をなしても第二次的にその理由のないときは三十日の経過により契約を終了させる意思を有し且つこれを表明したもの即ち一定期間経過後の解雇の意思表示をも含むものと解するのが相当である。
而して本件においては前記のように後に予告手当の支払がなされた事実と弁論の全趣旨によれば、軍は本件解雇について予告手当の支払義務なしとの判断に基づいて契約の即時終了を信じたのに止まりこの即時解雇の意思表示は一定期間経過後の解雇を特に除外する意図をもつていたものと認めることはできないから本件解雇の意思表示は一定期間経過後に契約関係を消滅させる意思即ち解雇の申入をも包含するものと認めるのが相当である。
然らば右意思表示後三十日の経過によつて原告主張の雇傭契約は終了したものといわざるを得ない。
被告は三十日分以上の平均賃金の支払をしないでも即時解雇の効力を生ずると主張するけれども基準法第二十条は契約の終了に関する規定であつて、その終了の時期について民法の規定するところよりも労働者に有利に規定したものと解すべきであるから、附加金又は罰則の規定あるの故に契約終了の時期を遡らせるも労働者の不利益とならないとの所論には左袒することができない。
してみれば被告は原告らに対して解雇の意思表示後三十日間について休業手当の支払義務を負うわけである。
ところで原告らが右三十日分の予告手当に相当する金員を受け取つたことは原告等の認めるところであるので、右の支払によつて右金額の限度内で原告らの賃金請求権は消滅したものと解するのが相当であり従つて休業手当請求権も消滅したものというの外はない。
そればかりではない仮に原告らがその主張のように休業手当請求権を有するとしても、二年の時効によつて消滅している。
即ち国と駐留軍労務者との間の雇傭契約上の賃金休業手当の処理については調達庁設置法その他の法令によれば調達庁又はその委任を受けた都道府県知事若しくはその委任を受けた所轄労務管理事務所が右の職務権限を有するものであつて、中央労働基準監督署又は中央若しくは東京労働基準局は右の処理について制度上の職務権限を有するものではないから原告主張の(六)の(1) (2) (4) の主張は理由がなく、また(六)の(3) の承認の事実を認むべき証拠がないので、時効の中断又は債務の承認による時効の利益の放棄に関する原告の主張は採用できない。
以上の次第で原告らの請求は失当であるのでこれを棄却すべきものとし民事訴訟法第八十九条、第九十三条に則り主文の通り判決する。
(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)