東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7132号 判決 1955年10月24日
原告 荒井恵美子
<外四名>
右代理人 白木義明
被告 深浦茂助
<外一名>
右代理人 相沢庄次郎
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
理由
(一)訴外平賀庫三がその所有していた本件家屋を被告深浦に期限の定めなく賃貸し爾来同被告は本件家屋に居住している事実は当事者間に争がない。(なお、被告吉野、同深浦各本人尋問の結果に成立に争なき乙第七号証を綜合すると、右契約締結の日時は昭和十六年八月十六日頃である事実を認定しうる。)而して何れも成立に争ない甲第一号証、乙第一号証及び平賀サタ本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば原告等はその主張の如く本件家屋の所有権を取得した事実を認めるに足り、他に、右認定を覆すに足る証拠はない。然らば原告等は本件家屋の前所有者と被告深浦間の賃貸借契約につき、賃貸人の地位を承継取得したものといわねばならない。
(二)そこで右賃貸借契約が原告等主張の如き事由により終了するに至つたか否かにつき検討する。
(三)(1)先ず原告等が被告深浦において被告吉野及び訴外大川に対し本件家屋を無断転貸をしたとして昭和二十六年七月三日附内容証明郵便を以て、被告深浦に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右は翌四日被告深浦に到達したこと、及び被告深浦が被告吉野を本件家屋の賃貸借契約締結当時から大川を昭和二十八年頃から何れも本件家屋に居住させている事実は当事者間に争いがないところ、(2)何れも成立に争いのない乙第二、第三号証甲第三号証の二に証人深浦泰治、同深浦茂の各証言及び被告深浦、同吉野各本人尋問の結果を綜合すると、被告吉野は被告深浦の長女であり、昭和七年頃他家に嫁いだが、夫に死別して子供と共に実家たる被告深浦方へ帰り、爾来被告深浦と世帯を共にして生活してきたこと、昭和十六年八月十六日頃被告深浦が本件家屋を賃借するに当つては被告吉野が貸主平賀庫三と直接交渉した結果、本件家屋についての賃貸借が成立し(被告深浦、右庫三間の賃貸借契約成立については、当事者間に争がない。)爾来被告吉野及びその子供二人は被告深浦と共に本件家屋に居住して来た事実を認めるに足り、原告荒井本人尋問の結果中右認定に反するが如き趣旨の部分は措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。してみると被告吉野は本件家屋の賃貸借契約締結当時から被告深浦の家族の一員として本件家屋に居住しているに過ぎず、本件家屋を独立して占有しているものではないから、被告深浦は被告吉野に対して本件家屋を転貸したものとなし得ないこと勿論である。(3)次に被告深浦が訴外大川に対し、本件家屋を無断転貸したとの原告等主張につき按ずるに、証人深浦泰治、深浦茂(但し両証人の供述中措信しない部分を除く)同佐藤徳蔵の各証言、被告深浦同吉野、大川各本人尋問の結果を綜合すると、訴外大川は以前山形県方面で高等学校の教師をしていたことあり、上京後、都内世田ヶ谷区経堂町から日本電気玉川製造所に通勤していたが、右通勤の関係で、東横線方面に下宿することを望んでいたところ、その意向を知つた訴外佐藤徳蔵は予て知合の被告吉野に対し、同被告方に右大川を下宿させてくれるよう依頼した。ところが被告吉野同深浦は予てから被告吉野の次男勝(当時中学二年生)が学業成績がかんばしくなく、ために同人の家庭教師を求めていたが、謝礼を払つてこれを傭入れることは経済的に許されない状態に在つた折柄、右大川を自宅に住込ませて右勝の勉学指導をして貰おうと考え、右大川もこれを諒承し、かくして大川は昭和二十八年五月一日以降被告深浦方に下宿し、右勝の家庭教師をするに至つたこと、右下宿をさせるについては特に間代を被告深浦に支払う約定は全然なく、只下宿後大川から被告深浦等に申入れて大川は食費として月四千円程度の実費のみを支払つていたが、間代は全く支払つていなかつたこと及び本件家屋内で大川の常時居住する部屋とては、別に特定していなかつた事実を認めることができる。前記証人深浦泰治同深浦茂の各供述中右認定に反する趣旨の部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。而して大川が昭和三十年二月一日本件家屋を退去した点については、原告等は明らかに争わないから自白したものと看做すべきである。以上認定の事実に基いて考察すれば、訴外大川は本件家屋に居住したときから、被告深浦の世帯にとけこみ、これと生活を共同にしていたものとみるべきであり、本件家屋に対する占有支配を大川に移転したものでなく、自らの占有の下に大川に本件家屋を使用させたに過ぎないもので大川は独立して本件家屋を占有したものではないから、これは転貸に該当しないものと解するのが相当である。(4)然らば原告等が被告深浦、被告吉野及び大川に対する無断転貸を理由としてした前叙賃貸借解除の意思表示はその効力を生ずるに由なきものと断ぜざるを得ないのである。
(四)次に原告等が被告深浦に対し昭和二十九年十月二十八日の本件口頭弁論期日において、賃貸借契約解約の申入をしたことは本件記録上明白である。そこで右解約の申入をするにつき正当な理由がありや否やにつき判断する。成立に争ない甲第四、五号証に証人野上暎子、同田中信枝の各証言、原告荒井、同平賀信行、平賀サタ各本人尋問の結果を綜合すると、原告荒井を除く爾余の原告等の現住家屋は六畳、三畳、二畳の三間のみで、そこに右の原告等四名と原告三郎同国広両名の後見人平賀サタの五名が居住していること及び原告信行は訴外野上暎子と昭和二十九年五月五日婚約し、原告孝多は同年頃訴外田中信枝と婚約し何れも住宅が見つかり次第挙式する運びになつている事実を肯認し得るのであり、他に右認定を覆すに足る認拠はない。しかしながら原告等は本件家屋以外に十軒余の借家を所有している事実は当事者間に争なく、成立に争ない乙第四号証の一及び四、第五、第六号証に原告荒井同平賀信行、平賀サタ各本人尋問の結果を綜合すれば、原告等は昭和二十九年中に右所有家屋二軒を他に売却していること及び原告荒井の現住家屋は建坪四十数坪で右家屋に原告荒井は夫及び子供二人と共に居住している事実(原告荒井が右十軒余の家屋のうちの一戸に、爾余の原告等とは別個に居住している事実は当事者に争ない)を認めるに足り、他に右認定を覆すに足る証拠はない。これに対し証人深浦茂の証言及び被告深浦本人尋問の結果を綜合すると被告深浦は齢七十才を超えて尚守衛として勤務し、本件家屋を明渡せば他に行先のあてとてもない身上である事実を肯認し得るのであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。叙上の如き諸般の事情を彼此勘案するときは、原告等の前記解約の申入は遂に正当な事由に基くものとは解し得ないのであり、結局右解約の申入は本件家屋についての賃貸借契約を終了せしめる効果を発生せしめ得ないものと断定せざるを得ない。叙上のとおりであつて原告等の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 可知鴻平)